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第24話 夕食会

 今日からは閑話が無い限り、1話ずつの更新になります。

「クズハ様、天桜学園のお客様をお連れしました。」


 応接室の扉の前までやってきた一行。フィーネがノックをして中にいるであろうクズハに来意を告げる。すると直ぐに中から声が帰ってきた。少しだけ緊張した様な声なのは、やはり想い人(カイト)に今の自分がどう見られるかが気になっているからだろう。


「どうぞ。」


 部屋の中には若草色のドレスを身に纏ったクズハと、従者服に身を包んだ者が数名がいた。


「この度はようこそおいでくださいました。私が公爵家公爵代行クズハ・マクダウェルです。以後、お見知り置きを。」


 そう自己紹介をして優雅に一礼するクズハ。その所作はまさに貴族の子女といった優雅なもので、付け焼き刃では無く、長年に渡って仕込まれた流麗さがあった。


「お招きいただき感謝いたします。私は天桜学園にて校長を拝命しています桜田 剛造です。此度の転移に際しては公爵代行様に置きましては食料や安全などの様々な支援をいただき、誠に感謝しています。」


 桜田校長が一礼するのに合わせて今回の会談に同行した一同が頭を下げた。


「いえ、私は正しい、と思ったことを行っただけです。いつまでも、とまでは参りませんが、可能な限りは支援させていただく所存です。」


 学園一同が頭を上げたのを確認して、クズハは支援に限度があることを暗に示す。


「ええ。そちらは民草を治める身ですからな。こちらとしても、いつまでもご好意に甘えるわけにも参りません。」


 もとより承知していたことであるし、文句を言える立場では無いため、学園側にも異論はない。


「そう言っていただければ幸いです。」

「では、会談を始めましょうか。」

「はい。では、お席の方へ。」


 そう言うとクズハは室内にいた数人の従者に学園関係者を席へと案内するように指示する。すでに通信で対面している桜田校長と雨宮はともかく、生徒一同はクズハに魅了されてギクシャクしながら席についた。見慣れていたはずのカイトさえ若干赤面しているのを見て取ったクズハは小さく笑みを浮かべた。


「では、まずは支援の内容ですが……・・」


 そうして学園側への支援内容を正式に決定する会談が開始された。




「以上で問題ないですね?」


 学園の行く末が決まる会談だったのだが、前もって桜田校長ら学園教師陣と生徒会が中心となって事前協議を済ませていたため会談自体は一時間程度で終了した。揉めることもなく穏やかなムードで会談は進み、最終的な調整を行っただけである。


「ええ。此方はこれ以上の支援は望みません。」


 そう言ってクズハに同意する桜田校長。


「では、最終的な確認を。まず、ルキウスらの部隊の撤退については学園生の冒険者としての活動にめどが付いた後、ということになります。詳細な日時についてはその際に決定する。此方からの連絡役としてアルフォンス、リィルの二名を筆頭とする少数の部隊を学園に駐留させることになりますが、それらの者についての期限は未定とさせていただきます。ここまでに何か問題は?」


 支援の内容の内、最も重要なものについてをまずは確認するクズハ。ちなみに、アルとリィルの二人は正確には副隊長補佐という役割であった。派遣しても全体としての部隊運営に問題は少なく、二人の部隊指揮の訓練を兼ねて派遣されることになった。


 学園側には当初二人は副隊長と伝えていたが、部隊の内情を詳しく話せないために吐いた嘘であった。実際はルキウスとアルの父親が隊長で副隊長にルキウス本人とリィルの父という構成で、ルキウスの補佐にアルとリィルの二人がいた。療養していたアル達の父親の復帰に目処が立ったため、ルキウスを独り立ちさせる意味合いを含めて二人を派遣させる事になったのである。


「問題ありません。食料についての自活ですが、作物を育てるにせよ冒険者としての活動で得た資金でやっていくにしても、今暫くのお時間を頂きたく思います。」


 部隊の派遣が無くなる事については冒険者の数が増えれば問題が無いため、学園側に異論は無い。しかし、食料については冒険者の数が増えたところですぐになんとかなるものではないため、念を入れて支援を申し込む。


「ええ。食料につきましては幸いここ数年は飢饉もなく豊作です。更には日本から伝わっている温室も稼働していますので、当座の食料については問題なく。また、皇室からも密かに支援がありましたので、少なくとも一年の間は問題なく支援させて頂けます。」


 今回の転移について知っている王侯貴族は今のところ公爵家とエンテシア皇国上層部のみなので、皇室と公爵家からしか支援はなかった。とは言え、皇国ではこの二家が最大の勢力なので、大した問題は無かったのだが。


「ありがとうございます。」


 一年の間問題なく支援が受けれるだけ御の字であるため、そちらも問題はない。


「では、最後に天桜学園の転移については学園外では公にしないこと。また、当分の間学園からの出入りは規制、監視させていただきます。制服はともかくとして、携帯電話などの電子機器については持ち出しは厳禁とさせていただきます。むやみに持ち込まれて技術の促進を妨げられても叶いませんから。」


