第27話 悪戯娘
今日から再び一日2話更新。
そうして帰ってきたカイトとティナを祝う―名目の―夜会であるが、ほぼ全ての面子の目的は集まって騒ぐことであった。カイトは集まってくれた事を嬉しく思いながらも呆れつつも、楽しそうに笑っていた。
「わかっていたが、こいつら全員仕事はいいのか……。」
「一応全員が密会名目で予定をあわせましたので、問題ありません。」
「飲み会も仕事です、ってやつか、表向き。」
どう見ても仕事ではなく私怨を晴らそうとしている者や、食事を楽しんでいる者が殆どであった。
「三十年前の飲み合いでは負けたがこのニホンシュとやらでは負ける気がせん!」
「抜かせ!今回も潰れるまで飲ませて外に下着姿で放置してやるわ!」
ちなみに、この会話はエルフとダークエルフの元族長二人の会話である。二人共、これでもかなり偉大な者として里の者からは尊敬を一身に集めている。こんな場を見られれば、少なくとも里の者は卒倒するだろう。
「あ、ばか!それ楽しみにとっておいたのに!」
「あ、悪い。って、ちょっとまって。それやめて!」
此方は公爵家のメイドと執事のじゃれあいだ。メイドの怒鳴り声と共に快音が聞こえてくる。そんな夜会の状況に忘れ去られた主賓のカイトとティナは、まあいいか、そう思うことにして自分も酒盃を傾ける。
「で、一つ聞きたいんだけど、ユリィは?」
そして、疑問に思うのが、帰ってきたというのに居場所がわかっている当時の仲間が一人出席していなかった事だ。
「はい。ユリィは今、お仕事で皇都に出ており、少々手が放せない状況ですので、そちらを優先させておいでです。現在は皇帝陛下が閲覧される学園の式典の会議中ですね。」
彼女の言う学園とは、天桜学園ではなく、公爵家が経営している学園のことである。
「そうか。あの悪戯娘も300年で少しは成長したんだな……。」
感慨深げにそう言うカイト……ではあるが、当然そんな事を信じていなかった。
「って、信じると思うか!」
そう言うとクズハの横にいたカイトは薄れていき、頭の上にいた妖精をその後ろに現れたカイトが掴もうとする。頭の上の妖精は、カイトの髪を密かに三つ編みに結っていた。
「甘いよ!」
カイトが妖精を握った瞬間、妖精の姿が薄れ、今度はカイトめがけて前方からクリームパイが飛んでくる。
「はっ、甘いのはどっちだ!」
パイがぶつかったカイトは姿が薄れて今度は妖精の後ろに出現し、今度は妖精を捕まえることに成功する。
「うぅ~。」
「まだまだ甘いなー、ユリィちゃーん?」
手の中で藻掻く妖精をニヤニヤしながら捕まえているカイト。が、更にそこで後ろからカイトを抱きとめる柔らかな感触が現れる。
「甘いのは、カイトの方だね。」
「は?」
二人共質量を持つ幻影で騙し合いをしていたのだが、いきなり後ろからユリィの声をした14,5歳
の少女に抱きつかれて唖然とするカイト。
「お帰り。」
後ろを振り向いたカイトが見たのは記憶にあるユリィと同じ姿をしているがサイズが明らかに違っていた。
「え、あ、ユリィか?」
あまりの事態に混乱の境地に陥るカイトであるが、ユリィ(?)と思しき少女は悪戯が成功して嬉しそうにしながら肯定する。
「うん。そだよ。」
「お前、年齢サバ読んでたのか……?」
エネフィアの妖精族はある一定の年齢を超えると人間と同じくらいの大きさとなれるが、少なくとも500歳を超えたあたりからであった。
「読んでないよ!女性にそれは失礼だよ!」
ぷんすか怒りながら否定するユリィ。クズハに匹敵する美少女ではあるが、クズハが綺麗さに優れているのに対して、ユリィは可憐さに優れていた。
「はぁ!?だったらお前まだ300数歳だろ?なんでおっきくなれんだよ!」
間近で見ても幻影の類ではないので、本物の体と判断したカイト。尚更驚きに包まれる。
「さぁ。詳しいことはわかんない。でもここ数十年で成れるようになった。」
