第374話 試合終了 ――ほっと一息――
『すげーぞ! さすがの俺もこの戦いにはいちゃもん付けられねえ! なんだ今の! かの有名な<<炎武>>にも見えたが、俺にゃわかんねぇ! 見たことないからな!』
ハインリッヒと瞬の戦いが終わり、瞬の<<戦場で吼える者>>を聞いたヴォイスが大絶叫する。そうしてそれに、武蔵が双刀を振るうのをやめる。
「何じゃ、終わりか。よう耐え凌いだのう。うむ、これなら、観客たちも満足じゃろうて」
疲れ果て、膝を屈したアルと凛に対して、武蔵が頷きながら賞賛を送る。そして事実、観客達は彼らにも声援を送っていた。なんとか、見世物として成立していた、と言える所だろう。そして、その終わりを実感していたのは、彼だけでは無かった。
「あー……終わりかー」
「はぁ……助かった。なんとか、これで終わってくれた……」
瞬の雄叫びのおかげで、どうやら小次郎も試合終了に気付いてくれたらしい。下手をすると時折彼女が満足するまで延々と続く可能性があったのだ。
そうなると、カイトも非常手段を取るしか無くなる。それはいろいろな意味で、遠慮したかった。いや、別にカイトは困らないが、その後の後始末がいろいろと面倒になるのだった。
「あぁーあ、もうちょっと、戦いたかったんだけどな」
「そう言わないでください。この戦いはあくまで、見世物。我々が戦う為の場所では無いのですから。それに、見世物になるのを応じて、戦ったのでしょう?」
「だってそうしないと戦ってくれないじゃん」
カイトの言葉に、小次郎が拗ねた様に口を尖らせる。優美な見た目だというのに、所作が子供っぽかった。まあ、それもそのはずだ。今の彼女の精神年齢は10代半ばで止まっている。肉体の方はいろいろと成長しているのだが、中身はそれに伴っていなかった。
「それにさー……オレの流派だけ、ってカイト手加減しまくりだもん」
「……あはは。見抜かれましたか」
やはり、お師匠様だ。それ故、カイトの為していた手加減を見抜かれ、カイトが苦笑する。実はカイトは武蔵と小次郎の流派以外にも、もう一つだけ、剣技として正式に習っている流派が存在していたのである。それも、地球で習ったのだ。
「威力というか、鋭さが段違いにあがってる。腕が落ちてなくて嬉しいけどさ……ちょっとむっとする」
「まあ、貴方達のおかげ、です」
試合が終了したというのにまだまだ戦い足りなさそうな小次郎に対して、カイトが苦笑する。彼らの教えがあればこそ、次の段階に至れたのだ。それは感謝してもし足りない。
「じゃあ、もうちょっとだけ。と言うか、そっちで戦って」
「だめですよ。武蔵先生が無茶苦茶ワクワクしてらっしゃいますもん」
小次郎が刀を構えたのを見て、カイトが苦笑する。当たり前だが、すでに戦いは終わったのだ。これ以上続ければ流石に自分の正体の露呈に繋がりかねない。別に皇帝レオンハルトにはバレているのでそこらはどうでも良くなったのだが、全国的にバレるのは、まずかった。
「うー……」
「はぁ……」
まあ、小次郎もそれはわかっている。だが、やはり剣士としての血が疼くのだ。それ故不満気なもう一人の師に、カイトがため息混じりに、少しだけ、技を披露する事にした。
「ひゃん!」
「ふぅ……あまり無茶言いますと、ここで暗示解きますよ。次、甘噛でいきますからね」
「ひゃ……わかった! 分かったから! だから首筋に息吹きかけるのやめて!」
カイトは一瞬で小次郎の後ろに回りこむと、その首筋に甘い息を吹きかける。彼女の弱点の一つだった。そうして出された警告に真っ赤になりつつ大慌てで距離を取ると、小次郎はそれで納得した。が、それはある意味、悪手だった。武蔵の方が目を見開いて今見た武芸に興味を示したのだ。
「ほう……ほうほう! 今、お主何をやりおった!」
「あちゃ……すいません、後で良いですか?」
「む?……おお、もう終わりか」
カイトの言葉を聞いて、武蔵が一度興奮を収める。こちらは聞き分けが良かった。今まで試合終了に伴ったヴォイスの実況解説が行われていたのだが、それもどうやら終わりに近かったのだ。
『ってことで、この御前試合の勝者は、ソロで出てきたカイト、瞬の二人と、かの有名な<<氷結>>のアルフォンス・瞬の妹の美少女凛ちゃんペア、当たり前に勇者様のお師匠様達だー! こっから直ぐに陛下からのお言葉があるから、勝者の奴らはさっさとシャワー浴びて着替えてこいよ!』
ヴォイスの言葉を受けて、最後まで残っていた6人も消失し、会場は一時休憩となったのであった。
というわけで、場所は移り変わって闘技場の控室だ。そこで一度掻いた汗を流す事にする。ちなみに、男女別なので、小次郎と凛は別だった。というわけで、女子用の更衣室にて、絶叫が響き渡った。
