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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第二十一章 皇王の血脈編
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第396話 愛されし者

「これが、皇国の秘する最大の秘密です」


 ヴェールへと真実を語った数日後。カイトは再び皇城の秘密の部屋を訪れていた。ヴェールの願いの通り、皇帝レオンハルトに真実を語っていたのだ。更にはグライアが探してきた叛逆大戦を知る隠居達の数人も一緒だ。証人として、何があったのかを話してもらう為に連れて来て貰ったのである。


「俄には信じられんが……事実、なのだな?」


 全てを聞き終えた皇帝レオンハルトは、娘に向かって問い掛ける。それを受けて、ヴェールは真剣な目ではっきりと頷いた。


「そうか……」


 娘の眼を見てそこに嘘が無い事を見た皇帝レオンハルトは、大きく溜め息を吐いた。抱える秘密にしては、あまりに大きすぎたのだ。なので彼はしばらくの間、こめかみをほぐしながら、考える事になった。


「……この件は、俺の預かりとしよう。ユスティーナ殿……いや、ユスティーナ殿下には、貴公らの判断で伝えて構わん」


 長い沈黙の後、彼はようやく重い口を開いた。彼が敢えて言い直したのは、ティナが皇族だ、と認めたからだった。

 この部屋を見せられては、そしてハイゼンベルグ公ジェイクやその他の隠居達からもそれを認められては、否定が出来なかった。理由にしても、理解が出来る。あの当時の情勢は彼も知っているからだ。


「御意に、陛下」

「にしても、そうか。そんな経緯があったのか……初代陛下の心痛は、如何ばかりであろうか」


 皇帝レオンハルトは、笑顔を浮かべる自身の祖先である一人の男を沈痛な面持ちで仰ぎ見た。今まで彼は初代皇王イクスフォスは人望に溢れ、常に明るい男だと聞いていたのだ。

 そんな男のはかりしれぬ皇帝としての苦慮を知り、畏敬の念を強めたのである。実は皇帝レオンハルトは、歴代皇帝の中でもかなり祖先に対する畏敬の念が強い皇帝なのであった。


「……この部屋は、そんなお二人のために、その成長を見せる部屋なのか?」


 一度イクスフォスに対して頭を下げた皇帝レオンハルトは、顔をカイトとハイゼンベルグの二人へと向けて、問い掛けた。


「そう」


 皇帝レオンハルトの問いかけにコクリ、と頷いてグインが語り始めた。


「元々絵が得意だった私が、ティナの成長を見て描いたのを二人にプレゼントしたのが始まり。その後も何枚も渡したのはいいけど、置く場所に困った。それでイクスの友人の力を借りて、この部屋を作った。この部屋を知っているのは、当時の大公達と、公爵達だけ。あ、あとはヘルメスも。皆はティナの存在を知っていても、ここは知らなかった……でしょう?」

「ええ……ふふ、おしめを替えてやった日が昨日のよう……」

「懐かしいのう……この様な足跡を辿られていたのか……」

「陛下の笑い声が聞こえてくる様な絵だ……もう、お迎えも近いのかもしれんなぁ……」


 何人かの隠居達が、涙ぐみながら、グインの言葉を認める。彼らはこの部屋の存在を知らず、ティナの絵についても知らなかったのだ。

 それ故、懐かしい君主と、本来はあるべき姿のその家族の姿に、涙ぐんでいたのである。もう長くはない残りの人生に、冥土の土産、と思っている様子だった。

 彼らに対してもこの部屋が隠された理由は簡単で、グインやティアとの繋がりは明かせなかったから、だ。これは政治上致し方がない事だ。彼らも始めは驚いていたが、イクスフォスの判断を教えられて、納得していた。そんな彼らを横目に、グインが続けた。


「さすがに、ティナもこの部屋は察知出来ない。あまりに強固な異空間だし、そもそも彼女にはイクスの封印で認識出来ない空間だから」

「左様ですか……まさかグライア様以外にも皇国の設立にお二人が関わっていたとは思いもよりませんでした」


 皇帝レオンハルトは金色と純白の美女へと頭を下げる。今この場には、事情を知らされたティアも来ていたのである。表向きは、気まぐれに家族――この場合はクズハとアウラ――を尋ねて来た形だ。


