第362話 代理メイド ――ヘンゼル――
投稿後に2つに分ければよかったかな、と思ったんですが、そのままにしました。というわけで、何時もより3割程長いです。ご了承ください。
「全員。くれぐれも、失礼の無い様に」
桜田校長が、謁見に臨む全員に対して告げる。時刻はまだ9時を回った所。天候は雲一つ無い晴天。本来ならば絶好の外出日よりだが、カイト達冒険部の上層部と、冒険部以外の生徒会役員を含む複数の生徒達、桜田校長や幾人かの教員達は、エンテシア皇国皇帝との謁見に臨むべく、最後の打ち合わせに臨んでいた。
「残念ながら、クズハさん達との調整は出来ませんでしたが……」
皇都に着いてからの数日間。カイトでさえ密かに潜り込んだステラを介して幾度か遣り取りは取れたものの、クズハやアウラ達との連絡は取れなかった。カイトでさえそうなのだから、天桜学園側が連絡が取り合えなくても可怪しくはなかった。
「あまり強すぎるのも考えものじゃの」
「言うなよ」
会議の最中、苦笑したティナが、カイトに小声で話しかけた。元々、ここまで連絡が取り合えないのは、ティナが強固な結界を張り巡らせたからだ。まさか、それが自分達の首を締める結果となるとは、露とも思わなかった。
というのも、300年前にこの皇城は魔族の軍勢の襲撃に遭い、ほぼ壊滅している。となると、当然だが復興にはカイト達300年前の英雄達も関わる事になり、その時にティナもまた、この城に元々存在していた様々な術式の復旧に力を貸していた。流石に戦火に焼かれて、なのでティナはウィルに請われてその当時最強クラスの防備を備えさせたわけなのだが、それがやり過ぎだったわけである。今のカイトやティナなら破る事も容易だが、今のクズハ達にそれは難しかったのだ。
「にしても……どう出るべきかのう……」
「さて、どうしたもんかな……」
桜田校長達の会議の影に隠れて、二人は目下の課題である皇帝との謁見についてを考える。当たり前だが二人は相手が想定を上回りすでに確定させているとは思ってもおらず、どのように隠蔽を行うか、という無駄な努力を行っていたのであった。
まあ、その前提で話を進めれば、エンテシア皇族特有の特殊能力からあまり皇族の前には出たく無い、というのがカイトの本音だ。ウィルの様に集中しなければ無理ならば良しだが、祖先帰りでぱっと見るだけでわかる、というなら、カイトはできれば皇帝レオンハルトとの手合わせはしたくない所だった。
おまけに悪いのが、この皇族の特殊能力については皇国最大の秘密の1つとなっている為、さすがのカイト達マクダウェル公爵家でも現在の皇族がどの程度の力を持っているのか、という情報の入手が不可能であった事だ。
初代皇王イクスフォスの力というのは、かつての叛逆大戦においては勝利の鍵の一つなのだ。軍事上の理由から、誰がどんな力を持っているのか、というのは厳重に秘匿されていたのである。
「後は……最大の問題はハイゼンベルクの爺か……まあ、あの爺はどう出るかわかんねぇんだよな……」
「気付いておるじゃろうが……さて、どう出るかのう。皇国の賢人の一人。革命家ジェイク……余のひとつ上の世代じゃが……それ故、二つの大戦を唯一現役で生き延びておる。最も余らの軍事上の重要性はわかっておるのじゃろうが……さて……」
二人はもはや運に任せるだけの皇族から、唯一現役となるハイゼンベルグ公ジェイクに頭を悩ませる事にする。
今のところ、カイトと――良い意味も悪い意味も含め――付き合いが深く、300年前から未だに第一線で活動しているのは、龍族であるハイゼンベルグ公爵だけだ。他に関しては既に死去しているか、後代に跡目を譲り、隠居していた。
「何か聞いてないのか? 昔馴染みだろ?」
