第405話 試験機達 ――空中訓練――
『おー、やっぱり本場の機体は速いな』
ラウルがカイトが乗る魔導機の飛翔を見て、感嘆の声を漏らした。今日は飛翔機の耐久試験ということで、カイトは朝から回復薬を持ち込んで――カイトに必要は無いが、怪しまれない為の偽装――試験を行っていた。
そうしてカイトが空を無秩序に飛んでいると、今日が飛翔機の試験と言う昨日のラウルの言葉通り、第3研究室の試験機達が空へと舞い上がってきたのである。ちなみに、今日はアル達は居ない。
「まあ、伊達に飛空艇発祥の地を語っちゃいない」
ラウルの言葉に、カイトが笑いながら告げる。それどころか、ティナはまさに現代の飛翔機全ての生みの親だ。そもそも根本から違うのだ。ラウルが使う大型魔導鎧に搭載された飛翔機の本来の姿が、カイトの機体には搭載されているのである。性能が段違いでも当たり前だ。
『はー、まあウチのもそれなりに良いの使ってるんだがね』
「オレのは更に最新型だからな。にしても……」
カイトは何処か楽しげに、ラウルの乗る機体を観察する。それに勘付いたらしく、ラウルが笑い声を上げる。彼も言わんとする所は理解出来たのである。
『あはは。まあ、男がスカートってのも、どうかとは思うんだけどな』
「違いない。まあ、理由があるんだろ?」
『まあ、な。今週の共同訓練じゃ、見れると思うぞ』
「……共同訓練?」
ラウルが語った言葉に聞き覚えの無かったカイトは、またか、と思いつつも問い返してみた。
「なにそれ?」
『あれ? 連絡行ってない? 各研究室で試作された試作機を集めて、班ごとに割り振って実践形式で戦うってあれ』
「それは知ってる……やんの?」
当たり前だが、解説されなくても訓練をやる意味も必要性もカイトは把握している。そして、大型魔導鎧が企業では無く仲間内、即ち軍部で開発しているので、定期的にこれを実施していることも把握している。が、近々実施されることは、聞いていなかった。
が、近日実施というのは、どうやら事実らしかった。ラウルはカイトの問いかけに殆ど考えるまでもなく、答えた。
『らしい』
「何時?」
『あさって』
「ソフィ!」
まさかの返答に、カイトは即座に通信機のスイッチを入れて、研究室へと連絡を入れる。しかし誰もいないし反応は無く、外に居るのかと思い研究室の前にある簡易通信機に繋いだ。すると、何故か隊長のカヤドの顔が映った。どうやら偶然研究室の前に居たらしい。
『……何? これは……カイム少尉か? どうなっている?』
彼は研究室前に備え付けられたモニターにカイトの顔が表示された事に驚き、少しだけ目を瞬かせる。それに、カイトが説明を入れた。
「ああ、本機……と言いますか、魔導機に搭載している通信機には映像通信としています。それで、研究室前にもその通信機と同じ物を据え付けさせているんです。我々が帰る時には撤去しますので、ご安心を」
『あ、そーなの? じゃあ、今俺の顔とかも隊長に見えてるわけ?』
カイトと通信を繋いだままだったラウルが、ちょっとだけ興味を示して問い掛けた。とは言え、これは当たり前だが搭載している筈は無い。なにせ、映像を送信する機能を追加した通信機では無いからだ。
「いえ、中尉の機体にはその機能が無いので、恐らく隊長の側では<<Sound・Only>>と表示されていると思います」
『ああ、その様に表示されている……と、まあ、良い。少尉、ソフィーティア少佐は知らないか?』
「やはり外にも居ませんか?」
『ああ』
「少々お待ちください」
予想通りであったので、カイトは通信機を迎賓館に繋ぐ。彼女が居るとすれば、ここかクズハ達の居る公爵家の持つ皇都別館だろうと思ったのだ。
『はい』
どうやら通信機の近くに居たのは桜らしい。彼女の澄んだ声が通信機越しに響いてきた。さて、どうしたものか、とカイトが少しだけ考える。今現在カイトが研究所に居ることは、実は知らせていないのだ。かと言って、ここでカヤドやラウルとの通信を切るのも可怪しいだろう。
「失礼する。自分は公爵軍技術武官カイム・アマツ少尉。今時間は大丈夫だろうか?」
『はい、大丈夫です』
