第412話 合同演習 ――ブリーフィング――
カイトが師達の来訪を受けた翌日。皇城近くの研究所では、この日朝から合同訓練が行われる事になっていた。今はそれに向けての最終ブリーフィングの真っ最中であった。
「では、今回の合同訓練の概要を説明する。今回の訓練は公的な物である上、皇帝陛下も来られる。が、まあ、そんなことを気にしていてはどうしようもない。では、これから今回の参加機体の説明を行う。まずは第1研……」
ブリーフィングルームにて、カヤドの声が響き渡る。彼は大型モニターの前に立つと、参加予定の全研究室所属の各大型魔導鎧の概要を説明していく。
現在この場に居るのは、通常この研究施設に努めている第1~第5研究室のテスト・パイロット達と、カイトであった。ブランシェット家のテスト・パイロット達は参加していない。
このブリーフィングは最終確認の意味合いが強く、機体の調整の方が忙しければそちらに回っても大丈夫だからであった。現に、他のテスト・パイロット達の中にも、途中から参加した者も居る。カイトも、その一人だった。
「さて、ここまでが、現在皇国直下の研究室所属の大型魔導鎧の概要だ。基本的には、機体の新構造を試す第6世代と現行第5世代の改良機の全てが次期制式採用に向けての試作機であるため、今までの魔導鎧の発展、もしくは改良型と思って大丈夫だ。では、次に外来の研究室、第6研から第10研までの研究室所属機を説明する。まずは、第6研。これはブランシェット家麾下の新型魔導鎧となる。概要は明かされていない」
カヤドの説明に合わせて、モニターに今回参加予定のブランシェット家所属機の映像が映し出される。それは、獣の意匠を象った鎧であった。
全体的に勇ましい印象を受ける鎧で、今回参加するのは全3機だそうだ。最初に表示されたのはユニコーンの様な角を持つ純白の機体と、猿の様な印象を持つ黒茶色の機体、最後の一つは、勇ましい獅子の如きの意匠施された金色の機体であった。
今回の訓練は全4チーム入り乱れての戦闘となり、編成では全てカイトとは別のチームである。まあ、これは偶然ではなく、情報の流出を避けるために意図的に分けたのだが。ブランシェット家が3機なのも、そこらが影響していた。
「昨日夜、第7研究室から参加予定だった試作魔導炉搭載型大型魔導鎧は問題が発生したとのことで、現在空きの第9,10研究室と共に不参加だ」
第6研究室所属の各機の説明が終わったため、カヤドが次の説明に移るが、第7研究室の不参加を聞いて、挙手が上がった。それは、カイトよりも少しだけ年下のテストパイロットだ。が、カヤドは彼を指さす事無く、その前に事情を説明した。
「クローツ少尉、聞きたいことはわかる。第7研究室で開発されていたのは、クロムハイ辺境伯家の物だ。今回参加する必要は無いし、動力炉系統に重大な問題が見つかったらしい」
カヤドが肩をすくめる事無く、平然と実情を話す。この言葉から察すると、どうやら使用者以外に動力を設けるタイプの機体を開発していたようだ。こうすれば、使用者の力量に拠らず、大型魔導鎧を使えるようになるし、更にはひいては継続戦闘能力の向上に繋がるのであった。
が、今回の共同訓練には、その動力炉の問題から不参加としたのである。ガソリンがなければ車は動かない様に、魔力がなければ魔導鎧は動かない。単なる大きいだけの置物を参加させる意味は何処にも無いだろう。
「まあ、動力炉が暴走して、研究所が壊滅、なんて笑えた物でも無いからな。しかも今度のは皇帝陛下まで来られる。悪夢にしかならないな」
ラウルが肩を竦める。これには誰もが苦笑いを浮かべるしか出来なかった。大型魔導鎧に魔導炉という動力源を搭載しない理由は、まさに、これだった。
安易に動力源を搭載すると、戦闘で撃破されて暴走、という可能性があったのだ。今の技術では魔導炉の小型化が難しく、飛空艇のようにキャパシティに余裕があり撃破されても安全装置が働いて魔導炉を閉鎖、ということは出来ないのであった。
大型魔導鎧を動かせる程度の出力を持つ魔導炉の小型化は、どうしても安全性の問題で満足出来ず、ティナもまだ成功していない分野だった。