「えぇえええええ!」
「なんだよ」
残念ながら、小次郎が女である事に気付ける余裕は、凛には無かった。と言うか、アルにも無かったのだから、当然だ。なので平然とシャワー室に入ってきた彼女を見て、凛が大いに驚きを露わにして、下着姿の身体を隠す様に掻き抱いた。
一応、この状態の時には女と認めていない小次郎であるが、300年前にカイトに口酸っぱく何度も進言された結果、女子用のエリアを使う事にしていたのだ。
「え、いや、だって……小次郎さん、って……おと……おと……? お、おっぱいあったー!」
凛の言葉は段々と疑念を帯びていき、ついに彼女の絶叫が更衣室に再び響く。手慣れた様子で陣羽織や着物を畳んで用意されていた籠の中に入れた小次郎だが、そうなると当然、純白のさらしに覆われたその豊満な胸が露わになる。それを見て、思わず凛が叫び声を上げたのだ。
ちなみに。この更衣室は優勝者用に貸し切られた特別なシャワー室なので、他には誰も居ない。そして当然だが、のぞき魔や盗聴等に対処する為、外に声が漏れる事も無い。なので、御前試合近辺で小次郎の性別に気付いたのは、実質的に彼女だけだったりする。
「うぅー……きついんだよなー、これ……」
「ぼ、ぼろん、って……ぼろん、って音が聞こえた……」
サラシを取った瞬間に一気に巨大な質量が露わになり、凛が思わず目を白黒させる。どうやら小次郎は彼女の言葉に違わずきつきつにサラシを巻いていたらしく、外からも考えられない程の質量だった。多分、瑞樹ほどだろう、と後の凛が何処か遠い目で語っていた。
一応、小次郎にもきちんと男装しよう、というつもりはあったらしい。ただ単に身体がそれが不可能な程に女らしい身体だっただけだ。
「はぁ……なんかまたおっきくなった気がするなー……一度きちんと測った方が良いのかなー……」
「……え、えぇー……」
平然と裸身を晒してシャワーを浴び始めた小次郎に対して、凛が目を瞬かせる。そこには当然男ならあるはずのモノは存在しておらず、代わりに女らしい身体つきしか存在していなかった。何処からどう見ても、女だった。と言うか、髪を下ろしたらもう普通の凛とした女性としてしか見れなかった。
と、そんな小次郎がシャワーを浴びているのをまじまじと観察する事になっていた凛に対して、小次郎が首を傾げながら、問いかけた。
「……入んないの?」
「え、あ、はい。じゃあ、隣、失礼します……」
おずおずと下着を脱いで裸になった凛は、小次郎の隣のシャワースペースに入る。一応、幾つものシャワースペースが並んでいるのだが、この状況で離れた所に入るのは変では無いか、と妙な考えが働いたのだ。
「えーっと……あの」
「んー?」
「佐々木小次郎……さん? で良いんですよね?」
「おーう。小次郎だー……佐々木じゃ無いけどなー……」
シャワーで汗を流しながら、凛の言葉に小次郎が答える。そんな小次郎に凛は少し気になる単語を発見したが、それ以上に気になる事を問いかける事にした。
「あの……女なんですか?」
「……うん。女」
小次郎は少しだけ苦慮しつつも、ここまではっきり見られている以上は仕方が無いとそれを認める事にする。
「あの……じゃあ、なんで男装なんてしてるんですか?」
「……まあ、いろいろと」
どうやら答えてくれる雰囲気は無い様だ。何処か恥ずかしげな気配と共に、小次郎が答える。これ以降、会話は途絶える。小次郎は別に何も気にしていなかったのだが、凛が変な気を回したのだ。そうしてこちらは変な空気が流れる中、汗を流す事になるのだった。
当たり前だが、小次郎達がシャワーを浴びている頃に、男子側はカイト達がシャワーを浴びていた。
「と言うか、来てたなら言ってくださいよ。変な勘繰りしちまったじゃないですか」
「かかか! いや、すまんすまん! 陛下から少々勇者と遊びたいので、挨拶は後に、と頼まれたのよ!」
「まったく……陛下も先生も人が悪い。わざわざこんないたずらを仕掛ける為に今まで隠しておくなんて……先生が来られるのなら、ご挨拶に伺いましたのに」
「いや、実はそう思うたから、敢えて知らせなかった事も大きい」
カイトのため息混じりの言葉に、逆に武蔵がため息を吐いた。とは言え、顔には笑みが浮かんでいたので、これが本心では無かったのだろう。
「お主は手一杯だというのに、気を回す。少々気を回したまでよ。それに……儂らが出ると聞けば、お主は確実に逃げるじゃろう?」
「……否定は……出来ませんねぇ」
武蔵の言葉に、カイトが笑いながら肯定を示す。確かに、彼らが出ると聞けば、カイトはいの一番に不参加を決める。それどころか警戒して昼食会にも参加しなかった可能性は高い。
