第361話 謁見前日
カイト達が皇都へと着いた翌日朝。割り当てられた迎賓館の食堂の一番目立つ所に、御前試合参加の張り紙が貼り付けられていた。どう見ても参加しろ、と言わんばかりだった。
「出る気無いな……」
朝食を食べに来ていたカイトもそれに気づくが、興味なさ気に呟いた。
「あら、出ないの? 武名を轟かせる良いチャンスじゃない」
「メンドクセ」
シアの問い掛けにボリボリと脇腹を掻きながら、カイトは食堂へと入室する。まだ眠そうである。まあ、実際まだ眠いのだが。
「お前らしいと言えば、らしいか」
そんなカイトに対し、瞬が声を掛けた。彼は前言の通り、参加するつもりである。朝食はビュッフェスタイルらしく、彼は手にお盆を持っていた。
「俺はどこまでやれるか試すだけだ」
「なら、気をつけた方がいいぞ」
瞬の実力を試したくてうずうずしている様な言葉に、カイトはまぶたを擦りながら、張り紙に書かれた一文を示す。
ちなみに、瞬が疼いているのは、仕方が無い。彼が旅行中からカイトの下で開発していた新技が、ついこの間ようやく実用に耐え得るだけの状態にまで至ったのだ。それを試したくてうずうずしていたのである。
「皇帝陛下が招いた武芸者も参戦……? 何か知っているのか?」
「それがわかれば、苦労はしないんだけどな」
カイトはちらっ、とシアを伺う。当たり前ではあるが、カイトは自らの正体を知られていると思っていない。それ故、シアの前でクズハ達との連絡を取ろうとは思わない。もろバレだ。
クズハ達ならば何か掴んでいるかも、とも思うが、現在のカイトはクズハ達との連絡手段を殆ど失っている状態である。確かに今回の皇都訪問ではステラも来ているし、その気になれば余裕でカイトの下にまで参上できるが、こんな下らない事で揉め事の要因を作りたくなかった。
「それについては、有名ゲスト、としか知らされていないわ」
「まあ、そうだろうな」
カイトの視線を受けて、シアが肩を竦める。それに、カイトも肩を竦めた。当たり前だが、シアは誰が来ているか知っている。だからこそ、昨日の段階で父である皇帝レオンハルトの言葉にため息を吐いたのだ。
まあ、そうでなくても皇帝が直々に用意した特別枠なのに、それを客人に教える無粋はしないだろう。カイトとしても皇国で最強と言われる皇帝が直々に参加を依頼したのだから、かなりの武芸者であると予想している。その為、観戦する立場から、少しだけ期待があった。
「まあ、多分かなりの腕前なんだろう。出るなら、気をつけてな。一瞬でKO、とかかっこ悪いぞ」
「せいぜい、一矢報いてやるさ。新技もようやく完成したからな」
「はは……まあ、頑張れ、としか」
血気盛んなのは若いからなのか何なのかは分からないが、取り敢えずやる気に満ち溢れた瞬に、カイトは苦笑を送るしかない。そんなカイトに瞬もどうやら少し逸りすぎたか、と少しだけ、照れを見せた。
「少し落ち着いた方が良いな、すまん……と言うか、この御前試合、ソロでも出れるのか?」
「みたいだな。タッグでのバトルロワイヤル、とか言うから、てっきり二人限定だと思っていたが……」
「当たり前でしょ。タッグ、と銘打っても所詮はバトルロワイヤル。勝てば良いのよ。一人でも勝てる奴は勝てるし、二人でも勝てない奴は勝てない。最後まで立っていた奴が勝者よ」
二人の意外そうな言葉に、シアが道理を説く。確かに、結局はバトル・ロワイアルだ。全員が敵とも見做せるし、全員が利用出来る味方とも見做せるのだ。
それに、タッグだからと行っても乱戦である以上、常に味方と一緒に行動出来るとは限らない。それどころか、仲間に気を取られて油断が生まれる可能性もある。自分の腕に自信があるのなら、別に一人で出ても問題ないだろう。
