第371話 御前試合 ――剣士カイトの戦い――
『おいおい、まさかこんなとこで愛の告白やる奴初めて見たぞ。青春って奴か?』
瞬の言葉は、幸か不幸か、エリオ以外の誰かに笑われる事は無かった。それは毒舌を誇るヴォイスも一緒で、彼でさえ思わず苦笑する。戦闘中なので啖呵を切るという事は無かったが、そのあまりに堂々とした発言に、流石の彼も茶化せず少し照れていた。
ちなみに、瞬の言葉はエリオの爆笑に吸い寄せられて着目していた全ての観客に聞かれ、全国ネットで放送されていたのである。後々大いに茶化されるのは確実であった。が、まあ、今はそんな事は誰も気にしない。ここは闘技場。戦いこそが、全てだった。
『あー、まあ……おい、どーすんだよ、この空気』
さしものヴォイスもこの微妙に甘酸っぱい空気には対処しようがない。と言う訳で、彼の闘技場人生において初めて、横の他の職員に思わず問いかける。
「……すごいですね、一条会頭……」
「わ、わかってないが故に出来た事なのでしょうが……」
そんなヴォイスに対して、桜と瑞樹が観客席で苦笑する。ちなみに、さすがに美少女二人がこんな所に男も連れずに座るとナンパしてください、と言っている様な物なので、今彼女らは公爵家用に与えられた貴賓席にいる。他にも一部の面々は揉め事を避ける事もあり、貴賓席に来ていた。
そうして二人はちらっ、と横目にリィルを見る。彼女の顔は耳まで真っ赤であった。恋愛経験の無い彼女とて、鈍感ではない。どう考えても自分の事だと、把握出来ていたのである。
「……流石に、あれはお兄様でもされた事は無いですね……」
そんなリィルに掛ける言葉のないクズハが、若干苦笑しながら呟いた。さしものカイトも衆人環視の中、あそこまで堂々と言い切る事はやった事は無かったし、この先もやる事は無いだろう。まあ、もっと恥ずかしい事をやっている、とは言ってはいけない。それはユリィも同様だった。
「まあ、私もやってもらいたくないかなー……」
「私はいい」
「うん、アウラはね」
そうして、何故かかなり甘酸っぱい空気が流れる観客席を残し、闘技場では戦いは続いていたのだった。
「はっ!」
キィン、と何度目かわからないが、二人の間で剣戟が交錯する。カイトの読み通り、ティトスの強さは並ではなく、この闘技場においては少なくとも、頭ひとつ所か3つぐらいは飛び出ていそうだった。カイトが引き受けたのは正解、だったのだろう。
「打ち合わせてはくださいませんか!」
「あいにく流派が受け流しでね! 鍔迫り合いは得意じゃないんだ!」
装飾は施されているが肉厚の直刀を振るうティトスは、カイトの読み通りに鍔迫り合いを視野に入れたヴァルタード帝国で主流の宮廷剣術だった。
対してカイトは日本で生まれ、エネフィアの空中都市で発展した流派、と言うか、武蔵の武芸を主としている。となると、日本刀が主眼の戦い方だ。打ち合えばどうしても細身の刀にダメージが行く為、この流派での戦い方として鍔迫り合いは推奨されていないのであった。小次郎の戦い方でも、どちらにせよ刀を使う。鍔迫り合いは厳禁だった。
「<<蒼天一流>>ですか!」
「然り!」
カイトの使う流派をどうやらティトスは知っていた様だ。<<蒼天一流>>。それが、宮本武蔵がエネフィアに来て、改良を加えた<<二天一流>>の進化系だった。それは当たり前だが、<<二天一流>>よりも遥かに洗練され、進化していた。
というのも、普通の日本人であった宮本武蔵は短き命の者だった。それ故、五輪書を書き記すまでにはどうしても、二刀流までしか後世に書き記して残せるほどには極められなかったのだ。
しかし、エネフィアに来て、彼はその寿命と言う定めから解き放たれる。そうして、彼が捨て去ったはずの一刀流、十手など様々な武芸を取り込んで行き、出来上がったのが彼の今の流派、<<蒼天一流>>なのであった。
「もはや我が剣は二天に非ず。この蒼き天の下、我が流派に及ぶもの無し。それ故に、<<蒼天一流>>」
