第392話 感想
皇帝レオンハルトとカイトの模擬戦。それは、当然だが、カイトの勝利で決着がついた。
「1つ問いたい。あの引き寄せられるかの様な斬撃は何だったのだ?」
模擬戦が終わり、流れる汗を拭いながら皇帝レオンハルトがカイトへと問い掛ける。そうしてそれを受けて、汗一つ掻いていないカイトが答えた。
「ああ、<<風の太刀>>ですか」
「名からすると、かのコジロー・ササキの<<緋天の太刀>>の四技か?」
「ええ、その認識であっています」
皇帝レオンハルトに問い掛けられたカイトは、汗も掻いておらず大した疲労感もなさそうであった。とは言え、動いたからなのか喉が乾いたらしく、差し出された回復薬――皇帝レオンハルトと同じく、疲労回復用――を飲んでいる。そうして、カイトは一口口を湿らせて解説を始めた。
「<<風の太刀>>は所謂、相手との距離を操る技なんですよ。陛下の大剣に沿うように動いていた私の大太刀が、いきなり跳ね上がった事は気付いておいでですか?」
「うむ、あれには驚かされた」
「それは恐悦至極ですね。あれも<<風の太刀>>の用法の1つです。まあ原理的には太刀そのものに竜巻を纏わせているのですが、それを放出して相手との距離を離す事も、それを少し広げて相手を巻き込み、こちらに引き寄せる事もできます」
皇帝レオンハルトの驚きを見たカイトは、笑みを浮かべて慇懃に礼を述べる。そうして原理を語られた皇帝レオンハルトは自らの大剣がまるでカイトの剣に引き寄せられた事に合点が行った。
「なるほど。それで俺の大剣が貴公の大剣に乗る様に上に持ち上げられたのか。あの時はまるで吸い付くかの様な印象を得た」
「はい、それも応用の1つです。竜巻に巻き込んでそのまま竜巻の中に取り込んで、先の様に刃と共に動かす事も出来ます」
「ほう……それは便利だな」
応用がかなり効きそうな<<風の太刀>>に、皇帝レオンハルトが俄然興味を抱く。単なる攻撃速度の増加だけでなく、相手の動きも阻害する事にも使えるのだ。
「さすがはエネフィアにその人ありと言われた大剣豪コジロー・ササキの剣術か」
「陛下よりの賞賛、師にも喜んで頂けます」
そうして、更に少しの対話の後、公務がある皇帝レオンハルトは公務へと向かい、カイトは与えられた迎賓館へとソラ達と共に自室へと戻るのであった。
「ふむ、およそ15分か。なかなかにもった方ではないか?」
全ての模擬戦を終えたカイト達は、再び貸し出された迎賓館へと帰って来ていた。そうして一同は大きめの談話室へと足を運び、そこで雑談をしていたのであった。
「まあ、全盛期のウィルの半分の半分よりちょいと上ぐらいか。大体35%って所だな。なかなかに強い。技量も悪くない。それに、思い切りもある。将として前線にたっても、十分にやっていけるだろう。軍部としては、有り難いだろうな。もし万が一の時でも、自分の身ぐらいは自分で守れる」
ティナの問い掛けに、カイトも同意する。元々弱い弱いと嘆くウィルでさえ、当時基準でもぶっ飛んでいるのだ。それの半分の半分であっても、現代からすれば十分にぶっ飛んでいたのだ。
恐らく、こと個人戦で挑むならばほぼ負けないだろう。彼を確実に打ち負かせる存在が居るとすれば、自分達の様にぶっ飛んだ存在ぐらいだ。
「ふむ……どこぞやの大陸の武張った種族からも娘を贈られているとは聞いておったが、納得もできよう」
「どういうこと?」
ティナの言葉に、魅衣が首を傾げる。これには皇族として、シアが答えた。
「異族の、それも獣人族の中には力こそが全て、という種族も珍しくないわ。そういった種族だと、強い雄に娘を嫁がせるのは別段珍しい事じゃないの。例えば、獣人族の中でも猫種の最上位である金牙獣。これはかなりの武闘派系の獣人族で、実際お父様に娘を嫁がせているのはここね。元々お父様にも僅かに血は流れていたし、悪い話でも無かったそうよ」
金牙獣は異大陸の獅子に似た獣人の種族で、皇帝レオンハルトとの相性が良かったらしい。この婚儀はさしたる問題も無く進められたとのこと。そうして、その説明を聞いた一同が頷いていると、ふとカイトに話が飛び火した。
「ねえ……カイトってそういった種族との話は無いの?」
当たり前だが、カイトはエネフィア最強の存在だ。当然ながら、そういった武闘派系の種族からみれば、婿としてはまさに最高の人材であったのだ。
