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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二十二章 皇国中央研究所編
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第408話 師弟対決

「はふ……なるほどのう。やはり皆伝者には段位者では及ばぬか」


 皇城に誂えられた訓練場にて、焼いた磯辺焼きを食べつつ、武蔵が呟く。その顔は妻の手作りの餅とあって、至福に緩んでいた。それに対して、カイトの方も砂糖醤油の餅を頬張りつつ、笑みを浮かべる。


「あつっ……ええ、まあ。幾ら数で囲んだからといえど、段位持ちに負けてはまた師に地獄の修練をさせられますからね」

「ぬふ……違いあるまい」


 餅を頬張りながら、武蔵が笑みを浮かべる。その笑みは、闘士の笑みだ。武蔵とて差し向けたものの、決して、彼らがカイトを打ち倒せるとは思っていなかった。打ち倒せても彼も反応に困る。


「遊びながら、およそ3分か。腕は鈍っておらんな」

「当然です」


 既に目覚めた弟子たちを見ながら、武蔵が満足気に頷く。そうして、問い掛けるのはかつて去った故郷の事だ。


「で、どれほどの者が残っておった?」

「は……師の知己でしたら、名将・立花、新陰流・柳生、御庭番・小野は隠れ住み、今なお日ノ本の守りについています。宝蔵院流は一応まだ伝わっていますが、表向きは殆どが廃れました」

「表向きか」


 カイトの含みのある言い方の意図を理解したムサシが、先を促す。


「はい。表向きは、殆どの形が失伝した事になっています。が、裏では密かに、武闘大会を開催しつつ存続しています。これには柳生が一枚噛んでいるようですね」

「まあ、あそこは付き合いがあったからのう。他はどうじゃ? 丸目や細川は?」


 カイトの言葉に、ムサシは納得して頷く。そんな師を見て、カイトは更に続けた。


「細川は今は一刀流居合を続けておりますが、主は茶道と。丸目は諸国漫遊をされているらしい、ですね。時折喧嘩を売られましたよ……上泉武蔵守は変わらず、富士の霊峰にて」

「左様か。まあ、上泉武蔵守は剣の道を体現された神の様なものじゃて。儂でさえ、あの御仁に勝つ事が最終目標に近い」


 ムサシは唯一の故郷の心残りに少しだけ、心惹かれる。だが、まだ、彼も勝てるとは思っていないのであった。そうして、何処か顔を青ざめさせて、武蔵が問いかける。


「そういえば……卜伝殿はどうじゃ? 相変わらず息災か?」

「ええ。あ、詫びを伝え、受け入れられました。酒は大層気に入られておりましたので、ご安心を」

「そうか……若気の至り故に、と申し訳のう思うておったが、儂がまだ生きておった頃には、ついぞ再会は叶わんかったからのう……そりゃ、安心じゃ」


 カイトからの返答に、武蔵が安堵の息を漏らす。卜伝、とは塚原卜伝の事だ。武蔵がまだ若い頃に食事中の卜伝の所へ攻撃を仕掛けた事を、ずっと無礼だった、と武蔵が悔やんでいたのである。その詫びを、日本に帰ったカイトが頼まれていたのである。


「その他も半ば廃れ、半ば隠れ、半ば普通の名家として残るといった所でしょうか。今の日本の裏事は皇家が取り仕切っているようです」

「皇?……知らんな……」

「天皇陛下……先生にわかるよう言えば、帝陛下の家系より分かたれた、裏の呪術を担う一家です。天海僧正が江戸に幕府を献策した後、由縁あって分かれた、らしいですね。安倍一門と土御門一門へ京だけを護るのでは無く、平和になった日本全てを護るよう、天海僧正が徳川家康へと献策し、更に時の将軍が陛下へと奏上し、ご聖断により、皇家へと統合した様子……私が皇家より引き取った少女が、そう語ってくれました」


