第30話 置き土産
今日も今日とて一日二度更新です。
所変わって再びカイトの私室。ベッドで一息付いている三人がいた。
「で、クズハ。宴会の後の用ってのがこれか?」
もはや夜会とは呼んでいないカイト。実情に合っている。そう言われてクズハは、はっとして本来の用事を思い出した。
「あ、いえ、違います。少々お待ちください。」
少し歩きづらそうにしながらも、カイト不在の間に増設された戸棚へと向かい、四通の手紙を取り出した。
「これを、お兄様。」
真剣な顔で、クズハは手紙をカイトに手渡す。カイトは手紙を受け取り後ろに書かれた名前に目を見開く。
「これは……ルクスか。」
一枚目の手紙は綺麗な字で書かれた手紙であった。
――――親愛なる我が親友にして主君へ
これを読んでいるということは君が帰ってきたということなんだろう。
まずはアルク、ああ、僕の息子の名前だよ、へのプレゼントありがとう。
倉庫を開けてびっくりしたよ。僕らへの分のプレゼントまで用意していたなんてね。
それで、もう僕の子供たちにはあってくれたかな?
君が帰って来た時にも僕らの子供たちが元気で過ごしていることを切に願うよ。
ああ、そうだ、君がいなくなってからもいろいろあったけど、昔に比べれば平和になったよ。
僕らの旅からかなりの時間が経ったけど、今でもあの旅が昨日のようだよ。
君がいなければ僕はルシアと結ばれていなかったと思う。ルシアも僕も感謝しているよ。
~~~中略~~~
かつての仲間達の多くは旅立ったけど、もう僕にもあまり時間が残っていないみたいだ。
会えないことが残念だけど、せめて手紙だけは残しておきたくて三人で手紙をクズハちゃんに渡しておいたんだ。
最後にこれだけは伝えたかった。
ありがとう、カイト。
僕の最高の友達へ。 ルクス
「ああ、こっちこそ、ありがとう。お前は最高の友だよ。」
一通目を読み終わり、どこかから爽やかに笑う声を聞いた気がしたカイト。幻聴とわかりながらも涙が流れてきた。なんとか手紙にかからないように注意しながら二通目を見るとそこには乱雑な字で名前が書かれていた。
「この汚い字はバランのおっさんか。結構時間経ってるはずなのに、全然うまくなんねぇな。」
涙ぐみながらもそう笑うカイトであった。そして、カイトは二通目の手紙の封を切った。
ああ、ええと、書き出しをなんて書けばいいかわかんねぇけど、とりあえず、カイト。お帰り。
お前さんがいなくなってから結構な時間が経ってるんだが、未だに礼儀作法やらにはなれん。
だが、まあ、かつて奴隷だったこの俺が今では栄えある公爵家の重臣となって礼儀作法に四苦八苦するなんて人生何が起こるかわからんもんだ。
ああ、そういやガキどもへのプレゼントありがとよ。
今じゃあ、そのガキどもにもガキが出来ちまって今じゃ爺さん扱いだ。
ガキどもといや、お前さんの読み通り、俺の武器を扱えるのはどうやら俺とお前さんだけだったらしい。
ガキどもに武芸を教える俺に言った事は正しかったようだ。まあ、アクセルの時点で大体は気付いてたんだがな。
ガキどもの中には公爵家の衛士なんかとして働いている奴もいるが、どいつも俺の武器は使えやしなかった。
と言っても、いまじゃ、むかしみたいに武器を振るうことなんてできなくなっちまった。
まあ、教えた武芸も殆ど使われることが無いようでいいことだろうよ。
~~~中略~~~
まあ、何だ、会った頃はこいつ早死するな、と思ったが、まさかここまで長い付き合いになるとは思って無かったぞ。
とりあえず、この時代はなんとかなった。
どうせその時代にも俺達の子供がいるんだろ?