「あー、何回かあった。まあ、旅を理由に蹴ったけど。当時はまだ旅の真っ最中だからな。さすがに定住は出来んさ。長命でない種族とは、連合軍結成以降会ってないしな。まあ、考えなくてもいいだろ」
カイトは魅衣の質問を、あっけらかんと認める。隠すことでも無かったからだ。まあ、その後はカイトは皇国の改革に忙しく、また当時はそんなに満足に大陸間を移動できるわけでは無かった。
なので、如何にカイトといえど、そういった種族との縁はそれなりに断たれていたのである。残っているのは、300年をたかがその程度の月日と言える長寿の種族との縁だ。そこらが今どうなるかは、公表後の事になるだろう。
そうして、自分に飛び火したついでなので、カイトは一応念のために言い含めておく事にした。それは何も武張っていれば良い、というわけでは無い、ということだ。
「まあ、単に力を示せばいい、つーわけでもない。部族によっては体力よりも知力が高い方を選ぶ部族も居る。それ故、知恵を示す様な種族もいるし、何かの証を立てさせる様な部族も居る。現に、切れ者だったウィルにはそういった部族から娘を迎え入れたらしいからな」
武芸でもなんとかなったのだが、彼の場合は最も有能なのはなんといってもティナにも匹敵するその知恵だ。それが好まれる種族も当然いて、彼はその部族との縁を強化するため、婚約したのであった。
まあ、そう言ってもこれはカイトが帰還した後の話で、そこらはカイトとしても、クズハ達からの又聞きでしか無かった。
「まあ、んなこたぁどうでもいい」
というより、カイトにとってはこれ以上この話題を続けて藪をつついて蛇を出しても、面倒というか厄介である。なので、頃合いを見計らって話題を元に戻した。
「さて、先輩。戦ってみてどうだった?」
カイトの企みは見事成功し、なんとか追求もなく話題を逸らすことに成功する。そうして、問われた瞬が少しだけ考えこんで、口を開いた。
「……そうだな。やはり、壁は分厚かった」
まず第一に得た感想は、やはりこれだった。自分では全力中の全力を尽くしたつもりだったのだが、全く刃が立たなかったことは、事実だろう。
多少は目を見開かせる事が出来たのも、数十万人に一人という才能を有していれたが故の結果であって、完全に自身の実力であるとは瞬には言えなかった。最後のあれだって、彼は必死で耐えていただけだ。自慢できる事では無いし、戦闘力が高い事の左証にはならない、と思っていた。まあ、カイトやティナに言わせれば、それも含めて彼の実力なのだが。そうして、彼は続ける。
「まさか<<雷炎武・弐式>>を使っても、簡単に防がれるとは思わなかった」
何処か残念そうに、瞬が告げる。実は瞬が開発した<<雷炎武>>だが、総合的に見ればバランタインが開発した<<炎武>>よりも総合的な意味で優れていた。<<炎武>>が力を上げる事に特化しているのに対して、<<雷炎武>>は力に加えて行動速度や反射速度も一緒に上げる事が出来るのだ。
力の上昇率についてみれば<<炎武>>に分が上がるが、それでも、速度も一緒に上昇させる事が出来る点を見れば、十分に優位に立てていた。総合的な上昇率でみれば、<<雷炎武>>に分が上がるのである。
「後は、やはり強い」
感慨深げに呟いた瞬に対して、カイトが笑みを浮かべる。それを分かってもらえたのが、カイト達にとっても、瞬にとっても、この戦いでの最大の収穫と言えるだろう。どれだけ強くなっても、更に上が居るのだ。それを知る限り、上を目指せるだろう。
「そうだ。だが、あれで、皇国第二の実力者だ。そして、それで尚、皇国第一には遠く及ばない。そして、皇帝陛下は、まだまだ伸びる事が出来る」
カイトは瞬の言葉を認めて、更に、断言する。カイト自身戦ってみて分かった事だが、皇帝レオンハルトはまだ伸びしろがかなりあった。彼の<<炎武>>はまだ、発展途上の段階だったのである。そちらが未だ発展途上であるということは、即ち身体の方が出来ていないということだ。
「遠い……な」
瞬が何処か遠くを見据えながら、カイトを見る。
「遠いぞ、まだまだな。ティナは更に遠く、世界最強は更に遠い」
カイトは笑いながら、断言する。当たり前だが、カイトもティナも皇帝レオンハルトなぞ小指一本で倒す事が出来る。バランタインとルクスなら片手で、ウィルでも武器を持たずに倒せるだろう。まだまだ、先は遠かった。