 こくん、とカイトが持ち帰った武蔵の故郷播磨――今の姫路辺り――にほど近い、灘の日本酒をお猪口で傾ける。そうして飲み干して、少し、目を見開かせた。


「なるほどのう。そりゃ、知らんも道理……ほぅ……たかが儂が死去してたかだか400年と思うたが、酒は進化しおる。とは言え、やはり灘の銘酒は美味い。先に飲んだ播磨の酒には、適わぬがなぁ……」


 突き出されたお猪口に、カイトが今度は再度播磨の地酒の入った徳利から冷酒を注ぐ。そうして300年ぶりの故郷の酒にムサシは少しだけ、涙する。

 如何に日本から遠く離れた異世界に居を構えたとは言え、彼も大本は日本人だ。郷愁の念は無いではないのであった。


「この味ばかりは、恐らくかつての将軍様とて、飲めなかったでしょうね」

「かかかっ……まあ、違いあるまい。幼き日に泳いだ瀬戸内の塩水を思い出すわ……関ヶ原を終えてしばらく、ある縁で密かに家康の御大に招かれた折に飲んだ灘の酒よりも、両方共遥かに美味い。人も捨てたものではないな。ほれ」


 武蔵が返杯とばかりに徳利を傾けたので、カイトはお猪口を差し出し、有り難く師からの酒を頂く。二人は師弟であると同時に、大戦を共に生き抜いた戦友だ。なので時折、この様に盃を傾け合うのであった。


「おっと……左様で。そこらは、私はたかだか20余年しか生きておりませんので、わかりませんね。が、まあ、先生のお言葉は、播磨の者達も灘の者達も喜ぶでしょう」


 カイトがお猪口の酒を飲み干したのを見て、武蔵が笑みを浮かべて、問い掛けた。


「さて……千葉の酒はないのか?」

「それは、後で良いでしょう?」


 武蔵の問い掛けに、カイトも笑みを浮かべて答える。二人共、浮かんだのは獰猛な闘士の笑みだ。そして、二人は同時にお猪口を後へ、放り投げるのであった。




「つぁ!」


 二人は立ち上がり、同時に左の大太刀を振るう。振るわれた大太刀の衝撃で衝撃波が生まれ、周囲がビリビリと震える。


「さて、鈍っておらんか儂が試してやろう!」

「そりゃ光栄で!」


 二人は左右の大太刀と大剣を交えながら、楽しげに戦う。二人はまるで鏡合わせの様に同じ構えから、同じ斬撃を繰り出す。そしてたった数合で、武蔵はカイトの剣戟が衰えていないのを見抜く。


「ふむ! 合格合格! 剣筋は鈍ってはおらんな! それ以上に研ぎ澄まされておる!」

「信綱公に弟子入りが認められましてね! そりゃ、必死でやりますって! 他にも素盞鳴尊や毘沙門天等とも戦いましたし、スサノオに召し抱えられた大和武や、毘沙門天に召し抱えられた謙信公とも戦いました!」

「ほう! それは楽しかったろうな!」


 カイトの剣筋が落ちるどころかますます上がっていたのを見て、武蔵が満足気に笑みを浮かべる。カイトは地球に帰ってからも活動を続け――と言うか続けさせられたのだが――、神々や異族達の中でも有数の使い手たちとも幾度も鉾を交えていたのだ。剣の腕が落ちる筈は無かった。地球は地球で、かなり強い者も多かったのだ。


「ははは! ええ、楽しかったです! でも、あの謙信公の真面目さはなんとかなりませんかね! 真面目じゃなくて、糞のつく真面目ですよ、あれ!」

「かかっ、軍神殿は噂に違わぬ堅物か! 儂が世に出た時には既に身罷られた後じゃったからな! おしゅうてならん!」


 そんな雑談を繰り広げながら繰り出される斬撃は、音速を遥かに置き去りにしたものだ。二人共振るうには難い剣の筈なのに、それを悠々と振るっていく。それはまさに人外の域に到達した者にのみ許された、神技の武芸であった。