「妾とあの娘の名が似ていた事、グライアやグインの様に旅をして万が一があってはならぬこと、数十年の間存在を確実に秘せること、異世界の秘術を使いこなせる者であること。それらを以って、イクスから託されたのじゃ。それに、天族や神族の面倒見の良さは一族ぐるみじゃ。子を育てるには、良い環境でもあったしのう……そのお陰か、親がおらんにもかかわらず、あの娘は歪むことも無く、育つ事が出来た……まあ、母に似て賢かったのは良いが、父に似て何をやらかすかわからんかったのには、手を焼いたがのう」


 何処か悲しげに、それでいて、何処か嬉しそうにティアが告げる。それに、親友の愛娘のその後を確認する為に何度も訪れていたグライアが同意する。


「まあ、その後はまさか浮遊大陸を飛び出して色々と巡り、魔族の統一事業に乗り出すとは思っていなかったがな。その点、何処ぞの馬鹿とそっくりだ」


 嬉しそうに、グライアがティナの本心を語る。実はティナは始めから統一しようとして、浮遊大陸を去った訳ではない。考えなしに興味本位から、降り立ったのである。その後、魔族の諍いを知り、統一へと乗り出したのだった。

 結果、彼女は100年を掛けて統一を成し遂げるのであるが、その無茶っぷりと何故そうなったのかわからないという経緯は、まさに父親とそっくりであったのである。


「あれには、ヘルメス殿やその子のアウル達と共に驚かされました」


 そんな二人の言葉に、どこか嬉しそうで、それでいて苦笑の混じった笑みをハイゼンベルク公ジェイクが浮かべる。魔族を統一し、国として設立したので魔王が挨拶に来た、と応対に出てみれば、それは成長したティナであったのだ。驚くのは無理も無いだろう。

 当たり前だが、彼らが成長してもティナがティナである事がわからない筈は無かった。なにせ、父母の特徴を強く受け継いでいたのだ。

 笑顔は父イクスフォスにそっくりの太陽の様な笑顔で、知性は大帝国の技術のトップを務めていた母譲りの天才的な知能、美しさは父親と母親譲りのまさに神に愛された様な造形。両親の特徴をきちんと受け継いでいたのである。これで彼らにわからないはずが無かった。


「その後、二人して大笑いしたものです。やはり、初代陛下の娘であった、と」


 当時を思い出したらしいハイゼンベルグ公ジェイクが浮かべる顔は、見知った娘が大きくなった事に感慨を抱いているものだった。ティナにはカイトの兼ね合いで若干の隔意があるが、実は彼の方には全く無いのだ。それ故の、感慨だった。

 老獪さを見せるのはお互いに公的な地位があるが故で、それを除けば、ティナは敬愛する主の遺児。それも、自らが失せさせたという負い目のある娘なのだ。気にしない筈が無かった。


「そうか……ハイゼンベルグ公。貴公も、よくぞ今まで我が皇国に粉骨砕身、仕えてくれた。歴代皇帝を代表して、礼を言わせれくれ。感謝する」

「……いえ、陛下……私は……いえ、俺は、この国が好きなのです。イクス様が作り上げ、ユスティーツァ様やヘルメス殿、アウル達が見守って、カイトやウィスタリアス陛下達が守りぬいて、レオンハルト陛下達が受け継いできたこの国が。ですので、どうか頭をお上げください」


 感謝の念から思わず頭を下げた皇帝レオンハルトへと、何処か照れくさそうにハイゼンベルグ公であり、革命家であったジェイクが告げる。それを受けて、皇帝レオンハルトは少しの後、頭を上げた。


「……すまぬ。そして、もう暫しの間、その胸中にその秘密を留めておいてくれ」

「御意に、陛下」

「マクダウェル公、建国の英雄方。貴公らも、よろしく頼む。そして、御三方。どうか、この事は秘していただけますよう」

「御意に」


 皇帝レオンハルトの嘆願に、カイトや隠居した英雄達が頭を下げる。カイトはともかく、隠居した者達にとってみれば、自分達の惚れ込んだ男の遺児の為だ。他の誰しもと同じく、もとより墓場まで持っていくつもりだった。


「余も、承ろう。あの馬鹿が大泣きしてまで受け入れた策だ。それを、無為には出来ん」


 そんな彼らに続いて頷いたグライアの言葉に、残る二人も頷いた。それを見て、皇帝レオンハルトが頭を下げた。


「感謝致します」


 これで、全てが終わりだった。そうして、この日の会談は、この場に居る者達だけの秘密として、皇国のどんな歴史からさえも隠される事になるのだった。




 カイトが迎賓館に戻れたのは、日もとっぷりと沈んだ頃だった。そうして、談話室に目をやるとまだ明かりが点いてたので中を覗いてみれば、そこには件のティナや冒険部上層部の面々の姿があった。どうやら暇らしいので、何かカードゲームで遊んでいたらしい。


