第415話 合同演習 ――ブランシェットの軍事機密――
『銃撃、来ます!』
カイトとカヤドが前線で敵を食い止めている頃。同じく空中ではフラメル、マイ、ハインツの三人と敵方の遠距離型三人との銃撃戦が繰り広げられていた。
『ひゃあ! 何今の! 無茶苦茶速っ!』
『あはははっ! 可愛い声だすじゃん!』
超音速で過ぎ去っていった光条を間一髪で避けきったマイが出した甲高い悲鳴に、ハインツが大笑いする。敵部隊所属の第5研究室の実験機はハインツと似た形状の魔導鎧で、違うの背面に添えつけられた砲塔が右肩の一門、左肩には大型の箱が取り付けられていた。更には腰部にも折りたためる形式の砲塔が両腰に装着されており、装甲も第5研究室所属機では最も分厚かった。
それ故か、全体的に重武装の印象を与えていた。まあ、その分最も大食いだ、とは後に聞いた話だ。ちなみに、先ほどマイが避けた超音速の攻撃は、この機体の右肩の砲塔から放たれた物だ。
『うっさい! と言うか、あんたの方はまだ終わんないの!』
『うっせ! チャージに時間が掛かるんだよ! これ撃った後どんだけ疲れると思ってんだ! 集中させろ!』
マイの愚痴に、ハインツが怒声を返す。ハインツの機体は、魔力をチャージして射出するタイプらしい。と、そんな二人に対して、フラメルから通信が入った。
『お二人共、喋ってないで迎撃してくださいよ!』
『やってるよ!』
『届かないの!』
二人が同時に反応する。これは事実だ。ハインツは空中を飛び交いながらチャージしているので時間が掛り、マイの方は射的距離の問題で有効打どころか減衰してヒットさえしない。
『一機、隊長の方へ行きます!』
ハインツの機体のチャージを待っていると、敵側の3機の内の1機が飛び出し、カヤドと戦う第4研の機体の援護に回ろうとしていた。戦いは機体の性能上カヤドの方に分があり、劣勢に陥っていたのである。
このまま押し切られればそのままカヤドに近接を挑まれるので、その前に叩いておこうと言うのであった。更に悪いのは、此方の構成上マイは殆ど遠距離では役に立たない為、あちらが一人抜けても問題無い事であった。
『私が行く! フラメル! 後お願い!』
『了解です!』
背面の飛翔機に加えてスカートの飛翔機に火を入れて、マイが一気に飛び立つ。どう足掻いてもこの場で役に立てない以上、これは仕方がない判断であった。
『っつ!』
とは言え、これは相手も予想していたであろう動きだ。即座に反応が来た。先ほどの超音速の射撃が、再び行われたのだ。
マイはそれを左手の盾を取り外して投げて犠牲にして、なんとか防ぎきる。閃光が生まれると同時に、マイはそれを煙幕として利用して、一気に飛翔機の出力を最大にする。
と、その次の瞬間、マイは何か嫌な気配を感じて機体を少しだけ左にずらす。エネフィアは、剣と魔法の世界だ。殺気を可視化する術さえあるエネフィアでは、嫌な予感という第六感は、戦場では信じるに足るだけの理由足り得る。意志の力を鋭敏に感じ取れるのなら、その悪寒は誰かに狙われている、という事にほかならないからだ。
そして、その予感は当たりだった。マイは何かがすれ違った感覚を得たが、それでも、カヤドの方に向かった敵との接敵に成功した。
『次世代機の万能型! でも!』
マイは両手に双銃を構え、前に突き出す。中距離ならば、彼女の機体の間合いだ。万能型相手にならば、なんとか立ち回れる可能性は十分にあった。
第6世代が実用化するのは、まだ数年以上も先だ。それ故、試験機は性能は本来第6世代が持つべき物よりも下だ。第5.5世代とも言えるマイ達の改良機ならば、立ち回り次第では、十分に抑えられるのである。
そうして、マイは数日前の失敗を糧に、同時射撃ではなく、片方ずつの弾幕を張る事を選択する。相手はそれに乗ってきて、即席のダンスが始まったのだった。
『ハインツ少尉! まだですか!』
『そう言ってもな!こっちだって急いでるよ!』
