第380話 親友
*連絡*
随分と連絡が遅れましたが、13日日曜日から、『外伝』が連載開始です。一応、毎週末のみの更新になります。この本編が進んでいる間の、地球編です。
こちらは長編にはならない・・・と思います。と言うか、そうしたいです。まあ、大量に執筆する私なんで、そんな事言っても無駄なんでしょうけどね。
「で、陛下。なぜこんな事を?」
なんとかお説教と事情説明を切り抜けたカイトは、取り敢えず元凶である皇帝レオンハルトに問いかけた。シアは彼の命令で動いていた、と暴露したのである。なお、最後までやったのは彼女自身の意思だ、と念押しされた。
ちなみに、この問いかけの裏で、シアとメルを交えて少女達が改めてルール策定等に動いていたのだが、それは横に置いておく。
「お主、まだ気付かぬか?」
それに対し、答えたのはティナだ。彼女はシアが全てを暴露した時点で、その策を弄した人物を看破していた。
「お主に出会って数日の女を抱かせられる奴はそうはおるまい。お主は女誑しだの何だの言われておるが、実は警戒心が強いからの」
「あ? まあ、警戒心が強いのは理解してるけど……」
若干呆れ混じりのティナの発言を、少し恥ずかしげなカイトが認める。実は彼は意外と、警戒心が強い。それは人見知りに近い物だ。それ故、カイトに対してこんなに見事に嵌まる策を弄せるのは、一人しか、存在していなかった。
「であれば、おのずとこの策の発起人は想像できよう」
そう言われてもとんと理解できないカイトに、皇帝レオンハルトは懐から色褪せた手紙を取り出した。
「ふむ、まあこれを読むといい」
「はぁ……!?」
訝しみながらカイトは手紙を受け取り、そこに書かれた字を見て、目が飛び出さんばかりに驚いた。それはかつての親友の文字だったからだ。そうして、カイトは一心不乱に手紙の内容を読んでいく。
1.出来る限りカイトの情報を与え、その上で素の振る舞いを出来る皇女を用意する。
2.カイトに差し向ける皇女はなるべく我の強い皇女の方が良い。じゃじゃ馬や変人であれば尚良し。
3.後は放っておく。下手に指示を与えると、逆に感付かれる恐れがある。
4.なお、この際無理矢理皇女にカイトに言い寄る様に指示してはならない。警戒される。皇女自身が望んでカイトに惚れ込み、自ら身体を差し出させる様にしたほうが良い。そっちの方がカイトが引けなくなる。
手紙に記された内容は、全てカイトに美人局をやる場合の手筈であった。なお、じゃじゃ馬や変人、と評されていたが、まさにメルはじゃじゃ馬、シアは変人であった。
「あの馬鹿! 自分の遠い子孫使って美人局やってんじゃねぇー!」
そうして、全てを読み終えたカイトは、何度目かの大声を上げた。と、その声に反応したのか、手紙に仕掛けられた歴代皇帝さえ知らない仕掛けが作動する。
『うむ、どうやら引っかかったらしいな』
「あ?」
仕掛けは声に反応して音声が流れる仕組みで、音声は第15代皇帝ウィルの声であった。そう、カイトにここまで簡単に美人局を成功させられる人物なぞ、その人となりを良く知るこの男ぐらいしか出来ないのであった。
『だから言っただろう。何時かは美人局に引っかかるぞ、と』
「仕掛けた奴が言ってんじゃねー!」
『美人局に関しては引っかかるほうが悪い』
手紙の声はまるで当人が遠隔で答えているかの如く、見事に反応する。それに、思わずカイトがゾッとなった。
「おい、実は生きてんだろ、どっかで見てんだろ?」
『生きてる筈がないだろう。それはお前が一番知っている筈だ』
「やっぱどっかで見てんだろ!」
『ふむ、だから死んでいるぞ?』
カイトが絶対に生きている、と疑いたくなるぐらい、手紙の声は正確にカイトの声に反応していた。実際には特定の単語に従って答える様にしているだけなのだが、それにしても正確に反応していた。手紙に遊ばれる勇者の図に、もはや一同は呆然とするしか無い。
「ま、まあ……それと共に、こちらも残されていた」
激昂するカイトに対して、皇帝レオンハルトは苦笑ながらも、もう一つ、水晶の様な魔道具を差し出す。当たり前だが、あんな物でカイトを引っ掛けられる様な見事な策略を彼らが練れるわけが無い。向こうは英雄から直々に策略を学んだ奴で、隣にはそれに比する存在が居たのだ。