その代わりにティナが考えたのが、魔力をコンデンサのように専用の魔道具に一時的に貯蓄しておいて、なくなればそれを入れ替える、所謂、電池方式だった。こちらも同じく、使用者の力量に拠らず、大型魔導鎧を使えるようになる方式だった。小型魔導炉の開発までのつなぎ、という所だろう。
まあ、こちらの製作もしてはいるが、カイトが無茶をしたり予定に無い実戦等で普通の魔導機の対処が忙しく、そちらはまだ設計図を書き起こした程度にとどまっていた。
「そうだな……では、最後の第8研。これは既に実戦実績があるマクダウェル家の魔導機だ。単一での参加。機体概要は同じく不明。それと少尉。申し訳ないが、少尉は既に実戦での実績があるので、第7研の空いた穴を埋める為、一機少ないチームへの配属だが問題無いか?」
「……問題ないそうです」
カイトは通信機を用いてティナへと連絡を入れ、彼女からどうせならそれでやれと言われたので、頷いた。
「了解した。では、少尉は第1隊、貴官は私の部下のままだ。では、解散!」
カヤドの言葉に合わせて、テスト・パイロット全員が立ち上がり、敬礼して部屋を出て行ったのであった。
それから、1時間後。カイトはアイギスを伴い、第8研究室所有のガレージへと入る。そこには、相変わらずの試作型魔導機が偉容を晒していた。
「さて……アイギス。問題は無いな?」
「イエス。全システムオールグリーン」
カイトは魔導機へと乗り込むと、共に乗り込んだアイギスへと現状を問い掛けると、アイギスが全てのシステムのチェック結果を報告する。それにカイトは頷くと、研究室に詰めているティナに問い掛けた。
「ティナ。そちらは?久々の戦闘だが、何か問題は?」
『うむ。大した問題は起きておらんな。』
「良し。では、メインシステム稼働」
カイトの声に合わせて、コクピットには周囲の状況が映し出される。金属製のタラップに、コンクリートで出来た壁。何処かテレビゲームの人型戦闘ロボットの軍用基地に似た風景に、カイトは何度目かの笑いが起きる。
『む? どうした?』
通信機をつけっぱなしだったので、ティナにはカイトが笑みを溢したのが見えていたようだ。それに、カイトが少し笑みを含みながら答えた。
「オレたち、一応剣と魔法の世界だよな。いつから近未来ファンタジーになったんだろうな、ってな」
『くくく、それもそうじゃな……帰ったらこの映像を投稿でもしてみるか?』
「何だ、実写か、と言われるだけだろ……実写だけどな」
ティナがふとカイトの指摘に気づき、笑みを溢した。まだ、何処か不格好で鎧の様にも見えなくもない大型魔導鎧を駆る他の研究室は良いだろう。
だが、カイトが駆るのはほぼ、近未来的な戦闘用大型ロボットに近い。しかも、今居る施設は特性上、完全に地面もアスファルトやコンクリートで舗装されており、近現代風なイメージが余計に強かった。
かつてカイトが言った通り、どちらも人による文明であり、更には地球人であるカイトの手が加わっている以上、発達する程に、似てくるのだろう。それに、その印象を強める原因は、もう一つあった。
「おまけに、今回は市街地戦もあるからな」
カイトが笑いながら、ブリーフィングで受けた説明を告げる。当たり前だが、この研究所は皇都に近い関係上、場合によっては皇都への緊急出動もあり得る。それを想定しているが為、合同訓練では想定する状況の中には市街地戦も含まれていた。
そして、これは偶然だが今回の戦闘では市街地に近い戦場も設定されており、戦場となるエリアの一部にはガレージと同じ大きさの建造物――ただし中は何も無い――が立ち並ぶエリアも存在していた。
で、開始ポイントは各チーム毎4つのエリアで開始するのだが、カイトのチームは市街地が開始地点となるのであった。
『こういう時は、魔術があると便利じゃな。修復が容易くて助かる』
ティナが心底しみじみと告げる。当たり前だが、地球で同じような試験を行い、実弾でも使用すれば建物は殆ど破壊しつくされるだろう。