「さぞ、楽しかったろうな! 儂でさえ伝え聞くだけじゃった明や清、天竺の神々との戦いは!」


 何処か、嫉妬混じりの武蔵が問い掛ける。彼はここまで登り詰めた武芸者だ。当然のように、強敵との戦いは心惹かれる。それ故、自分がまだ生きていた時代には不可能だった強敵との戦いが出来た弟子には、思わず嫉妬を浮かべずには居られなかったのである。


「インドラ……帝釈天は弱かったですけどね! 単なるスケベオヤジですよ、あれ!」

「くかかっ、儂も書で読んだが、お主が言うとは! それほどまでに助平か!」

「ええ! まあ、マジでヤバイのは闘戦勝仏ですよ! あっれ、七姉妹揃ってバケモンですからね! 牛魔王はマジでホルスタインだし、<<蛟魔王(こうまおう)>>は嫉妬深いというかしつこいし!」


 カイトが姉妹、と言った事に気付いて、武蔵の時が止まった。カイトが出したのは、有名な西遊記の孫悟空とその義兄弟達の事だった。それが揃いも揃って女だ、と言われたのだから、驚くのも無理はない。ちなみに、何故かこのセリフは後に彼女らに伝わり、一揉めすることになるが、今は横に置いておく。


「……あれ、雌なのか? と言うか、女?」

「猴魔王は女じゃなくて、単なるメスザルですね、あれ。何時も何時もウキーッってうるさいですし。というか、西遊記は先生も知ってましたか?」


 あまりの事実に一瞬、武蔵の剣戟が止まる。それに合わせて、カイトも動きを止めた。ちなみに、このカイトのセリフも如何な因果か後に闘戦勝仏こと孫悟空に伝わり、お釈迦様の頭痛の種となるのだが、それは置いておく。尚、原因は当然孫悟空その人ではなく、カイトと孫悟空の大喧嘩である。


「まあ、お主が読んだのと同じかはわからんが……儂も漢文の教本にその写本を手に入れたからのう……まあ、良い。その伝説の仏様相手に振るった我が武芸! 腕が落ちておらぬ所をしかと見せよ!」

「はい!」


 二人は同時に両手の大剣と大太刀をクロスさせて斬撃を放つ。放たれた斬撃は二人を同時に吹き飛ばし、間合いを強制的に取らせた。そうして、二人は同時に大剣を背負い、大太刀を納刀する。


「<<八房(やつふさ)>>」

「征くぞ、<<裏・八房(うら・やつふさ)>>」


 その次の瞬間。二人は笑みを収めて8体に分裂する。カイトはムサシを取り囲むように、ムサシはそんなカイトの包囲に立ち向かうように、背を合わせて円を組んで、だ。


「つぁ!」

「はっ!」


 裂帛の気合と共に、総計16体の男達は同時に駆け抜ける。一瞬で16体の男達は交差し、斬撃が交わる。地面には8つの斬撃の跡が線となって刻まれ、爪痕を残す。

 そうして、僅かに速かった8体の武蔵達は同時に8体のカイト達の始点に着くと同時に大太刀を納刀し、それに合わせて刻んだ爪痕から斬撃が吹き出した。対する8体のカイト達は斬撃に障壁を刻まれながらも、背負った大剣を地面に突き刺した。


「開け、緋の茨……<<八葉(はちよう)>>!」


 カイトの突き刺した大剣に呼応して、8体のカイト達の創り出した爪痕から斬撃が生まれ、それはまるで武蔵達の生み出した斬撃を絡めとるように絡みつく。その姿はまるで、茨の様であった。

 出力を抑えれば、同じ剣技では威力でも練度でも、自分が師に勝てないのはカイトも承知済みだ。ならば、自らだけの手札を切るしか無かった。そうして、その斬撃を喰らった茨は、そのまま8体の武蔵達に絡みつく。


