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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二十二章 皇国中央研究所編
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第406話 剣豪 ――宮本武蔵――

「はぁっ!」


 迎賓館の近くに誂えられた訓練場に、女生徒の元気の良い声が響く。彼女は今、刀を構えて仲間と共に、一人の剣豪へと立ち向かっていた。

 男は本来の目的である弟子の到着までの暇潰しに、自身より遥かに後代の者達の力量を確かめていたのである。そして、その後代の者達にしても、自らが伝説や講談で伝え聞く伝説の剣豪を前に、曲がりなりにも剣道を嗜む者として、一度は戦ってみたかったので、是非にと願い出たのだ。


「はっ!」


 彼女は気合一閃に横薙ぎで切り払うが、男は左の大太刀で余裕でそれを受け流す。


「はははっ、元気が良いのう! 太刀筋も良い!……ほう、これは見どころのあるおなごじゃて!」

「きゃあ!」


 男は受け流して体術で彼女の後に回り込むと、一瞬で刀を背負って彼女のお尻に対してセクハラまがいに一撫ぜする。


「こ、この人……!」


 左手でお尻を庇う少女の怒りを含んだ声がおどろおどろしく響くが、男は動じない。それどころか、既に仕舞っていた二刀を両手に持っていた。セクハラとしてはセクハラだが、この程度の余裕を見せられる、という単なる挑発、だった。


「まさに先輩のお師匠様……」


 少女の何処か怒りを含んだ呟きは、男にしか届かなかった。少女が言うのは、カイトの事だ。そう、彼女は剣道部所属の暦であった。


「ふむ、あ奴の女好きは儂譲りでもあるまい。あれと出会った時には既に多数のおなごの影があったわ」


 何処か懐かしげに語る武蔵に、一同が勇者の影を見る。そうして、カイトも時折浮かべる獰猛な笑みを彼も浮かべると、一気に気配が変わる。今までの飄々としてスケベオヤジ然としていた雰囲気が、一気に剣士のそれに変わった。


「さて……儂らが生きた後世の若者よ。お主らの流派には色々な流派が見える。信綱公の新陰流であったり、我が二天一流の流れが見えたり、石舟斎のあれであったりと……しかし、どれもこれもまだ足りぬ。希薄じゃて。かよう後代の者共がこうでは、おうたこともないが、名にし負う徳川の石舟斎殿も一刀斎殿も泣くであろうて。まあ、政宗公や十兵衛あたりは、笑うやもしれん。いや、平和で良い事と笑うのは政高公よな……む、お主らには宗茂公の方がわかりやすいか? まあ、そこの新陰流の使い手では宗矩は必ず泣くであろうな。読めんのは……くくく、武蔵守よ。さて……あの御仁は如何するのやら」


 何処か楽しげで、何処か懐かしげな武蔵が大太刀で指すのは剣道部の部長だ。指差された彼は日本でも有数の剣道の使い手で、新陰流として実家の道場で鍛え、この歳にして、既に有段者だった。

 彼は全国大会では連覇を成し遂げた程の剣豪だ。渾名は、天才・藤堂。世界大会でも同年代では不敗の男だ。同年代で唯一苦戦するとされたのは、ソラの弟であり、もう一人の天才剣士と言われた空也にだけだ。残念ながら、歳の差から戦う事こそついぞ叶わなかったのだが。

 とは言え、カイトを除けば、天桜学園、いや、剣道という意味でなら、20歳以下の日本最強の剣士の一人、だった。

 だが、それを以ってしても、武蔵からすれば、嘆かわしいと言われる程度に過ぎなかったのである。そうして、指された彼は、気合を入れなおす。


「全員本気で……死力で構えろ! 相手は日本で最も、いや、地球で最も有名な剣豪だ! 去年大会で戦った二天一流の奴と太刀筋は似ている筈! 剣道部でせめて一太刀はいれるぞ! おぉおおお!」


 藤堂が全員に命ずる。今までも本気でやっているつもりだったが、これからは十二分の力を出すつもりでやろうと言うのだ。彼にとって、この戦いはまさに夢、いや、父たちに自慢できる様な本当に夢の様な出来事だった。死力を尽くさないのは、あり得なかった。

 そうして、彼が気勢を上げて率先して切り込む。が、それは右の大剣で防がれ、左の大太刀で吹き飛ばされる。たった、一瞬。それで負ける。始祖の実力。それを、まざまざと見せ付けられた格好だ。