「ふむ。そもそも、あの老獪に余が帰還を報せる筈があるまい」
件のハイゼンベルク公とティナは彼女が魔王時代からの知り合いだが、仲が良い、という訳ではない。そもそも、カイトとは政敵に近い間柄だ。とは言え、向こうはカイトを弄んで遊んでいる様な感じだしカイトの後見人だったり、と仲が悪いわけではない。
まあ、それでもバレていて碌な事にならない事だけは、確実だった。すでにハイゼンベルグ公ジェイクはカイトの帰還を確信している上、更にはカイトを使って計略を練っているのだ。碌な事にならない、という予想は正しかった。
「それもそうか……」
「お主こそ、何か掴んでおらんのか?」
「いや、何も。そもそも、最近めっきり老けこんでた、と聞いた程度だ……が、んなもん信じるかよ。最近のハイゼンベルグ家の動きは爺の考えでしかねーよ。しかも、オレが居る前提だろうぜ、あの動き」
「じゃろうなぁ……何処から掴んだのやら……」
二人は同時に、自らを確信しているとしか思えない最古参の公爵にため息を吐いた。ここで援助を申し込んでくれたりするのなら、まだ良い。
だが彼の場合、カイトの帰還を把握したうえで、援助せずにそれを利用するのだ。ため息を出したくなるのも無理はなかった。と、そんなため息を吐いた二人に対して、教師から注意が飛んだ。
「おい、二人共。聞いているのか?」
「あ、はい」
「特に天音は頼むぞ」
二人の事情を知っている桜田校長や担任の雨宮ではなく、別の教師が話し合っていた二人に対して注意する。特にカイトは謁見の更に後、手合わせの際に皇帝と直に話す機会が有るかもしれないので、何か無礼があってはいけないと会議の方に意識を向けて貰いたかったのだろう。
ちなみに、桜田校長と担任の雨宮は、カイトがこの程度で緊張しないと思っているので、別段会議には居てもらう、もしくはアイデアを出してもらう程度にしか思っていなかった為、見逃していたのだった。
とは言え、その注意が出た時点で、殆どの議題は終わっていたらしい。それからしばらくして、会議は全て終了し、桜田校長が口を開いた。
「では、以上だが、何か質問はあるかね?」
桜田校長が全ての打ち合わせを終え、全員に問い掛ける。それに手が挙がる事は無く、会議は終了したのだった。
「嫌そうだな」
「まあ、な」
会議終了後、カイトが椿を先に部屋に戻らせた所で、苦笑した瞬に話し掛けられた。どうやら嫌です、というのが顔に出ていたらしい。
椿を先に帰らせたのは、カイトの謁見の服等の用意をさせるためだ。当たり前だが皇帝との謁見だ。服装は完璧に整えておきたかったのである。
「さすがのお前も皇帝陛下との謁見は緊張するのか?」
「まさか」
「ほう……言い切るな」
自身の問いかけに苦笑して肩を竦めたカイトに、瞬が笑う。やはり慣れというか肝っ玉の差なのか、と思ったのだ。が、そういうわけでは無かった。
「まあ、公爵を10年もやってると、王族だの皇族だのと会う機会はあるからな。今更皇帝と会った所で緊張なんてするか。それに……」
「それに?」
苦笑するカイトに、瞬が首を傾げる。そんな彼に、カイトが苦笑を深めた。
「人の王如きに緊張すると、煩い奴らがいるからな」
「は?」
カイトのあまりに卑下した言い方に、瞬が呆気に取られる。どう考えても、王に仕える家臣の態度では無かった。が、これは彼の友人達を考えれば、簡単に理解出来た事だった。
「特にシルフィがな。煩い。何か可怪しい、ってな」
「そういうわけじゃないんだけどねー」
カイトの言葉に、風と共にシルフィが勝手に出てくる。カイトには300年前の時点で皇城でも出て良いと許可を貰っていたので、勝手に出てきたのである。