一か八かで声音を変えたカイトの声は、どうやらなんとか桜にはばれなかったらしい。そう思いたいだけかもしれないが、カイトが問い掛けると、桜は大した疑問も呈さずに答えてくれた。ちなみに、電話と違って声の劣化が無いので、電話だから分からないということは無い。
「そちらに公爵軍技術大尉ソフィーティア・ミルディンはおいでではないだろうか?」
『公爵軍のソフィーティアさん、ですか……? 存じ上げていませんが……少々お待ちください。アルフォンス・ヴァイスリッターさんにお代わりします』
「感謝する」
カイトの問いかけに桜が通信機から離れる雰囲気があり、次いでアルを呼び出す声が響いた。どうやら桜は公爵軍の事なので、アルに代わった方が良いと判断したらしい。
そうして暫くして、アルが通信機に出た。彼は通信機を適当に弄って画面を映し出す機能を使用することにしたらしく、魔導機のモニターに彼の顔が表示された。アルは当然だがカイムとはカイトであると知っているので、その顔には楽しげな笑顔が浮かんでいた。
『はい、代わりました。やあ、カイム少尉。今日も今日とて仕事?』
「ははは、まあな。で、ソフィは来てないか? カヤド隊長が探してるんだが……」
アルの笑顔に、カイトが笑いながら問いかける。すると、どうやらアルはもうおおよそを理解していてくれていたらしい。カイトの問いかけに頷いた。
『うん。桜ちゃんに今上に行ってもらってるよ。ちょっと怪訝な顔されちゃったけどね』
『というか、もう来てるのう。アルフォンス少尉、取り次ぎ感謝する』
ティナの声が響いて、更にモニターに映し出されたのは、大人状態のティナだ。彼女は通信に迎賓館の自室から割り込んだらしい。後というか、映らない所には桜も居るのだろう。
「お前な、せめて試験中は研究室に詰めとけよ」
『スマンな。公爵領に置いてきた一葉達から連絡があっての。連絡を受け取っておった』
彼女らは存在からして秘匿で、彼女らに任せた仕事にしても秘匿性の高い仕事が多い。なので、どうしても通信は限られた場所でしか行えないのである。彼女が迎賓館の自室に帰ったのはある意味、仕事であった様だ。
「あいつらはなんて?」
『魔装型の調整が終了したらしいのう……想定以上の早さじゃったから、こちらに持ち込むか、との事じゃった。クズハ様に連絡した所、持ち込むかどうかはこちらに任せる、とのことじゃ』
「そうか……で、だ。カヤド隊長がお前を探していた。繋ぐぞ」
『おお、そうか。スマヌな』
カイトは通信機の設定をアイギスに弄らせて、カヤドの居る研究室へと繋ぐ。
「隊長、繋がりました」
『ああ、スマンな、少尉。ソフィーティア少佐。今大丈夫か?』
『うむ、スマヌな、カヤド大尉。少々所用で外に出ておった。何の用じゃ?』
「ああ、明後日の共同訓練の返答がまだだったのでな。参加の如何を問に来た」
その言葉に、ティナが少しだけ怪訝な顔となる。どうやら、忘れていた訳ではないらしい。
『む? 確かその件については参加の方向で随分前に報告をヴァスティーユ技術大佐の方に上げたはずじゃぞ? 来た当日に聞いたんで、その場で参加を申し上げたはずじゃ。既に書面でも届いておるしな』
眉を顰めたティナが、カヤドに告げる。カヤドの方はそれを聞いて、溜め息を吐いた。ちなみに、ヴァスティーユとはこの研究所の総トップで、魔族系の女性である。魔族が国の中枢に食い込めるのも、この国ならでは、だった。
『まったく……いや、事情を理解した。どうやら大佐が忘れていたのだろう。あの人はうっかりが多いから困る』
『ははは。技術屋や戦略家としては、有能なお方なんじゃがのう。まあ、こちらにもチーム編成は伝わっておる。それを伝えた事をすっかり忘れておるのじゃろう』
『そんな所だろうな。少尉も手間を掛けた。では、失礼する』
二人は一頻り笑うと、ティナが遠隔でカヤドの方の通信を遮断する。そして、ティナがふと、忘れていたかの様に口に出した。
『と、言うわけで明後日は二人共共同訓練に参加してもらうからの。忘れんようにな』
「忘れてた奴が言うな! それと、もっと前に言いやがれ!」
『ははは、余も暇ではない。会えぬこともあろう……いや、すまぬ。完全に忘れておった。その翌日には完全に忘却の彼方じゃった』