 更にそれを囮として向かってきた副部長は、大剣の腹で吹き飛ばされた部長とぶつかり一緒に吹き飛ばされ、更に男の後を取ったはずの3年の生徒は振り向きざまに左の大太刀で気絶させられた。


「たぁっ!」

「はっ!」


 次に向かって行った3年の生徒は、2年の3人と4方から同時に仕掛ける。が、それらは全て、武蔵の持つ大剣と大太刀を交差させて防ぎきる。


「はあっ!」


 武蔵は気合一発で4人を居竦ませると、そのまま4人の刀を思い切り切り上げ、そのまま回転して4人を切り捨てる。一撃で大きく吹き飛んだ4人を前に、残る一年と二年の剣道部が身を居竦ませる。

 まあ、彼らの多くは冒険者として活動していなかったり、ようやく活動し始めた程度であるので、仕方なくは有るだろう。


「ほれ、どうした? もうこんのか?」


 身体を居竦ませて固まる剣道部部活生達を見て、何処かつまらなそうな武蔵が呟く。が、なんとか気を取り直した生徒たちが向かってきたのを見て、再び構えた。


「きぇええええ!」


 奇声を上げて上段に構えた一年の生徒が真っ先に向かっていく。それにムサシが呆れ、溜め息を吐いてがら空きとなった胴体に大剣の腹の一撃で潰す。


「示現流のつもりじゃったんじゃろうが……お主は違うであろう。即興で猿真似をやるならやらんほうが良い。猿真似にも猿真似のやり方があるわ」


 その後も次々に向かってくる生徒たちを潰していくムサシだが、暦が動かない事に気付く。彼女は自分の刀を納刀し、こちらの動きを見定めるように注視していた。


「ほ、そこなおなごは諦めるか?」

「……いえ、先輩に言われた通りに動いてみようと思ったんです」


 暦が言う先輩がカイトを指すことは、既に聞いていた。だから、ムサシは少しだけ笑みをこぼした。カイトの教えがどのような物であったのかに、少しだけ興味を抱いたのだ。

 カイトは自身の正体を知った者には、少しだけだが、手ずから鍛錬を施している。これはある意味で、彼らに更に負担を掛けるためであり、それと同時に彼らへの口止め料に近い。

 それに、彼は自らだけでは出来る事に限りがある事を把握しているからでもあった。ならば、力を与えなければならなかったのだ。


「行きますっ!」


 暦は鞘に刀を収めたまま、9歩の距離を一気に駆け抜ける。本来の剣道ならば有り得ぬ動作だが、これは剣道の試合ではなく、剣術を用いた戦いだ。彼女は帰るまで、剣道であることを一時、脇に置いていた。


「ほう、居合か。良い、来い」


 居合の構えを構えた彼女を見て、ムサシも応じるように刀を納刀し、大太刀を腰へ佩びる。本来ならば居合に向かない大太刀はムサシの魔力で一刀流に最適な長さへと変わり、ムサシも居合の構えを取る。


「はぁっ!」

「むっ!」


 おおよその実力から暦の速度を測っていたムサシだが、予想以上の速さに一瞬、戸惑う。しかし、それも一瞬だけだ。そして、武蔵は彼らの人生を10倍にした以上の月日を、剣術に費やしている。なので、抜く速度が遅かったにもかかわらず、ムサシの刀と暦の刀は打ち合い、弾かれる。そうして、次の行動にムサシは驚いた。


「私の得意はこれだけなんです!」


 昔カイトに語った通り、彼女が得手とするのは抜刀術だ。だから、彼女は声を上げてそれを告げる。そうして、暦は加速して一気に納刀し、再び強引に抜刀の構えを作る。


「これは……くくく……」


 その行動は、かつてカイトに自身が教えた物。それに、武蔵は知らず、獰猛な笑みが浮かぶ。それ故、次の攻撃に武蔵も同様の行動で、ただし、少しだけ速度を上げて応じる。

 それは、少し考えれば理解出来たことだ。カイトは本来は刀使い。自身も、刀使い。だから、カイトは自身と小次郎に師事しているのだ。

 そして、二人共自身がエネフィアで作り上げた流派で、数少ない皆伝、いや、両方に師事してそれを皆伝まで会得した唯一の男が、カイトだ。そんなカイトが、力が居る者達であり、自身と同じ刀使いの少女を相手に自らの会得した流派を教えぬ筈は無いのだ。