「まあ、僕らだって一応は大精霊と呼ばれる存在だからね。抑えない限り、自分達が普通どんな反応をされるかは理解してるよ。それを一切気にしない子に、自分達以下の威厳の人と会うのに緊張されても、ちょっと微妙な気になるだけだよ」
シルフィがぷかぷかと浮かびながら、笑いながら瞬に事情を告げる。当人たち曰く、ちょっとした嫉妬に近い感情らしい。
大精霊達を含めた精霊たちは『人』という存在に対して見下しこそ無いが、やはり存在の格として、一歩劣っているとは思っている。そして、これは事実であった。
『人』は一歩どころか、大精霊達に比べて何歩も劣っている。大精霊達はどの様な状況でも力を与える側であって、それに対して『人』は王であっても力を受け取る側なのだ。
そんな精霊達に一切の遠慮無く対等として関わる事が出来る者が、王という肩書だけの存在に対して畏怖されると、少しだけむっとする、との事であった。
肩書も存在も上な自分達は、肩書だけの者より下の扱いなのか、という事だろう。そんな事をシルフィと二人で語ってから、カイトは苦笑する。
「一応、オレもヒトなんだがな。しかも、一般市民だ」
「今は公爵でしょ?」
「まあな。まあ、元一般市民のオレとしては、やっぱ皇帝陛下と会うとなると、緊張するのが普通だと思うんだがな」
「さぁ? 僕らは人間じゃ無いからね。そこの所はわからないよ」
カイトの苦笑した言葉に、シルフィがどこか呆れ気味に告げる。ここらは、大精霊と人という種族の差だった。
彼女らは皇帝であれ一端の兵士であれ、等しくヒトの子としか見ない。それ故、力の無い皇帝だろうと強力な武芸者だろうと資格さえ有していれば別け隔てなく会うし、力も授ける。
逆に、資格を有していなければ、人徳ある王だろうと高名な学者だろうと、会うことは無いし、力を与える事も有り得ないのである。それは例外としてカイトからの依頼を除けば、絶対だった。
「まあ、というわけでな。こいつらが居るのに、緊張も何もあったもんじゃあない、と思い続けたら自然と緊張しなくなった」
そうしてどこかどうでも良さげなシルフィに苦笑しつつも、カイトが更に続ける。カイトとしても、よくよく考えればそうだ、と思ったらしい。
誰もが、それこそ高名な王達でさえ頭を下げる存在と友人として気兼ねない付き合いがあるのだ。そんな彼女らに緊張しない自分が、王如きで緊張する必要は無い、と思っていたら、自然と緊張しなくなったのである。全ては、慣れと心構え一つなのだろう。
「まあ、道理と言えば、道理か」
そんなカイトの言葉に、瞬も確かに、と思う。以前見た、彼女らの本気の一端は自分では抗えきれない事が嫌でも理解出来た。それに緊張しないのだ。王様如きで緊張するという方が可怪しいだろう。そうして疑問に片がついた所で、カイトがシルフィに問いかけた。
「で、そろそろ聞こうか?」
「うん、いいよ」
「何故にメイド服?」
「あ、可愛い?」
カイトの問いかけによくぞ聞いてくれました、とばかりにシルフィアがくるり、と回転して、ひらひら、とスカートがめくれ上がる。スカートの中はレギンスであった。元気系メイド、と言った所か。
「可愛い……が、何故メイド服?」
カイトはシルフィの問いかけを、何ら憚ることなく明言する。シルフィは美少女だ。それは間違い無い。それ故、メイド服も問題なく似合う。それこそ、周囲の視線を釘付けにするぐらいには似合っていた。新たな美少女の出現に、カイトに突き刺さる視線が痛かった。それに笑いながら、シルフィがあっけらかんと答えを告げた。
「可愛いから」
「意味は無いわけか……」
「うん」
ケタケタと笑いながら、シルフィはあっけらかんとカイトの言葉を認める。彼女らに何を言っても無駄なので、カイトもいまさら注意するつもりは無かった。
「あ、あの!」