「道理だな……ふぁー……まあ、取り敢えず。最近の皇国には結構な数の腕利きの冒険者が集まり始めているのは事実だろうさ。結構苦戦する筈だから、スタミナ配分には気をつけろよ」
「そうなのか?」
「大陸間会議がちょっと先にあるからな。その関係で貴族たちから警護の依頼を受けたい冒険者が集まり始めてるんだよ。今回の御前試合は皇国貴族達に良いアピールの場だろうよ」
瞬の問いかけに、カイトは大凡の推測を告げる。カイト達はまだ皇都の迎賓館から外に出ていないので、これは完全に彼独自の推測だった。そして、それは正解だったらしい。シアが頷いて、その言葉を認めた。
「あら、よく知ってるわね」
「会議の護衛に地元の支部長からお声が掛かったからな……そうなりゃ、会議を調べて置く。それから、大体の予想は出来る」
「あら……いえ、そうでしょうね。なら、尚更出てもいいんじゃない?」
カイトが示した実力であれば、向こう側から依頼があっても可怪しくはないレベルであった。とは言え、それでもそれを周知出来る機会があるのなら、活かすのは悪い話ではない。それ故のシアの言葉に、カイトは胡乱げに答えた。
「さて、別に出る必要は感じないな」
と言うより、カイトは出たくない、が基本である。御前試合ともなると、皇族の多くが見る可能性は考えられる。彼らの前に立ち、戦闘を行えば自身の正体に感付かれる可能性は十分にあった。出たいはずが無い。
それに、シアは少し残念そうだった。シア達としても恥を晒さずにカイトに出場してもらえるのなら、何ら問題が無いからだ。
「そ、残念ね。少し楽しみだったのだけど」
「ご期待に沿えず、申し訳ない」
「まあ、それは陛下にでも言いなさい」
カイトの言葉に、シアが笑いながら告げる。別に御前試合だからと言っても、彼女が主催しているわけではない。まあ、そう言ってもカイトの言葉は客人に対しての物だ。それはシアも理解していた。なのでカイトもそれに苦笑して頷くだけだったのだが、そこで、シアが少しだけ促す様に、口を開いた。
「後……そろそろ良いかしら」
「なんだ?」
「貴方達、邪魔よ」
シアの指摘にカイト達が周囲を見渡す。実はポスターの前で話し込んでいる為、かなり邪魔なのだが、二人は気付いていなかったのだ。
「……あ、あはは。移動しよう。確かに、これじゃあオレ達で見えないな」
ポスターのど真ん前を占領していた事に気付いた二人は、少し恥ずかしげに移動を始める。そうして移動をして、朝食を調達した所で、瞬が再び口を開いた。
「と言うか、思ったんだが……お前の専属。何か偉そうじゃないか?」
「言わないでくれ……」
客人に対してあけすけと物を言うシアをちら見して、瞬がカイトに問いかける。昨日から誰もが思っていた事なのだが、誰もが問い掛けれないでいたのである。
ちなみに、今この場にはカイトの専属のシアと椿、瞬の専属の従者の女の子が居る。が、後ろは二人共物静かで、会話に参加することが無かった。
「あら、私に従者として振る舞って欲しいなら、それなりに主たる器を見せて欲しい物ね」
瞬の言葉とカイトの苦笑に、シアが座りながら告げる。まあ、そう言う彼女だが服装はメイドだ。と言うか、本来はメイドでさえない。まあ、なのにメイド姿が板についているのにも、メイドとして仕事が出来るのにも、理由があったのだが。
まあそれに確かに、カイトは今のところ、何ら主らしい所を見せていない。彼女の言うとおり、主としては何も示せていないのである。道理ではあったのだが、それと共に、一つの道理をカイトが指摘する。
「いや、でも客人をもてなせ、と命令されてないのか?」
「あら、貴方は客なら誰でも遜るの? 貴方は陛下の客人とは言え、私の客人では無いわ。私は陛下より、貴方の世話を命ぜられただけ。それ以外はサービスよ、サービス」
「いや、まあ、そうなんだろうが……」