そうして暫くの間は瞬に対して色々とアドバイスをしていくのだが、ふと<<雷炎武・弐式>>の更なる改良に至った所でソラが声を上げた。
「……あ。そうだ。先輩、何時の間に、というかどうやって<<雷炎武・弐式>>なんて開発したんっすか?」
「む、いや、まあ……実はな」
ソラの質問に、瞬が少しだけ照れた表情で口を開いた。当たり前だが、一朝一夕に身に付けられたはずは無いし、普通はこんな短期間で改良出来るわけが無い。気になるのも当然で、特殊な理由があるのも当然だった。
「実はカイトに無理を言って……これを、な」
ソラの質問を受けて、瞬は気恥ずかしそうに腕をまくり上げる。そこには、海で見た雷の紋章以外にも、赤い紋章が刻まれていた。
「それは?」
「火の加護の紋章だ」
「えぇ!?」
事情を知るカイトとティナを除いた全員の驚きが唱和される。そう、彼は実は加護の力を使うことで、今まで活性化させるのに必要だった時間を短縮する事に成功したのである。
「そんなに簡単に加護って貰えるものなんですか?」
「いや、普通は無理だ」
こういうことならカイトだろう、と思った桜の問い掛けに、カイトが首を横に振る。一同は大精霊達の性格を少しは把握しているので、あながち簡単に貰える気がしなくもなかったのだが、更に続いたカイトの答えを聞いて納得する。
「まあ、力を求める姿勢が評価されたらしいな」
肩を竦めながらカイトは告げるが、その顔は何処か面白げであった。今までに数多くの戦士と会ってきた自分だが、只の一度も大精霊から力を与えてくれるよう求められた事は無かった。その形振り構わない姿勢こそが、火の大精霊たるサラに好まれたのだろう。
「まあ、何事でもダメ元でやってみるものだな。後は加護の力を使い熟す為の修練だった」
カイトが面白げに語る。始めは雷の大精霊である雷華にアドバイスを貰いたい、という話だったのだが、瞬が試しにカイトに持ちかけたのである。
そうしてカイトもダメ元で持ちかけてみて、サラが色々と質問――質問については二人だけで行われた上、興味も無かったのでカイトも把握していない――し、その後にサラの大爆笑と共に、加護を授かったのである。
「結局加護はそいつを気に入った、という証にすぎないからな。かと言ってください、と言っても貰える筈は無いから、まあ、よほど気に入られたんだろう」
当たり前だが、大精霊達から与えられる力の中で一番下の加護であっても、それは多大な力になる。それを安々と与えるほど、大精霊達も見境ないわけではなかった。
「なあ、疑問なんだけど……」
そんな瞬を見て、ふと自身も風の加護を得ている翔――この数ヶ月の間で、気付いたら手に入れていたらしい――が問い掛ける。
「俺の風の加護でも<<雷炎武>>みたいな事は出来ないのか?」
「ん? んー……まあ、無理かな。風自体が身体機能に何か影響を及ぼすものじゃ無いからな。間接的にはあるけど」
問い掛けられたカイトは、少しだけ考えこんで推測で答えた。やったことが無いので、実際に出来るかどうかは微妙であった。
「どうだろ。出来る気もするし、出来ない気もする。まあ、試してみてくれ」
そう言って、カイトは立ち上がる。それに翔が首を傾げて問い掛けた。
「トイレか?」
「いや、ちょっとした呼び出し。じゃ、ティナ。後は頼んだ」
「うむ」
既に日も落ちた頃になってカイトが出かけようとしたので、一同が眉を顰める。それに、カイトが手を振って理由を告げた。
「ちょっと、ヴェール皇女殿下に説明しないといけない事が出来てな」
「貴方……次は何をやったの?」
「単なる想定外の事態が起きただけだ」
シアが呆れ混じりに問い掛けたのに対し、カイトが肩を竦めて告げる。じっとカイトを観察したシアだが、その動作に偽りはなさそうだったので、本当に彼にも想定外の事態が起きたと把握する。
「別に余が説明しても良いのじゃが……」
「まあ、お前がやれば理論ばっかになって理解し難いだろ?」
ティナの言葉を、カイトはそう言ってはぐらかす。そうして、カイトは誰も連れずに、一人夜の皇城へと向かうのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第393話『隠された真実』