第381話 インペリアル・ラプソディ―皇族狂想曲―
ウィルが去った後。カイトは照れが大きく、努めていつも通りに振る舞うことにする。当たり前だが彼は本来三十路も近い良い年齢だ。人前で憚らず涙を流せば、恥ずかしくもあったのである。
「ということで、馬鹿は去ったわけだが……」
カイトは深い溜息を吐いて、椅子に深く腰掛けた。そうして、ようよう今起きた事象に誰もが考えが及ぶ。
「今のは……」
「賢帝と言う名の馬鹿だ」
リオンのつぶやきに、カイトが答える。そう言って、カイトは話題転換と言わんばかりに、自身の二つ名と謳い文句を述べる。
「オレの二つ名は<<影の勇者>>。生と死が交わる者。死者と生者が交わる時間を創りし異邦人。我が言の葉を以ってすれば、生者の祈りは死者へと届き、死者の声は生者へと届くであろう」
「<<トワイライト>>は生者と死者が交わる時間、か……ソレを創り出すが故の二つ名なのか?」
呆気にとられていたリオンではあるが、そうしてカイトに告げられてエネフィアに伝わる小話を呟いた。暁も黄昏も、どちらも光と闇が交じり合う時間、というのが古くからの言い伝えだ。
それ故、生と死が曖昧になる時間である、とされているのであった。そしてそれは、カイトの二つ名の来歴でもあった。
「ああ。ま、かつてはオレ一人でここまできちんとした復活は望むべくも無かったんだがな。この3年、オレも鍛錬を怠らなかった、という訳さ……まあ、ぶっちゃけると3年ってわけでも無いんだけど……」
くすり、と笑うカイトは、リオンの目を見ずに――まだそこまで精神が復活していない――答える。3年前のカイトでは、影は生者と共に行動できても、生者との交流は出来なかった。これはまだカイトが力を完璧に使いこなせていなかったから、だ。
しかし、それでも十分だった。共に命を掛け、散っていった仲間だ。喩え僅かな動きであっても、それが本人であると戦士たちには分かった。魔力で創り出した影が死した者の動きを行い、そこに蘇ったかの如く戦線に身を投じ、仲間達を守るが故に『影の』勇者なのだ。
そうして、死して尚友が護り、死して尚友を守れるのなら、戦場で戦う者にとってこれほどの加護は無い。死さえ、恐れるに足らぬ現象に成り下がるのだ。それ故、カイトの参戦は、まさに死と戦の神の加護を受けたかの如く、戦士たちを狂乱へと駆り立てたのである。
「今のオレなら、まさに<<混沌の軍勢>>だろうさ」
カイトはかつての仇名を渾名と受け入れる。味方にとっては絶大なる加護であっても、敵にとっては存在するだけで恐怖が蔓延する最悪の敵だ。彼はたった一人で、万軍を束ねた軍勢なのだ。
それも、単なる軍勢ではない。生と死の境界線が曖昧になる、最悪の軍勢だ。かつて倒した筈の猛者が蘇り、しかもそれが軍勢となって襲いかかるのだ。しかも、今度は影であるが故に、死ぬことが無い。カイトからの魔力があり続ける限り、彼らは蘇る。
「……同情する気はないが、絶対に戦いたくないな……」
あまりのチートぶりに、さすがのリオンも引き攣った顔で呟いた。それに、ティナが頭を振った。戦いたくないのは、彼女も一緒だった。
「カイト自身が強い事もあるが、あれの最も恐ろしい所はそこではない。その死者に縁が強い者が増えれば増えるほど、精度が上がってゆくのよ。戦場の想いを汲み取って、の。それ故、一度使い、生者との縁が増えてゆけば、更に強大になる。で、その生者が死に、カイトの呼びかけに応じれば、その者も戦列に加わり、更に強大になる」
「使えば使うほど、使用者が戦場で戦えば戦う程、強くなるってことか……」
「最悪だな……」
そんな一同の言葉に、カイトはただ、少し照れたまま、笑みを浮かべるだけであった。
それから、しばらく。カイトがようやく本来に戻り、更に時間も経過した事で、なんとか、本来の目的通り、単なる座談会が開催されることになる。