剣戟の最中、カイトは本人より幾度も聞かされた来歴を語る。空中都市で進化していく中。青空の下で完成した武芸だったからこその名前だった。
「なるほど、名前はその様になっていたのですか」
「日本人ってのは意外と名は体を表すが好きでね。それは師達も変わらないらしい」
そういったカイトを、ティトスは訝しむ。
「師? 貴方はかのムサシの直弟子なのですか?」
「師の師なら、オレにとっても師だろ?」
幾重もの剣戟を繰り広げながら、カイトは飄々と嘯く。しかし、ティトスにはそれが嘘か真か判断は出来なかった。あそこの師弟関係はエネフィアとは別であるため、彼でも判別出来ないのだ。
「にしても、お強い。まさかこれほどまでとは。私も地元ではそれなりに有名な剣士だったのですが……」
「そりゃどうも。そっちもオレの剣戟に耐えるとは、なかなかだ」
剣戟の最中に生まれた一瞬の停滞を使い、お互いがお互いの腕を賞賛しあう。が、それも一瞬だけだ。
「では、再び参ります!」
「推して参る!」
そうして、二人は再び剣戟を繰り広げる。しかし、先ほどと同じく決着はつかない。カイトは幾ら皇国が総力を上げて隠蔽してくれると言えどもあまり無茶が出来ない関係で、ティトスは他国で目立てないが故に。お互い、この場で本気になる事が出来無いが故の致し方が無しの硬直であった。
「ちっ、やはり決め手に欠けるか……」
再び離れた間合いを詰める事無く、カイトはぼやく。疲労感も無く、身体は万全。負けるとは思っていない。と言うより、これを使って師の前で負けると本当にまずい為、色々な意味で負けられない。
ちなみに、カイトが今使っているのは基礎の剣技こそ<<蒼天一流>>だが、流派特有の技は一切使っていなかった。そこで、カイトは手を変える事にした。
「さて……まさか私以上の使い手とは……嬉しい誤算ですね……」
一方のティトスは疲れが見え始めているが、その顔には疲れによる苦悶と望外の望みを得た喜びが浮かんでいた。
「出来れば彼に頼みたい所ですが……」
彼はギルドマスターと聞く。しかも、かなりの訳ありだ。受けてくれるかどうかは微妙だが、取り敢えず話はしておきたいと言うのが、彼の考えだ。こう言う実力者を探すのが、彼の目的だった。何の意味も無く、他国の宮廷剣術を学べる様な奴が身分を隠して目立つ闘技大会に出る筈が無いだろう。
「とは言え、実力で言えば、彼以上の実力者は居ない……」
呼吸を整えながら、小さく、つぶやく。流石にティトスもムサシやコジローに話が出来るとは思っていない。実力的には彼らなら適任なのだろうが、同時に全世界的にあまりに有名すぎて、この任務には向かないのだ。しかし、ティトスの思考は長くは続かない。カイトが再び攻めに転じたからだ。
「はっ!」
そうして再び始まった剣戟の応酬だが、ティトスはカイトの剣戟と刀が変わっている事に気付いた。先ほども大太刀ではあったのだが、今度の大太刀は子供の背丈程もある更に長い大太刀であったのだ。しかも、先ほどまでの二刀流では無く、大太刀だけの一刀流だった。
「次は<<緋天の太刀>>ですか!」
「知ってんのかよ! なにもんだよ、あんた!」
カイトがティトスの言葉に、目を見開く。一応、2つともカイトが使った流派として、名前は有名な流派である。しかし、それをお目にかかれるかどうかは別だ。
と言うか、地元で道場を営む武蔵はともかく、小次郎は滅多に弟子を取らない為、<<緋天の太刀>>はまずお目にかかれないのだ。知っているティトスは素直に、賞賛に値した。まず見られた所でバレない、と踏んだのだが、どうやら迂闊だった様だ。
とは言え、<<蒼天一流>>も含めて、弟子も少ないので使う者も少ない。その弟子にしても、殆んどがその空中都市に起居している。知り得る事は極稀なのである。
「お答え出来ませんね……此方の由来はご存知無いので?」
「聞いた事は有る」
「聞いてみたいですね」
