第401話 テスト・パイロット達
ティナ達研究者達の会議が終わった直ぐ後。カイトは第8研究室所属のテスト・パイロットとして、テスト・パイロット達が集まる会合に出席していた。
ちなみに、第6~第10研究室は中央研究所が招いた客分の研究者達に一時的に貸し与えられる研究室で、実際に恒常的にその研究室が存在するわけではない。
「カイム・アマツ少尉であります。本日付で第8研究室所属テスト・パイロットとして、着任致しました」
カイトは皇国軍人の行う敬礼で、一同に挨拶する。殆ど地球の敬礼と変わらないが、違うのは握った右手を心臓の部分に当てる様な形である事ぐらいだった。
まあ、ビシッ、とした格式張ったポーズではなく、貴族と兼任している将校も少なくない為、何処か優雅であった。これが、瞬が社交界でも軍礼が使える所以だ。
ちなみに、カイトの位階はアル、ティーネと同等だった。同様に皇国軍人としてみれば、リィルとルキウスは中尉だ。
これは皇国軍人として動く際に必要な位階にすぎないので特殊部隊では意味の無いものなのだが、他国の軍と共同して動く時には必須だ。統一した階級が無いと、万が一連合軍を設立した際に、指揮系統に混乱が生じてしまう。大陸間連合軍の設立に際してから立てられた制度だった。
ちなみに、トップのエルロードは中佐にあたり、補佐のブラスは少佐に当る。二人共、他の部隊の指揮も平行して行う場合があるので、それだけの地位が必要だったのである。言い方が地球風なのは、階級を考えるのにまたカイトの知恵を借りたから、だった。
「うむ。カイム少尉の任期は約3週間。その間、幾度かテスト機同士で鉾を交えることが有ると思うが、ウチの流儀を教えてやれ」
カイトを紹介したテスト部隊の隊長カヤドが、テスト・パイロット達に告げる。中央研究所で客員の滞在時間が短いのはよくある事なので、誰も驚かないし、質問も出なかった。
ちなみに通例として、軍人としての呼び方は、苗字ではなく名前であった。これは諸説あるが、軍を家族と捉える趣から来ている、との事である。他には建国当時の叛乱軍時代の名残、という説などがある。正解は後者だ。
「はっ!」
カヤドの言葉に、全員が敬礼で応える。先ほどはふざけ合っていた彼らも、さすがに上官の前、しかも自分達の会合となれば、一気に軍人として統率が取れるのである。そうして更に様々な通達が続き、最後にカヤドが告げた。
「ラウル中尉、ハインツ少尉は先ほどの会議での罰として、カイム少尉の本エリア内の案内を命ずる、ただし、徒歩でだ。カイム少尉も徒歩で行う様に。ピース少尉とロイス准尉は件の件で話がある。罰はその時言い渡す。では、解散!」
「はっ!」
当たり前だが、しゃべっていてお咎め無しは有り得ない。なので、先ほどカイトと共にしゃべっていた面子には等しく罰が与えられた。
一件すると徒歩での案内は罰になっていない様に思えるが、実はこれにはカラクリがあった。実はこの中央研究所というかこの兵器開発エリアは、トンデモなく広いのである。
中央研究所自体が、街一つを遥かに上回る規模だ。元々は皇都の外に半径15キロ程ものエリアを徴収して、各種実験設備を整えているのだから、当然だ。
別に家電製品等を開発するのにこれほどの規模は要らないが、やはり軍事兵器、特に飛空艇や大型魔導鎧の開発にはどうしても広大な敷地を必要としたからである。飛空艇も大型魔導鎧も図体がでかいのだ。おまけに、戦闘兵器を開発しているのだから、エリア内部には各種の状況を作り出せる戦闘訓練用のエリアも必要だ。これだけの規模になるのは仕方がなかった。
と言うわけで、本エリア、という軍事区画は半径10キロ程度の規模、だったのである。これを歩くとなると、一苦労、だった。十分に罰になり得た。
「うはぁ・・・徒歩だって・・・ああ、別に中尉だからって敬語しなくていいぞ」
軽い感じで、ラウルがパタパタと手を振る。そうして、三人は歩き始めた。次の施設には歩きで30分程掛かるため、喋りながらでもないと暇になるのである。
まあ、魔術で脚力を強化して走れば3分程度でたどり着けるだが流石にそれでは案内にならない。それ相応にゆっくり歩く事にしていた。
「は? いえ、ですが・・・」
