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第385話 皇国と教国 ――暗闘:皇国サイド――

 カイトがメルの支援関連の話を終えた数日後の夜。シアの所に小夜が訪れていた。それは遅くなったが今までの事を報告するため、だった。

 シアは小夜の直属の上司では無いのだが、事の重要性から必要と判断して、シアに直接報告を上げる様に指示があったのだ。


「……必要無いわね」

「は……?」


 報告を全て聴き終えて、最後に告げられた言葉に、小夜が首を傾げる。彼女が何を言ったのかというと、カイトに対する攻撃だ。それについての処罰というか叱責と言うか詫びはどうすれば良いのか、と問われた結果が、シアの必要ない、という言葉だった。


「まあ、良いわ。したいなら好きにしなさい。貴方も彼と再会するのも良いでしょう。丁度ハイゼンベルグ公がエメと会った後、彼の所に行く、と言っていたわ。それに同行しなさい」

「え、あの……必要無い?」


 あっけらかんとシアが認めた事に対して、小夜が混乱する。小夜はメルと同じく、何故かこういった政治的な話は苦手だった。幼なじみとして似ているのか、それとも乳兄弟だからなのかは分からないが、とりあえず、苦手だった。まあ、ここらの駆け引きはエメが得意としていた所なので、旅の最中では上手く回っていたのだが。


「まあ、良いわ。どちらにせよよく考えれば、私もハイゼンベルグ公と話す必要があったもの。一緒に行ってあげるわ」


 小夜の疑問を受けて、説明するより見せた方が早い、とシアが立ち上がる。そうして行く先は、ハイゼンベルグ公ジェイクの所だった。


「これはレイシア殿下。良い婿を手に入れられたご様子で。それで、どうなさいました? 」

「カイトを交えて、情報のすり合わせが必要か、と思ったのよ。それで、公に同行して良いか、と許可を貰いに来たわけよ」

「構いません。アヤツにも今回の事の顛末を知らせてやる必要はあるでしょうし、な」


 シアの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑って同意する。すでに数日が経過していたのだ。ハインリッヒの背後で動いていた貴族達が何処から奴隷を買って、という事にもあらかたの調査が終わったのである。ならば、動いてくれたカイトぐらいには報告しなければいけないだろう、と思っていたのである。


「ああ、その前に……公はこの娘と一緒に先に入ってもらえないかしら?」

「む?」


 頭を下げた小夜を見て、ハイゼンベルグ公ジェイクが理解出来ない様子で首をかしげる。まあ、仕方が無い。彼とて何故そんな必要が、と思うのは当然だった。

 とは言え、彼は小夜の事を知っている――メルの乳母を選んだのは彼――し、エメから旅の出来事は聞いていた。なのでおおよその当たりを付けると、苦笑して頷いた。


「ああ、なるほど。まあ、必要ないじゃろうが、な。わかりました。では、小夜。ついてこい」

「はぁ……」


 上司と公爵の二人から必要ない、と明言されて小夜は更に首を傾げるが、とりあえずハイゼンベルグ公ジェイクが歩き始めたので、それに従う。向かう先は当然、カイトの所だ。そうして、カイトの部屋の扉をノックした。


「はーい、扉は開いてますよー」

「うむ、儂じゃ」

「なんだよ、爺か……」


 カイトの嫌そうな声が響いて、鍵が閉じる音がする。が、それに対してハイゼンベルグ公ジェイクが何らかの魔術を使用すると再び鍵が開いて、彼は遠慮無く中に入る事にした。


「ちっ……」

「ふん。お主のやろうとする事ぐらい、簡単に分かるわ」


 ここらの悪ふざけは何時もの事、だ。それ故にハイゼンベルグ公ジェイクも何も気にする事も無い。そうして更に入ってきた小夜に、カイトが首を傾げる。


「ん? もしかして、オレここらで爺にメルの挨拶しないといけないのか?」

「そういうことでは無い。と言うか、お主の前にメル程の美姫が辿り着いた運命が悪い。挨拶なぞ要らぬよ。ただ単に、少々物分りの悪いメイドの様でな」

「ああ、なるほど……なら、この姿じゃあダメだな」


 小夜が一人で、という時点でカイトも裏を察すると、指をスナップさせて、本来の姿を取る。そうして本来の姿になった彼は、そのまま小夜に問いかけた。


「はじめまして、お嬢さん。名前は聞かせてもらえるかな?」

「……はい?」


 公爵として紳士的な態度で自らの手を取って問いかけたカイトに対して、小夜が首を傾げる。それに、カイトが微笑みかけた。


「おや……お嬢さん程の可愛い女の子なら何処かで会っていたなら覚えているはずなんだがな……何処かで会ったことがあったか?」

「???」


 会ったことがあるも何も、自分は彼に助けてもらっているはずだ、と思って混乱に混乱を重ねる小夜に対して、シアが後ろから声を掛けた。


「ね? だから言ったでしょう? 謝る必要も無い、って」

「いえ、あの……一体どういう……」

「はぁ……物分りの悪い奴だな……椿ー、この酒冷やして人数分のグラス頼む」

「かしこまりました」


 相変わらず理解しない小夜に対して、カイトは呆れて部屋のソファに偉そうに寝そべってハイゼンベルグ公ジェイクが手土産に持ってきたお酒を椿に渡す。かなりの上等な酒で、彼の望み通りに動いた対価、という所だろう。


