第398話 皇国中央研究所 ――第8開発室――
ラウル達が自分達の試作機のテストを始める少し前、本来の姿となったカイトとティナも与えられた研究室へとやって来ていた。
他の研究者やクズハらも一緒の時があるのだが、今日はアル、リィル、ルキウスの三人が一緒である。今まで冒険部のカイト、ティナとして貴族達の来訪などで時間を取られていたが、一段落ついたので、今日から本格的に魔導機の実験を行おうというのであった。
「と、いうわけじゃ。理解したか?」
プロジェクターに映し出されるデータを示しながら、ティナが説明を終える。
「……」
そんなティナの説明を聞き終えた三人だが、何も言わない。と言うより、言えなかった。と、そんな三人を見て、カイトが助け舟を出した。
「……安心しろ。理論なんてオレも理解してない。この説明を聞いても、理解できない事が理解出来るぐらいだ」
「……ですね。」
ルキウスが、カイトの言葉に深く頷いた。彼らは戦士であって、開発を担当する理論屋では無いのだ。理論を理解しなくても使えるし、そもそも今後も研究開発する予定は無い。
喩え軍を何らかの理由で引退したとしても、後進の育成は使用者としての立場となるだろう。無いよりは良いのだろうが、無理してやる必要があるわけでもなく、理論の詰め込みは、それからでも十分だった。
「まあ、余もこれを全て理解せよとは言うておらん。適当に流せ」
そして、当たり前だが、ティナもそんな事を言うつもりは無かった。では、何故説明したのか、というと、それは彼らが試作先行量産型のテスターを務めるからである。
ちなみに、魔導機以外にも持ち込んだ魔導殻の方は、ティーネ他数名の隊員が量産型のテスト・パイロットを務める事になっていた。
これは実戦配備された時には、彼ら特殊部隊へと第一に配備されるからだ。実際に使う面子がテスターとなってくれるのなら、より実用的な物が開発出来る、という考えだった。
「指揮官機の通信索敵強化型の初号機はルキウス。軽装高機動型の弐号機はリィル。重装型の参号機はアル。各々担当機のスペックはその資料に書かれておる」
適当に流す様に指示したティナが、更に三人へとスペックが書かれた資料を渡す。受け取った三人は、真剣な目付きで資料を読み込んでいく。理論はわからなくても、使う装備のスペックは、きちんと理解しておかねばならないのであった。
ちなみに実はこれ以外にもワンオフのカスタム型と魔術特化の魔装型が存在しているが、2つともカイト――高性能万能型――とティナ――魔装型の更にカスタム――の試作機が量産の為のテストモデルも務めているので、彼らがテストする必要は無かった。
他にも若干の改良を加えたタイプとして魔装型の支援特化型を一葉が、軽装高機動型の武装強化型を二葉が、索敵強化型を三葉が調整中である。なお、これらは彼女らの専用機とは別口に開発されているもので、この試験期間に三人の為の魔導機と比較データを確認したい、という事でテストしてもらっているらしい。尚、当たり前だがクズハ、アウラ、ユリィ用のカスタム機が存在している。
「さて、何か質問は?」
「えーっと……まず、量産はいつごろに?」
「とりあえず、まあ、カイトや余専用の専用機はともかく、量産となると試作機の完成が数年先、じゃろう。まあ、それにこの魔導機の中枢部は余以外には作れん。ブラックボックスについても、地球の技術を幾つも取り入れておるから、余以外には無理じゃな。理論を理解出来ん。如何に魔術を使ったからといえども、そっくりそのままコピーは不可能じゃ。となれば、量産機の配備もかなり先、じゃろうて。お主ら用に10年先に作れても、公爵軍での制式採用には100年、という所じゃろうな」
気の遠くなる様な話だ、と一同は思う。これらは全て、ティナ一人が設計して、開発して、製作している。そしてそんなティナは、他にも幾つもの仕事を抱えているのだ。それぐらい先になるのは、至極当然の事だった。
「つまり、僕の子供の子供の子供、ぐらいか……」
「そういうこと、じゃのう……他には?」
「……この擬似AIサポートシステムのAIとは?」