ラウルの言葉に、カイトが首を傾げる。さすがに先ほどは知らなかったとして処理できるが、上官だと教えられた後ではそれも問題だろう。なのでカイトが敬語になったのだが、それを見たハインツが肩を竦めた。
「いいって、いいって。ほい、どーぞ」
理由はよく理解出来ないが、何故かハインツが許可してラウルを示した。それに、ラウルも軽い感じで説明を開始した。
「ああ、俺の実家がさー、結構いいとこなのわけ。で、これが最前線行くなって言って無理矢理栄転させられたわけな。本来は俺も少尉なわけ。でも名目栄転なのに、階級そのままは無理があるだろう、ってことで無理矢理中尉に上げて、危険性の高い所から遠ざけたんだよね」
「は? そうなのですか?」
「だから固いこと言いなさんなって。俺の名前はラウル・グレイス。グレイス家は知って・・・る見たいね・・・そういうこと」
カイトの顔を見たラウルが、カイトが実家を知っていた事を察して溜め息を吐いた。かなり、有名な家だったのである。それも悪い意味では無く、良い意味の方で、だ。
ちなみに、ラウルの実家のグレイス家は貴族ではない。ではないが、皇都を中心として活動する大商人の家柄なのであった。カイトが知っているのも当たり前で、アンリの後援者の一人で、それもかなりの有力者だ。少なくとも、皇国でその意向を無視出来る貴族は両手の指で足りるぐらいの有力者だった。
それだけの規模の商家なので、冒険部部長であるカイトとも当然だが、既に面会をしていた。確かに、その家の息子であれば、戦死でもされれば軍上層部にはたまったものではないだろう。失策を指弾される可能性が頭をよぎるのには、そう時間がかからなかった。
あまり良い話では無いが、軍OBやOGが彼らに警備兵や行商の折には傭兵として雇われてもいる。彼らの圧力も無視出来ない。OB等の事を考えれば、戦死されるのは非常に有り難くなかったのであった。
「こいつ赴任先黙ってたのに、うっかり赴任先で女の子と撮った写真親に送りつけやがったの。そしたらその娘、誰だったと思う?」
そんなラウルに対して、もう楽しくて仕方がないといった感じのハインツが、ラウルに肩を組みながらカイトに問い掛けた。が、当然カイトにはわからない。というわけで、ハインツが先を続けた。
「これがさ、けっこーでかい街に赴任してたんだけどさ、そこの市長の娘だったわけ! で、一夜を共にした写真を俺に記念として送ろうとしたら、間違って親に誤爆しやがったの! で、親宛の手紙が俺に届いた、つーな! 封筒の宛先いっぺんに書いて入れる手紙間違えてやんの!」
大爆笑しながらハインツが語る。
「う、うるさい」
さすがにこの失敗は恥ずかしかったらしく、ラウルが顔を朱に染めていた。ちなみに、この失敗の後、ラウルは書き終えた手紙をいっぺんに封筒に入れるのではなく、逐一封筒に入れる様になったらしい。
「でよ、親が当然そこの市長と知り合いだったわけ。それで任地が嘘だってもうバレバレでよ、かんっかんになった親が即行軍上層部に問い詰めて、呼び戻されたってこと」
「俺の自己紹介どーも」
若干不貞腐れたラウルが、ハインツの腕を振りほどいて告げる。
「で、まあ今はここでしがないテスト・パイロットやってるってわけ。まあ、元々大型魔導鎧の搭乗者希望だったからいいんだけどな」
とは言え、何処か不満気にラウルは語る。やはり、いきなりの横槍は気に入らなかったのだろう。自分の実力でここに立ちたかった、という感が見て取れた。
「はぁ・・・なるほどね。じゃあ、遠慮なく、でいいのか?」
「そいうこと」
カイトが先ほどまでの口調に戻ったのを見て、ラウルが頷いた。本来はあり得ない任官なのだ。それを考えて、ラウルが嫌がっていたのであった。
「じゃあ、二人はその基地からの知り合いなのか?」
「あー、皇都の訓練学校時代からの付き合いでな。俺ら今25だから、もう6年ぐらい、か・・・ラウルはおたくの所の魔導学園の軍学科所属で、皇都の方に進学して、そこで寮室一緒になったわけ。その後も配属先も一緒だったんだが、俺が元々こっちの研究所の小型魔導鎧開発に参加する予定で、その後にバレたこいつがこの研究所にやって来たわけ。まあ、その後更に俺がこの部署に編入されて、再び同じ部隊、ってこと。あ、ちなみにリカルナ基地な」
