表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/3869

第25話 夜会

 天桜学園とマクダウェル公爵との会談が終了したその夜。学園側の多くが寝静まった頃になって公爵邸のある一室に公爵家関係者の中でも、公爵家設立から関わっている面子が集まっていた。


「遂に、閣下がお帰りになられたか……。」

「はい、兄上。今までお待ちした苦労も報われます……。」


 そうつぶやくのは耳が長く、褐色の肌の優男と同じく褐色の美女であった。二人は兄妹らしい。


「ええ。和室でもお見かけしましたが、なにか、こう、少し若返っておいででしたね。」

「は?……相変わらず何を考えているんだ、あいつは……。」


 そう会話するのはメイド服の美女と体全体に妙な痣らしき模様のある青年だ。


「そういえば、お嬢もお帰りとか。懐かしいのう。」

「少しはお転婆ぶりが収まっているとよいの。」


 無理じゃな、と笑い合うのは二人の老人である。お嬢とはティナのことらしい。どうやらティナの旧臣であるらしかった。




 この場にいるのは多くが人間以外の種族であるが、数少ない人間の一人、騎士の礼服を身に纏ったアルは皇族と謁見する時並に緊張していた。それを見たアルの父は珍しくも思いながらも緊張しないようにアドバイスをだした。


「アル、今から緊張するな。これからお会いするのは我らの主にしてご先祖様の友人であらせられるお方。いつものお前であれば良い。緊張のあまり粗相のないようにな。」


 どうやら伝説の人物と会うことに緊張していると勘違いしたらしい。アルが実はすでに会っていることは、怪我で療養中の父にも内密であった。


「あ、うん。でも、ここにいる方々って、公爵家の重臣とか各種族のトップクラスの方々だよ?例えばあっちのダーク・エルフの男女って公爵家の暗部を取り仕切るマクヴェル兄妹、あっちの老人は魔族の現宰相閣下と魔法大臣閣下じゃないか。あっちは隠居した前エルフ族長……。これで緊張するなんて無理だよ……」


 改めてカイトとティナの凄さを把握するアル。他にも名のある面子ばかりであった。彼らは誰もが懐かしげに話し合っているが、少なくともアルには談笑出来る気分ではなかった。父もそれは把握しているようで、眉の根を寄せる。


「まあ、気持ちは痛いぐらいにわかる。未だにお前ら二人とリィルちゃんが何故呼ばれたかわからん。」


 確かにかつての勇者の仲間の子孫であるが、ルキウスとアル、リィルは爵位も持たず、重臣と言うわけでもない。本来ならば呼ばれることの無い筈、であった。未だ幼い所のある二番目の息子の所作に一抹の不安が無いわけではないが、主君からの命であれば謁見させなければならないのであった。


「何かお考えがあっての事なのでしょう。」


 自分の妻の宗家の使者へ挨拶を済ませたルキウスが戻ってきた。彼は事情を大凡理解しているが、父が何も知らぬ手前、そう言う事にした。


「戻ってきたか。粗相は無かったな?」

「はい。さすがにこの場に神狼族からも使者が来ているとは思いませんでしたが、万事滞り無く。逆に子供が生まれた事に対して、贈り物が出来ずに悪かった、と言われました。」


 ルキウスの妻は神狼族に属するものでは無いが、狼系の獣人の貴族の娘である。神狼族は獣人種のなかでも最高位の種族の一つであり、狼系の獣人にとっては総本家、と呼べる種族であった。そして、ルキウスの妻の実家は神狼族にも知られていた。その為、結婚式には神狼族族長から立会人と進物が送られてきていたので、使者に挨拶をしてきたのである。


「そうか……返礼はヴァイスリッター家から贈ろう。」

「助かります……使者の話ですと、本当なら族長が直々に来られるつもりだったらしいのですが、予定が合わず、と。」


 ちなみに、その族長は予定を早々に―もしくは強引に、とも言う―切り上げ、夜会が中盤になった所で参加する。


「そ、そうか。」

「聞いた話だと、魔王様も来られるおつもりだったらしいよ。」


 そう言って近づいてきたのは色白な青年であった。顔付きは何処かリィルに似ているが、此方はリィルとは異なり、運動が得意そうな印象は無かった。メガネを掛けたその顔からすると、どちらかと言うと、策士タイプの印象があった。