それに対して、皇帝レオンハルト達は何処まで行っても策略という意味で言えば、まだ普通というレベルだ。無理なのが道理だろう。
先ほどの手紙は実はカイトに対するおふざけ程度の書き置きに近い。それ故、何故こんな物を、と歴代皇帝は首を傾げていたわけであるのだが、今の声を聞いて、その疑問も氷解した。
ただ単にカイトを茶化そうと思って、残したのである。これを作った時にはウィルは大層疲れていたらしく、勢いで作った、との事だった。後に聞けば、自分らしからぬ事にかなり恥ずかしがっていた。
「これは?」
「まあ、今までの計画を書き記した物、と言うべきか」
皇帝レオンハルトの促しを受けて、カイトはその魔道具に記された情報を展開する。が、そうして、思わず愕然とした。それはカイト以外のかつての仲間達全員が、だった。
カイト達の誰も、この存在は知らなかったのだ。皇帝とその近辺の極一部だけが代々密かに受け継いできたのだから、当たり前だ。
「これは……ものすごいのう……」
「なんだ……こりゃ……」
ティナが感心し、カイトが唖然となるのも無理は無い。そこに記されていたのは、無数の状況を想定して、どうやって動き、どうやってカイトに対して美人局を仕掛ければ良いのか、という綿密な計画書だ。
それは何時の時代に帰還したのか、それをどんな状況で、何時知り得たのか、皇国の経済状況、他国の状況、貴族達の状況、5公爵や2大公の動き、カイトの状況やティナやクズハ達をどのようにして掣肘すれば良いのか、等様々な状況を想定して、記された物だった。
その情報量はとんでもなく、おそらく辞書数冊分にも上る程だっただろう。それほどまでに、無数の状況を事細かく想定していたのである。こんな物があれば、どう足掻いた所で、カイトに逃げられるはずが無かった。
「馬鹿だろ……そりゃ、本書いてる暇ねーわ……」
ぺたん、と力なく座り込んだカイトが、呆れた様につぶやく。そもそも、自分に残した本もあるのだ。それに加えて、この膨大な量の計画書、だ。多忙な皇帝職が終わってからも彼は英雄として多忙な日々を過ごす傍ら、彼は誰にもバレずにこんな物を書き残していたのである。
時間はどれだけあっても足りなかっただろう。最後の方は老いからもはやしっかりと書き記すだけの体力も残っていなかったのか、幾つかの詫びと共に、おおよその概略だけが書き記されていた。
「あはは……ははは……」
力なくへたり込んだカイトだが、そのまま顔に手を当てて、そのままこてん、と後ろ向きに倒れこみ、乾いた笑い声を上げる。だが、その声は次第に掠れていき、ついには涙まじりになっていた。
「ばかやろう……何が天才だ……ばか……」
カイトは両手で顔を覆い隠し、何度も何度も、馬鹿という言葉を繰り返す。だが、それは悲しみ等では無く、ある種の歓喜を伴った、感動の涙に近かった。
当たり前だ。これら計略の全ては、ある一つの前提に基づかねば、成功する見込みは唯一つとして、存在していないのだ。
その前提とは。カイトがどれだけ時を経ようとも、自分達の知るまま決して変わることの無い男だ、という絶対の信頼だ。それが無ければ、この計略は全て無意味なのだ。
「なんだよ……こんなの見せられたら、頑張るしかねーじゃん……何よりもの鎖じゃねーか……」
カイトは泣きながら、友が一生涯掛けて作り上げた自らの為の策に対して、言外に感謝を送る。これは素直でない最愛の友の信頼の証で、そんな素直じゃない彼と似て、カイトも素直で無かったのだ。
ウィルの一生涯の私的な時間はほぼすべて、カイトを含めた仲間達の為に費やされていたのだ。その証であるこれは、どんな人の鎖よりも強い、まさに断金の交わりとでも言うべき強固な鎖だった。
「子孫使って鎖作ってる傍ら自分で鎖作ってんじゃねーよ……中身全部無駄じゃねーか……」
中身は全て無駄。そう呆れたカイトだが、決してそうではないことはしっかりと理解している。これが真剣に、本当に全身全霊を込めて作られていた策略であればこそ、心動かされたのだ。
そうして、様々な感情が渦巻いて、罵倒とも賞賛とも感嘆ともつかぬ言葉を吐いていたカイトが、きちんとした意味のある単語を口にする。
「……来んなよ、馬鹿」
「……お断りだ。貴様の泣き顔だ。滅多に見れるものではない」
現れたのは、一人の男だ。彼はカイトの寝転がる横に顕現すると、そのまま、その場にあぐらを掻いた。だが、そう茶化した彼に対して、 カイトが顔を隠したまま、涙まじりに告げる。