「皇国有数の激戦区か・・・」
カイトはハインツが語った基地の名前に、少しだけ二人の評価を改める。リカルナ基地は皇国でもそれなりに強い魔物が生息する地域を担当する基地であり、かなり戦闘能力が高くなければ配属されないのだ。
新兵としてそこに配属されたのなら、よほどの腕前があったのだろう。そうして、三人は会話をしながら幾つかの施設を渡り歩く。
「こっちが俺の第3研究室のガレージ」
ラウルがそう言って、高さ50メートル×横20メートル×奥行き100メートル程の建物を指さす。それはカイトが使っている第8研究室のガレージと同じ建屋であった。
ちなみに、サイズにもよるが、各ガレージ毎に大型魔導鎧10機程度の収容能力がある。まあ、研究所なので、それがマックスで突っ込まれている事は稀、だが。
「で、あっちが俺の第5ガレージ」
ハインツが指差すのは、ここから500メートル程先に見えている同じ見た目の建物だ。他にも同じ大きさの建物が幾つか周囲にはかなりの間隔を空けて建設されており、全てがガレージとのことであった。
「こっちが武器研究棟。主に歩兵用だ。まあ、知ってるだろうが、各大型魔導鎧用の大型武器は各研究開発室所有の開発エリアで開発されている」
「ここはレーションとかの軍用食料の開発施設。近くを歩いてると、時々クソマズイ保存食の試食に引っ張られるから、絶対に近づくな」
いくつも歩きながら、ハインツとラウルが解説を続ける。ハインツがこう言うが、皇国のレーションは他国に比べてかなり美味であると評判だ。色々と口うるさい何時ぞやの皇帝が、熱心に開発させたらしい。カイトも横に居たのだから、誰よりも知っている。
とは言え、やはり研究開発なので、当たり外れがあるのは仕方が無い。ハインツは偶然、ハズレの時に外を出歩いていたからなのであったが、その恨みが未だに忘れられないのである。そうして、約4時間程掛けて三人は基地の隅々の施設を渡り歩いた。
「あー、足棒・・・」
「いや、全くだ」
ラウルとハインツの二人は柔軟運動をしながら、溜め息を吐いた。三人は、元々居た会議室等のあるエリアへと戻ってきた。この建物が研究所の中心にあるので、三人はドーナッツの輪の様にぐるりと一周して、最後に戻ってきたのだった。
戻ってきたカイトが最後に案内されたのは、先ほどの会議室とは別の会議室だ。最後に隊長に報告すれば、三人の罰則は終わりである。そうして、二人に急かされて扉を開けたカイトを、いきなりクラッカーが出迎えた。
「さて、ようこそ、カイム少尉」
会議室の中には料理が用意され、小さいながらもパーティの用意がなされていた。後に聞いた話だと、こうやって誰か客が来た時には、宴会で饗すのが彼らの流儀だそうだ。
「なるほど・・・有り難うございます。隊長」
歩かせていたのは、この準備を悟らせない様にする為、だったのだろう。それを把握したカイトは、遠慮なくパーティの主賓として席に座るのであった。
そして、数時間後。テスト部隊の面々が半ば驚愕し、半ば酔いつぶれていた。そして、今ももう一人。ドゴン、という音を立てて酔いつぶれて眠りについた。
「・・・わーお」
「ああ、まさにわーお、だ」
ラウルとハインツの二人が、テーブルに沈んだ何人目かの挑戦者を見て殆ど棒読みで呟いた。
「ご・・・5人抜き・・・総数50杯・・・」
第2研究室所属のテスト・パイロットの女性が、とある人物が呑んだグラスを数えながら唖然となる。小型のロック・グラスに入っていたのは、度数が低くはないお酒の筈だ。それをオン・ザ・ロックで、飲み比べていたのである。
「さて、次はどいつだ?」
勝者が足を組みながら、ニヒルな笑みで勝手にもういっぱい手酌で注いだ琥珀色の液体を口にする。その顔には未だ余裕が浮かび、飲んでいるはずの一同の中でも最も余裕があった。
そんな彼だが、先ほどの会議で見せていた何処か人懐っこい笑みではなく、まさに余裕の男の笑みが浮かんでいたため、そのギャップに惹かれた途中参加の第1研究室所属の美女パイロットの求めに応じて彼女の腰に手を回していた。
「これ、確かまだ倉庫あったよな?」
「お、おう、行ってくる。と言うか、『龍殺し』探してくらぁ」