「ブラスか。それは本当か?」


 ブラスはリィルの父である。横には女性騎士用のドレスを身に纏ったリィルが一緒にいた。


「さっき宰相閣下から聞いたよ。まあ、急用で、泣く泣く取りやめた、って。他にも古龍(エルダードラゴン)様が来る予定らしい。」

古龍(エルダードラゴン)だと!?百年に一度歴史の表に出てくるかどうか、の方々ではないか!」


 ブラスと二人して頬を引き攣らせる。来る予定であった面子も集合する面子も、この大陸どころかこの世界の命運を自由気ままに左右できるだけの面子であった。


「うん。この夜会が非公式で助かった、って思うよ……」

「これが公式なら、皇帝陛下も来られ、皇国史に注釈付きで記述されただろうな……」


 これはアルが緊張するのも笑えんな、自身も若干緊張に身を強張らせてしまったことを自覚したエルロードであった。




 その後、浮遊大陸からティアと天族族長と次期族長候補が、中津国から仁龍―中津国にいる古龍(エルダードラゴン)―が雌狐こと四獣族族長の九尾狐、燈火と鬼族族長酒天ら族長を伴って到着した。まさか仁龍が来るとは思っていなかったクズハは驚いた様子で目を見開いていた。


「お祖父様が来られるとは思ってもいませんでした。」

「……たまには儂も出歩くわい。」


 拗ねた様子でそう言う仁龍―現在は緑の短い髪の厳つい老人の姿をとっている―に対してお付の燈火が苦笑して諫言する。


「何をおっしゃいますやら。今回も異世界の酒が出されそうだ、と踏んだから来られたのに。」


 そう燈火が突っ込めば仁龍は鼻で笑ってしらばっくれた。


「それは酒天の小僧じゃ。」

「あぁ?ジジイもこの間のニホンシュ?ってのが出るかも、ってんでここ数日珍しく起きてるじゃねぇか。」


 二人は起きるどころか数日前から用意しているのだが、そこはお互いに突っ込まない。お互いに酒好きであったので、その気持は良くわかったのだ。


「当たり前じゃ。寝過ごして飲めなんだなぞ、悔やんでも悔やみきれん。他の奴らも同じじゃろ。」

 そう言って仁龍は、二人の美女を見遣った。


 一人はロングストレートの純白の髪に、白銀の眼。透き通る様な肌、身に纏う豪奢なドレスも純白をメインとした白色が印象的な美女だ。純白の衣装を身にまとい、優雅に、そして可憐に笑う彼女は、決して汚されることのない、神姫が如くであった。彼女からは何処か、ティナに似た印象が見受けられる。

 そんな彼女は今、ワイングラスを片手に、かち割り氷の入ったグラスに注がれた琥珀色の液体を飲むもう一人の美女と、楽しげに談笑していた。

 もう一方の美女は、灼熱が如き真紅の髪、真紅の眼を持つ美女だ。此方も一応夜会ということで真紅のドレスを身に纏っているが、動きやすそうなドレスを身に纏っている。とは言え、ドレスからは優雅さが失われているわけではなく、気品を有した女帝、という感を醸し出していた。

 二人共、スタイルは非常に整っており、紛うこと無く絶世の美女。だがしかし、男達は傅くことはなく、女達は羨むこと無く、この場の誰しもが無闇矢鱈に彼女らに群がることはなく、二人に畏敬の念を持って接していた。


「妾はシャンパン、とやらが飲んでみたい。泡がシュワシュワ、とする酒らしい。前は飲み損ねたのじゃ。」

「余はもう一度スピリッツとやらが飲みたいな。カイトはまだか?」


 彼女らもまた、仁龍と同じくこの世界最強の存在の一つ、古龍(エルダードラゴン)であった。それ故、誰もが畏敬の念を持って接していたのだ。


「ティアお姉様、グライアお姉様、ようこそお越しくださいました。お兄様はもうすぐ来られますので、しばらくお待ちください。」


 ロングストレートの純白の髪を持つ、どこかティナに似た美女がティア。真紅の髪を持ち、女帝の威厳を有している美女がグライアである。


「そうか。そういえばグインとフリオの奴は来ていないらしいな。」


 グライアの発言に対して、後ろから声が上がった。


「来てる。」


 そういうのはどこか眠たげなショートカットの金髪の美女である。彼女は黄色をメインとした明るいドレスを身に纏い、眠たげに目を細めていた。少しだけ覗く瞳は、綺麗な澄んだ黄色をしていた。


