第373話 御前試合 ――氷の騎士――
カイトはソラ達が大金星を上げたのを見て、満面の笑みを浮かべる。それに、小次郎も笑みを浮かべた。
「嬉しそうだな!」
「ええ、まあ! 漸く師の喜びを知ることが出来ましたよ!」
二人はもはや自分達の残像さえ切り裂く勢いで連撃を重ねていく。
「ちょっと、先輩! そんなとこで嬉しそうにしていないで、こっちも助けてください!」
凛の悲鳴が木霊する。後残っている天桜学園生は、一条兄妹だけであった。その彼女は今、カイトのもう一人の師である宮本武蔵に追われていた。カイトとどちらが戦うかをじゃんけんで決めた結果、武蔵が負けたのである。
「ふふふ、鬼ごっこも楽しいのう! 久しゅうこんな事しておらんから、童心に帰った様じゃ!」
「いやー!」
ブオン、と大振りに振り払われた大太刀を、凛は何とか避けることに成功する。本来ならば武蔵は圧倒的技量で簡単に仕留められるのだが、途中から楽しくなってきたらしく、今は楽しそうに笑みを浮かべながら凛を追っかけていた。
まあ、そう言っても実はこの裏ではハインリッヒと瞬が激闘を繰り広げており、それに自分達が彼らを討伐した事で決着をつける、というのも気が引けた事も大きかった。少々出来レース臭いが、こればかりは致し方がなし、だろう。
「ちょっと、アル! 盾もってるんだったら防いでよ!」
「無理言わないでよ!」
最近呼び捨てタメ口にするようになったアルに、凛は自らの援護を申し出るが、あえなく却下された。当たり前だが、如何にアルといえど武蔵の斬撃を防ぎきれる道理は無かった。防げて、一撃だけだろう。
とは言え、今の楽しげな追いかけっこの一撃ならば、10発程度は防げるかもしれないが。
『……なんだこりゃ?』
ヴォイスがもっともな疑問を呈する。カイトと小次郎の狂気としか思えない超連撃もさることながら、楽しげにおっかけっこを行う武蔵に、もはや疑問符を浮かべる事しか出来なかった。
とは言え、如何に彼といえど、安易に偉大な勇者の師に毒を吐く事は出来なかったが。
『えーっと、なんか楽しそうな奴らはほっといて……後残るは一つ! まさかこっちのガキも生き残るとは思ってねぇぞ! と言うか、お陰で今の賭場は大荒れだ! 俺様はめでてぇと思ってガキの方のカイトに賭けてたからマシだけどな! はっはぁ!』
そんなヴォイスに、ずりーぞ司会者、などという怒号と、コップ等の観戦用のドリンク入れなどが乱れ飛ぶが、彼はひるまない。相変わらず、めげない司会者であった。
ちなみに、バトル・ロワイアルのルールは少しだけ、変更されていた。さすがに御前試合で呼んだ者が呼んだ者なので、試合開始前に最後の生き残りを決める、という本来のルールから、4組になった時点でその者達を勝者とするルールに変更されたのである。
何故4組なのかというと、最悪ムサシ、小次郎ペアによって複数のペアが同時に全滅させられる可能性を大会委員会側が考慮した為である。そして4組の一つはムサシ、小次郎ペアである事は誰もが周知の事実であったので、実質3組というのが、大会側の予想であった。
『さて、じゃあどっちが生き残るのか、ここで終わらせんのも何だから、最後まで楽しんでくれー!』
残っているのは、武蔵達を含めて、たった5組。ソロ出場のカイト、瞬に、アル・凛ペア。そして、ハインリッヒとその天竜と、カイトのお師匠様ペア。後残る席は、一つ、だった。
瞬とハインリッヒの戦いの裏で、ふと、武蔵が足を止めた。その顔は、何処か懐かしげだった。
「……?」
「今更ながらによう見たが……ふむ。ルクスにそっくりじゃな。小さい以外は」