悪いけど、そいつらを頼んだ。
バランタイン・バーンシュタット
「あいよ、おっさん。おっさんの子孫はとんでもない美人だぞ。どこで突然変異が起きたんだろうな。」
二通目を読み終わって今度は豪快な笑い声を聞くカイト。溢れる涙は堪えることはしなかったし、出来なかった。横にいるクズハとユリィは終始無言で、彼女らもかつての仲間を思い出していた。三通目は几帳面そうな字で書かれた手紙であった。
「最後はウィルか。……あいつにしては薄い手紙だな。」
いつもはもっと分厚い手紙なのにまれに見る薄さ―それでもルクスとバランの手紙を合わせた厚さ以上―に訝しむカイト。そんな懐かしい思い出に涙を流しつつも、三通目の手紙の封を切った。
――――親愛なる我が愚弟へ
お前がこの手紙を読んでいるということは、帰ってきているということだろう。まずは、お帰り。
俺も今では皇帝に即位して長い月日が経過したせいで、検閲なしで手紙を出すことに苦労したぞ。
この手紙はルクス、バランタインと相談して書くことを決定したものだからな。
あまり他人に見られたくない内容も含んでいる。
まあ、なんとかこの手紙は検閲を通さず残すことが出来るだろう。
わかっていたことではあったが、相変わらず国家運営はままならん。
貴様とともに貴族共の不正を暴く出すことに苦心した日々が懐かしい。
まあ、巻き込んでしまったせいでお前を追い出すことになってしまったのは今でも俺の後悔の一つだ。
その点については謝罪しよう。すまなかった。
ああ、そうだ。例の退魔剣だが、きちんとヴァルに渡した。礼を言う。
あれがなければヴァルは今でも霊障に悩まされていたことだろう。
かつては幼かった我が息子も、今ではお前からもらった剣を携えて各地で公務を果たしている。
何時かは俺の後を継いで皇帝となるだろうが、その時もお前の剣が側にあることだろう。
~~~中略~~~
ふむ、本当ならばもっと伝えることがあったのだが、公務の間で書いているのであまり時間が取れん。
話が飛び飛びになっているかもしれんが、そこは理解してくれ。
最後の手紙が短くなってすまんが、許せ、友よ。
まあ、伝えるべきことはきちんと伝えるつもりだから心配するな。
後はそちらへ任せることとして、この手紙ではこの程度にしておこう。
では、カイト、もしまだエンテシア皇国が存在するなら、皇国を頼む。
こんな国でも俺にかけがえない祖国だ。
すまんが、よろしく頼む。
第15代 エンテシア皇国皇帝
ウィスタリアス=ユリウス=エンテシア
「あいつ、短いとか言いながらなんつー長さ……。」
そう言って苦笑するカイトに、今度は小さな、漏れるような堪え笑いが聞こえた。一際長い手紙と几帳面な字に苦笑しつつも懐かしげにため息を吐く。が、三人が残した手紙はこれで最後である筈なのにまだ一通残っている。封筒には何も書かれておらず触ってみても薄い印象しか無かった。
「これは誰からだ?」
何も書かれていない封筒を訝しげに眺めつつクズハとユリィに尋ねてみるカイト。
「えっと、確かウィルさんから頂きましたよね?」
「うん。ウィルの奴、確か俺が最後だったから俺が渡したが、これは三人の連名の贈り物だ、とかなんとか。中は白紙だ、ってことだったから白紙の紙が一枚入っているだけだよ?透かしても何も見えないし。」
意味不明な答えに疑問を深めつつも封筒を開けて紙を取り出すカイト。
「うん?白紙じゃないぞ?」
取り出した紙には魔術式が書かれていた。クズハとユリィはそんな話を聞いていないので訝しむ。
「あら?ですが、渡された時に透かしても何も書かれていませんでしたが……。」
「うん。一応魔術的検査したけど危険は無かったよね。」
「まあ、とりあえずあいつらの仕込みだから危険じゃないだろう……起動するぞ。」
そう言って魔術式を起動するカイト。すると魔術式は光を帯びて空中に3つの物体を顕現させた。
「な……」
顕現された物体を見て呆然となるカイト。2つは見覚えのある武器、ひとつは数冊の分厚い書物を紐でひとまとめにしたものであった。
「これは……ルクスの剣と盾か!こっちはバランのおっさんのハルバード!ってことは最後の本は……。」
そういって本を開くカイト。予想通りそこにはウィルの字があった。
「ははは!伝えるつもりって、こういうことか!……馬鹿野郎……ありがとな。」
涙を流しながら、友が言っていた事を理解する。パラパラと何ページか目を通すとそこにはウィルが研究したと思われる策略の数々や皇国での出来事の裏側などが事細かに記されていた。