円を描く様に動くマイを尻目に、ハインツは敵の攻撃を躱しながら余力で背面ユニットに接続された大口径の砲塔のチャージを進めるが、思うようにはいかない。
『ちっ、撃てば当たる、ってのがバレてるのも痛いな……』
ハインツが忌々しげに同じ研究室所属の同僚の攻撃を回避する。相手側は先ほどからハインツを中心的に狙っており、彼が避けに回る様に攻撃を繰り返していたのだ。
その所為でハインツは背面ユニットに接続された砲塔へと魔力のプールが出来ず、チャージに時間がかかっているのだ。
『後もうちょっと……』
そして更に5分。カイトとユニコーンの獣人機との戦いが終わると同時に、ハインツの機体のアラームが鳴った。
『おし! 終わったぞ! フラメル、援護しろ!』
『了解です!』
ハインツは大型魔導鎧を手頃な浮遊する陸地の上に着地させる。そうして、彼は背面砲塔専用のマニピュレーターを取り出す。
これを使っている間は殆ど身動きが取れなくなるので、誰か一人は援護が必要なのであった。その援護が、次世代機として性能が高いフラメルの機体なのである。
『……ふぅー……弾着予想……良し。風速計速……良し。誤差修正……拡散・収束……』
『攻撃、来ま……いえ、大きくハズレです!』
『でかいハズレならいちいち言うな……ッ!』
ハインツのぼやきが通信に乗るが、その次の瞬間、ハインツが大声を上げた。
『馬鹿! ハズレじゃない! 俺の後から来る!防げ!』
『っつ!』
ハインツの言葉に、フラメルがはっとなって即座に後を振り向く。すると、そこには箱型の物体が浮かんでおり、それに反射される形で、超音速の光条がハインツの機体目掛けて射出される所であった。
『間に合えっ!』
フラメルは第6世代の許す限りの性能で、一気にハインツの後に回る。大型魔導鎧が次世代機であった事が功を奏したのか、それはなんとか、ぎりぎりで間に合った。フラメルは盾を両腕で突き出して、超音速の光条を受け止める。
『ぐぅっ!……間に合っ……』
しかし、次の瞬間。防いだ攻撃の衝撃で動けぬ背面を狙うように残る機体の長距離射撃を食らい、消失する。そして、それと同時。第5研の実験機からハインツの機体へと攻撃が迫るが、その直前。
『ファイア』
真剣な眼で敵を見据えたハインツは引き金を引き絞り、背面の砲塔から極太の光条を射出する。更に強引にその反動を殺さず機体を後に吹き飛ばし、敵の攻撃を強引に回避する。
そうして、背中の飛翔機を吹かすまでの一瞬、自由落下していく彼が見た物は、自身が放った光条が幾つもの光条に分かれ、敵を追い詰める姿だ。
『ビンゴ!』
顔に笑顔を浮かべたハインツがそう言うと同時に、敵の遠距離機2機を同時に光条が射抜いた。そして彼は更に自由落下しながら、ロングライフルを腰から取り外す。
『もいっちょ、ビンゴ!』
落下しながら、彼はマイと戦う次世代機へと狙いを定め、引き金を引いた。まさか戦っている最中の敵からの援護射撃が来るとは思わなかったようで、相手の機体は難なくロングライフルの一撃に沈んだ。
『あのぐらいなら勝てたわ』
少しだけ息を切らせたマイがふてくされて言う。
『へへへ、遅いからもらっちゃった。トリプルスコアだぜ』
ハインツは自慢げに大型魔導鎧を操ってVサインで応じる。そうして、その二人の前に、最前線で戦っていた二人が飛んでくるのであった。
時は少しだけ遡る。まだ、マイが突進する前。空中のそれも遥か千メートルの高さに現れた白い鋼鉄のユニコーンは虚空に着地すると、音も無くカイトの周囲を駆け抜け始めた。
しかも、時々角から雷撃を放ちながら、である。その機体は飛翔機を使わず、只足場を操るだけで空中を移動しているので、空中にも関わらず非常に馬らしい動きが出来ていた。
「マスター! 左、来ます!」
「ちっ、麒麟かよ!」
数度目の雷撃を盾で防いだカイトが苦笑しながら怒鳴る。雷を纏い、雷撃を放つ姿はユニコーンというより、東洋の麒麟を彷彿とさせたのだ。