首を傾げたアルに対して、武蔵がにこやかに笑う。彼から見ても、アルとルクスは似ていた。顔形から、身に纏う雰囲気まで全て、だ。まあ、雰囲気の方は後年のルクスに、だが。
「ほれ。何時までも逃げまわっておらんで、相手をせよ。死中に活あり。逃げるだけでは、何も守れぬぞ? そして、お主の祖先は決して、逃げる事は無かった。あれが逃げたのは唯一、お家からだけよ。それにしても嫁を守る為の逃避。謂わば、戦う為の逃避、と言える」
今までの何処か遊ぶ様な気配から、武蔵は一気に気配を戦士としてのそれに変える。何時までも遊んでいては、単なる出来レースだ。多少は見せてもらわねば、観客たちも、それに武蔵も、納得しない。
「ごめん、凛ちゃん……手を出さないで」
雰囲気の変わった武蔵に、アルも雰囲気を変える。それは祖先と比較されての我儘でもあったし、自分が何処まで出来るのか、という戦士としての思いでもあった。
「<<陽炎>>」
武蔵が小さく口決を唱えると、武蔵の姿が幾重にも分裂する。彼の流派において、分身を生み出す技だった。カイトが時折使う分身も、元を正せば、これだった。そうして、武蔵はアルに向けて、分身の自らを差し向ける。
「お願い、<<氷海>>」
自らを全周囲から追い詰めようとする幻影の武蔵に対して、アルは自らの武器に力を込める。すると、それに応じて片手剣は澄んだ光を放ち、周囲に冷気の海を作り出す。そうして、分身の武蔵達の包囲網が完全に狭まった一瞬を見据えて、地面に片手剣を突き刺した。
「<<逆氷柱>>」
片手剣を中心として、アルが氷に包まれる。武蔵も本気で分身を作り出していなかった様子で、その氷に阻まれて、分身達の攻撃は全て、無効化される。そうして、氷がはじけ飛んで、全ての分身を破壊し尽くした。
「ほうほう。これが名にし負う<<氷結>>のアルか」
全ての分身を破壊された武蔵だが、しかし、感心した様に頷く。氷が砕け散ったと同時に現れたのは、氷の鎧を身に纏ったアルだ。それは彼の二つ名が表す通り、氷を印象づける姿だった。そうして、澄んだ音と共に、アルが地面に着地する。
「ふむ。では、儂が直々に見てやろう」
着地したアルに対して、武蔵が一瞬で肉薄する。言うまでもなく、<<縮地>>を使ったのだ。とは言え、それは翔のそれよりも遥かに洗練された物で、一瞬で移動した様にしか見えなかった。そしてそれは、アルに反応出来る速度では無かった。
「脆い……いや、違うのう。面白い手を考えおるわ」
大剣での一撃を受けて、氷の鎧が砕け散る。だが、中にアルは居なかった。そうして、武蔵は少し離れた所を睨みつける。そこには何もなかったが、そこから、アルの声が響いた。
「はっ……氷で作った分身か。いつの間に移動しておったのやら……」
「蜃気楼、っていうらしいです。温度差によって、幻が生まれるらしいですね」
武蔵は軽く斬撃を飛ばしてアルの周囲に滞空していた奇妙な膜を切り飛ばすと、そこからアルが現れて、武蔵の問いかけに答える。別に氷を操るだけが、彼の片手剣の力では無い。軽く力を放てば、気温を下げる事ぐらいは簡単なのだ。それを応用したのである。
「とは言え……どちらにせよ、子供の手慰みよ」
再びふっ、と消えた武蔵は一瞬でアルへと肉薄する。そして再び、大剣を振りかぶってアルへと攻撃を仕掛ける。今度は、アルもそれに左手に持った盾で防ぐ。それで、轟音が生まれ、大気が振動した。が、それも一瞬だけだ。武蔵はそこから、カイトの師らしい無数の斬撃を繰り出し始めた。
「つっ!」