シアの返答も確かに、道理ではある。何か、釈然としない。確かに、シアが仰せつかった業務は、カイトのお世話であって奉仕では無いだろう。が、そのお世話については事実上、カイトの世話は椿が全て行っている。これについては椿の懇願で、全てを一手に引き受けた。
シアの方には仕事に拘りがあるわけではないらしく、楽になると椿にカイトの世話を一任した。彼女がやっていることと言えば、カイトと他愛ない世間話ぐらいである。
まあ、これも確かに客人の暇潰しに付き合うのも世話の一つではあるが、仕事か、と言われれば微妙なのでサービスといえばサービスだろう。と、そんな事を考えていると、シアが口を開いた。
「客人の暇を潰すのも私達の務めよ。一応そっちはお仕事に含めるわ」
「思考を読んだ!?」
世間話ぐらいしかしてないよな、と思っていたカイトであるが、まさか思考を読まれるとは思っていなかった。そんなカイトに、シアが極上の微笑みを浮かべた。
「あら、やっぱり」
クスクスと笑うシア。どうやら彼女はカマをかけたようだ。そうして、ごきげんなシアが、一同に告げる。
「さて、朝ごはんを食べて、今日から活動よ」
「なんでお前が仕切る……」
「客人の予定の把握は、私達の仕事よ? こっちは完全にお仕事。時間を浪費されると、貴族達も困るわ」
シアの言葉に、カイトはため息混じりではあるが、同意する。そうして、少し急ぎ足に朝食を食べ始めるのだった。
謁見前夜。カイト達は急に訪れた――と言っても、アポイントはあった――貴族たちと急遽面会を行っていた。謁見前日となり、貴族たちがちらほらと謁見前にカイト達を見定めようと先走ったのである。
「いやいや、それはまた。意外なお話ですな」
「あはは、はい。意外と大精霊様は気さくな方でした」
持ってきていた礼服に身を包んだソラが、慣れない外向きの笑みを浮かべながら、貴族達に頼まれた冒険譚を語る。語ったのは、シルフィとの出会いの事だ。どうやら何処からか情報を入手したらしい貴族が、ソラに問いかけたらしい。
「さて、と」
そんなソラを見て、カイトは安心して一息ついて、一帯から離れて外へと脱出する。目当てが自身であることぐらい、否が応でも理解している。
それにそもそも、カイト自身も貴族の一員だ。自身が利益となっていることぐらい、簡単に理解できた。それ故、カイトにはソラ以上に貴族たちの猛攻が掛けられていたのである。
「ちっ、メンドクセな、おい」
外に出て、誰も居ない――椿は一緒だが――事を確認すると、カイトは悪態をついた。まだ今日は良かった。今日はクズハ達が手を回した事により、自分達マクダウェル公爵家に肯定的な貴族たちであったので、比較的友好的に話が進められたのである。
しかし、明日以降は異なる。恐らく、術中権謀渦巻く多種多様な貴族たちを相手にしないといけないだろう。その為、カイトは前日の会合を認めたのだ。
カイトが謁見前日である今日まで会談をねじ込んだのは、慣れているであろう桜田校長や教師陣には皇国貴族と直に接してもらうための、ソラ達へは今後始まる貴族たちとの謁見の予行練習をさせる為だった。場数の無い生徒や教師達だ。付け焼き刃でも、場数が欲しかったのである。
「その割には、慣れている、っていう顔ね。逃げを打つにしても、手慣れた様子だったわ」
どこか疲れた様子のカイトへと、何処からとも無くシア近づいてきた。彼女は椿にカイトの世話を任せると、そそくさと何処かへ行ってしまったのである。
まあ、カイトにしても定時連絡だろう、と予想出来ていたし、暗にシアからもそう言われていたので、特に疑問は無かった。が、それでも一応は問い掛けるのが礼儀か、とカイトが苦笑して、口を開いた。
「何処行ってたんだ?」
「わかってるでしょう? それに、問題も無いでしょう?」
カイトの言葉に、シアが苦笑と共に告げる。カイトの給仕には椿が居るし、基本的に彼女がカイトの世話をする。別にシアが居なくても、確かに問題はなかった。