「一つ、聞きたかったのだが、勇者カイトよ。貴公は一体どの程度かの2流派を使い熟すのだ?」
これは皇帝レオンハルトからの言葉だ。彼は武芸者として、滅多に表に出ないレインガルドにのみ伝わる剣技に、非常に興味を抱いていた。
「まあ、両方共皆伝ですので、一応増えてない限りは全て使えます。そして多分、また教えてもらえれば、普通に増えたのも対応出来るかと」
カイトは昨日会った師二人の事を思い出して、質問に答える。曲りなりにでも皆伝だ。一通りは完璧に、で始めて、皆伝なのだ。というわけで、皇帝レオンハルトが興味深げに問いかけた。
「ほう……その2つの差はなんだ?」
「まあ、簡単に言えば、ですが……<<緋天の太刀>>は技を重視した一撃重視の剣技。<<蒼天一流>>は通常剣技を主眼とした、連撃重視の剣技、と言ったところでしょうか。一番の特徴は<<緋天の太刀>>はこのような長大な大太刀を使用し、<<蒼天一流>>は普通の刀を基本として使う流派、ですね」
カイトは概要を説明して、小次郎の物干し竿と同様の長さの大太刀と、普通の刀を創り出す。
「まあ、先生……武蔵先生と自分はこれを大太刀と大剣でやるという二刀流が普通にあるウチでも更に異端ですが……まあ、他に差があるとすれば、小次郎先生は滅多に弟子を取らないのですが、武蔵先生は道場を開くなど、結構弟子が多いところですね」
少し苦笑気味に、カイトは更に解説を続ける。苦笑気味なのも当然で、元々二刀流は異端の武芸だ。それに身の丈ほどの大太刀を使うのも、身の丈を超えた巨大な大剣を使うのも、剣士としては異端だ。ならば、それらを用いて二刀流を行うこの師弟は、まさに剣士としては異端中の異端なのであった。
「<<緋天の太刀>>の最たる特徴は<<花鳥風月の太刀>>、所謂<<緋天の太刀>>の四技です。これを基礎として、最終的には秘剣<<燕返し>>に至ります」
「<<燕返し>>って、あれか? 有名な佐々木小次郎の剣技」
これはソラだ。彼が知っていても可怪しくはない。<<燕返し>>は日本で最も有名な剣技の一つだろう。
「ああ。ま、さすがに秘剣中の秘剣だから、教えないぞ?」
「ちょっと残念……だな」
理由を言われれば納得せざるを得ないが、日本で最も有名な剣技に興味があった為、ソラは残念そうであった。尚、武人である皇帝レオンハルトとフロルも密かに残念そうであった。が、曲がりなりにも秘技とまで言われる大技だ。皇帝にさえ秘されるのは、仕方が無いだろう。
「それ以外にも各四技はその名にちなんだ技を有します。例えば、基礎<<花の太刀>>、基礎<<風の太刀>>、四技・花<<桜華の太刀>>、四技・風<<旋風>>。これらを幾つも習得し、秘剣へと至るわけです」
こくこく、と一同が頷く。いつの間にか陸軍元帥トランや海軍総司令カイエンら皇国の重役たち、皇子皇女達、学園側の全員といった出席者全員がカイトの解説に耳を傾けていた。
「対して、<<蒼天一流>>は通常の剣技をメインとしますので、四技の様な基本となる技はありません。代わりに、確実に仕留める為、連撃の〆となる<<蒼心裂波>>や<<四弦の太刀>>、<<八房>>等超高威力の技を多数有しています。これらを習得し、最終的には秘奥義へと至ります。此方は流派最大の秘密ですので、ご容赦を」
<<緋天の太刀>>は相手の防御ごと潰す考え方の流派。それ故、意外と相手の防御を無効化する、無視するといった搦め手が多数存在している。
<<蒼天一流>>は通常の剣撃で相手の防御を崩し、最後に大技を持ってきて確実に倒す考え方の流派。それ故、相手の防御を無視する様な搦め手はあまり存在せず、代わりに、一撃で倒しきれなかった場合にも確実に仕留めきれる様、超高威力かつ、手数の多い技を数多有している。と、そうして解説されて、ふと、皇帝レオンハルトが首を傾げた。
