第400話 交流
カイトがティトス達から依頼を持ち帰って翌日。カイトはティトスとエリオの見送りに久方ぶりに飛空艇の発着場へと足を運んでいた。流石に時間もあるというのに、知人――兼依頼人――に見送りも無し、というのはダメだろう、と思ったのだ。
ちなみに、ティトスと共に、個室の待合室でヴァルタード帝国行きの飛空艇の情報を聞きに行ったエリオを待っている所だった。
「わざわざ有り難うございます」
「いいさ。丁度こっちに仕事あったからな」
カイトは今、大人の状態へと戻っていた。今日も今日とて研究所に詰めていたのだが、丁度二人の出立の時間に時間が取れたので、見送りに来たのである。
「昨夜兄と連絡が取れたのですが、飛空艇の方は良いお返事が出来ると思います」
「そうか、それは助かる。こちらも人員の選定と練度の上達に務めるとしよう」
「お願いします」
二人共、今を逃せば当分先まで連絡は取り合えないので、念入りに最後の打ち合わせを行う。そうして暫くすると、エリオが個室へと入ってきた。
「出発早まる、だとよ」
少しだけ駆け足に入室した彼は、単刀直入にティトスに告げた。
「世界樹近海がまた荒れ始めてるらしいな。これ以上荒れる前にと、少しだけ早めの出発らしい」
自らの鞄を手に取ると、エリオがカイトに気付いて事情を説明する。ティトスになら道中でも良いのだろうが、カイトにはこの場でしておかなければわからないからだ。まあ、乗らないカイトに対して説明する必要があるかどうかは、微妙なのだが。
当たり前だが、飛空艇の旅でも完全に安全と言うわけではない。武装が無いわけではないが、やはり軍用の飛空艇でも無ければ、武装は限られた物だ。
足の速い船は逃げ切れる可能性も高いが、足の遅い飛空艇は空を飛ぶ魔物に追いつかれる可能性が高かった。そうなれば、馬車と同じく、搭乗する冒険者達の出番だった。
とは言え、やはり補給の無い状況は危険なので、なるべく危険地帯を避けて飛ぶ事になる。しかし完全に安全なルートは存在しておらず、そのルートも時折荒れる事があるのだ。なので足の遅い格安の飛空艇ほど、出発時間が前後する事が多いのであった。
「どの程度早まりましたか?」
「一時間だ」
「……わかりました。カイトさん、またお会いできる時を楽しみにしております」
エリオの言葉を聞いたティトスは、部屋に備え付けの掛け時計で時間を確認する。すると、どうやら予定時間にかなり近くなっていたらしい。二人は急いで出発の準備を整え始めた。
「ああ、こっちも楽しみにしておこう。まあ、避けて飛ぶなら問題ないと思うが、何かあったら契約者としての力を使え。救難に向かう。さすがに秘密とは言え王族を見殺しにするのは外交問題だからな……最悪は、オレの名を出して神域の神獣達に助けてもらえ。奴らに勝てる魔物はそうは居ない」
「ふふふ、ありがとうございます。では、これにて」
カイトの言葉に、ティトスが頭を下げる。そうして、別れの挨拶も手短に、二人は急いで荷物を纏めて部屋を出て行くのであった。
「世界樹、ね……危険で安全な場所を、というわけか……」
急ぎ足に出て行った二人を見送って、カイトもまた、短い呟きを残して、待合室を後にするのだった。
それから、約1時間程。カイトは皇都にある中央研究所の会議室の一つに、やってきていた。まあ、会議室なのだから、理由は当然、会議に出席する為だ。
「なるほど……亜空間固定技術ですか」
「うむ。と言っても、その分、量産性には劣るのう」
「確かに……こればかりは、致し方がない問題ですね」
皇都近くの軍事研究所の幾つかある会議室の一室に、ティナとルーズの議論する声が響いていた。ティナは現在この研究所に招かれたマクダウェル家の研究者として、皇国の研究所と交流しているのであった。
当たり前だが、ティナやルーズ以外にも各研究室の主任級や助手の研究者達が多数、参加していた。新機軸の大型魔導鎧――魔導機――を開発したティナの発想に、研究者たちの興味の高さが伺い知れた。まあ、正真正銘世界最高の天才・ユスティーナ・ミストルティンの腕前なのだから、当然ではある。
ちなみに、中央研究所には魔導大学とも提携している部署があるが、が、イクサが研究室を持つ研究所ではないので、彼女はここには居ない。後にこの討論会を聞いた彼女が非常に残念がるのであるが、それは置いておく。
「量産性に優れた現行方式と、搭乗者への負担、被撃墜時の安全性に優れた新方式。悩ましい所ですね」
「喩え量産ラインが整っても、やはりこればかりは方式が方式じゃからな。どうしても、量産は難しくなる。今のところ、公爵邸地下にある施設を使わねば、この製造は不可能じゃろう。それにしても、300年前に魔帝殿が使われた設備。量産は不可能、じゃろう」