と言うより、仕事を取ると椿が不満になる。確かにそれを表に出す事は無いのだが、カイトには微妙な差が理解出来るのだ。
「まあ、確かにな」
「椿も、ありがと」
「いえ、これが私の役目ですから」
シアから礼を言われた椿だが、それに首を振る。本来ならば職務怠慢だ、とか文句を言っても良いのだが、椿は椿でシアが己の領域を侵すことが無いと理解していたので、ご機嫌であった。
「明日の謁見には代わりの娘を寄越すわ。居ないと煩型が煩いものね」
「たしかに。嫌になるな。どうせなら、可愛い女の子寄越せ」
「可愛い子を送るわ」
カイトの言葉に、シアが笑いながら告げる。まあ、すでに誰が来るかは決まっており、そのヘンゼルは見た目であれば十分に美少女だ。そこの所は明言出来た。
ちなみに、シアが代理を送るのは当然で、明日には謁見があり、その時に監視役のメイドが居なければお互いに有らぬ疑いを掛けられかねない。当たり前だが、貴族たちが一人一人に付いている従者たちが監視役である事がわからぬ筈は無いのである。
椿をそうだ、と言い張る事も出来るだろうが、それでも後々の厄介につながりかねない。ちなみに、そういうわけなので、椿はカイトの部屋でお留守番だった。
「さて……で、これからはお前も来るのか?」
仕事が終わったのなら、別にカイトと一緒にいても問題は無いだろう。というわけでの問いかけであったのだが、シアが首を振る。
「さすがに疲れたから、部屋で休ませてもらうわ」
「お好きにどうぞ」
ちなみに、苦笑して呆れた素振りを見せるカイトはこの意見をそのままの意味とは受け取っていない。裏に潜む意図は既に理解していた。お互い、信頼はするが信用すべき相手ではないのだ。シアはカイトの部屋がどう改変されているか精査する為、単独行動を選んだのである。とは言え、好きにしろ、と言われてはシアも少し不満だった。
「あら、来て欲しくないの?」
「来るつもりも無いだろ? 好きに調べるといいさ」
不満気なシアにカイトは苦笑しつつ、部屋への入出許可を出す。まあ、出なくても勝手に調べるだろうが。だが、これにシアは不満を更に深めた。
「失礼ね。そこは来て欲しい、って言うべきじゃなくて?」
「両手に花、とやっかみを受けたくなくてね」
カイトは肩を竦めて、シアに告げる。ただでさえカイトは常に椿が一緒なのだ。ここに一際容姿が優れたシアまで入れば、ただでさえ多いやっかみが多くなる。それは避けたかった。
ちなみに、このやっかみは貴族達からではない。貴族たちはメイド服は基本良家の子女か監視役と把握しているので、純粋に彼女らの存在を喜んでいる学園生達を逆に哀れんでいるぐらいである。
というわけで、このやっかみは学園生達からであった。知らぬが仏、とはよく言った物だった。そうしてそんなどこか本心のにじみ出たカイトに、シアは今度は苦笑を浮かべた。
「そ、大変ね……じゃあ遠慮無く部屋を調べさせてもらうわ」
「ベッドの下はご遠慮くださいねー」
ひらひらと手を振りながら、メイド服を翻したシアにカイトが言葉を送る。が、その言葉に、シアが立ち止まって首を傾げた。
「そんな所は調べないわよ……と言うか、何があるわけ?」
「秘密。まあ、ギルドホームのベッド含めてなんもないけど」
「じゃあ言わないでよ」
どこか不満気にシアがカイトにかえして、そのまま彼女はカイトの部屋へと向かっていく。まあ、皇女と言うか良家の子女相手に男子特有のエロ本の隠し場所について茶化した所で理解されないのは当たり前だろう。
そうしてそれをカイトと椿が見送り、彼らもまた、貴族達の下へと戻っていくのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第362話『代理メイド』