戦いの最中に、ティトスがカイトに問いかける。ティトスの疲労が激しいため、こうやって時折間が生まれてしまうのだった。そうして、その問いかけに応じて、カイトがもう一つの流派の由来を諳んじる。
「ムサシの蒼天一流が蒼き天に並ぶもの無しなら、我が流派はその蒼き天を沈める緋天。ならば緋天には我が太刀しか無し」
「なるほど。確かお二人は好敵手と聞きます。ならば、その様な由来であっても、納得が出来ると言うものです」
カイトの講釈の後。流れ落ちた汗に気づき、ティトスは自分の負けを悟る。カイトは汗一つ流さず、自分は汗まみれであった事に漸く気付いたのだ。そうしてそれを受けて、彼は最後のあがきを行う事にした。
「……最後の一太刀、お付き合い願えますか?」
「……ああ、良いだろう」
直刀に魔力を集中させたティトスに、カイトは彼が最後のあがきを行う事を知る。これは見世物の試合だ。ならば、最後の一撃に付き合う意味はあった。そちらの方が観客が楽しめる。そうして、カイトもそれに応じるが如く、構えを取って大太刀に魔力を込める。
「<<レイヤー・スラッシュ>>!」
「緋天の太刀・四技……<<花の太刀>>」
方や大声で、方や静謐さを保ち、直刀と大太刀が衝突する。初撃で潰す。お互い、そんな思いでぶつかり合った為、どのような技であったのかはわからない。だが、衝突した瞬間。青い光が、闘技場全体を包んだ。
「何!」
「これは!」
二人の驚きが木霊する。闘技場全体を包んだ青い光は、二人の右手の指から放たれていた。だが、その光は一瞬で収まった。
「今のは、一体……」
ティトスはどうやら今の現象が何なのか理解出来ない様子だったが、カイトは違う。即座に消音の結界を張り巡らせ、防音態勢を整える。これは知られれば大パニックになる恐れのある情報であったのだ。
「お前……契約者……水の契約者か」
驚きと警戒心から魔力を総身に漲らせ、カイトは先ほどよりも更に本気で構える。問われたティトスは、顔に満面の驚きが浮かぶ。それでも、驚きの声を発しなかったのは流石だろう。しかし、言葉の意味を理解して、此方も警戒心を強める。
「貴方は一体……」
「問いかけたのは此方だ」
カイトはティトスの疑問を切って捨てる。喩え契約者と言えども、答えてやる道理は無い。なので一切の問いかけを拒む様に、カイトは闘技場で纏っていた闘気を更に膨らませ、もはや隠す事無く強者である事を晒す。
この処置は当然だった。契約者は一人で万軍にも匹敵する戦闘能力を有する。それが国の中枢、しかも皇城のすぐ近くにまで入り込まれていたのだ。隠しているとは言え公爵であるカイトにとって、これほど警戒すべき相手はいなかった。最悪は皇族狙いの敵の可能性さえあるのだ。最悪身バレをしてでも、止めなければならない相手の可能性があった。
「……なるほど。如何な理由かは知りませんが、どうやら厄介な状況ですね……後で此方に来てくださいますか? 事情はそこでお話します」
考えてもわからない。ティトスはそう判断すると、カイトに自分達が起居している宿の名前を書き記したメモを手渡す。何が起こったのかはわからないし、色々と不明瞭な事も多いが、ティトスにとってこれはチャンスでもあった。このタイミングを逃す道理は無かったのである。
『カイト。私からもお願いです。話を聞いてあげてください』
「……いいだろう。後ほど伺う。何時が良い?」
ディーネの言葉に、カイトは一瞬逡巡するも、受ける事にする。彼女が言うのだ。少なくとも、敵では無いだろう。
それに、ティナ達とて今の現象がなんなのかは見ていたはずだし、その原因も把握している。すでに最悪の状況に備えてくれているだろうし、それなら、契約者の攻撃とて無効化出来る自らが向かうのは悪い手では無かった。
「何時でも。そちらは今皇帝陛下を筆頭とした皇国貴族達とお会いになっている最中なのでしょう? お時間がおありの時で構いません。この国に敵意ある者では無い事は、契約者の誇りにかけて誓います……ですが、まあ、出来れば早い方が助かりますね。宿代が安く済みます」