「はや……い……」


 繰り広げられる居合の応酬に、部員の誰かが呟く。連撃は残像を生み、生まれた残像は更なる速度の斬撃で消え去る。そうして、遂にムサシの残像が暦の速度を超える。


「っつ……」

「良い、少女よ。それが、お主の先輩が言うた教えか」


 武蔵が顔に獰猛な笑みを浮かべる。それを、暦は首筋に当るひやりとした刀を感じつつ、その笑みを目の前で見る。自身の刀はまだ鯉口を切った所で止まっていた。


「参り……ました」

「うむ」


 武蔵が最後に太刀を鞘に納刀する。それが、終了の合図であった。


「くぅ……これが……歴史に残る大剣豪か」


 なんとか起き上がった藤堂が、かなり残念そうに地面を叩く。彼とて負けたのは、初めてでは無い。だが、ここまで惨敗と言えたのは、初めて、だった。

 武蔵はそんな部活生達を横目に、暦に問い掛けた。彼女は降参と同時に尻もちをついて、袴に皺が出来るのも構わずに座り込んでいた。


「少女よ……お主、その技は名を聞いているのか?」

「え? あるんですか?」

「ふむ……お主の師は何も言わなかったのか?」

「先輩が、ですか?」


 暦はきょとん、と目を丸くする。暦がカイトに師事していることは、有名だった。これはお互い同じ刀使いとして、学内最強のカイトが暦を教えていてもおかしくないが故に、公表しているのであった。

 というより、実は一度剣道部に招かれて魔力等の補助無しで剣道の試合形式でカイト対顧問――剣道5段――で戦った所、カイトが剣技でも圧倒したのである。

 名実ともに学内最強の剣士となってしまったので、公で訓練出来るならそちらの方が良いか、と隠す必要も無し、と公表したのであった。


「なんじゃ、やはりか。それは儂の流派の一刀流<<一房(ひとふさ)>>の練習よ。どうやらよほど目を掛けられておるようじゃな」


 くすくすと笑うその顔は、先ほどの剣士としての物ではなく、何処か老成したものだ。そうして、彼は暦にのみ聞こえるように、呟いた。


「全く、語らぬのは何時ものことよな。我が弟子よ」

「あはは……武蔵先生。此度の御来訪と、彼らへの調練、有り難く」


 武蔵が振り向いた先には、丁寧に正座で平伏するカイトの姿があった。この世界で唯一、カイトに無条件に平伏させられる存在が居るとすれば、それは彼と小次郎だけなのである。

 ちなみに、平然と我が弟子だと武蔵先生だのと言っているが、密かに擬装用の結界を張り巡らせているので問題はない。と言うか、そうでもしないとおちおちと師弟の会話は出来ないだろう。


「えぇー、先輩が土下座って……」


 一方、そんなカイトと武蔵の関係を知る由もない暦は、滅多にないカイトの謙った態度に目を白黒させる。知らない者からすれば、驚くしか無いのは無理も無い。だが、曲がりなりにもカイトが師事した存在だ。これは普通といえば、普通だろう。


「まだあれらでは相手にならぬか。」


 笑みを浮かべるムサシが見るのは、カイトの更に後。地面に倒れ伏した何人もの男女だ。その衣服は何処か和風で、全員が一様に様々な武具を携えていた。まあ、その武具は彼らの周囲に散らばっているのだが。


「ああ、やはり弟弟子でしたか。わざわざ兄弟子への挨拶を薦めて下さるとは、痛み入ります」


 カイトは一度頭を下げ、再び上げた所で、二人は同時に笑みを浮かべる。この程度でなんともならないのは、お互いにとって当然の事だったからだ。


「中にはお主よりも長く儂に師事しておる者もおるのじゃがのう……」


 頭を掻きながら武蔵が足を崩して直に床に座る。少しだけ楽しめたので、火照った身体に板張りの床の冷たさが気持ちよかった。


「まあ、今の世は大きな戦もなく、身に付くにも時間が掛かるでしょう……それに、段位者が皆伝に勝てても可怪しいでしょうに」


 正座のままのカイトが致し方がなしと少し笑いながら告げる。自身はまさに必死だったのだ。覚えなければ、死ぬだけ、だったのだ。それと熟達速度を比べられても困るし、そもそもまだ見習いが卒業した奴に勝てても可怪しい。当然だった。