「オレとお前はここで初めて出会った。それが公式な設定だ。それは良いか?」

「はぁ……あ」


 酒を飲みながらのカイトから指摘されて、小夜も気付く。そう、それが公式な設定で、おそらく皇国として発表されるだろう真実、だ。メルの家出が隠される以上、それは当然だった。そうしてようやく理解した小夜に、カイトが微笑み、頷いた。


「そういうこと。あの場でオレ達は出会っていてはいけない。メルが家出していたことは隠される。幾ら何でも、皇国の風聞に関わる。ならば、オレとあそこで出会っていたことは当然、公になってはいけない。つまり、あの場での一件でお前が処罰される事はあってはならない」


 彼女は公爵であるカイトに、クナイを投げたのだ。それは本来は許されざる行動で、厳罰物だ。だが、それは公であれば、のお話だ。

 あの場には、『冒険者・メル一行』と、『冒険部リーダー・カイト』しか居てはならないのだ。まかり間違っても『皇女メルとその従者達』と『公爵カイト』が居てはならないのである。となると当然、単なる喧嘩騒ぎにしかならない。普通に病院関係者に怒られて終了しました、で終わる話だったのである。


「そういうことよ。第一、そもそも貴方はあの当時彼が公爵である事を知らなかった。それは事実。となると、もう処罰出来ないのよ」


 シアの言葉を受けて、逆に小夜は理解できなくなったらしい。が、これにはカイトが苦笑した。


「まあ、しゃーない。貴族だから、と過度な厳罰化は無いからな。傷害事件は傷害事件。オレが大津事件を参考に三権分立を持ち込んでるからな」

「オオツ? なんじゃ、それは」

「三権分立の……って、そりゃ、どうでも良いわ」


 脱線している事に気付いたカイトが軌道を修正すると、ハイゼンベルグ公ジェイクも脱線に気付く。というわけで、元に戻す事にした。


「まあ、それもそうじゃな……で、よ。知らなくても公爵を相手に無礼を働いたのだから、となると、今度は公爵家と天桜学園の大半に累積が及ぶ事になる。コヤツの日頃の動きを見ると、もう笑うしかないぞ?」

「今日だけで嫉妬からの攻撃が3回ぐらいあったわね。これで、その三人は厳罰。他にもこの数日だけで桜達から刃物を向けられた回数は両手の指が必要な程はあるわね。こっちは公爵と知っているので、これで全滅。他にも調査した所だと色々とあって学園の大半の男子生徒からは嫉妬混じりでの攻撃を食らっているし、色々と不測のデリカシーの無い行動で女子生徒からも攻撃を受けた回数はそれなりにあり。公爵家メイド勢からも何度も刃物を向けられたり振るわれたり……あら、私もそういえば背中つねったわね」

「威厳ねーな、オレ」


 シアから改めて告げられた結論に、カイトが何処か楽しそうに告げる。天桜学園の大半は彼女と同じ事をしていたのだ。つまり、彼女を罰するのなら、それら全てを厳罰に処さねばならないのである。

 しかも、皇国側はあの出会いを無かった事にしたい。そしてそれはカイトも同じだ。誰も好き好んで武者修行から帰ったばかりの皇女付きのメイドを処罰するという如何にも何かありましたよ、と言わんばかりの行動をするわけが無かったのである。やったら要らぬ勘繰りを受ける。

 となると必然、小夜の罪も無かった事にする、というのが決定だった。というわけで、カイトが物分りの悪い生徒に解説するように、小夜に告げた。


「厳罰化は無い。そして、あの後メルからもお前からも暴れた事に対する謝罪もされているんで、問題もなし。今更公爵として謝罪された所で、結局受け取るのオレだ。一度された謝罪を繰り返す必要がない。そして、従者であるお前が怒ったのは当然だ。メルの処女がどこぞの馬の骨に奪われているんだからな。ということで、メルと一緒に彼女の為にももう少し政治的な知識を身に着けましょう」

「あう……申し訳ありません……」


 カイトからの苦言に、小夜が恥かしげに少しだけ落ち込む。まあ、あの当時は状況も状況だ。当然だがメルの処女性という重要な物が失われている以上、そしてカイトの正体とメルの判断を知らない以上、仕方が無い、と許される事だったのである。