ユリィはふてくされながらもそう言う。そこに嘘は無く、真実分からない、という顔をしていた。
「いいのか、それで……まあ、いいか。とりあえず、ただいま、ユリィ。」
頭を撫でながらそう言われたユリィは気持ちよさそうに眼を細めながら再度、こういった。
「うん。お帰り。」
が、次の瞬間目を悦楽とは別の意味で細めて、クズハを睨む。
「で、私に一切連絡が無かったことへの言い訳は?」
「あ、いえ、そのですね、皇帝陛下にご無礼があってはいけないと思いまして……。仕事に差し障らないように連絡を後にしようかと……。」
段々と険しくなるユリィの視線に合わせて、段々と声が小さくなっていくクズハ。
「カイト達、一ヶ月近くも前に帰ってきてたって聞いたけど?」
「……はい。」
縮こまってうなだれるクズハ。事態が理解できていなかったカイトはようやく事情を理解した。
「……もしかして、オレが帰ってきた事、ユリィには伝わってなかったのか?」
その言葉を聞いたユリィは怒りながら肯定した。
「そだよ!たまたま皇都に来たグライア様が教えてくれなかったら今も知らなかったよ!」
「いえ、お兄様のご帰還知ったら式典の仕事をほっぽりだすと思いまして……。」
なんとか言い訳しようと試みるクズハであるが、ユリィは納得しない。
「否定はしないけど……。でも、一ヶ月ぐらいあったら、今日の会議もずらせたよねぇ!」
仕事をほっぽり出すことは当人も認める。
「あ!会議はどうされたんです!?」
今度は話題を変えようとするクズハだが、無駄な抵抗であった。
「急いで終わらせたよ!陛下も満足されてたよ!まあ、結構無茶やったけど、今日で殆ど決定したから当分は予定フリーだよ。」
ユリィはにっこりと笑ってクズハに言う。ちなみに、額には青筋が浮かんでいた。
「そうですか。……ちっ、お兄様と二人きりで過ごせる時間が減りましたか。」
話題を逸らすことに失敗した上に、ユリィの予定が空いてしまったので、小声で舌打ちするクズハであった。
「……なんか言った?」
「いえ、なにも。」
実は、クズハはカイトと二人で一緒にいられる時間を増やすため、あえてユリィに伝えていなかったのであるが、その目論見は意外なところから崩れたのであった。この様子を見ながら、カイトは懐かしげに目を細めていた。
「あー、まあ、そのへんにしとけ。一気に帰ってきた実感が湧いた。」
カイトにそう言われては、二人は憮然としながらも納得するしか無く、この場は矛を収める事になったのである。
「さて、オレは懐かしい奴らと話してくるとするか。クズハとユリィはどうする?」
「お兄様も積もるお話がおありでしょう。私はこの後で話せますので、今は控えることに致します。」
「私は一緒に行くよー。来てる人で結構長い間あってない人多いし。」
ユリィは再度小型化してカイトの肩の上に乗っかり、クズハはそう言ってカイトを送り出したのであった。
「で、学園長は何枚の猫の皮を被っておいでで?」
帰還後最大の疑問を本人にぶつけるカイト。未だにユリィが学園長とは納得していない。
「えーと、数十枚ほど重ね着で……って、私だって真面目に仕事やってるんだよ!」
ノリツッコミをしてくれて嬉しいカイトだが、ユリィがかなり自信有りげに言っていたので、真実と判断した。
「あ、マジで学園長なのか。」
まあ、いまでこそ真面目に業務をこなしているが、始めた当初はかなりやんちゃぶりが目立っていた。今ではミリアの言うように妖精族の例外的存在とまでに悪戯はなりを潜めていた……公には。
「まあ、カイトの頼みだったから密かに悪戯もやりまくってるけどね~。」
カイトに言われてやりました、と言わんばかりのユリィにカイトは呆れる。
「確かに頼んだけど、そっち真面目にやんな。」
「悪戯は妖精族の義務だから無理。」
えへへ~、と笑いながら悪戯を止める気はないというユリィ。そこへティナがユリィに気づいて大声を上げた。