「まあ、それは良かろう。で、まあ、瞬、じゃったか……悪うわ無い腕前じゃな」
「いや、一瞬どうしようか、と思ったんですけどね。まあ、勝てそうだ、という事には確信できていましたから、なんとか、という所ですかね」
カイトが苦笑しながら、武蔵からの瞬の評価に答える。なお、彼が一瞬どうしようかと思った、というのは単純に言って、もし万が一瞬が負けた場合はどうしようか、という事だ。その時点で試合終了なのだ。
ということは、その時点で、ハインリッヒ潰しの計画に狂いが出る。瞬の方が強い、と思っていたが故にセカンドプランは考えていなかったのだが、思い直せばかなり綱渡りに近かったのである。と、そんなカイトに対して、瞬がシャワーを浴びながら口を挟んだ。
「ああ、割りと簡単だった。こういう相性の良し悪しもあるんだな」
「そういうこと。勝てないはずがない、というのはそういうことなんだよ」
瞬の言葉に、カイトが苦笑する。彼には疲労は殆ど無かった。まあ、ハインリッヒを相手に完勝したのだ。疲れがあるはずがなかった。
「どんな戦いでも、相性がある。実は上層部はそれが綺麗に分配されているんだ」
「ほう……」
カイトの言葉に、瞬が少し驚いた様に目を見開く。彼は今までこんな事は考えた事が無かったのだ。
「例えば、先輩と桜は共に柄モノを使っているが、お互いに得意とする戦い方が違う。先輩なら一気に突っ込むアタッカータイプだ。それに対して、桜は牽制を織り交ぜながらのテクニカルタイプに近い。ソラとアルでもそうだ。ソラが防御重視のカウンタータイプなのに対して、アルは攻撃重視のアタッカータイプ。他にも翔と魅衣、由利と凛、瑞樹と楓。実は全員、似ている様で、厳密にはタイプが違う……」
カイトは頭を洗いながら、瞬に告げる。これは完全に偶然でカイトも意図していない事であったのだが、見事に、全員が全員の苦手な部分を補える様になっていたのだ。
「まあ、こういうわけで、全員が全員で悪い相性を補えているわけだ。先輩の苦手な防御重視の相手であれば、瑞樹が。瑞樹の苦手な速度の速い相手であれば、魅衣や翔が。こういうふうにな。というわけで、もし相手が盾なんかで敵の攻撃を引き付けて戦う様なカウンタータイプなら、オレも止めたろうな。今度は相性の問題で、先輩が負ける」
「そうか。それは奴に感謝しておくとしよう」
カイトの説明に、瞬が笑う。今回は、相性の問題で、瞬の勝ちだったのだ。技量が殆ど同程度であれば、勝敗を決めるのは、相性になるからである。
ちなみに、ハインリッヒは同じくアタッカータイプであったが、その中でも攻撃力に特化したタイプだ。彼は瑞樹に近い。動きの遅い盾持ち重防備の相手とは相性が良い。一撃で盾の防御を貫けるからだ。
だが、逆に素早い動きが出来るスピードタイプとは、相性が悪かった。そして、瞬はこれに属していた。と、そんな話していると、ふと、瞬が疑問に思った事があったらしい。
「そういえば……ハインリッヒから何かいちゃもんがつけられる、ということは無いのか?」
「何処かの映画や時代劇みたいに密かに、か?」
「ああ」
当たり前だが、ハインリッヒは皇族だ。それ故、負けた事を根に持って、とかも考えられるのでは無いか、と思ったらしい。が、それに対して、カイトが笑みを浮かべる。それは瞬からは見えないが、悪どい笑みだ。
「ねーな。爺が動いている。それに、ウチの優秀なメイドさんも、な」
「そうなのか? まあ、それなら良いか」
カイトは笑いながら、あり得ない、と瞬に告げる。そんなカイトに、瞬は彼がそういうのならそうなのだろう、と納得する。
彼はこういう暗闘は得意ではない。裏を察するだけの想像力が無い、と自分で理解しているからだ。得意ではなく、そしてやる必要も無いのなら、考えない事にしていたのである。
「さて……じゃあ、オレが光になっている間に、後は頼むぜ、シア?」
ハイゼンベルグ家達5公爵とシア達<<皇室守護隊>>のどちらが早いか、と考えれば、おそらくシアだ、と思ったカイトは、聞いているはずは無いだろう――真実、聞いていない――が、シアに言葉を送る。
シアがハインリッヒを潰すのなら、精神的にダメージを負い、肉体的に疲労している今がチャンスだ。それをカイトも見抜いていた。そうして、カイト達が光当たる場所へと、向かっていくのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第375話『影の中で』
2016年3月5日 追記
・誤字修正
『疲労』が『披露』になっていた部分を修正
『正体』が『招待』になっていた部分を修正