「あいつら……死んだんだな……」
カイトはもう居ない仲間達を思い出す。そして、同時に、彼らが既に死んでいる事を、理解した。
「……うん。もう、ずっとずっと、昔に。」
「皇国始まって以来の麒麟児と呼ばれたウィルさんは書物を残されていなかった筈ですが……お兄様への本を書き上げるのに全精力を注いだのですか……変な所で、お二人は似ていますね。」
「……当たり前だろ?なにせ、オレは奴の愚弟だから、な。」
そう言って、カイトは微笑みを浮かべる。二人共、何時もは公務優先なのに、変な所で私情を優先する。そこが、似ていたのだ。
ウィルの残した戦略・策略のメモなどが発見されるだけで歴史が変わる、それほどその見地は群を抜いていたが、その才は彼の死後、後世にあまり伝わっていない。
「現代ではあれだけの才を持ちながら何故後世に伝える努力をしていないのか、とあの時代最大の謎の一つとされていたのですが……」
現代になりウィルの情報が公開されるに従ってその才の高さが周知されると、皇国の歴史家が必ず疑問に思う事があった。何故これだけの才がありながら後世の為に書物を記し、その才を伝えなかったのか。これだけの才をもっているならば、後進の育成の重要性は理解しているはず、と。
「ウィルさんは後進の育成は熱心にされていらっしゃいましたが、もしかしたら、この書物を書くための練習に近かったのかもしれません。」
クズハやアウラと言った現代でも皇国史に名を残す策略家と言われる面子の多くがウィルの弟子であることから、後進の育成に力を割いているのは事実であった。それが尚の事、研究者達の疑問を深めていたのだ。
「この本が発見されたとなると……?」
「歴史的大発見でしょうね。当然皇国博物館収蔵は避けられないかと。」
とりあえず、表に出さないようにしよう、そう考えて3つとも自分の異空間へと収納するカイトだが、ルクスの武器を手に取った所で一つ、疑問に思う事があった。
「あれ?ルクスの武器って教国に返さなかったのか?」
現在でも続く皇国と教国の確執の一端となった武器がここにあることに疑問に思うカイトである。カイトが疑問を呈したルクスの武器であるが、何故ここにあるかのかは二人にもわからなかったが、彼女らはルクスの言葉を思い出して納得する。
「確か本物と認められたんじゃなかったのか?なら教国に返してるんじゃないのか?」
「いえ、本物と認められる頃になりまして教国の異種族排斥がかなり苛烈となってまして……。」
「それで怒ったルクスが、異種族と手を取り合い共存する私が抜けるのなら貴公らにも抜ける筈だろう、もし抜けぬのなら使う資格なきことに他ならん。で、受け取りに来た使者に鞘から抜かせてみたんだけど抜けなくて、異種族の排斥にこの剣が使われるのなら唯一神様も嘆かれるだろう。ならばこの剣と盾は今の教国に返すこと罷りならず、私が持っているのが正しいことであろう。もし、抜ける者がいたならば、その者は唯一神の意思に沿う者であり、渡すことが正しいことであろう。その者に渡すとしよう。」
当時を思い出しながらルクスのセリフをトレースするユリィ。
「で、誰も抜けなかった、と。」
その様がありありと目に浮かぶカイトはため息しか出ない。この武器は色々と特殊なので、抜けないのも無理はなかった。というより、武器そのものが拒むのだ。
「うん。結構高位の司祭とかルクスの弟くんとか、聖騎士の誉れ高い騎士団のお偉いさんとかが来たんだけど、誰も抜けなくてねぇー。時には真っ赤になりながら細工をしている、とか、異族の汚れで汚れてしまったのだ、とか抜かす馬鹿とかいたね。」
当時侮辱されたことを思い出して不機嫌になるユリィに、クズハが引き継ぐ。
「その後も数々の使者が来られたのですが、どなたも鞘から抜けなくてルクスさんの寿命が尽きる頃となって、封印したらしいです。その場所はルクスさんしか知らなかったのですが、場所を聞かれてにこやかに笑われてこう言っていらっしゃいました。絶対に安全な場所に封印した、と。」
それで、カイトも得心が行く。ルクスら亡き後の面子の戦闘能力でさえ、皇国最強戦力どころかエネフィア最強と目せるのはマクダウェル公爵家である。加えて数々のコネクションから軍による侵略とて容易ではない。それを考えれば公爵邸のカイトの私室は、クズハらの私室が近くにあり、警備も厳重。最も安全な場所と言えた。
「封印がオレによって解除されれば今度はオレが所有して、ティナも守りに加わって更に安全、と。」