『麒麟では無くユニコーンです。如何な獣かは知りませんが、余裕を見せていれば負けますよ!』
ユニコーンとなり、どのような表情なのかは窺い知れないが、何処か忠告する様な響きの乗った声だ。それにアイギスは手札を1つ晒す事を提言する。
「マスター、左腕盾が先ほどの一撃で使用限界が近いです。ここはいっそ」
「だな。ブランシェット家の新型一機撃墜との引き換えなら高くはない。敵さんにも手札を1つ晒してもらうとしよう」
カイトもアイギスも、敵の攻撃が蹴り等の体術と、角からの雷撃だけとは思っていない。必ず、何処かにそれ以外の武装がある筈なのだ。
次の戦いを考えれば、できるだけ、その設計思想は知っておきたかった。やろうと思えば切り札を切って速攻で仕留められるにも関わらず、そうしないのはこのためであった。
「アイギス! 飛翔機を吹かす! 背面からの攻撃はすべてモニターしろ!」
「イエス!」
『なっ!』
カイトは敵が背後に回った一瞬の隙を突いて、そのまま敵に背を向けて一気に距離を取る。ユニコーンの女性はそれに驚いたが、逆にこれを好機と捕えた。
幾ら飛翔機を使えど、ユニコーンである自分の速さに敵うとは思わなかったのだ。現に、彼女は飛び去ったカイトと一定の距離を保つ様に駆け抜ける。
「マスター!」
アイギスの声に従って、カイトは雷撃を機体を回転させて回避する。
『やはり複座機!』
一切此方を見ること無く回避した魔導機を見て、ユニコーンの女性は高性能な観測器を搭載する故ではなく、もう一人パイロットがいるが故だと判断した。
如何に高性能な観測器を搭載していようと、光の速さで攻撃する雷撃を観測してから避けることは出来ないのだ。逆に光速の攻撃を見てから回避出来るのなら、テスト・パイロットはやっていないだろうからだ。確実にテスト・パイロットでは無く、特殊部隊の方に配属される。
『ならば!』
雷撃では避けられる。それを判断した彼女は、一気に速度を上げて後ろからカイトを串刺しにせんとせまる。更に雷撃が角にチャージされていき、突き刺したと同時に内部に雷撃を流し込み、一気に破壊するつもりであった。
「マスター! 敵機速度上げました! 接敵まで10秒!」
「振り向きと同時に盾を切り捨てる! ホルダーから銃を抜ける様にしておけ!」
「イエス!」
そして、二人は同時に行動に移る。カイトは振り向くと同時に腕を振るうと同時に盾をユニコーンへ向けて投擲する。ブレードを鎧のコクピットに向けた投擲だ。
アイギスはカイトの戦術を先読みして、双銃をホルダーから抜ける様にすると同時に、前面に展開していた大剣を両側に移動させる。
そうして、それと同時。カイトは前が開いた部分を利用して、双銃を抜き放って、投げつけた盾目掛けて弾丸を放つ。
『思い切りが良いですね!』
スラロームの様に横に避けることで投擲された盾を避けようとして、此方を狙う様に加速した盾を見て、ユニコーンの目が見開く。
もしこれが人の顔であれば、彼女は明らかに笑みを浮かべただろう。投擲された盾を見るや、馬型となった鎧の鞍に似た部分から砲塔が二つ飛び出していた。彼女はこの展開も、想定の内であったのだ。
それは元々腕の外周部分を構成していた部品で構成されているらしく、それなりの太さを誇っていた。どうやら、本来は腕が変形して砲撃が出来る様な形だったようだ。
『はっ!』
胴体の部分の砲身が輝くと、次の瞬間に砲撃音が二度が鳴り響いた。弾丸は投擲された盾を数多ず撃ち貫き、消滅させる。ちなみに、消滅した盾は消えてなくなったわけではなく、ガレージに戻されただけだ。
そうして、彼女の速度ならば後一歩となった両者の距離を、彼女は一足飛びに跳び跳ねて頭を前に突き出した。しかし、その瞬間。カイトは機体を下へと半回転させて、彼女の下をくぐり抜けようと試みる。
「やっぱユニコーンは变化しても綺麗だな。その白さは神狼にも劣るまいよ」