「ん? <<緋天の太刀>>は良かったのか?」
「あれほど有名な剣技はありませんので……」
皇帝レオンハルトの問いかけに、カイトは苦笑するしかない。秘剣と呼ばれつつ、秘剣の方が有名な武芸も稀だろう。小次郎の秘剣は進化こそすれ、日本に居た時からずっと<<燕返し>>なのだ。彼女なりの拘りがあるらしい。
「ん? そういえば……俺達はお前がその二流派を使っている所を見たことが無いぞ?」
瞬がふと、カイトが今まで二刀流や大太刀を使った所を見たことが無いことに気付いた。彼の流派が二刀流や大太刀を使うのであれば、一度ぐらいは見ていても可怪しくなかったのだ。
「使う必要があるか? オレにとって秘中の秘、オレの代名詞たる剣技を」
ごうっ、カイトから圧倒的な闘気が放出される。それが、カイトの答えだった。それは、彼にとっては鞘当て程度。しかし、それだけで多くの者が気圧される。気圧されなかったのは、ごく少数だ。
「ほう……」
まずは、カイトの闘気に反応して高圧の闘気を滲ませた皇帝レオンハルト。彼は皇国最強だ。その実力は、300年前当時の実力者達とくらべても遜色が無い。
「ふーん、これがかつての最高水準かい」
更に、興味深げに、されど犬歯を剥いて笑う戦乙女戦団の兵団長フロル。後に聞いた所によると、彼女の実力は皇国で2番目だそうだ。なので、この程度では、物怖じしない。
「ふん、偶には使わねば錆びつくぞ?」
この程度をこの程度と言い張れるのは、唯一カイトに比する存在であるティナだけだ。彼女にとって、この程度は何時も朝に行う訓練の前のおはようの挨拶代わりにもならない。
「かと言ってティナも使わせないでしょ?」
「お姉様は超長距離型魔術師。体術も出来るとは言え、お兄様を近づかせようものならば、負けが確定しますから」
残るは、ティナの軽口に対して苦笑するクズハ、ユリィ。そして、ぼー、とした表情で平然としているアウラだけだ。この面子は、もはやこの程度の闘気を日常として処理出来る。
なにせ300年前の地獄のような日常において、これよりもっと凄惨で荒々しいカイトの闘気を日常茶飯事で受け止めていたのだ。処理できなければやってられない。
そうして、もう一人。誰もが予想外の人物が、気圧されること無く、それどころか光悦の表情で身悶えしていた。
「あぁ……やはり義兄様の闘気は……」
「……はい?」
ぽかん、とした顔で声を発したのは、先ほど圧倒的な闘気を発した筈のカイトだった。その人物は、内股をモジモジと摺り合わせ、顔は光悦の表情で緩み、頬は高揚で赤らんでいた片方の手は股ぐらを押さえ、片方の手は指を吸うことで漏れ出る声を抑えるかのように移動しており、ゾクゾクッ、と身震いしている。
「はぁ……」
熱した吐息が彼女の口から漏れる。そうして、口を抑えていた筈の片手が、薄っすらと膨らみ始めていた胸へと伸びる瞬間、カイトから空気を弾とした指弾が飛んだ。
「きゃうん!」
指弾で跳ばされた空気の弾丸はその人物にぶつかる直前で爆ぜる様に作られており、一切のダメージも無く、その人物が耽ろうとしていた淫靡な行為を止めることに成功する。
「ヤメロ! ここにゃガキも居るんだよ!」
先ほどまでのカイトと同じくぽかん、と少女の痴態を只々見守るしか無かったその他の一同には、当然だが少女の痴態の意味がわからぬシリウスやフレイアも居る。それを忘れなかったカイトは、一瞬早く復帰し、止めたのであった。
「って! 陛下! すいません! ご息女に!」
「い、いや、これは俺も礼を言う。俺も呆気にとられて動けなかった」
頬をひくつかせて、抱き上げたフレイヤに、おねえさまどうしたの、と問われていた皇帝レオンハルトはカイトの行動を逆に褒める。彼はこうなるかも、と不安だったのだが、予想は的中したらしい。