「ふむ、まあ儂も最近は暇よ。中に潜る事も最近は出来んしな。さすがに乳飲み子がおるのにあまり離れてはミトラに呆れられるわ」


 どうやら上空はかなり暇らしい。少しだけつまらなさそうに武蔵が告げる。ちなみに、中とは空中都市レインガルドの遺跡の事で、かなり特殊な<<迷宮(ダンジョン)>>と化していたため、武蔵や小次郎がよく弟子を連れて入っていたのである。当然、カイトもかなりの回数を侵入している。


「今日はよろしいので?」

「む? おお、忘れる所じゃった。ほれ。お主とおうたなら、これを振る舞ってやれと言われたのよ」


 武蔵はカイトの問いかけに、持ってきていた手荷物を鞭で引き寄せ、カイトに手渡す。渡された瞬間、カイトの耳にちゃぷん、という水音と、かさり、という乾いた音が聞こえた。


「ああ、磯辺餅ですか。どちらかといえば、先生の好物でしょう?」

「まあの。焼いて食うか」


 何処か苦笑気味に問い掛けたカイトにムサシが笑みを浮かべて、同意する。そうして彼が言った事に、カイトが頭を下げて立ち上がるのであった。


「ご用意致します」


 そうして立ち去ったカイトに、ムサシが後から声を掛ける。


「中には檸檬の蜂蜜漬けも入っておる。皿に出して振る舞ってやれ。おお、砂糖も忘れるなよ」

「はい。迎賓館のメイド達にも手伝わせますが、しばし、お待ちを」


 武蔵の言葉を聞くことも無く把握していたカイトは、訓練場を後にするのであった。


「ふむ、お嬢ちゃんも少々待て。あ奴の焼く焼き物はそれなりに美味い。直ぐに出来るじゃろうて。それまでは座って待つが良い」

「え、あ、はい」


 カイトとの話し合いを終えた武蔵は、暦に笑い掛ける。それを受けた暦は、ずっと立っていたのだが、手で示されたので腰を下ろした。とは言え、カイトと同じく正座だ。さすがに偉大な剣豪を前に足を崩すことは剣道部として出来なかったらしい。


「うむ……して、お嬢ちゃん。お主は先ほどの<<一房(ひとふさ)>>を見た事があるか?」


 座った暦を前に、武蔵が問い掛ける。その顔は若者のそれなのに、どこか老成された老人のように穏やかであった。

 まあ、彼の場合は既に1000年近くもこの世界に居座っているので、老成もするだろう。実は古くは自由気ままに出歩くイクスフォスとも飲み友達だ、とは彼の言だった。

 ちなみに、それ以前に、彼は地球で死去した時点で老人だ。本来は落ち着いていて然るべき、だった。ところどころ若々しいのは、肉体が若返った影響だった。


「え?」

「ふむ……まあ、自らでは見えぬか。傍目八目とも言うか。どれ、お主らはなにか思うか?」


 武蔵が問い掛けたのは、ようよう復帰してきて、自身の周囲に立っている剣道部の部員たちだ。彼らに指で座るように示し、彼らが正座したのを見て再度問い掛ける。


「はい?」

「このお嬢ちゃんが使った居合よ。その先を見通してみせよ、と言うたんじゃ。」


 頬杖を突いた武蔵は楽しげに一同に問い掛ける。そうして、暦を中心に部員総出で頭を捻る事になった。


「……ただ単に居合の連続です。ホント、ただ単なる居合を連続しただけで、何の工夫も……」


 暦はあまりの速さに見えていなかった面子へと、語るまでも無かったが、何をしたかを語る。そうして、議論百出するが、答えが出ない様子と、丁度カイトが帰って来たので、タイムアップとなった。


「では、答えよ。儂と戦えたんじゃ。大方調べておるじゃろう?」


 返って来たカイトへと、武蔵が顎で指名する。一応、調べていた事にしてくれたのは、気を遣ってくれたのだろう。そうして問われたカイトは当たり前だが、答えを知っている。なので、普通に答えが出てきた。


「居合一閃にて、万を超える斬撃を生み出すが為の斬撃。一閃にて、無数の斬撃が生まれ、そしてそれを束ねるが故に、<<一房(ひとふさ)>>」


「うむ。ほれ、儂の嫁がこさえた蜂蜜漬けじゃ。疲れた身体には効くじゃろう。少々、甘すぎるのは目を瞑ってくれ。あれは甘いのが好きでな」


 カイトの返答に頷くと、武蔵はカイトが持ってきたレモンの蜂蜜漬けを剣道部の部活生達に差し出す。そうして、一同一度休憩と相成ったわけであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第407話『弟子』

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