『お上手です! ですが、手加減は致しません!』
上下ですれ違う一瞬、両者――ユニコーンの方は見えていないが――の視線が交差する。社交的な笑みを浮かべるカイトに対して、ユニコーンの女性は前足を一気に振り下ろす。
下に潜り込んだカイトを一気に踏み抜こうというのだ。角の雷撃よりも何よりも彼女が信じる、自身の脚力を利用した最大の攻撃であった。
「だが、オレは女性に足蹴にされて喜ぶ趣味は無くてね!」
しかし、カイトはこれこそを好機と捉えていた。若干半身が傾いた鋼鉄のユニコーンの前側に位置したカイトは、そのまま両側の大剣のブースターを点火して、鋼のユニコーンを中心として一気に上側に回り込む。
そうして、前後逆向きに、ユニコーンの上に跨った。カイトは上に跨るや先ほどの笑みとは反転した、獰猛な笑みを浮かべた。
「いい尻だな! 長くてぶっといの突っ込みたくなる!」
『駆動式のブースターだったのですか!……きゃっ!』
いきなり急加速した魔導機を見て、彼女の驚きの声が響いてきた。そうして、更に彼女は跨がられてセクハラ紛いのセリフに続けて、がぁん、と大音を立てるぐらい勢い良くおしりを叩かれて、純白の毛並みの下の頬が真っ赤になる。
ちなみに、彼女の驚きは実験場の多くの者が共有しており、誰もがあれを前面防御用の盾だと思い込んでいた為、まさかブースターが付いているとは思わなかったのである。
多くのなのは、目ざとく飛翔機に似た何かが取り付けられているのを見て取って、そこから正体を予測した者がいるからである。
「さーて、答えは何でしょうか!?」
鋼のユニコーンの上に跨がったカイトが楽しげに声を上げる。そして、カイトはそのまま逆手で背面ユニットから大剣を掴み、後ろ手に鋼のユニコーンの胴体へと突き刺した。
『なっ!』
「答えは……大剣でーす! マスターのはとっても熱くて長くてぶっといデス!」
「無茶苦茶に壊してやるよ!」
いきなり分離し、片刃の大剣となったそれに驚いたユニコーンの女性に、答えることは出来なかった。代わりにセクハラ紛いのセリフで答えたのはアイギスだ。彼女も楽しげに答えを告げる。
そうして、カイトはアイギスの答えと同時に、胴体に突き刺した大剣のブースターを点火する。別に背面に取り付けられたブースターは肩に接続していないと使えないわけではなかった。
『きゃあ!』
大剣が一気に鎧の中で加速して、胴体を真っ二つに切り裂く。そうしてユニコーンは胴体半ばで真っ二つに切り裂かれ、可愛い悲鳴を残して鋼のユニコーンは消滅した。
「アイギス、お前外に声出すなよ」
「あ、申し訳ありません。と言うか、二人して変態親父みたいな事言ってましたね」
つい調子に乗って声を外に出したアイギスは、カイトに窘められて少しだけ照れて謝罪した。まあ、別に戦っていれば違和感には気付かれるので、カイトも大して気にしていない。
「気にすんな」
そんな二人に、戦いを終えたカヤドが飛翔してきた。彼は性能差で押し切る事に成功したらしく、大した傷も無く戦闘を終了させていた。
『カイム少尉、そちらも勝ったようだな。で、誰だ?』
「本機付き補助パイロット、アイギスです。軍属では有りませんが、試験機の補助パイロットを務めています。準軍属、ですね。階級は特尉です」
『何故隠した?』
「色々と事情が」
『……そうか』
何処か探る様な口調だったカヤドだが、カイトの問い掛けを拒む様な答えに、公爵家の事情と判断する。さすがに、それを推して問い掛けることは出来なかったのである。
『では、両名共、次の戦場へと移るぞ』
「了解」
「イエス」
カヤドが背中を向けて移動を始めると同時に、カイトも背面の飛翔機に火を入れる。そうして、三人と二機の大型魔導鎧は一機欠けたチームの下へと飛翔していくのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第416話『合同演習』