「おぉ!やはり小娘も来ておったか!久しぶりじゃな!」
「久しぶり~。お帰りなさい。」
「うむ。ただいまなのじゃ。」
微妙に酔っているらしく、肌が赤らんでいた。ティナも帰還後最大の疑問を質問する。
「で、学園長というのは本当か?」
ティナは横にいた魔族の宰相にも確認したのだが、どうしても信じられなかったので、本人に聞いてみることにしたらしい。
「ティナも!どうして二人共信じてくれないの!」
そう言われて二人共、何を当たり前な、と言う顔をして彼女の被害の一例を上げる事にした。
「だって、ユリィだぞ?」
「うむ。」
「例えば朝起きたら庭で寝ていたなんてザラ。その上更にベッドから降りた瞬間に落とし穴。穴に落ちた瞬間上から水が降ってくる。で、一言。」
「目が覚めた~?じゃぞ?手の込んだ悪戯をやったものじゃ……。他にもドアが増えていたりしたこともあったの。お陰で研究室で迷子になるところじゃった……。」
なまじ妖精族で最高クラスの魔力と魔術的才能を誇っているため、悪戯の度合いが他の妖精に比べて圧倒的に手が込んでいたのだが、ティナが上げた例は、ユリィにとって身に覚えの無いものであった。
「え?そんなことしてないよ?」
きょとん、目を丸めて、小首を傾げるユリィ。
「お主が悪戯のし過ぎで忘れておるだけじゃろ。」
そうかも、とユリィも同意するがこれにはカイトが反論を入れた。
「いや、お前の研究室は普段が迷宮状態だろ。実験で空間歪めるから、なおのこと迷宮化が激しいからな。ドア増えた所でわかんなかっただけだろ。」
ティナ不在の間、研究室への入室はかなり腕の立つ研究者に居場所を知らせる魔道具を所持させた状態での入室に限定されていた。力ない研究者が入り込んだ場合は遭難する可能性があるためであった。それでも年に数回は遭難者からの救助要請によって、公爵家家臣団か現魔王直属部隊による遭難者救助部隊が組まれている。
「むぅ。空間を歪めんとスペースが足りんのじゃ……。飛空艇の試作機などは外で試験するわけにもいかんかったからの。」
当時の飛空艇やら地球由来のアイデアは極秘中の極秘であったため、存在を知るものは限定されていた上に、ティナの研究室の最奥で開発されていたため、単独でそこまで到達可能なのはカイトら勇者一行に限定されていたのであった。と、そこで研究室と聞いて何かを思い出したらしい魔族の魔法大臣の老人がぽむ、と手を叩いた。
「あ、お嬢。お帰りになったってことで、いつも通り素材入れといてやったぞ。」
「おお!本当か!すまんの!材料が足りんかったせいで結構設計図だけで止まっておったのじゃ!」
「そういうと思って量は多めに補給しといたぞ。今回は北の霊峰の魔鉱石が多めじゃ。」
現魔王の宰相はそう補足する。魔鉱石とは魔力を潤沢に含んだ鉱石で、魔道具を製作するためには不可欠の素材であった。これには魔法銀や魔結晶がその最たる例であった。
ちなみにティナは、地球にいる間は魔力由来の素材を大量入手する方法が無かったため、多くは設計図を描くだけであった。作れていない魔道具や装備が大量にあったのですぐさま立ち上がりカイトに告げる。
「では、カイト。余は早速取り掛かるので、酒を後で届けさせてくれ。」
そう言うや否やティナは一瞬で掻き消える。どうやら移動時間さえ節約したかったらしく、直接研究室まで転移したらしい。
「あ!ちょ、まて!明日の朝は普通に研修が……。」
ティナはカイトが引き止める間も無く、直ぐに居なくなってしまった為、全く話を聞いていなかった。
「明日の朝はティナを探すことから始まりそうだね……。」
「ああ。居場所はわかってるけどな……。」
迷宮化した研究室からティナを連れ出すことを考えると、気が重くなってきた二人は深いため息を付くだけであった。
「とりあえず、今は忘れよう……。」
「うん。」
そう言ってまた別の旧友の所へ向かう二人であった。
お読み頂き有難う御座いました。