研究者の提言に、ティナが頷いて同意する。量産性の悪化については、ティナも問題として考えていたのである。現状、魔導機のコアとなるコクピットブロックは彼女にしか作れない。魔術師と言っても同程度の力量が無ければ量産出来ないのだ。
まあ彼女の場合、得意なのは量産機よりも個人用の高性能カスタム機なので大した問題では無いのだが、それでも軍として考えれば、量産性の悪化はいただけない。悩ましい所ではあった。
「だが、この場合は安全性云々よりも、震動を低減させる効果の方に目を遣るべきではないでしょうか? この方式を現行方式でも実用可能レベルまで落とし、今の方式の周囲に張り巡らせる事は出来ないでしょうか?」
「ふむ……難しいのう。コクピットブロックは全周囲を亜空間に固定するが故に、全周囲からの震動を無効化しておる。何処か一方にでもGが偏れば、その方向に対しては負担が増す事になる。さらに言えば、逆に一部だけを亜空間とすれば、その分、術式も複雑化し、安定性も落ちよう」
第2研究室の主任と言う男の質問に、ティナが少しだけ考えて難色を示す。当たり前だが、彼女もその可能性は考えなかったわけではない。
当たり前だが、例外なく包み込んだ方が簡単なのだ。一部分を切り取って亜空間化を解除するのは、そこを除く、という一手間を噛ませなければならない分、困難なのであった。彼女が採用しないのには、採用しないなりの理由があったのである。
「……それもそうですね……」
と、そんな話をしている研究者たちだが、各テストパイロットが集まっている一角では呑気に雑談が繰り広げられていた。
「カイム、だっけ?」
「んー?」
ふと暇になった第3研究室所属のテスト・パイロットの一人であるラウルが、カイトに話しかけた。話しかけられたカイトは、だらん、とした様子であったが、顔だけをラウルの方へと向ける。
テスト・パイロット達は、使用者側の感想や想定等で意見を出して欲しいとのことで、会議にも出席させられていたのである。が、ここまで専門的な話だと、彼らに出番は無い。当たり前だが彼らは使用する軍人で、開発する技術屋では無いのだ。
「ああ、そうだ」
「ね、眠そうだな……」
「最近忙しいんだよ。装置駆動だの本職の軍人さん相手に調練だのと……」
だらん、とだらけきったカイトに、苦笑した様子のラウルが顔を近づけた。どうやら外見的な年齢が近かった事で、暇潰し程度に声を掛けたらしい。
「あはは、俺達の仕事は量産が近くなると忙しくなるからねー……でさ、1つ聞きたいんだけど……マクダウェル公爵領って美人多いってホント? 昔居たんだけどさ。東町は入った事無いんだよな。おまけにマクスウェルから出た事も無いしさ」
カイトの疲れた様子の原因を理解したラウルは、苦笑が何処か同情を含んだ笑みに変わる。そうして、彼は同情を浮かべつつも、暇なのでやっぱり暇をつぶす事にした。
「……見るか?」
「お、ぜひぜひ」
「どれ」
むくりと起き上がってニヤリ、と笑みを浮かべたカイトに対して、まさか乗ってくれるとは思っていなかったラウルだけでなく、他の若い――20半ばぐらいで、カイトと同年代――男のテスト・パイロット達も笑顔で興味を示した。彼らはカイトを中心として、カイトが取り出した写真を保存した魔導具を覗きこむ。
「おぉー」
静かにテスト・パイロット達の感嘆が唱和される。そうして映されていくのは、様々な種族、何人もの美女たちだ。それも、際どい衣装を着ていたり、何人も居たりする写真だ。
種族によっては水着すれすれの衣装や、下着よりも際どい衣装を着ていたりするので、まさに眼福といった写真であった。結局は全員男、なのだ。当然際どい写真等になれば、鼻の下も伸びるのであった。
「こっちがエルフの里……こっちがダーク・エルフの方だ……あ、こっちはエメリアの市長と妹の海軍提督だな」
「うわぁ。いいなー……俺、これなら喜んで命張れるよ」
ラウルが羨ましそうに眺めるのは、ポートランド・エメリアの市長エリシアとエリーヌの二人が映った写真であった。
少し縁があってカイトがポートランド・エメリアに行った時、たまたま水着となっていた二人のツーショット写真を撮影させてもらったのである。そうして、ラウルの所為で一向に先に進まない映像に、他のテスト・パイロットが文句を言う。
「おい、次行けよ。つーか、どっちかてとかの有名なサキュバスの写真とかない?」
「んー……これとか?」
笑みを浮かべたカイトが写したのは、とある酒場で撮影した女の子達を写した写真だ。ただし、その写真の中に写るのは、非常に際どい衣装のサキュバス達である。
「おぉう」
映し出された写真に、男のテスト・パイロット達がだらしなく鼻の下を伸ばす。それに、少数の女性テスト・パイロット達が呆れていた。
そんな学生に似たやり取りが繰り広げられているが、結局は、何処まで行っても、男と女、というのは変わらないのだろう。
「うぁー、こういうの見ると、地方勤務も悪かぁねえよなー」