「よう、カイト。今日も何かあったのか?」

「む? 帰りおったか。何処に行っておったのだ?」

「あー、ちょっと城行ったら皇帝陛下に出会ってな。まあ、そこで話してた。次のお仕事で、な」


 適当に答えたカイトであったが、実は今度はこっそりと消えていたのだ。流石に何度も皇族と話していた、では疑問に思われるので、仕事の話、という事にしておいた。

 実はカイトは魔導機の関係でテスト・パイロットとしての仕事があり、冒険部を外す事が多かったのだ。そしてそれはカイトが皇都から離れるまでは変わらない。こちらは勇者云々とは別、だからだ。

 ということで皇帝から冒険者としての依頼を受けた、という言い訳が欲しい所だったのである。今回はその言い訳を貰いに行った、という事にしたのであった。


「それは知っておる……んぅ! んー!」


 何処か疲れた様子のカイトは中へ入っていきなり、おもむろにティナへとキスした。ティナは始めは意味がわからずに若干抵抗したが、段々とその抵抗が弱まり、ただされるがままになっていた。カイトの中に違和感があったのだ。


「ん……むぅ……」


 ただカイトにされるがままのティナだったが、その手はカイトを優しく抱きとめていた。そうして、呆然とする一同を置いてきぼりに、カイトはただ、彼女を抱きしめ続ける。


「……絶対に、幸せにしてやる。絶対に……手を離すもんか……」


 口を離して、更に強くティナを抱きしめるカイト。そうしてティナも呆然とするなか、強く、はっきりと宣言する。

 まっすぐに、はっきりと告げられた好意に、さすがのティナも真っ赤になる。この展開は予想していなかったのだ。時折カイトとともに演技じみた行為を行うさすがの彼女も、大人数の人目の前での大胆なカイトの告白には、真っ赤になってしまったのである。


「ちょ……い、いきなり何を言うておる! も、もう少し衆目という物をじゃな!」

「お前は、絶対に幸せにならないといけないんだ」

「おい、カイト……どうした?」


 ティナを無視して続けられる告白に、ようやく一同もカイトの異常に気付く。カイトの言葉は自分へ向けられているのと同時に、何処か遠くへと宣言している様なのだ。

 いや、真実、宣言していた。それは彼女の幸せを願った建国の全ての英雄達に対して、だ。彼は死者と共にある者だ。だからこそ、その宣言は届くはずだ、と思っていた。そして、彼女に惚れられて惚れた時から、絶対に幸せにする、と誓ったのである。


「前々から思っておったのじゃが……お主、何を隠しておる?」


 ティナはカイトの様子から彼に何かがあったことを悟り、問いかける。当たり前だ。これで何も無い、と思わない方が可怪しい。


「……言えない。ごめん……言えない……」


 ティナの問いかけに、カイトは謝罪するだけだ。答えられない。だからこそ、代わりに、自らの決意を語る事しか出来なかった。


「……オレもお前も、数多の民の血で血塗られている……だから幸せになってはならない? 知った事か。そんな道義や倫理はオレの知った所じゃない……絶対に一人の女として、幸せにしてやる。その為なら、数多の血で血塗られてやる。どれだけの悪徳だって背負ってやる……だから……だから、幸せになるぞ、ティナ」


 ティナはカイトに愛を告げる時、何処か遊びじみて、じゃれあうように語る。それに対して、カイトがティナに愛を告げる時は、絶対的な意思を宿し、決意を以って語る。これがお互いに背負った物の差なのか、それとも二人の性格の差なのかは、誰にもわからない。

 だが、ティナには今、カイトが告げた事が大切な事であることは、理解出来ていた。だから、彼女も真摯にカイトに返した。


「うむ、我が夫にして、永久を共に生きる者よ。共に幸せになろうぞ」


 ティナがカイトを優しく抱き返す。姿は子供のままだが、その顔はまるで慈母の如く、慈愛に満ちあふれていた。カイトが自らの為に、何かを背負っている事を悟ったのだ。


「ああ、幸せにしてやる……」

「何時かは、語ってくれるのじゃろう?」

「ああ……何時か、必ず語ろう」


 カイトはティナの言葉に、小さく頷く。その時こそが、本当に夫婦になれる日だ、とカイトは思っていた。そうして、その日まで、カイトはいま暫くの間、その秘密を胸に抱え込む事にするのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。次回からは新章に突入します。

 次回予告:第397話『中央研究所』

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