ちなみに、皇帝レオンハルトはフレイヤの問い掛けをお熱だ、とはぐらかし、シリウスは不思議そうに事態の成り行きを見守っていた。なお、リオンはそんなシリウスから問い掛けられなくて良かった、と安心していた。
「アンリ……相変わらずその癖治らないわね。別に貴方の性癖に文句は言わないけど、せめて客人から隠れてにしなさい」
かなり呆れた様子で、シアはアンリを窘める。まあ、これは言い逃れが出来ない。というわけで、アンリは恥ずかしげな様子で謝罪した。
「も、申し訳ありませんですの、シアお姉様」
かなり照れた様子でアンリが俯いた。そうして、照れたアンリが隠れるように一歩下がろうとして、その行動にシアが気付く。
「……待ちなさい。アンリ、その様子だともう一つの方も治ってないでしょ」
ジト目で姉に行動を縫い付けられたアンリは、一歩下がろうとした動作のまま、停止する。
「あ、あら、お姉様。一体何のことですの?」
「貴方が一度謝罪して、それから照れた様子で隠れようとした時は、もっと重要な事を隠そうとしてる時」
ピシ、今度こそアンリは動きが完全に停止する。普通に見れば、彼女はただ単に羞恥から一歩引いて隠れようとしただけだ。それは何らおかしな行動ではない。しかし、現在皇城に残る皇族の最高齢として、更には皇族達の統率と掣肘を行うこの姉だけは、騙されなかった。
「あ、あははは、何のことですの? シアお姉様」
流れでた汗を、彼女は白い高級な布で作られたハンカチで拭った。そうして、これがシアには決め手になった。
「……それ、誰の?」
「……いやですわ、お姉様。これは私のハンカチですの」
幼くともさすが皇族。アンリは追い詰められようと、平常心を失わなかった。彼女の顔には、冤罪を掛けられた真面目な少女が浮かべる表情があった。普通ならば、誰もが冤罪と思うだろう。まあ、この姉を除いては、だが。
「誰の使った寝間着を使ったの、って聞いたのだけど」
シアはそのまま、視線で誰かを探るべく、有り得そうな人物へと視線を遣る。その人物へと視線が贈られたことに気付いた瞬間、アンリの身体が注視しなければわからないほど僅かに、強張った。
「……そ。カイトの」
「はい?」
言われたカイトは意味不明、と顔面に浮かんでいた。と言うより、全員の顔に意味が理解出来ない、という表情が浮かんでいる。一体何が起きているのか誰にも理解出来なかったのだ。まあ、仕方が無いのだが。
ちなみに、確かにカイトを筆頭に天桜学園の面々には、荷物を減らすという目的から寝間着が何着か貸し出されている。そして、その寝間着は毎日回収され、洗濯され、再び各員に届けられているはずであった。というわけで、シアが事情を説明し始める。
「この娘、戦う男の臭いが大好きなのよ。特に、とんでもなく強い男の。その点、貴方のはまさにうってつけでしょう」
アンリは今度こそ羞恥で真っ赤になった。そう、彼女は先頃の御前試合を見た時点でカイトに心酔した。それまであった長年のコレクションを全て破棄し、カイトの物のみにした程である。そうして、シアの説明は続く。
「この娘、なまじ有能だから、メイド達も逆らえないのよ。ヘタしたらそれで下着とか作ってても可怪しくないわね。暴威に身を晒しているようでたまらない、とか言って」
耳まで真っ赤になったアンリは俯いて何も言わない。事実だからであった。尚、この下着については彼女の自作で、デザインが非常に良い為、素材が何であっても誰も何も言えない。
どれほど彼女がデザインセンスが優れているか、と言うと、皇国ではアンリがデザインしたブランドとして『アンリ・ブランド』という物が存在して皇都の経済を左右するぐらいには、良いデザインなのである。