開始前に説明された事だが、実はこの歓迎会は主賓を酔い潰させるのが目的らしい。なので、何時もその役目を受けている先輩テスト・パイロットが始めに勝負したのだが、結果はご覧の有様であった。
彼は35杯という挑戦者一同の中でも最大数を記録した――ちなみに、この記録は彼の記録でも最多――のだが、まだまだ余裕であった。そうして起きた結果が、挑戦者なのになぜか王者として振る舞うこの男であった。
「きゃー! さっすがー! カイムもういっぱい!」
第1研究室のテスト・パイロットの女性が、カイトに酒を注ぐ。それを受け取ったカイトは、一気に飲み干した。注がれたのなら、飲むまで、だった。とは言え、見ている方が不安になるほどの量、だった。というわけで、さすがにラウルが気になって、頬を引き攣らせて少し頬を赤らめるカイトに問い掛けた。
「な、なあ、大丈夫なのか?」
「あ? 何が?」
問いかけられたカイトの顔には、完全に余裕しか無かった。当たり前だがカイトは龍族どころか全員酒豪しか居ない古龍と飲み比べが出来るほどに酒豪なのだ。
ちなみに、本来の姿となった彼女らの場合は比喩ではなく実際に鯨1頭分の酒を飲んでも酔わないため、この程度はカイトにとっても余裕なのであった。尚、呑んだ酒が何処に行くのかは永遠の謎である。当人たちも飲んだ量を覚えている事が稀なので、気付いたら飲み終わっていた、という事が多々に起こる。
「た、隊長、これ、勝てますかね?」
「・・・わからん」
ハインツの問い掛けに、カヤドがかなり引き攣った顔で答えた。今の彼には、かつて戦った激戦区での記憶が蘇っていたのであった。それほどまでに、カイトの飲みっぷりに恐怖に近い何か、を感じていた。
「次はこいつだ」
それから少しして、倉庫に探しに行った第5研究室の男性テスト・パイロットが研究所の所有する酒の中でも最も度数の高い銘酒『龍殺し』を数本持ってきた。此処から先は、レベルアップ、というわけである。それに、カイトは口端を嬉しそうに歪めるのであった。
「三桁・・・だと・・・」
「んぐっ・・・ほい、101」
周囲の引きつった様子を他所に、遂にカイトが100の大台を突破する。それに、遂に挑戦者となったカヤド隊長さえもが戦慄に包まれた。
「くっ・・・んぐっ・・・どうだ!」
カイトに触発されたカヤド隊長も一気に透明色の液体を一気に飲み干して、ゴトン、と勢い良くロック・グラスを机に置いた。
「きゃー! 隊長もさすがー!」
唯一戦慄に包まれていないのは、カイトに腰に手を回された第1研究室のテスト・パイロットの女性だけだ。彼女はかなりいい具合に酒が入っており、既に正常な判断が出来なくなっていただけであるが。と、そこで部屋の扉がノックされる。
「おお、ここにおったか」
「ん? ああ、ソフィか。どした?」
扉から顔を出したのは、ティナであった。彼女はどうやらカイトを探していたらしい。
「なーにー?」
完全に酔っ払った女性パイロットがティナに魅せつける様にカイトにしなだれかかるが、ティナは全く反応しない。この程度は何時もの事であった。
「今日の分の報告書の提出時間が近いぞ。良いのか?」
「あ!・・・忘れてた。じゃ、すんません、オレ戻ります。じゃ、皆さんも有難う御座いました。じゃ、トモもまたなー」
「あーん、もうちょっとのもーよー」
「あはは、さすがにこれ以上飲んだら怖いお嬢様に怒られるっての。じゃ、隊長。この勝負はおあずけで」
人懐っこい笑みを浮かべたカイトは、最後に入っていたお酒を飲み干した。そのままにしておくのは、彼の趣味では無かったのである。そんなカイトに、カヤドは頬を引き攣らせるしかない。
「お、おう・・・」
カヤド隊長に許可を得たカイトは、普通に立ち上がり、普通に去って行った。
「・・・これ、伝説だな」
ラウルが惨状を見て告げる。カイトに挑んだ挑戦者は全部で8人。銘酒『龍殺し』になった時点で、一気に脱落ペースが加速したのである。そろそろ勝てると踏んだハインツもまた、沈んでいた。
そうして、長きに渡り語られる事になる、テスト部隊を壊滅させた男の伝説が、生まれた・・・とか生まれなかったとか。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第402話『試作機達』