キキキキキキ、という無数の音が響いて、その度にアルの氷の鎧が削られていく。武蔵は本気でやれば、一撃で破壊することは可能だ。とはいえ、本気でやっては、当たり前の結果が当たり前に生まれるだけだ。なのでこれは見世物として、まだなんとか対処出来る程度にしておいたのだ。
「くっ……はぁあああ!」
「ふん……鈍重じゃな」
大振りに振りかぶったアルの攻撃を楽々と躱して、武蔵はアルの氷の鎧の弱点を指摘する。これはアルを知る全員が指摘する点だった。氷の鎧は確かに攻撃力と防御力に優れるが、鈍重なのだ。
まあ、元が小柄なアルが二回り程も巨大化した関係上、これは致し方がない物だ。長所を伸ばしただけで、その代わりに、速度が遅いという短所も伸びてしまったのである。どんな強化術でも、一時的である以上、どうしても何らかのデメリットは存在してしまうのである。
「どうした? その程度の腕前か?」
「……これじゃあやっぱり、ダメですよね」
「なんじゃ。分かっておったか。お主と儂では相性が悪い。障壁の無効化に特化した姫……小次郎の剣技であれば氷が防いでくれる故にカウンターを狙え、悪うは無いんじゃろうが、まるで氷を溶かす様に連撃を繰り返す儂の武芸とは、相性が悪い。なにせそちらは攻撃を仕掛けても、当てられん。と言うか、攻撃を仕掛ける隙が無い。一方的に嬲り殺しになるのが、関の山よ」
ボロボロに崩された氷の鎧の内側から響いたアルの苦笑した様な声に、武蔵がそれを認めて頷いた。彼の言うとおり、相性が悪い。氷の鎧を身に纏ったアルではどう足掻いても武蔵の様な戦い方をする相手には勝ち目が無いのだ。
だが、わかっているのなら、何も対策をしていないはずが無かった。そうして、再び冷気が漂っていく。それは当然だが、アルが<<氷海>>の性能を引き出す為だった。
「はっ!」
アルが気合を入れると、それに応じて彼の身を包んでいたボロボロの氷の鎧が砕け散り、周囲に氷の破片を撒き散らす。そうして地面に落下した氷の鎧だが、そのまま巨大化して、とある形を成していく。
「む……」
生まれたのは、無数の騎士の形をした氷像だ。大きさはアル程だ。それが、砕けた氷の鎧のかけらから生まれたのだ。それを見て、武蔵が試しに単なる斬撃を放ってみると、氷像は簡単に砕け散った。
「ふん。脆いのう」
音を立てて崩れていく氷像を見て、武蔵がため息を吐いた。が、それで良かった。そうして、武蔵が目を見張る。なんと崩れた氷像が意図も簡単に元通りに戻ったのだ。
「む?」
更にもう一度、武蔵は斬撃を放つ。だが、結果は同じだ。氷像は簡単に砕け散り、しかし、簡単に復活する。かつて学園が襲撃された折りに生み出した氷龍と同じく、簡単に砕けるものの、簡単に再生する様にしたのだ。
「<<氷軍>>」
氷の鎧を脱いだアルは、その氷の鎧で出来た軍勢を片手剣で指揮する。そしてその指揮を受けて、氷像達が一気に武蔵へ向けて殺到を始める。
「ほうほう! 悪くはないのう! 勝てぬのなら、無限に再生する軍勢を向かわせる! じゃが……! <<陽炎>>……<<廻り護法陣>>」
無数の氷像に包囲された武蔵であったが、それに笑みを零すと、そのままその氷像達を取り囲む様に円陣を組んだ分身を生み出す。そして、全てが同時に地面に大剣を突き刺した。
そうして、その円陣の内側に地面から極光が生み出されて、包囲する無数の氷像達を完全に破砕する。確かにアルの魔力が続く限り再生はするのだろうが、包囲網から抜け出すのは容易だ。が、そうして極光が収まった瞬間、武蔵の顔に笑みが浮かぶ。
そこには、巨大な白い氷龍が居たのだ。しかも、口を開けて、今にも<<龍の咆哮>>を放たんとする姿勢だった。
「今だ、<<白氷龍>>!」
「むぅ! これは面白いのう! <<一房・極の砲>>!」