契約者の誇りにかけて誓う。それは契約者達が絶対の真実だ、と言う場合に使う文言だった。それを使っての嘘だけは、誰にも許されない。最悪は契約さえ失いかねない。大精霊達に嘘を吐いているのと同意義なのだ。それは許されない。
そうして最後に軽口を叩いてティトスは限界が来たのか、尻餅をつく。どうやら、今まできを張り詰めていたが故に保っていただけで、限界であったらしい。
「ギブアップ、です」
『おーっと! なんか意味わかんねえ事が起きたと思ったら貴公子脱落! ぶっ飛ばしてくれなかったのは残念だが、負かした事は上出来だ! と、言う事で、勝者は異邦人カイト!』
ティトスのファンの女性陣からの悲鳴と、会場中を包む観客たちの大歓声が、湧き上がった。幸いにして、何が起こったのか、と言う事とどんな戦いだったのか、と言うのは観客の殆ど気付いていない様子だった。そのため、歓声よりも悲鳴が些か多かったのは、仕方が無いだろう。
「おい、お前!」
そうして、カイトが一段落か、と一息つこうとして、よく知る澄んだ声が響いた。それは聞くまでもなく、自らの師の物だった。
「んぁ?」
「お前何故オレの<<緋天の太刀>>が使える!」
<<花の太刀>>は最後まで発動こそしていなかったが、そこは流派の開祖にして二つの世界にその名を知られた大剣豪、佐々木小次郎。たった少しの動作だけで、それが自分の流派の基礎となる技であったことを見抜いていた。
「……はい?」
が、こんな師の対応に、カイトは思い切り唖然とする。何故も何も小次郎その人から教わっているのだから、使えない筈が無かった。
「……えーっと……」
「もう一度聞くぞ! どうしてオレの<<緋天の太刀>>が使えるんだ!」
小次郎はシャキン、と大太刀の切っ先をカイトに向ける。それにカイトはやっぱりか、と痛む頭を抑え、もう一人の師、ムサシの方を向いた。
するとエリオとの戦いを終えた彼もこの会話は聞こえていたらしく、次の戦い相手を探す前に此方に一瞬で移動して来た。そうして、二人は小声で会話を始める。
「ししょー……もしかして……気付いてないんですか?」
「カカカ。今の状態のあれに気付く程の頭はあるまい」
「ちっ……ステ振り間違ってますね。剣技極振りですか……」
「そうでもないと、儂に匹敵する武芸者なぞ言われてはたまらんわ」
カイトの言葉に、武蔵が楽しげに告げる。当たり前だが、カイトと小次郎は顔見知りだ。それでもちょっと変わるだけで気付かないのが、小次郎だった。
「おい、二人共、何やってんだよー。」
ジェスチャーで会話を始めた二人に置いてきぼりにされた小次郎は、拗ねた様子で二人に問い掛ける。どうにも子供っぽかった。
「武蔵もこいつが誰か知ってるなら教えてくれよー」
「隠蔽……これにも効いてくれますかね?」
「……お主と一緒じゃから、なんとかなっておるじゃろう」
そんな小次郎を見て、二人は同時に深い溜息を吐いた。確かに、小次郎は剣術や戦闘関連には天才的な技量を発揮する。魔術関連に対する知識も深い。普通にカイトが姿を偽っている事にも気付いているだろう。
しかし、それ故、この姿が作り物と思っており、自分の弟子のカイトだと気付いていない様子だった。その実体は所謂アホの子なのである。ティナと同じ天才肌とも言えるが、優美で風流な容姿の美丈夫なのに、なんとも残念であった。
まあ、この知能ゼロ状態にも理由があると知っているので致し方がない事ではあったが、しょうがないと諦めるには、二人にとっては頭が痛い事だった。
「そもそも、コヤツが男に化けれていると考えておるのが可怪しい」
そうして自らの好敵手を見た武蔵は、ため息混じりにつぶやく。彼、否、彼女『佐々木小次郎』は実は男装の麗人であったのだ。
いや、男装出来ていると思っているのは一見しただけの者と遠目に見た者、そして最後に彼女だけで、近くで見ればどう見ても、男っぽいだけの美女であった。
