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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二十二章 皇国中央研究所編
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第409話 麗人 ――もう一人の師――

 本日の断章の投降は22時です。

「で、本日は如何なるご用事ですか?」


 いつも通りのじゃれあいを終えたカイトとムサシは再び訓練場の床に腰を下ろし、再び酒を呷っていた。その側には、ソラ達や剣道部部員達、復帰した武蔵の弟子たちが一緒である。彼らは武蔵の弟子を相手に、地球にある武芸についての談義に花を咲かせていた。


「うむ。お主、確か今ギルドを立ち上げておったじゃろ。それを少々貸せ」

「いえ、貸せと言われて貸せる物では……それに、さすがに私の一存で全てを動かせるわけじゃ無いですよ」


 有無を言わせず命じた武蔵に、さすがにカイトも苦笑してやんわりと拒絶した。幾らカイトにでも、出来る事と出来ない事がある。それにムサシは少し急ぎすぎた、と頭を掻いて言い直す。


「む……いや、スマヌ。儂の言い方が悪かった。内部調査に力を貸して欲しい、というわけじゃ。要には依頼、じゃな」

「……内部調査……ですか?」

「ほれ、そこの剣士達がおるじゃろ。あれを貸して欲しいんじゃ」


 武蔵はそう言って、顎で先ほど扱いた剣道部の面々を指し示す。そうして、ムサシにそう言われたカイトは大して急ぎでは無い事を察する。

 なにせ、そのレインガルド内部は場所によっては高難易度な迷宮(ダンジョン)なのである。そこはさすがに指定しないだろうが、最低難易度の迷宮(ダンジョン)であっても今の彼らでは到底、侵入できるレベルでは無かった。現状では最低レベルでも入れて、カイト自らが調練しているソラ達ぐらいだろう。

 かと言って、上層部で一番強い槍使いの瞬、指揮力の高い薙刀使い・桜、奇手の使い手で蛇腹剣使い・凛、鞭と鈍器の使い手の皐月と睦月は、とある理由から入ることが出来ない。

 その迷宮(ダンジョン)は高難易度の迷宮(ダンジョン)にありがちな、条件指定の迷宮(ダンジョン)だからである。

 その条件は剣士限定、なのであった。だから、レインガルドの剣士は有名なのであった。槍を使ったチューンであっても槍を得意としているだけで、恐らく、剣道部の面々よりも刀の扱いは上手いはずだ。というわけで、カイトが推測を口にした。


「急ぎ、じゃなさそうですね」

「うむ、急ぎではない。いつになるかわからぬが、次の出立までに、じゃて。少々大規模な調査を行いたいんじゃが、知っての通りウチは人手が足らん。かと言って、ウチの者以外で秘密を話せる者も少ない。調査団の選定は行っておるが、そちらの選定にも時間を要しておる段階じゃ」


 武蔵は少しだけ頭を抱えるように、カイトに実情を話す。内部はかなり広大なのに、上に乗っかっている空中都市レインガルドは非常に小さい都市国家なのである。全てを調査するには、どうしても人手が足りないのは、仕方がなかった。そこから、信用の置けるカイトに依頼した、という事だろう。


「古都レガドに不具合があるとお考えで?」

「わからん。だから、お主と嫁御にも来て欲しい。お主なら大精霊方の知恵が借り受けられるし、嫁御ならば人知の物であれば、対処が出来得るじゃろうからな」


 カイトの言葉に、武蔵が自分達では打つ手が無いと俯いて頭を振るう。古都レガドとは、空中都市レインガルドが乗っかっている遺跡の本来の名前だった。

 これを知るのはレインガルドの中でも限られた者しかおらず、また超古代の魔法文明の遺跡とあって、かなり貴重かつ表に出れば影響力が馬鹿に出来ない遺物も多い。それ故、人員を集めるのに苦慮していたのであった。