と、そこに声が掛けられる。声からすると、女の子であった。後ろを振り向いたカイトだが、やはり、声の主と思しき人物は、小柄な少女であった。
「ああ、なんだ?」
「あの、シアさ……んから本日付で貴方様の付き人の代理を言いつかりました、ヘンゼルでしゅ! よろしうお願いします! ヘンゼルって呼んでくだしゃい!」
ヘンゼル、と名乗った少女は、ペコリ、と勢い良くお辞儀をする。そして何かが落ちる音がした。
「……」
4人の間に流れる、気まずい沈黙。落ちたのは、短剣だ。それも、護身用や護衛用の殺傷能力が低い短剣ではなく、暗殺用の、殺傷能力が高い短剣だ。それがスカートの内側から落下したのである。
まあ、簡単に言って、カイトの下に配置された監視役である事をつぶさに示す動かぬ証拠であった。どうやらベルトの留め具が甘かったらしく、鞘ごと落下したのである。誰からも理解出来るぐらいにあり得ない凡ミスだった。
「……うっぐ」
「カイト! 任せた! こういうの、俺は苦手なんだ!」
「どうしろと? オレにどうしろと?」
段々と涙目になっていくヘンゼルに対し、瞬とカイトが大慌てで周囲を見回す。助け舟は無かった。それどころか、女性陣の白い目が痛かった。
ちなみに、短剣はカイトが即座に回収した為、シルフィと瞬以外には見られなかった。いや、まあ、この少女にとってはそもそもカイトに見られている時点でまずいのだろうし、カイトが回収した事もそれに拍車を掛けていた。
「い、いや、まず落ち着いてくれ。大丈夫だ。見られてないから、な?」
「あ、ああ! そうだ、直ぐに短剣はカイトが隠したからな!」
カイトは努めて冷静に落ち着かせる様に誰も見ていない、と告げてたわけなのだが、その後にフォローに入った瞬の一言がいけなかった。彼は大声でしかも失敗を指摘してしまったのだ。
ここらは、人生経験の差だろう。その大声での指摘を受けて、更に周囲の視線が彼らに集まる。そうして、ついにヘンゼルが泣き出した。
「うぇーん!」
「おい、脳筋バカ! 分からないと言いつつ要らない事言うな!」
「フォローしようとしただけだ!」
流石に要らない一言に対して、カイトが瞬を痛罵する。わからないなら黙っていれば良い物を、と思うが、流石に瞬では人生経験が足りない。混乱していた所為で思わず、だったらしい。
そうしてついに泣きだした少女に対し、カイトは如何ともし難い。そもそも、自分のミスで泣いているのだ。この少女を詳しく知らぬカイトと瞬には、これ以上の慰め方が無かった。が、幸いな事に、救いの手は快音と共に差し伸べられた。
「はい、ストップ」
そこで、バシン、という音がする。ヘンゼルの後ろにはシアがハリセンを構えて立っていた。尚、彼女は始めは出るつもりが無かったらしいのだが、ヘンゼルのミスに出ざるをえなくなった、と後に語っていた。
「ふぇ? レイシアざま! ごべんなざい!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃとなりながら、少女はシアに謝罪する。そして響く、バシン、と言う音。もう一度シアがヘンゼルの頭をハリセンで叩いたのだ。
「ぷぎゃ! あの……私何かやっちゃいました……?」
「……はぁ。別にいいわよ。貴方もそれでいいわね?」
シアはこの場にいるもう一人のメイド――シルフィ――に問い掛ける。皇城に勤めるほぼ全てのメイドを把握しているシアは彼女の存在は訝しんでいるものの、そんな場合で無いぐらいは把握していた。
新入りで居たのか、と問いかけたかった所だが、先にヘンゼルが要らないことを口走る前に、押さえないといけなかったのだ。
「え? あ、うん」
「そ、ありがと。で、貴方、私の部下じゃ無いわよね? 何こんな所でサボってるの?」
「あ、うん。直ぐ仕事に戻るよ」