「うむ、まあ所謂人工知能、アーティフィカル・インテリジェンス――Artificial Intelligence――の略称じゃな……と、言うた所で理解出来んじゃろ。所謂電子的な使い魔……うむ、単純な使い魔と思うと良い」
「はぁ……」
リィルがかなり首を傾げていたが、ティナは取扱説明書に書かれている通りに言っただけだ。説明してもパソコン知識の無い彼女らには、理解不能だろう。ということで、ティナはそれをスルーする事にした。
「で、じゃな。お主らの機にはそれを単純化した行動サポート機能が搭載されておる。本来ならば、完全な人工知能を開発・搭載した機体としたい所じゃったんじゃが、どういうわけか天然物の人工知能が発見されたからのう。アイギスのサポートを得て、戦闘に纏わる部分のみのサポートに特化した擬似人工知能を開発したわけじゃ。いや、さすがに量産機にも逐一人工知能を作るとなると、かなりの手間が考えられたのでどうしたものか、と思っておった所じゃ」
如何に天才ティナと言えど、逐一ゼロから人工知能を創り、教育していくのはとんでもない手間となる。当然だが、その分時間もかかる為、コストパフォーマンスが悪化する事は明白だった。
なので、この際だからと量産機には人工知能を搭載せず、戦闘の支援に特化した擬似的な人工知能を搭載する事にしたのだった。そうして、そんなティナが続ける。
「まあ、結果として、アイギスの様な自律行動は不可能になってしまったがのう。とは言え、問題はあるまい。本来お主らの運用は単騎ではなく、部隊単位よ。自動操縦で行動せねばならぬ事態は想定しておらん」
ティナはあっけらかんとそう言うが、これは事実だ。今の様に冒険部の援護に駆り出されているアルやリィルが本来ならば異常な状態だ。
それでも、カイトの下で次期公爵軍の主力としての修行をさせるため、容認されているのである。その甲斐あって、今の彼らの実力は基礎的なスペックを別にして、総合的にはカイト達と出会った当初から倍近くにまで上昇していた。
「と、言うわけじゃが、他に質問は?」
ティナがとりあえずの説明を終えた所で三人から幾つかの質問が上がり、それにティナが答えていく。これを幾度か繰り返した後、ついに質問は品切れになった様だ。
「では、以上か?」
「……の、ようです。」
ルキウスがアルとリィルの二人と顔を見合わせ、二人が頷いた為に疑問なしと上げる。それに、ティナが頷いた。
「では、早速じゃが実機試験にまいろうかの」
そうして、5人は連れ立って、部屋の外へと出て行くのであった。
『さて、調子はどうじゃ? VR以外で実際に魔導機に乗るのは初めてじゃから、違和感が強くあろう。まあ、慣れるまでの辛抱じゃ』
三体の量産機の通信装置から、ティナの声が各コクピットに響いた。アルはそれを聞きながら、取扱説明書通りに、メインとなる動力へと繋がるスイッチを入れることにする。
すると直ぐにコクピット・ブロックに明かりが灯り、外の状況が見渡せる様になった。ここまでは、搭乗者の魔力ではなく、魔導機に搭載されている魔力によって動力を確保しているので、問題は起こらないはずであった。そして、問題は起きなかった。
今回はまだ試験ということで、アルは持ち込みが許可されたマニュアルに従って計器をチェックしていく。そうして、全ての計器に異常を示す表示が無い事を確認すると、通信機のマイクのスイッチをオンにした。
「……こちら試作量産型参号機。計器には異常なし」
『……こちらでも確認した。参号機、異常なし』
答えたのはカイトの声だ。今回は3機同時のテストということで、ティナの補佐にカイトが就いているのであった。
彼も本来は研究者では無いが、現状アイギスは居ないし一葉達にしてもマクスウェルでお留守番、だ。カイト以外に手を貸せる者が居なかったのであった。
『同じく、弐号機問題なし』
『こちらも問題なし。初号機』
少し遅れて、リィルとルキウスの声が響いた。どうやら、起動には大した問題もなく成功したらしい。そうして、それを聞いて、カイトも目の前の計器を見て、問題無い事を確認する。
『計器確認……両機ともに問題なし。起動成功』