「お主らにも悪い話では無いはずじゃぞ」


 顔を上げた武蔵が、カイトに告げる。それに、カイトも頷いた。頷いたのだが、その言葉は、少しだけ歯切れが悪かった。


「確かに。古都レガドは前史文明の遺産の中でも有数の低難易度。今後の展開を考えれば、悪くは無いお話ですが……」

「歯切れが悪いのう……まあ、わからんでもない。調査団の護衛が務まる実力ではないのは、儂にも見て取れた」


 カイトの言葉を、武蔵も認める。如何に最低難易度といえど、難易度は並の迷宮(ダンジョン)とは比較にならないほど高い。最低難易度の場所を任せたとて、調査団を守り抜く事を考えればランクC上位は欲しい所だ。カイトとて剣士達だけを集中的に鍛えるわけにもいかないので、期日までにそこまで力量を上げられるのかどうかは、かなり微妙な所であった。とは言え、それは武蔵もわかっていた事の様だ。


「まあ、それは先の御前試合を見た時からわかっておった。なので、小奴らを置いていく。まだ段位じゃが、卒業組は都市の守りもあるからのう」

「段位でも三位を越えればランクAはあるでしょ、ウチの流派は。段三位でも師としては十分ですよ。それより、よろしいのですか? ウチは段位持ちは教えるの禁止でしょ?」


 まだ段位、と言って少しだけ申し訳無さそうにした師匠に対し、カイトが苦笑する。今の冒険部の面々の平均で、ようやく入門したてと言った所だろう。剣道ではなく、剣術や武術の師としてみれば、十分に使い物になる。どうやら御前試合から数日経過しての来訪には、その選定の時間が必要だったのだろう。


「だから、申し訳無いんじゃろうて。卒業組であれば、おおよその武芸は教えられよう。じゃが、彼奴らではまだ教えるには心許ない。下手に教わっては下手が伝染る。教えるなと厳命しておるわ」


 武蔵は顎を手に乗せて口を尖らせる。かなりご不満な様子が見て取れた。どうやら、彼は教えは曲げる気は無いらしい。その言葉に、カイトが首を傾げる。


「はぁ……ですが、それでは何を?」

「簡単じゃ。ともに切磋琢磨せいと言っただけじゃ。適当に武芸のぶつかり稽古でもさせておけ。あー、後、彼奴らには適当に嫁御の地獄を合わせてやっとくれ」


 武蔵はあっけらかんと適当に言い放つ。大して何か考えているわけではないらしい。まあ、強者と戦うだけでも訓練になるのは事実なので、確かに此方にメリットとなる話であった。置いて行かれる弟子達にしても、ティナの試練は大いに身になる物だ。これは両者にとって、良い交渉だろう。


「さて、これで仕舞い……と言いたいんじゃが、まあ、これではやはり少々心許ない」


 そう言った武蔵と同時に、一人の女性が訓練場へと入ってきた。艶やかな長い黒髪を持つ、着物姿のそれなりに長身の艶やかな美女だ。しゃなり、一歩歩くごとにそんな様が思い浮かぶ様な、まさに古風な美女である。

 はぁ、と彼女に気付いた学園生達の感嘆の溜め息が漏れ、同じく彼女に気付いた武蔵の連れて来た弟子達が大慌てで平伏する。そうして、平伏したのは、カイトも同じであった。


旭姫(あさひ)様。お久しぶりでございます。」

「ええ。お久しぶりです、カイト殿。皆も、面を上げてください」


 艶やかな美女は、カイトの前に綺麗な正座で座る。そうして、それを感じ取ったカイトが顔を上げる。すると案の定、そこには、切れ長の目を持つ、優美な美女の顔があった。

 彼女の目はしっかりとカイトの目を見据えていた。カイトが久しぶりに見たその眼は、過日と同じで全てを見通すかの様に、澄み渡っていた。


「ありがとうございます。旭姫様も此度のお話にご参加されておりましたか」

「ええ、この古都レガドの調査は我らレインガルドの全ての者にとって重要な仕事。私とて住人の一人。関わらぬはずがありませぬ」

「有難きお言葉。旭姫様のご助力があれば、私としても、百人力で御座います」


 旭姫が至極当然とばかりに言い放った決意に再び、カイトが頭を下げる。彼女の有り様からは、武家の女としての教育が見て取れた。そうして、そんなカイトに対して、旭姫が上品な笑みを浮かべる。