「なら、早くしなさい」
「でも、その前にこの娘を……」
「私に任せなさい。貴方はさっさと仕事に戻る!」
「はーい!」
シルフィは若干後ろ髪引かれながらも、シアの正体を知っているので、仕方がなくその場を後にする。さすがのシルフィも泣いている女の子を放っておいてこの場を去る事は心苦しかったらしい。
とは言え、皇女であり皇城全てのメイド達の取りまとめ役に近いシアからそう命ぜられては、正体がバレる前に立ち去るしか無かった。
尚、シルフィは一度去ったが、誰も居なくなった所で、またカイトの精神世界に戻るらしい。彼女らとの念話はカイトがティナ達と行う念話とは別次元なので、何ら問題なく会話できる。
「さて、ヘンゼル。この男は大丈夫よ。それぐらい、貴方も知っているでしょう?」
シアの言葉に、カイトも瞬も無言でコクコクと何度も頷く。瞬は先程のカイトの指摘を受けて、ここで何かを言うよりも大きく頷いた方が得だ、と思ったのだ。
「ホント……です?」
漸く泣き止み始めたが、自分達より年下の涙目の少女に上目遣いで問い掛けられ、二人は即座に肯定する。
「あ、ああ。なあ、カイト。別にこれぐらいの失敗は誰でも有るよな?」
「そうそう。誰でもある。気にする事無いって」
「ね?」
「ありがどうございまず!」
今度は花が咲いた様な笑みを浮かべるヘンゼルに、カイトと瞬の二人はほっ、と一安心だった。二人共、無垢な少女の涙に無心でいられるほど、鬼畜な精神は持ち合わせていなかった。
「で、この娘が貴方の謁見の際のお付きよ。それ以外にも、皇都では度々この娘に任せるわ」
「ああ、うん」
シアの事情は理解しているものの、カイトは顔にヘンゼルで大丈夫なのか、と言う思いが全面に出ていたのだろう。シアが一歩カイトに近づいて、小声で語った。
「メイドとしての腕はポンコツ以下よ」
「は?」
自分の部下とは言え、あまりにあんまりな評価に――若干気付いているとはいえ――カイトも呆気にとられた。が、その続いた一言に、カイトが柔和な眼差しを戦士のそれに変える。
「ただし、短剣の腕は多分、皇城で最高よ」
そして、続く言葉に、カイトの雰囲気が一気に変わる。今までのドジっ娘メイドを見る目から、敵の戦士を観察する戦士のそれへと変貌を遂げたのだ。
「……ほう」
「……あの……私、また何かやっちゃいましたか?」
此方を見つめるカイトへと、ヘンゼルは不安げに問い掛ける。それを無視して、よくよく彼女の動きを見れば、気づける事があった。それは動きだった。
彼女の動きの根本は、暗殺者のそれだ。メイドとして在ろうとするがあまり、それが彼女のミスにつながっていたのだ。
「皇国暗殺部隊が使う短剣術が基礎か……」
「へぇ……良く知ってるわね。いいえ、分かるわね」
フフ、と小さく笑みを浮かべるシアの言葉に、カイトがしまった、という顔をしてしまう。ヘンゼルをドジっ娘として見てしまっていた為、意外感から、つい口に出してしまったのだ。ヘンゼルの力量を褒めた物でもあったのだが、この場合、失言であった。
尚、ヘンゼルの短剣使いとしての力量は、シアの言葉通り、紛うこと無く上級以上の力量があると見受けられた。少しの動作からそれが分かるカイトもカイトだが、これを狙って仕向けたシアもシアだ。
ちなみに、ヘンゼルはカイトが呟いた通り、皇国暗殺部隊が使う短剣術に加え、他大陸の短剣術がミックスされた暗殺・要人警護に特化した動きであった。恐らく、彼女の適正を見抜いた皇国が、他大陸にまで修行に出したのだろう。
こと戦闘ならば、確かに<<皇室守護隊>>足り得るだけの実力、いや、頭幾つか飛び出した突出した実力を持っていそうだった。