『さて、ではここからが本番じゃ。機体を戦闘モードで起動させると、一気に魔力を喰うのは大型魔導鎧と同じよ。稼働可能限界に注意しておけ。画面右下に表示されている数値が半分となった時点で色が黄色となる。黄点灯で作戦行動の限界領域が近い事を示し、30を下回った時点で赤点滅。残り数分じゃ。15を下回れば赤点灯で強制的に撤退じゃ』
ティナの注意が更に続く。主な注意事項は、出力制御に関する物だ。こちらは自動で行われるが、搭乗者からの魔力供給が基準値の半分を下回った時点で安全装置が働き、どうやら機体が自動で所定の場所まで撤退行動を開始するらしい。
まあ、大型といえども、結局は魔導鎧だ。原理としては搭乗者からの魔力で動いているのだ。魔力が切れれば、単なる大きいだけの金属製の棺桶と変わらない。万が一を考えてそれぐらいに安全マージンを取るのは、当然なのだろう。
大型の魔導鎧も魔導機も何の補給も無しでの戦闘が可能な時間は1時間程度なので、補給のタイミング等にはかなり注意が必要であった。
『では、起動せよ』
ティナの合図を受けて、3機は同時に魔導機を完全に起動する。
「ぐぅ!?」
起動した瞬間、アルは一気に自分の魔力を吸い取られる感覚を得た。通信機から聞こえる他の二人の声にも、かなり苦悶の色が含まれていた。
「くっはぁ……これはキツイね……」
顔に少しだけ苦悶の表情を浮かべ、アルが呟いた。
『これは……魔力保有量増大の訓練をしていなければ危なかったですね……』
同じく返すリィルの顔も、何処か辛そうだった。戦闘で使うメイン・ユニットへと魔力を通した事で、全ての表示系統も通信機も十全の働きを始めたのだ。彼らの周辺には外の状況が浮かび上がり、アルのすぐ横側に四角い表示枠が表示され、その中にリィルの顔が表示されていた。
顔を見ながらの会話が出来る様にした方が、色々と情報のやり取りがし易いだろう、とティナが映像も送れる様にしたのであった。
『ふむ……こちらはあまり辛さは無いな』
アルとリィルの二人は辛そうだったが、ルキウスの顔には多少の余裕が存在していた。これは練度の差ではなく、機体の差だった。
アルとリィルの機体は前線でも最前線での活動を視野にいれている為、出力が少しだけ高いのである。それに対してルキウスの機体は最前線よりも少し下がった所での指揮・支援を主眼としており、どちらかと言うと一瞬の出力よりも持久力を優先しているのであった。
尚、当たり前だが、ルキウスの使っている機体も最前線でも十分に使える機体ではある。ただ単に、一歩だけ劣る、といった程度だ。
「くっ……出力状況確認……うん、問題なし」
『こちらも問題なしです』
『……初号機、索敵システムをオンにしたら敵アラートが鳴り止まない。全周囲に敵の反応が警報されている』
『む?』
ティナの指示に従って各自確認していったのだが、ルキウスがある検査で異常を報告してきた。そうしてそれを受けて、通信機の先から計器を弄る音が響いてきた。ティナが対処していたのである。
『……止まった。初号機、問題なし。何があったのですか?』
『どうやら索敵システムを強化したことで、他の2機が感知不可能な待機中の魔導鎧をも察知してしまったようじゃな。待機中で、しかもまだコヤツら試作機として皇国軍の情報をリンクしておらん。なので、皇国軍の魔導鎧を敵として認識してしまったようじゃ。内装魔術回路の密封が悪いのかのう。待機中でも漏れる魔力を察知したみたいじゃな』
『……つまりは?』
『性能が良いおかげで、伏兵も見つけられる、ということだ』
『なるほど。感謝します』
ティナの長々しい説明を聞いてもイマイチ理解出来なかったためルキウスが問い返せば、苦笑した様子のカイトが噛み砕いて教えてくれた。つまりは、そういうことである。
これがティナクラスが作った逸品やどこぞの名工が作ったワンオフならば漏れる事も無かったのだろうが、量産型の悲哀かどうしても、完成度が一段階落ちるのであった。そして、そんなカイトの噛み砕いた説明を、ティナも認めた。
『うむ、まあ、そう考えても良い。さて、では各機実際に動いてみてくれ』
その言葉を受けて、アルは説明された通りに、右足を一歩足を踏み出した。すると、しっかりした感触が返ってくる。そして、今度は左足を前に踏み出す。