その修復には、当たり前だがうん億円ではすまないだけの予算が必要となってくる。修復に必要な材料は当たり前に調達する必要があるし、修復には破壊の規模に見合った工期が必要となってくるだろう。
それに対して、もし、魔術でぱっ、と修復ができるなら、材料費は必要が無く、また、時間もそれほど必要ではない。人件費、材料費を随分と浮かせることができるのであった。その分、研究の方に予算が回せるのである。
「試験エリアは四方20キロ。通常の戦場よりも広い……が、アイギス。わかっているとは思うが、全力でやり過ぎるなよ?」
「イエ……というか、それはマスターです。調子に乗って大気圏離脱と衛星軌道上からの狙撃なんて考えないでください。本機のスペック上、大気圏離脱は不可能というのが公式設定です」
『スペックは渡しておらんがな。そもそも、星の海へと渡れる機体を作れる事なぞ公にしておらん。抑えるんじゃぞ、二人共』
主従はお互いのやり過ぎを危惧する。が、開発者としてしょっぱなからぶっ飛んだ暴走をされた方としては、二人共を信用が出来ないらしく、ティナが睨みつける。
「オーライ、ソフィ技官殿」
「イエス、マザー」
半眼のティナに睨まれたカイトが茶化す様に答え、アイギスが平坦な声で答えた。そうして、全然信じていないティナだが、カイトは時間が無いので続ける事にした。
「で、今回は何を持っていけばいい?」
『む……そうじゃなぁ……とりあえず、戦場は市街地、森林、飛空大地、山岳地帯の4つ。山岳地帯はまあ、気を付けるしか無いのう。森林は、まあ50メートル級の森林を想定しておるから、最悪本当の森林戦を考えねばならん。ブランシェット家に注意することを考えれば、火炎放射器を持ち込みたい所じゃが……』
ティナが歯切れ悪そうに言い澱む。ブランシェット家は次期主のアベルを見ればわかるように、獣人族が主だ。その為、森林等の自然が多い環境は彼らの独壇場に近い。
なので、本来ならば森林をまるごと焼き払えれば楽に終わるし、戦術的にみれば、それが正解だろう。だが、これはやはり、カイトから否定の言葉が飛び出した。
「却下だ。ウチのモットーはなるべく自然破壊禁止だ。うるさいのが多い」
『ですよねー。まあ、それはわかっておった。なので、今回の戦闘では武装盾の火炎放射器は除外じゃ。ガトリングはお主でなければ使えぬ兵装じゃから、これも除外じゃな。まずは近接戦闘用に大剣二つを持ち込め。アタッチメントはいつも通り両肩と右腰じゃ。左腕武装盾はブレードを採用』
「5連装グレネードの方がよくないか?」
『武装が魔弾でなければのう。現在の皇国での量産品は弾丸を射出する形式じゃ』
「さよか」
カイトは言われた通りにガレージで大剣を両肩の接続部に搭載し、ブレード状態の武装盾を顕現させる。これは追加外装においてもここに接続されるので、別に追加したわけでもない。ちなみに、可変型大剣と追加装甲はカイト専用――と言うか、複雑でカイト以外に扱えない――なので、量産機には搭載されない機能である。
『次に、遠距離用に双銃を脇のホルダーの中に。手持ち式に軽機関銃を持ち込みたい所じゃが……まあ、開発リストの中に無い物を持ち出すわけにもいかんな。その二つのみで行け。今回の余らは来賓、別に手札を明かす必要は無いからのう』
武器の用意を整えたカイトだが、ふと、右腕のパイルバンカーと胸部に搭載されている兵装の言及が無いので聞いてみる事にした。バンカーの顕現ぐらいなら、元々隠蔽していた、程度で偽れる。使わない必要も無いだろう。
「後、右腕兵装のバンカーと胸部射出兵装は?」
『使うな、と言うても使うのがお主じゃろうからの。適当にせよ。まあ、明かす必要が無いなら明かさぬでも良い。隠し札として置いておけ』
「あいあいマム」
ティナからの許可が出たので、カイトはとりあえず頭の中に切り札として、二つを考慮に入れておく事にする。そうして、武装の選択が終わり、カイトはガレージから出発したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第413話『合同演習』