やる気を損なわれてはたまらない、というのがアンリを後援する――皇位継承という意味では無い――商人達の言であり、彼らの意向でシアにも目を瞑られていたのであった。別に客人に迷惑が掛かるわけでもないし、個人で楽しむ分には自由だろう、という事だった。まあ、経済を左右出来る、という所も大きい。多少の弊害ならば目をつぶるというのも、必要な事だった。
ちなみに、彼女が有能だ、というのは事実である。ハインリッヒが幼いとしか指摘出来ないぐらいに、多分野において高性能なのだ。
とは言え、彼女は幼いが故と、政治面ではシアに圧倒的に劣りメルより少し勝る程度、軍事面ではメルに圧倒的に、ハインリッヒの言にあった皇女ヴェール――ちなみに、彼女は学業の為ここには居ない――にさえ劣り、シアと同程度の為、皇帝レオンハルトの中では皇位継承の見込みは三番目から五番目の候補ぐらいにしか考えられていない。平均的ではあるが、尖った所が無いのが、悩みらしい。
「後、強い奴の闘気とか殺気を浴びるのが大好きなのよ」
その言葉に反応したのは、ティナだ。彼女は身を震わせ、アンリを睨んだ。
「おい、アンリとやら……一つ言っておくぞ!」
さすがに怒られるか、と思ったアンリだが、飛んできた言葉は罵倒ではなく、全く違う言葉であった。
「良いか! コヤツの闘気はこんなものではない! もっと……そうじゃ、もっと濃密で、体の奥底が刺激されるような……」
カイト含めて全員が忘れていたが、ティナはアンリの同好の士であった。ならば、当然この程度で満足している彼女に、更なる深淵を教えなければならない、と義務感を感じても仕方がなかった……のかもしれない。そうして、ティナは自身が何度も浴びたカイトのもっと濃密な殺気と魔力、闘気を思い出し、それだけで高揚して身悶えする。
「それは……あぁ、義姉様……是非その場にご一緒させてはくださいませんか……?」
そうして、同好の士であると見て取ったが故に、アンリはティナの言葉に一切の嘘が無いことに気付き、その更なる深淵に心惹かれた。それ故、皇族としての威厳も一切なく、ティナに懇願したのである。
「おぉ、良いぞ。あれは良い……まるで今すぐにでも身を裂かれんかの如くの暴威……ともすればその場に居るだけで心の臓が破裂するのではないかと思えるほどに高鳴る……」
「あぁ……それは想像しただけで……」
そうして、二人はゾクゾク、と身を捩り、同じ表情で熱い吐息を吐き出す。そうして幼さの中に危うき艷を有した美少女と、その姿に相応しい圧倒的な艷を有する妖艶なる美女は、二人同時に身を震わせ、同時に仰け反った。同時にカイトからの空気の弾丸が飛んだのである。
「やめろっつーとろーに!」
「いたたたた……」
「カイト、お主……余の扱いがひどうなっておらんか……?」
二人は涙目になりながら空気の弾丸がぶつかった額を擦る。アンリには先ほどと同じく、衝突の直前で爆ぜる空気の弾丸を、ティナにはきちんと弾丸をぶち当てたのである。
「そもそもお主が悪い!」
「そうです! 義兄様が悪いんですわ!」
そうして、復帰した二人からカイトに対して逆ギレがなされる。まあ、無闇矢鱈に闘気を放出するカイトが悪いのは、確かに悪いだろう。
「だって、あんな濃密な闘気を纏われては……」
「そもそも、お主の闘気は濃すぎて雌を刺激するんじゃ!」
「生々しい事言うな馬鹿!」
再び思い出して身悶えを始めたアンリと馬鹿な事をのたまったティナに、三度カイトから空気の弾丸が飛ぶ。
「いたっ! お主が安易に闘気を纏うからじゃろ!」
カイトの指弾でもめげないティナの声が、私的な一室に響く。そうして、この二人の暴走を止めるのに、およそ20分の時間を要したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第382話『戦闘狂達』