「さて……で、本題に入ろうか。で、爺。ハインリッヒの背後はどうなった?」

「うむ。まあ、結論から言えば、何処から来たのかは判別した。ブランシェットの小倅が動いてくれてな。軍の特務部隊を動かした。どうやら奴隷達は盗賊国からの密入国、らしいのう。保護した奴隷達がそう言っておった。盗賊どもに拐われた、と。元は更に西らしいのう」

「なるほどね。あそこか……」


 ハイゼンベルグ公から出た国に、カイトが思わず納得する。隣国の一つであり、地続きである以上、密かに入られる事は止められない。


「ちっ……あそこなら、いっそオレが攻め滅ぼしても良いんだがな……」

「身バレ確定じゃな」


 忌々しげなカイトの言葉に、ハイゼンベルグ公ジェイクが笑いながら無理と切って捨てる。今までカイトは身分を隠し、そしてハイゼンベルグ公ジェイクもそれに密かに手を貸していたのだ。仕方がなくはあった。


「まあ、そっちは後々考える事にしよう。それで、支持者達は?」

「うむ。そちらなら、全て捕らえた。今は尋問中じゃ……それで、レイシア殿下。ハインリッヒの選民思想については、どうでしたか?」

「それなら、難航しているわ……多分、教育者は白よ。そこが失敗しているはずがない。実際に捕らえて聞いている最中だけれども、何も知らない、と言っているわ。シルバリア侯爵も大層驚いていて、調書にも素直に応じている。彼も白ね」


 ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉を受けて、シアが頭を振るう。一応きちんと精査する事になるが、おそらく二人は確実に白だろう、と調査官達全員が見ていた。

 ちなみに、現在はハインリッヒは軟禁して事情聴取中だが、それに伴い、彼の妻の実家である侯爵やハインリッヒの教育を担当した者からも念のために調書が取られていたのである。


「となると、自分でそうなったのか、とも思えるが……」

「どうでしょうね……そこの所が判別出来ないのが、厄介よ。知っての通り、ハインリッヒは血の力が弱い。どれ程弱いのかは知らないのでしょうけど、そこを気にしていないとは思わない。そこの所が歪んで選民思想にすがりつく事になったとしても、不思議ではないわね……」


 ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、シアが推測を告げる。当たり前だが、皇帝や貴族には神秘性が幾らかは必要だ。

 エンテシア皇国でそれを補完しているのがこの世界にはエンテシア皇族にしか無い血の力なのであるが、それが薄いハインリッヒだ。貴族や皇族という選ばれし者、という選民思想にすがりついても不思議では無かったのである。これが、調査を難航させる要因だった。


「さて、と……とは言え、これが敵方なら、厄介だな」

「うむ……まあ、捕らえた貴族達から、何か聞き出せるやもしれんが……」

「ハイゼンベルグ公。そのルートから、お願いしてよろしいかしら?」

「承りました」


 この場の三人は、皇国の守護で一致した同士の関係に近い。それ故、何ら遠慮無く、協力を要請して、それを受け入れる。そうして、とりあえずは各々の尋問官達の報告待ち、で決定した三人であったのだが、そこでふと、ハイゼンベルグ公が何処か拗ねた様な表情になった。


「爺が拗ねんなよ」

「ふん……顔も見せにこんとはな」

「どういうこと?」

「ティナだよ、ティナ。馴染みだからな」

「魔王時代にも世話を焼いてやったというのに……」


 理解出来なかったシアに対してカイトが語ると、少し拗ねた様子でハイゼンベルグ公ジェイクが続ける。が、来てくれないものは、来てくれない。


「警戒されてんだから、諦めろよ」

「むぅ……顔ぐらい見せても良いではないか」

「まあ、そんな対応すんのも元気にしてた証だ。安心しろって」

「そうかのう……」


 拗ねているのか落ち込んでいるのかよくわからないハイゼンベルグ公ジェイクに対して、カイトが慰めに近い言葉を掛ける。

 そうして、そんな慰めを受けたハイゼンベルグ公ジェイクは、少しだけ寂しそうな顔で、立ち上がった。彼にとってティナは娘に近い存在だ。それ故、少し落ち込んでいたのである。


「はぁ……まあ、儂は今回の一件で他国から要らぬちょっかいが掛けられることのない様に手を回してくる。内部はお主に任せた」

「おう。まあ、外の調査は任せる」

「うむ」


 カイトの言葉を受けて、ハイゼンベルグ公ジェイクが部屋を後にする。そうして、シアもハインリッヒの関連で指示が残っている、ということなので出て行って、残ったカイトは一人、椿にお酌をしてもらいつつ、晩酌を行うのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第386話『暗闘』

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