「だって、ねぇ……」
そんな師の言葉に、カイトもため息を吐いた。
「どう見てもサラシを押し上げる豊満な膨らみが……」
「あれは並の女生よりもでかいからのう……ミトラが泣いておったわ」
二人は小次郎の胸のサラシに巻かれた部分に注目する。そこには、どう見ても豊満な2つの膨らみがはっきりとその存在を主張していた。ちなみに、ミトラとはこちらの世界での武蔵の妻の名前だった。
「あれでも苦しいけど頑張ってる、とか言ってましたよ。あれ外したらヤバかったですし」
「……見たのか?」
「……はい。もう、ぼん、という擬音が丁度良い位に……と言うか、知ってるでしょ」
師弟は再会後、今までで一番真剣な眼差しで見つめ合う。ムサシには試合よりも何よりも、此方の方が大事であったらしい。そうしてその瞳に嘘が無い事を見抜いて、ため息を吐いた。
「ラッキースケベは良い技能じゃな……儂も欲しい。で、ずっと聞きたかったんじゃが、どうじゃった?」
「すげえ、ただそれだけです」
「ふむ……まあ、元就殿でも出来なんだあれの修正した奴の言葉じゃ。儂も信じよう」
「いや、あの……ずっと思ってたんですが、誰も指摘しなかったんですか?」
「……出来たと思うか?」
「……師匠。奥方、お元気ですか?」
ムサシの呆れ返った様子に、カイトは全てを悟る。誰もやらなかったのでは無い。指摘しても無理だったのである。まあ、小次郎相手に何か言って修正出来るのは、唯一カイトだけだ。仕方が無かった。
「おぉおぉ、そう言えば三人目が最近生まれてのう。元気じゃぞ。田吾作とでも名付けようとしたらぶっ飛ばされたわ。ださい、じゃと」
武蔵はかんらかんらと快活に笑う。あいも変わらず良い夫婦で良い事だ、とカイトも笑う。
「それはおめでとうございます。後で付け届けでも贈らさせて頂きますよ。お名前は?」
「あいっかわらずまめな奴よ……まあ、名はアニエスと名付けおったわ。神官共が何ぞ言うておったが、由来までは覚えておらん。儂はそんな物には興味は無いわ」
まめなカイトに若干呆れながらも笑いながら、武蔵は三人目の子供について言及する。ちなみに、由来を知らない、と言うのは嘘だ。彼も子供の名前の由来位は把握している。
流石のカイトも師匠二人が起居する空中都市が法則性も無く移動し続けるので居場所が掴めず、実は今まで帰還の報告が出来なかったのである。そして、武蔵達も今まで現状は語れなかったのであった。と、そんな仲良しな師弟の所に、かなり拗ねた様子の小次郎が近寄って来た。寂しくなったらしい。
「なんだよー、オレも混ぜろよー」
「しっし、女生は向こう行っておれ」
拗ねた様子の小次郎を一度顔を上げて見て、武蔵がすげなくそれを却下する。現在、男同士の会話の真っ最中であった。
「な……オレは女じゃない!」
「……ふーん」
「……カイト。いっそ胸揉んで修正食らわせてやれ。面倒じゃ」
「いや、流石に衆人環視でのセクハラはしたくないですよ」
武蔵の言葉に、カイトが小声で拒否する。幾ら何でもカイトと言えどもこんな所でセクハラまがいの事をする筈が無い。と、そうして再び小声で会話を始めた二人に、小次郎も大慌てで自分も加わろうとする。
「ちょ、おい! オレもオレも!」
「しっしっ! では、コヤツの正体に気付ければ、入れてやらんでもないがのう……」
「えー……えーっと……ライムは旅に出たままだし……あ、それ以前に女の子だったっけ……」
武蔵の言葉に小次郎が頭を捻ってカイトの正体を探る事にする。ここは御前試合で彼らは大英雄だと言うのに、なんとも子供っぽい遣り取りだった。
まあ、一応は同時出場なだけで敵では無いのだ。戦う訳にもいかないので、仕方が無い。そうして、カイトは久しぶりに師の二人とともに戯れるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第372話『御前試合』