ティナが笑いながら告げる。どう聞いても嘘なので、完全に忘れていただけらしい。なのでカイトはモニター越しに殺意混じりの視線を送ると、彼女は汗を一筋流して、謝罪した。
「では、明日の実験で使う予定だった飛翔中の武器使用システムの試験も本日中に終わらせておきますか?」
『む……そうじゃな。スマヌが頼む』
忘れていた事なぞ何処吹く風、といったティナは、アイギスの提言を少しだけ考え、同意した。どうやらプラン自体を練っていなかったらしい。そうして使用する武器のリストがティナから送られてきて、通信が終了した。
「イエス。じゃ、マスター、使用武器を取りに一度下に戻りましょう!」
「あいよ」
『って、ちょい待ち。そこの娘誰?』
降下を始めようとしたカイトに対し、ラウルが引き止めた。それに、カイトは移動を停止して、首を傾げる。
「ん?」
『今女の子の声しなかった? しかも結構可愛い声。あと、ソフィさん何処行ってたの? これまた可愛い女の子の声が』
どうやら女誑しと噂されるラウルの耳にも、アイギスの声と桜の声は聞こえていたらしい。少しというかかなり興味深そうな感があった。
「あー、そっか。紹介してなかったか。アイギス、前部通信システム……をオンにする意味は無いのか」
「イエス。本機と同種の機体以外には映像を送る機能はありません」
「この機体は複座機なんだよ。オレが戦闘システムを担当して、前に居るアイギスが情報系を担当する。まあ、アイギスは訳ありでな。紹介はしていなかった」
同じ皇国軍とは言えども、同時にラウルは皇国軍の正規部隊で、カイトは公爵軍の正規部隊だ。それ故、人員等についても隠されている事はある。究極的には同一の指揮系統だが、一応は分けられているのだ。仕方が無い事だろう。
ということで、ラウルはそういう類なのだろう、と納得する事にした。が、まあ、知ったのなら、風貌程度は聞いても大丈夫だろう、と興味本位で聞くことにした。
『へー、どんな娘?』
「齢10代前半。口説く?」
『……いーや、やめとく』
ラウルは声からして美少女かな、と思ったらしいが、カイトからの返答が予想以上に低年齢だったので食指が動かなかったらしい。ちょっと、と言うかかなり残念そうな声が返って来た。
『じゃ、行ってら』
「おーう」
ラウルが残念そうながらも風貌を聞いて興味を失ったらしい。カイトに向かって手を振る。それを受けて、アイギスが通信を切断し、何処か楽しげな声を響かせた。
「実際には数万歳なんですけどね」
「お相手したいか?」
「ノー、です♪」
そんなおちゃらけた感じで二人は雑談をしつつ、第8研のガレージ前まであと少し、と言った所で、再び通信が入った。
『カイム、少々良いか?』
どうやら連絡先はティナなようだ。彼女はまだ迎賓館の方に居るらしく、後の映像には桜達が映っていた。事情の説明は受けたのだろう。今度は怪訝な様子は無かった。
「ああ、どうした?」
『あー、まあ、なんというか、のう。お主の師が来るそうじゃ。ついでに夜間試験もやろうと思うから、午後は空けて良いぞ』
「いや、ぜひに試験予定を入れてくれ」
『ほう、儂の来訪は嫌か?』
真剣な顔で言ったカイトだったのだが、映像外からかなり聞き覚えのある声が聞こえてきた。そうして一瞬、空気が凍りついた。しかしカイトは即座に解凍して、即行で訂正する。
「せ、先生! 居るんならさっさと言ってくださいよ! 今直ぐ向かわさせて頂きますものを!」
『いや、何。仕事中じゃというから遠慮したまでよ』
一気に丁寧な言葉遣いに代わったカイトに対し、かなり人の悪い笑みを浮かべたムサシが映像の前に出てくる。が、彼はカイトと対面すると、人の悪い笑みが普通の笑みに変わる。どうやら隠れていただけなのだろう。
『まあ、何。昼まではこちらで適当にしておこうかの。お主は仕事を終わらせてから来い。午後は空けてくれたからのう』
『うむ。まあ、余もこれまでに溜まっておったデータの解析処理と対策も必要じゃからな。その分の時間に使わさせてもらうとしようかのう』
「わかりました。では、午後には迎賓館に戻らさせて頂きます」
『うむ。すまんな』