「……うん。問題無し。でも、少しおかしな感覚だね。今は空中に浮かんでいるみたいなのに、足にはしっかりと地面の感触が伝わってくる」
『確かに、奇妙な感覚ですね。魔力で足場を創ってその上に乗るのとは、少し違った感覚です』
『1つ疑問なのですが、これは魔導機側の足場が変われば、伝わる感触も異なるのですか?』
アルとリィルが口々に感想を言い合っていると、ルキウスがそこから得た疑問を質問する。それを受けて、三人の前に表示される画面の中のティナが頷いた。
『うむ。但し、姿勢を崩す場合には機体側で自動的にバランスを立て直す工夫をしておる。その為、足場の問題で転けそうになれば、強引に身体を引き起こされる感覚を得るやもしれん。その点は、魔導機独特の物として我慢してくれ』
『了解です』
ティナの答えを聞いたルキウスが納得して、その質問内容と答えをアルとリィルもしっかりと胸に刻み込む。うっかり聞き逃して違いを把握せぬままに戦場に出ては、命取りだ。
そうして、三人はいくらかの動きを行うが、まず驚いたのは、自分の動きに合わせて、寸分の遅れもなく魔導機が動く事だった。今までの大型魔導鎧にあった遅れが無く、三人は改めてティナの技術者としての実力の高さを実感する事になった。
次いで驚いたのは、やはり外部情報の表示速度の速さだ。これはまあ、アイギスとカイオウという特例をサンプリングした結果、レスポンスが高まったのである。
とは言え、使用者の力量を考えて使っている技術を落としている事と、彼女たちのサポートが無い事も相まって若干の遅れが出ているのだが、それが気になるのはカイトやティナ、クズハ達が量産機を使った時ぐらいだろう。それに、これがまだまだ開発段階の技術なのだ。始めから満足の出来る品ができていてもおかしいだろう。
『良し、動作確認は終了じゃ。現在の可動限界はどうじゃ?』
『初号機稼働可能は……後75です。青点灯』
『弐号機残り73。同じく青点灯』
『参号機残り68。青点灯』
『ふむ。若干やはり重装型の出力消費が高いか。各機、一度戦闘用システムを落として構わん』
ティナの命令に従い、三人は戦闘用のシステムを停止させる。すると当然だが、一気に魔力の消費が小さくなった。
『良し。この状態が、通常の戦闘以外での行動時のモードじゃ。随分と楽になったじゃろう。先の赤点灯の時点で、自動的にこのモードへと切り替わり、回収ポイントにまで勝手に行動する。回収ポイントは、戦闘毎に設定することになるじゃろう。この間は搭乗者の生命維持を目的として、殆ど身体が動かぬようになる事に気をつけよ』
「動作確認もこっちで良かったんじゃ……」
ティナの言葉に、アルが疑問を呈する。それはもっともな事、の様に思えた。通常モードでも動けて、動作確認が行えるのなら、そちらの方が楽だし安全だ、と思ったのだ。が、これには当然、理由があった。
『先ほどのはどちらかと言えば、出力に関する安全装置の確認じゃな。ああいった安全装置は余やカイトでは殆ど使い物にならぬ。そこで、お主らに確認してもらったのよ。それに、お主らも戦闘時の疲労度を知らねば、使えぬであろう?』
「ま、まあ、そうだけどね」
ティナの答えに、アルが苦笑する。まあ、慣らし運転と思えば問題無いだろう。と、そうしてふと、一つの疑問がアルの頭に浮かび上がった。
「そういえば、もし、万が一撤退行動中に緊急行動を行う必要があった場合は、どうすればいいの?」
『うむ。それはきちんと考えておる。それじゃったら……』
アルの疑問に、ティナが答え始めて、再び幾度かの質問が三人から出てくる。やはり、使ってみて初めて出る疑問はあるのだ。そうして、この日は幾度かテストと質問を繰り返して、日が暮れるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第399話『異大陸の使者達』
2017年6月11日 追記
・表現追加
一葉達三人娘のテスト中の魔導機が彼女らの専用機と誤解を受けかねない表現になっていましたので、説明を追加させて頂きました。現在テスト中なのは彼女らの専用機とは別です。