「フリオはあっちで食べてる。」


 そう言って指差すのは食事が載せられたテーブルである。そこで食事していた黒髪の青年が此方に気づいたらしく、片手を挙げている。此方の青年はフリオニールだ。彼は黒髪の彫りの深い美丈夫で、理知的な雰囲気を有していた。


「幽玄の奴は、まあ仕方ないとして……これだけの短期間で全員が集まるのは初めてか?」

「いや、前にも……確か一万年ほど前に500年で集まったような……」

「む?そうだったか?」


 グライアの言葉を受け、ティアが少しだけ眉を顰めて、昔を思い出した。それを受けて、グライアも記憶を辿る。


「儂が寝とった時で、幽玄の奴が我関せずで引っ込んでおった時じゃから、全員ではないのう。最近では600年前からのカイトの呼び掛けの300年前ではなかったかの。あれは何方も全員が集まっておったはずじゃ。」

「あれの我関せずは何時ものことで、ご老体はいつも寝ているでしょうに……」


 ため息を吐いてそう言うのは、グライアである。


「600年前の時は……確か幽玄が呼びかけたから、あまりに珍しくて仁が起きた筈。来たのは分身で中津国から動かなかったけど。300年前は言わずもがな。」

「老体には動きまわるのは辛いのでな。おっと、お主ら自由にして良いぞ。」


 ふてぶてしくそう言って、仁龍はお付の面子を送り出した。いくら古龍(エルダードラゴン)の家臣といっても、これだけの古龍(エルダードラゴン)の会合に居たくなかった大部分は散っていくが、燈火―酒天は一目散に酒を漁りに行った―だけは最後まで残っていた。


「仁龍様、あまり羽目を外さぬよう。」


 彼女は釘を刺すことを忘れなかった。眼がかなり真剣味を帯びていた。もし何かあった場合、尻拭いをさせられるのは彼女なのだ。


「う、うむ。安心せい。」

「確かに、耳に致しました。では。」


 全く安心できなくはあるが、とりあえずは言質をとったので、燈火も馴染みの面子の元へと向かった。


「相変わらずお祖父様は燈火様には頭が上がりませんね。」


 コロコロと笑ってそう茶化すクズハに仁龍は何処か残念そうに過日を思い出す。


「む、むぅ……振り回されているだけであった小娘が今では……。」


 燈火は幼い日から神龍を知っているため、その手綱を完全に握っていたのであった。


「どこで間違ったのじゃろうなぁ……。」


 昔はあんなにかわいかったのに、自分の行いが全ての元凶あるが、仁龍は自分の行いを省みず、遠い目をするのであった。




 そんな楽しそうな古龍一同を遠目に見ていたアルら5人は引き攣った顔をしていた。


「さすが奥様……。全く緊張していない……」

「あそこ一帯だけとんでもない魔力が渦巻いていますね……」

「この世界最強の存在か。絶対に戦いたくないな……」

「周りの族長方の多くも小国の一個軍団に匹敵するのにそれさえも気圧されている……」

「ははは、皆、絶対にご無礼の無いようにね……」


 全員、揃いも揃って苦笑するしか無いのであった。周囲も同じようなものである。そうして一同が勢揃いした所で部屋の扉が開き、遂に主が帰還した。


「全員、待たせたな。」


 公爵と魔王としての衣装を纏い、大人状態となっているカイトとティナが堂々たる威風で入ってきたのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。


 2016年6月2日

・誤字修正

『思っては見ませんでした』となっていたのを『思ってもいませんでした』に修正しました。


 2018年1月25日 追記

・誤字修正

 『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 結局、古龍が集まったのはいつのことですか?
2024/04/19 16:15 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