どうやら少し前から来ていて、既に話は付いていたらしい。武蔵の返答を受けて、通信を終わらせ、カイトは諦めてガレージから試験予定の飛翔機付き小型砲台と、同じく飛翔機付き短剣を回収する。そうして、専用のユニットを機体の肩部と脚部にある接続部に接続し、再び飛翔を開始する。
ちなみに、この武装はどちらに接続しても問題無いので、今回は肩に砲台を、脚部に短剣を収納したユニットを接続している。どちらも魔力で動かして使う自立兵器に近い為、操作ミスや設定ミスで地面と激突しないように空中で試験を行うのである。
「アイギス。自動目標追尾システムは?」
「ノー。初回はオフでと」
「了解した」
『なんか面白いの持ってきたな』
『箱? 何が入ってるんだ?』
再び上がってきたカイトに対して、ラウル達第3研究室の面子といつの間にか飛翔してきていた第1研究室の面子が興味深そうにカイトの魔導機を眺めていた。
「さて……それは見てのお楽しみ」
一同の問いかけに対して、カイトがにやりと笑う。それに合わせて、機体の周囲へと2メートル程度の球体の映像が現れる。アイギスが目標として幻術を応用した的を創り出したのである。この方法は目標物が動く場合の射撃訓練などではよく使われる方法であった。
「用意出来ました! 青が味方機、赤が敵機です! あ、この試験の後、追尾システム併用での試験、その後は高速移動での試験を行います」
「おっし。んじゃ、やりますか」
カイトは魔導機周辺に現れた無数の標的に対して、まずは砲台を射出する。数は8個だ。左右の箱の大きさは変わらないので、片側のユニットに4機収納されていたことになる。大きさは3メートル程度で、砲台の見かけは何処か花の用に6枚の花びら状の翼がある様な形だ。この翼が向きを変えて軌道を変えるのである。
「武装名は?」
「データロード……終了です。武装名<<ブルー・ブルーム>>。マスター用小型砲塔ユニットです。同種兵装としてマザーの口径と操作可能距離強化版<<カーディナル・ブルーム>>>>。量産機用短剣併用型の<<ソード・ブルーム>>や歩兵兵装用もあります。こちらは全て同名の歩兵兵装となります」
アイギスの返答は見たままであった。まあ、花びらに見えるのだから、仕方がないだろう。そうしてカイトは小型砲台を移動させながら、赤い目標のみを破壊していく。命中率は97%程度。初回で補佐無しである事を考えれば、十分に良い方だろう。
「良し。では、次。短剣型を試す。この名称は?」
「データロード……武装名<<ブルー・ウィング・ソード>>こちらも見たままですね」
こちらも同じく、見たままの名前であった。5メートル程の刀身に、左右に小さな二つの鍔のある形だ。柄の部分には飛翔機が取り付けられている為、何処かカタールの様な形である。
『なーんか公爵家の武器って変わり種ばっかりね』
滞空しているカタールを見て、テスト・パイロットの一人が面白そうに呟いた。中央研究所で開発されている大型魔導鎧は、武装としては変わった物は殆ど無い。魔導鎧として変わった物はあるが、その程度だ。
まあ、これは中央研究所側が可怪しいのではなくて、ティナが可怪しいのだ。魔導機の武装は多分にティナの趣味が盛り込まれているのだから、当然だろう。
『次、公爵家のテスター希望しようかしら』
『やめとけよ。あそことんでもないぶっ飛び具合らしいぜ』
「まあ、試作機なんてそんなもんだろ。お試しつーか、趣味だろって機体もあるからな」
カイトが見るのは、どう見てもまともな発想で作ったとは思えない中型の魔導鎧だ。人機一体に近い魔導鎧なのに、手が4つあるのはどういうことだろうか、とカイトは思わないでも無かった。が、それはこの研究所の面々も同じだった様だ。
『あー、あれはウチでもキワモノ扱いされてるからなー。4碗なんていないだろ、って聞いたら複座だってさ』
「二人羽織?」
『そんな所、なんだろうさ』
テストパイロットの一人の答えに、カイトが苦笑しながら所感を述べると、同じく苦笑した様に返事が返って来た。そうして、カイトは雑談をしながら、テストを行うのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:『剣豪』