この世界の全戦力を合わせた所で余裕で勝利し得る布陣が可能なカイトを敵に回そうと考える者はいなかった。
「まあ、当たり前ですが、我々に加えてティアお姉様やグライアお姉様ら古龍全員、現魔王クラウディア様とその配下、歴代魔王で最強のお姉様、全ての大精霊様方、それに加えてお兄様の戦闘力を纏めて相手取るわけですからね。」
「誰も勝てないよねー。」
古龍一体でさえ余裕で大陸を滅ぼせるというのにそれが全員、現魔王クラウディアでさえ歴代トップクラスの戦闘力というのにそれが子供扱いされる元魔王、そもそも会うことさえ恐れ多いとされる精霊のトップ全員……その他最低でもクズハらに準ずる戦闘能力を有するものの多数が、カイトが世界を敵に回せばカイトに付くとみられる戦力であった。勝てないどころか勝負にもならないのである。
「まあ、それがわかってたから300年前は誰も敵に回ろうとしなかったんだよな。」
暗殺しようにもカイト達の力量が高すぎて並どころか最高の暗殺者であっても気付かれる、手を出したことがバレれば精霊から睨まれて領土内で全ての属性魔法が使えなくなるかもしれない、そんな状況であれば誰も―裏からでさえ―敵対を選ばないのは当然であった。
「議会なんかだと対立する奴はいたんだがな。そう言う貴族に限って失うのは惜しい奴なんだよなぁ。」
議会等で反対する貴族の多くは性急であることを危惧していたり、国力の低下、治安の悪化などを真剣に考える貴族であった。最も恐ろしかったのが自分の側の貴族であったのは、当時ウィルと頭を悩ませた事であった。
「お兄様、そう言った貴族に対しても苦境にあれば支援されましたから、結局味方が増えるんですよね。」
「ウェルネスのおじいちゃんなんか、死の間際に呼び出されて必ず礼を言っておいてくれ、ってすごい念を押してたよ。子供達にはこの恩を忘れるな、って。」
ウェルネスとは当時の侯爵の一人であった。議会においては娼館などを公認制にするなどといったことに反対し、カイトやウィルとよく言い合いになっていた。
「あの爺さんか……。まあ、酒飲み友達ではあったな。」
そう言ってカイトは懐かしげに目を細めた。ウェルネスの領土が大水害に見舞われた時にはカイト自らが出向き、水の大精霊を呼び出して水害を収めたこともあった。その際に開かれた宴会で私的に飲み交わす仲となったのである。
「まあ、一時期助けた礼かこっちの言い分をそのまま通しそうになったこともあったな。その後何か言いたそうな顔していたから休憩中に聞いてみると、やっぱ危惧していることがあったが、礼としてそのまま通した、って言ってやがったな。」
「そんなことがお有りで……。」
クズハは当時表に出ることは滅多に無かったため、ウェルネスとのいざこざは又聞きでしか無かった。
「それ聞いた瞬間カイトってばマジギレして、何考えてんだこのクソジジイ!てめぇも皇国貴族なら国の為、思うことあらば恩人にも弓ひけよ!って水魔法で水掛けたっけ。」
その後、ヒートアップしたウェルネスと議会の中断を無視するほどに激論を繰り広げるが、ウェルネスにしても納得の行く結論を出すことが出来た。カイトはヒートアップした自分に苦笑いしつつも、かの老人との遣り取りを懐かしく思う。
「あの爺さんは特に農業系の政策に優れてたな。温室なんかの有益性にもいち早く気づいて、わざわざこっちまで出向いて頭を下げて教えを請うてたな。」
武勲を立てたことによって一気に公爵へ取り立てられたカイトは、歴史を重んじる格下の貴族などから呼び出されることもしばしばあった。その点、ウェルネスはカイトの実力をきちんと評価し、三回り以上も年下のカイトを、他の貴族と同じ様に扱っていたのである。
「ええ。ウェルネス様のお陰で今の皇国では食糧難がほぼ起きていませんね。今では料理人や農家からは皇国の偉人といえば、と聞くと必ずウェルネス様が上げられます。」
「さすがウェルネスの爺さんだな。温室や連作を完全に理解したか。」
カイトは嬉しそうに笑う。地球の知識に加えて膨大な魔法知識を得ているとはいえ、元は中学生のカイトでは、できることが限られていた。地球の知識をエネフィアでも使えるように工夫したのはこういったカイトと共に皇国を盛り立てていった者達の力があってこそであった。
「当分暇だし全員の墓参りに行って酒でも掛けてやるか。爺さんはあれで甘口の酒だったけな。度数高い酒はダメとか言ってたからリキュールにでもしとくか。」
そう楽しげに語り立ち上がり、クズハとユリィに服を着させて再び宴会へと戻っていった。
お読み頂き有難う御座いました。