アルの氷龍から放たれた白い光条を見て、武蔵が思わず笑みを浮かべ、大太刀を地面に突き刺し、大剣を大上段に構える。そうして、一瞬で魔力を大剣に込めて、巨大な斬撃を放つ。
「ふん!」
「あ、あはは……これを防ぐんですね。カイトのお師匠様は……」
「うっそ……」
思わず、アルが苦笑して、凛が瞠目する。普通なら、完全に決まった一撃だ。だが、武蔵はそれを完全に対処したのである。おまけに白い氷龍との打ち合いは武蔵の勝利で、氷龍の頭部は完全に砕け散っていた。
二人が呆れるのも無理は無かった。公爵軍最高の一撃が、完全に負けたに等しいのだった。そうして、切り払いの姿勢のまま、武蔵が一息吐いた。
「ふぅ……カイト相手の時に見せてやろうと思うた<<陽炎>>をつこうた<<一房>>じゃったが……まあ、致し方がない。よしよし、まあ、悪うはない腕前じゃ」
カカカ、と笑いながら、武蔵は余裕たっぷりにアルの腕前を賞賛する。すでに氷像は完全に再生しており、再び完全に包囲されていた。さっきと同じ方法では、どうにもこうにも通用しなさそうだった。
「さてと……では、儂とどれだけやりあえるのか……試してみせよ。油断すれば、即座に切り込むぞ」
武蔵は笑みの性質を、先ほどまでの何処か超然とした物から、戦士のそれに変える。流石に氷龍の再生は遅いらしく、まだ動く様子は無い。ならば、今の内に氷像達を殲滅して、アルを潰すだけだ。が、そこに、横合いから幾つもの光条が疾走った。
「む!」
いきなりの横槍であったが、武蔵は一切迷うこと無く、それを全て斬撃で切り裂く。それは言うまでもない事だが、凛の蛇腹剣の魔力砲撃だった。
「凛ちゃん!?」
「もう無理でしょ! 諦めて!」
いきなりの横槍はどうやらアルにも相談なしだったらしい。なので少し不満気なアルの声が響いたが、そんなアルを凛が叱りつける。どう足掻いても、アル一人では無理なのだ。それは純然たる事実だった。
「いや、それが正しいのう。この場は一人では無い。ならば、二人で来るが良い。もう気は済んだじゃろう?」
「……はい」
不満気なアルだったが、それに対して武蔵が諭すように告げる。それを受けて、アルも負けを悟り、頷く。とは言え、凛の攻撃を見て、何かを考えついた様子だった。
「凛ちゃん! 常に動かしながら攻撃して! こっちでも考えがある!」
「うん!」
アルの言葉を受けて、凛は蛇腹剣の欠片を常に動かし続ける。そしてそれと同時に、アルは騎士の様な形の氷像の半分の形を変える。何処か筒のような物を持った形だった。
「む!? 鉄砲か!」
筒から放たれた氷塊を見て、武蔵がその意図を悟る。流石にここまで大量に攻撃を仕掛けられては、手加減をやめるのならともかく、現状では少々手に余る状況だった。
まあ、そう言ってもそれら全ては足止めにしかならず、全くダメージは与えられていなかったが。そうして、しばらくの硬直が続く。
「は……ははは……これでこっちは全力なんだけどね……」
「む、無茶苦茶……」
アルと凛が、笑いながら無数の攻撃に対処する武蔵に苦笑する。余裕綽々で、明らかに遊んでいる様子だった。国内有数の実力者を相手に、これなのだ。とは言え、その全力は、実を結ぶ。
『試合終了! 最後の勝敗が着いたぜ!』
ヴォイスの声が響いて、万雷の喝采が鳴り響く。どうやら瞬とハインリッヒの戦いに決着が着いたらしい。そしてそれと同時に、二人は膝を屈する。二人も限界だったのだ。こうして、なんとか二人も優勝者の中に、名を連ねる事が出来たのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第374話『御前試合』