「むぅ! 相変わらず勝手に儂の技を改変しおって!」


 武蔵が楽しそうに、カイトに文句を言う。文句はただただ言っただけだ。思っても居ない。カイトは確かに、<<蒼天一流(そうてんいちりゅう)>>の秘技の1つ、<<八房(やつふさ)>>を使った。が、それは単なる技の起点であった。

 彼は武蔵の<<蒼天一流(そうてんいちりゅう)>>に加え、コジローの<<緋天の太刀(ひてんのたち)>>の花系統の<<緋の茨(ひのいばら)>>を混ぜあわせた彼独自の技を使用したのであった。


「ぬぅん!」


 縛られた8体の武蔵達は、同時に腰の大太刀を魔力で鞘から射出し、無理矢理右手で逆手に持つと、そのまま強引に力技で8本の緋色の茨を突き刺す。

 そうして緩んだ拘束から強引に脱出し、茨をそのまま大太刀で絡めとる。茨は各々のカイトと繋がっており、一瞬の硬直が生まれる。


「つぉりゃ!」


 そして、ムサシが吼える。それと同時に力負けしたカイトがたたらを踏み、前につんのめる。そうして一気に8体のムサシが駆け抜け、とある一体のカイトへと殺到し、八方から背負った大剣を上段から振り下ろした。が、それは振り下ろされる事なく、カイトの頭上で停止した。


「まだまだ負けんわ」


 カシャン、という音とともに、大剣が背負われる。


「敏感過ぎるでしょう。ほとんど一緒のつもり、だったんですけどね……」


 カイトが苦笑とともに、両手を上げて負けを認める。ムサシは僅かな力の差からカイトの本体を見抜き、その一体にのみ集中したのである。

 当たり前ではあるが、カイト達が作った分身は、7体だ。全てが分身では無いのだ。であれば、やろうとして、更に技量がその水準にあるのなら、本体を見極める事が出来るのである。


「ふん、まだ儂の力も捨てた物では無いな」

「先生の力が弱いというなら、数多剣士が廃業するでしょうね。と言うか、私も、剣士としては廃業ですよ」


 カイトは自らの異空間の中に双刀を仕舞い、ムサシの何処か嬉しそうな呟きに肩を竦めたのであった。




「……俺、カイトが負けたとこ初めて見た……」


 行われた戦いを見ていたソラが、唖然となって呟いた。彼はよもやカイトが剣技で負ける存在が居るとは思ってなかったのである。


「私も、ですわ……」


 瑞樹もソラと全く同じ表情で呟く。誰しもが、今の戦いを信じられない顔で見ていたのである。


「と言うより、私は今の戦い自体が信じられないんですけど……」


 一方、戦いそのものに唖然としていた者もいる。剣道部として最後まで残っていた暦だ。


「あれ、一体何合打ち合ったんだ?」

「見切れたのは?」


 ソラの疑問に、魅衣が問いかけると、彼は肩を竦めるだけだった。つまり、全く見切れなかった、ということである。


「はぁ……オレは別に神でも何でも無いぞ」


 そんな一同に対してカイトが肩を竦めて告げる。当たり前だが、彼は弟子で、まだまだ修練中の身なのだ。勝てない相手は居て当然だろう。


「いや、お前も負けるんだな」

「あのな……前に言っただろ。オレは決して強くないって。オレが強いのは単に出力で押し切ってるだけだって。後は、見て覚えて、その練習しただけだ」


 何処か、いや、かなり残念そうな声色で、カイトが告げる。しかし、それは誰にも気付かれることは無かった。誰もがそう偽っているだけだと思ったのだ。


「オレが強いわけじゃない。オレは強い奴を真似ているだけ……そして、ただ単に、忘れない……忘れられないだけだ。それを、声に従って再現してるだけだからな……」


 最後に遠い目で小さく呟いたカイトの瞳には、何か、誰も見知らぬ強い意思の光が宿っていたと言う。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第409話『麗人』


 2016年9月8日 追記

 ・修正

『息災無い』という誤った用法を使っていた所を修正しました。

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