確かに、この凡ミスを除けば、いや、凡ミスも油断させるアクセントとして見なせば、彼女ほどカイトの側に置いておくに相応しい人物も居なかった。少なくとも、万が一に邪魔にはならない。
そしてこれは同時に皇帝レオンハルトやシア側の事情を知らなければ、実力者であるカイトに対する牽制とも見做せる。様々な考えから、ヘンゼルはシアの代理として適任だった。
「ちなみに、何処かしら?」
カイトの顔付きに、シアは即座に薄い笑みを引っ込め、いつものポーカーフェイスの中に、鋭く光る物を忍ばせ、カイトに問い掛ける。その眼には、如何な嘘も見抜く、という意思が込められていた。
「……」
しかし、カイトは何も答えない。油断ならないことは初めから把握していた事であるが、カイトは尚更その思いを強める。カイトはこの問い掛けの答えをヴァルタード帝国宮廷侍女部隊と読んだが、これが事実であった場合、シアは1つの答えを導き出す事が出来る。
それは、カイトは他大陸にも行ったことがあり、尚且つ、ヴァルタード帝国の宮廷に入った事がある、ということだ。
この情報は、あまりに大きすぎる。エンテシア皇国に拠点をおきながら、他大陸の王宮に入れた冒険者は数少ない。カイトが経歴を偽っている事はまず、特定されるだろう。冒険者ユニオンとて確たる証拠と共にカイトの経歴の提出を要求されれば、提出せざるを得ない。そしてそうなれば、支部から本部にカイトの情報が流出して、其処から全世界的に流出する事になるだろう。
それは、今後を考えれば非常にまずかった。今はまだ、正体が公になるには早いのだ。ならば何も答え無いのが、正解だ。そうすれば、わからないから悩んでいる、という言い訳が出来るからだ。
カイトが答えない理由も簡単だ。カイトは少しの体捌きからヘンゼルの基礎を見て取って、確信を持って別流派が混じっていると呟いた。そうである以上、もう一つの答えを適当に答えることは、答えを知っているのに、はぐらかした事になるからだ。
「どうかしたかしら?」
「いや、すまん。見たことがないから、少し考えていたんだ。混ざっている事までは、理解できたんだが……」
「そう? 明らかに知っているみたいだったのだけど」
「そうか? そう見えただけだろう? 実際、皇国の暗殺者のやり方は一度公爵家の隊員から見せてもらった事があったからな。それが基礎だと分かっただけだ」
アルカイック・スマイルを浮かべ合い、二人は言葉のナイフを交わし合う。だが、それもここまでだったらしい。シアはアルカイック・スマイルをやめて、肩を竦める。この切り口からは無駄だ、と思ったらしい。
「……そ、ならいいわ。あの娘はヴァルタード帝国で少し短剣を習ったのよ。それが混じっているわけ」
「……おいおい、他大陸の流派なんて、知るわけがないだろ」
「それもそうね。じゃ、私はあの娘とちょっと仕事の話をしてくるから、先に帰っていて頂戴な」
「はいはい」
二人はそれでお終い、と距離を取る。そうして、二人は背を向けて、同時に薄く笑みを浮かべる。カイトはこの少女を本当に気に入ったが故の、シアはカイトを気に入ったが故の、笑みであった。この一瞬の油断が命取りになる遣り取りは、二人にとって良い遣り取りだったらしい。
「何を話していたんだ?」
「いや、何。ちょっと他愛無い話だ」
その割には獰猛な笑みが浮かんでいるが、と瞬は思ったが、カイトの笑みが一切の問い掛けを拒んでいた為、問い掛ける事は出来なかった。そうして、二人は謁見前の最後の身だしなみを整えるため、各々の部屋へと戻るのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第363話『謁見』
2016年2月27日
・誤記修正
『告げて自分たわけなのだが』となっていた部分から、『自分』を削除しました。