「まあ、お上手。カイト殿は私なぞとは比べ物にならないものを」

「これはご謙遜を……未だ、私なぞでは貴方様に勝つ事は叶いませんよ。先ほども、武蔵先生と少々打ち合い、それを実感した所です。師に唯一比する貴方様に、勝てる筈もございません」


 コロコロと品よく笑う旭姫に対し、カイトが微笑んで答えた。それに、旭姫は微笑みながら、武蔵に告げる。


「まあ、そうでしたか。宮本殿も、あまりはしゃがれてはなりませんよ」

「かかか……儂なぞ姫のはしゃぐ時に比べれば、幼子の戯れじゃろうて」


 笑いながら注意する旭姫に対し、武蔵が少しだけ嬉しそうに話す。そんな嬉しそうな武蔵に、旭姫は何処か、拗ねた様子で答えた。


「まあ……あれでも抑えてますよ」


 つん、と口を尖らせて笑う彼女だが、その様も品の良いお姫様だ。そうして、再び真剣な顔に戻った旭姫は、全員に声を掛けた。


「皆、こちらへ」


 澄んだ声は、静かな訓練場に染み渡った。そうして、正座をしていた全員が一斉に腰を上げ、彼女の前に整列して、再び平伏した。

 尚、手でカイトに呼び出されたソラ達や剣道部の面々も一瞬どうしようか迷い、結局カイトが平伏していたりするのを見て、一緒に平伏する事にした。


「面を」


 彼女の一声で、全員が顔を上げる。そうして、それを確認して、彼女は再び口を開いた。


「カイト殿との話がつきました。皆には苦労を掛けますが、私とともに数ヶ月、勇者殿の地にて我が同胞の子らの鍛錬と教練をお願いします」

「はっ、旭姫様」


 旭姫の言葉に再び頭を下げるチューン達だが、それに異議を唱えたのはカイトであった。カイトは彼女が来ることは聞かされていなかった。


「お待ちを! 旭姫様も来られると言うのですか!」


 目を見開いたカイトが旭姫に問い掛けると、彼女は一瞬きょとん、として武蔵に問い掛けた。


「宮本殿、まだ話していなかったのですか?」

「おお、そういえば話しておる所じゃったな。ほれ、此奴らには教練を禁じておる。代わりに、姫に頼んだのよ」

「は、はぁ……ですが、旭姫様。あの、今我らが居る住居はその、ですね……あまりお上品とは言い難い所なのですが……」

「構いません。それは先頃クズハより伺いました」


 暗に翻意を願ったカイトに対して、旭姫の方は構わないと告げる。そうして、暫し二人は眼で会話しあう。しかし、自身の眼を見つめる過日と同じ澄んだ瞳に、もはや何もいう事ができず、カイトは頭を下げる。


「……御意に。旭姫様がおっしゃられるのでしたら、私としましても、もはや何も言いますまい。ただ、さすがに下々の者に旭姫様のそのお姿を見せるわけにもまいりません。本来ならば、この場にも其のようなお姿で来られてはならない筈。どうか、最上階の客間をお使い頂ますよう」

「有難う御座います。では、左様に」


 頭を下げたカイトの言葉に、旭姫も頭を下げる。そうして、この案件は結局、彼女の望みに沿うこととなった。そうして、最後に旭姫がソラ達天桜学園の面々に告げる。


「では、皆々様。これより数ヶ月。よろしく、お願い致します」


 三指付いて頭を下げる彼女は、まさしく高貴な姫君であった。




「旭姫様、では、此方へ」


 話し合いが終了し、旭姫は一同の練度を見ると言った為、カイトは皇城のメイドや執事達に頼んで、訓練場の一角に畳張りの小上がりのエリアを整え、更に座布団を敷く。

 そうして、そこに旭姫を座らせ、カイトも請われてその側に座した。小上がりの下には良いと言われても旭姫の高貴さに遠慮したソラ達と、そもそもで恐れ多いと遠慮したチューン達が正座していた。尚、武蔵も小上がりの上で酒を飲みながら観戦している。