「……嘘言うなよ」
「……さてな」
カイトの言葉に、ウィルが何処か苦笑に近い笑みを浮かべる。事実、嘘だった。文句を言いたい事もあるだろう、と自分達の子孫達に咎の行かぬ様に、自らが出てきたのである。
だが、その必要は無かった。なにせカイトも彼が何故こんな事をしようとしたのか、ということは言われるまでもなく、理解していた。
何故、必要だったのか。それは簡単だ。カイトの居場所を皇国内に作るため、だ。彼はあまりにも強すぎる。喩えティナというチートに近い技術者の支援が無くとも、個人で世界を滅ぼせるのだ。
そんな戦力を、首輪もなしに放置しておける国は無い。何時かは、その力に恐怖して、排斥しようとするだろう。それを防ぎたいのなら、首輪が必要なのだ。どれだけ獰猛な猛獣であろうとも、飼い馴らされた猛獣は単なる愛玩動物と変わりが無い。そのための首輪が、皇女という存在なのであった。それを理解しているからこそ、カイトの口から出た言葉は、再び、これ、だった。
「……馬鹿だろ、お前」
「……皇国始まって以来の天才と言われた俺に、そう言うのは貴様ぐらいだな」
「……お前が皇女抱いてこい、っつやあそれで終わりなんだよ。なんでこんな回りくどい事してんだよ……普通に余生過ごせよ……」
交わされるのは、共に信頼があるからこその、他愛のない普通な話だ。だが、その信頼の証こそが、何よりも、ウィルには嬉しかった。だからこそ、少し俯いた彼の目から、涙が零れ落ちる。
「……そうだったな……そんな簡単な事を、すっかり、見落としていた……頭が良すぎるのも、良い事だけでは無いな……」
自嘲気味に、ウィルが呆れた様に見せつつ、カイトの言葉に笑う。彼は不安だったのだ。こんな友を貶める様な策略を作って、友から罵られるのでは無いか、友情がここで終わってしまうのでは無いか、と。だからこそ、涙は安堵の涙だ。
彼とてわかってはいた。こんな程度で友情が変わらない事は。そして、カイトが変わらないだろうことも、だ。だがそれでも、時とともに変わりゆくのが、人の心だ。だからこそ、不安だった。そうして、二人はそのまま、しばらくの間、嗚咽混じりに涙を流し続ける。
「お前は……心配性が過ぎるんだよ……」
「貴様に言われたくは無いな……」
二人の男の涙が大分と収まった頃に、カイトが口を開く。それは今度は本当に少し、呆れを含んだ物だった。そうして返したウィルの言葉もまた、呆れを含んだ物だった。感情の大きな波が去ったのだ。そうして、深い溜息と共に、ウィルが憑き物が落ちた様な顔で、呟いた。
「……これで、俺の……皇帝ウィスタリアスの仕事は本当に全て終わった……」
「……最後の仕事がダチを策に嵌める事たぁ……難儀なお仕事だな、おい」
「ようやく……いや、やっと理解してくれたか」
カイトの言葉に、ウィルがいつも通りに苦笑する。何ら変わることのない、何時もの会話だ。それはこれまで変わることが無く、そして、これからも変わる事が無い。だからこそ、ウィルは自らの子孫達の方を向いて、頭を下げた。
「少し短気で見境無しで馬鹿な弟分だが……よろしく頼む。こいつは優しい奴で、実は意外と寂しがり屋で怖がりなんだ。俺達は所詮は死人。力を貸してやれても、支えてやる事は出来ない……どうか、こいつを支えてやってくれ。そして、それは君達も頼む」
皇帝達に頭を下げたウィルは続けて、天桜学園の、今のカイトの仲間達に頭を下げる。皇帝といえども、所詮は一人の人に違いない。だからこそ、彼は変わらぬ友の為、頭を下げる事を躊躇わなかった。それにすでに彼は死んだ存在だ。それ故、立場に縛られる事も無い。だからこそ、単なる友人として、少し年下のこの親友の為に、素直に頭を下げられたのだ。
そんなウィルの姿に、一同は何も言えなかった。大英雄や賢帝と讃えられる程の男が、なんらためらうこと無く頭を下げたのだ。それになんと言えば良いのか、誰にも分からなかったのである。
そうして、どうやら恥ずかしかったらしいウィルは答えも聞かぬまま消えて、そんな彼にカイトがくすり、と笑い、会談は元に戻るのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第381話『インペリアル・ラプソディ』