「ばっか、マクスウェルだと女の質は大陸一だろ」
「何人とやった?」
テスト・パイロット達は当たり前だがあまり皇都の研究所から離れてテストを行う事は少ない。テストしているのは、次世代が使う兵装や極秘開発しなければならない様な決戦兵器が大半だ。出られるわけもない。
というわけで、こういった公爵領や特定地域にしか居ない様な種族の美女たちとの出会いは殆ど無いのである。特にマクダウェル公爵領は異種族の種族数は大陸一とあり、誰もが興味津々であった。
「……聞きたいか?」
にぃ、っと勝者の笑みを浮かべたカイトに、全員が自身の連絡先を手渡したのであった。
「今度この娘紹介してよ」
そうしてラウルが指さしたのは、先ほどの酒場のホステスの一人だ。
「いいぞー、近場まで来たら案内してやるよ」
「あ、俺こっち」
「いや、こっちだろ」
その後しばらく。口々に写真の女性たちの中で自分の好みにあった女性を示していく。まあ、基本的にこの会議はティナと他の研究者達の交流会、という兼ね合いが強いのだ。テスト・パイロット達が口を挟めるはずもなく、ということで、テスト・パイロット達の間でも奇妙な交流が持たれる。
「うおっ。これってクズハ代行とアウラ代行か?」
当たり前だが、カイトの写真フォルダーだ。その中には、アウラとクズハの写真も入っている。こういった時には話し合いのネタになる、と思ったので入れていたのだ。
「うおー、すげぇ」
誰もがアウラの双丘が作り出す深い谷間に目を奪われる。ちなみに、クズハの方は少々幼かったらしく、対象外とされてしまったらしい。
「……これ、どんぐらいあるよ?」
「……あると思うか?」
テスト・パイロットの一人が密かに指さしたのは、現在議論の真っ最中であるティナの双丘だ。当たり前だがアウラにも劣らぬスタイルと美貌の彼女は、如何にシンプルな白衣を着ようとも、その美しさが損なわれる事は無かった。そしてその双丘の威容は、白衣の下でもはっきりと自己主張していた。
「そこんとこ、彼氏さんはどう見る?」
「んー……」
ラウルの質問にカイトは少しだけ、考えこむ。これは非常に答えにくい質問であった。なにせ、両方共中身を知っているのである。とは言え、そんな事を言えるはずも無い。というわけで、適当を偽る事にした。
「あいこ? つーか、代行様の見たことあるわけないだろ」
「そりゃ、そーだわな。ちなみに、お幾つ?」
苦笑した様にようやく答えを出したカイトに、再度ラウルが問い掛ける。ブラのカップの事であった。
「あー……なんだっけ、つけたこと無いから、知るか、だそうだ。締め付けられる様でブラ嫌いだ、っつってたな……まあ、魔女族は多いからな。ソフィもご多分に漏れず、というやつだろうさ。わざわざ自分で服作ってブラ無しでも大丈夫にしてる、だそうだ」
「うぉー……」
カイトの返答に、驚きの声が唱和される。つまり、あの白衣の下は何も無い、のである。想像するだけで非常にエロかった。彼氏の前だろうと鼻の下が伸びるのは無理もない。
ちなみに、これら一連の動きは武芸者としても彼らを優に上回るティナには全部もろバレなのだが、知らぬが華である。
「そういやラウルくんの方はこの間の女の子とはどうなのよ?」
「あれ、しらねーの? こいつこないだきっちり三つぐらい紅葉作って帰って来たじゃねーの」
「あっ、ちょっ」
「あれ? 俺五つって聞いたぞ?」
「それ、こないだの話だろ? 俺が言ってるのは、三日前の」
「いやだなー、この間のは二つだって。クララちゃんと一緒に居るとこマギーちゃんに見られちゃってさー。もう、こう勢い良くばちーん、って。女の子ってさ、そう言うところ思い切りいいよな」
「ぎゃはは!」
どうやら、ラウルはカイトと似て女誑しの気があるらしい。類友、なのかもしれない。そうしてそんな話題でにわかにヒートアップし始めるラウル達だが、どう考えても、迂闊であった。きっちり人数分のチョークが投擲されたのである。
「うごっ!」
まず、一番話の中心であったラウルに対して、チョークがヒットする。更に続けて、複数同時に飛来して、きっちり眉間に直撃した。
「ぐぎゃ! うげっ!」
「む、やはり外したか」
ティナが少しだけ残念そうに、投擲フォームを解いた。一人だけ呻き声が二つあったのだが、カイトが反射的に回避した結果、後にいたテスト・パイロットの男の顎にヒットしたからである。
顎なのはヒットした後仰け反り、更にそのまま直進したチョークが当たったからである。当たったテスト・パイロットはそのまま後ろに倒れていった。
「ごきげんの所悪いが、会議に集中しようか」
第一研究室の主任の声に、馬鹿騒ぎをしていたテスト・パイロットが、バツが悪そうに静まるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第401話『テスト・パイロット』