「では、始め!」


 旭姫の澄んだ声が、訓練場に響き渡る。旭姫は剣道部に対して、生き残るための剣術ではなく、彼らが学んだ武道としての剣道をさせていた。彼らの大元となる剣道を見て、練習方針を固めるつもりだったのである。


「九歩……三間がですか?」


 剣道部の知識に則って九歩の間合いでサインを創り出したカイトに対して、旭姫が怪訝な声音で問い掛けた。どう見ても九歩の距離には見えなかったのである。


「ええ、まあ、これは御身が去った少し後の者共の体格での九歩。更に後の我らの体躯ではどうしても……」


 旭姫の疑問は事情を知らぬ者が聞けば、確かに疑問に思う事であった。なので、カイトが苦笑して事情を説明する。


「左様ですか。にしても、足技も徒手空拳も使わないのですね」

「剣道と剣術は違いますので。かようにあの間合いでお互いに礼をし合い、それから試合に臨むらしいです。礼に始まり礼に終わる、とのことで、剣技を鍛える事よりも、精神面を鍛える事こそを至上としているのでは、と愚考致します」

「左様ですか。にしても、剣道。武術を以って心を鍛える事が出来るとは……真に平和となったものです」


 竹刀で打ち合う剣道部の面々に対して、旭姫が少しだけ嬉しそうに頬を綻ばせる。彼女の生きた時代は、戦乱の世が終わる頃、だったのだ。なので、自由に、それも男女別け隔てなく訓練が出来る剣道部の部員らに、少しの羨ましさがあった。


「姫も此方を学べば、そのお転婆が治ったやもしれんなぁ」


 餅をかっ喰らい酒を呷る武蔵が、楽しげに旭姫を茶化す。これには、旭姫も少し思う所があったらしい。少し照れた様子を見せながら、同意する。


「……少々、私も思いますが……」

「旭姫様は今のお姿なら、十分に姫君であらせられます」

「まあ、お上手……あら?」


 どうやら本人も少し思ったらしいセリフに対してカイトが述べた賛辞らしい言葉の違和感に気づき、コロコロと笑っていた笑みが固まる。


「カイト殿? それは一体どういう事でありましょうか?」

「さて、愚息には如何なことやら」


 柔和な笑みに青筋を浮かべた旭姫に、カイトが悪戯っぽい笑みで返した。今の御姿なら、という事は、裏返せば、そうでない時は、お転婆だ、と認めたセリフだったのだ。


「……なぁ」


 と、そんなカイトを、ソラが手招きする。丁度旭姫も武蔵も試合観戦に集中し始めた所だったので、カイトはその手招きに応じて移動する。


「どうした?」

「誰? またお前の女?」


 親友からまた、と言われちょっと傷付くカイトだが、否定出来ない。ある意味では、それも正しかったのである。


「オレのお師匠様だよ。旭姫様」

「ん? お前の師匠って確か、あっちの宮本武蔵と佐々木小次郎じゃなかったっけ?」

「ああ、だから、その佐々木小次郎だよ」


 カイトの言葉の意味を咀嚼するのに、ソラ達はしばしの時を要する事になる。カイトは確かに、あのまさに武家の姫君と言うべき女性を、あのアホの子寸前の佐々木小次郎だ、と言ったのだ。そして、事実、彼女こそが、佐々木小次郎その人、だった。小次郎が髪を下ろした姿を見たことがある凛の顔が、それをつぶさに表していた。

 そうして、それに理解が及んで、ソラ達は今度は旭姫のあまりに違う人柄からその事実が信じられずに、暫しの間、時が止まったのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第410話『もう一人の剣豪』

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