 異世界では一部の電子機器を除いて学園外の充電が不可能なものは使用できないため、使用目的で持ち出すものはいないだろう。両者にとって困るのは、これら科学技術が流出してしまうことであった。先の駐在部隊についてはこの監視の意味も含んでいた。本来なら化学繊維をふんだんに使用した制服も規制したいところであるが、500人分の衣服を即座に用意することは出来なかったので、致し方がなし、と諦める事にした。


「ええ。此方としても無用な混乱は避けたいですからな。」


 少しため息して同意する桜田校長。彼らの持つ科学技術が問題となることぐらい、彼にも容易に想像が出来た。

 未知の技術が異世界から持ち込まれたものとわかると、どんな良からぬ者が天桜学園を狙うかわかったものではない。学園側にはそういった良からぬ者から学園を守れるだけの戦力を有するまでに時間が必要で、公爵側としては今のうちに他の貴族に対して天桜学園へアドバンテージを有しておきたいところであった。天桜学園の存在は何時かは公になるだろうが、なるべく先送りにしたいという点で両者一致していた。


「では、書類にサインを。」


 ひと通りの事案について合意が得られたので、今までの内容を正式に書類化したものにサインを書くクズハであるが、桜田校長は困った様子でクズハに申し出た。


「申し訳ない。日本語でしか書けないのですが。」


 そう言われてクズハは安心させるように微笑み桜田校長に教える。


「耳のイヤリングは書いた文字翻訳も可能にしていますので、日本語でも大丈夫ですよ。」


 桜田校長は確認に雨宮の方を見ると、雨宮は小声で補足した。


「書いた文字に宿った魔力にて翻訳可能との説明が。」

「そうでしたか。不勉強で申し訳ない。」


 桜田校長はそう言うと、日本語でサインしたのであった。どうやら桜田校長はイヤリングの翻訳機能についていまいち理解しきっていなかったらしい。


「まあ、公爵閣下も初めは戸惑っていらっしゃったらしいので、魔術の存在しない異世界の方に文字も言語も翻訳可能なイヤリング、といっても理解し難いのでしょうね。」


 クズハはそういってフォローする。


「では、少々遅い時間となりましたが、夕食を取りましょうか。」

 そういってクズハは使用人に夕食の用意をさせるのであった。




 会談を終えて一段落ついた所で夕食の用意を手伝っていたフィーネが戻ってきた。


「皆様、お食事の用意が整いましたので、ご案内いたします。」


 一同はその言葉に従って部屋を移動する。そうして案内されたのは大きな机や高級そうな―実際に高級な―調度品で飾られた部屋であった。その部屋を一望したソラは小声でカイトに話しかける。


「おい。こんなところで飯食うなんて聞いてねぇよな。俺、テーブルマナーなんて知らねぇって。」


 一般家庭の高校生にテーブル・マナーを求めるのも無理な話である。尚、ソラは本来は知っている筈の立場であるのだが、今は置いておく。


「マナーは気にしなくてもいいですよ。」


 話していたのをクズハは聞いていたらしく、笑いながらそう言う。ソラはクズハに微笑みかけられて若干照れながら返した。


「あ、はい。ありがとうございます。」


 そうこうしている内に豪華な食事が運ばれてきた。

 ホテルで振る舞われた食事も豪華なものであったが、公爵邸での料理は更に豪華なものであった。異世界故に使っている素材などは分からないが、恐らく多くの料理に使われている素材は高級なものなのだろう。ひと通りの料理が各人の前に用意された所でフィーネが一礼する。


「当家の料理人が腕を振るった料理です。天桜学園の皆様においては異世界の料理故、お口に合わないかもしれませんが、どうぞご賞味ください。」


 フィーネはそう言って一礼をしてクズハの横についた。尚、本来公爵邸ではカイトの意向により、家臣も食卓を供するのであるが、この場は客人の前、ということで一緒ではなかった。


「では、私達の未来に幸あらんことを。」


 そう言ってクズハは酒盃を掲げて乾杯の音頭をとった。それに合わせて一同も乾杯する。教師陣と、密かにカイトとティナには酒が提供されたが、学生たちには当然ノンアルコールである。




 そうして食事をしていると、桜がふとカイトとティナが豪勢な食事や高価な調度品に特に気後れしていないことに疑問に思ったらしく、少しだけ驚いた様子で二人に尋ねた。


「そういえば、カイトさんもティナさんもどこかでテーブル・マナーを学ばれたのですか?」


 生徒会の中でも上流階級の家庭に属さない面子は、高級な調度品や豪華な食事などに気後れして今もぎくしゃくしながら食事している。それに対して、カイトとティナはマナーらしき動作―尚、マナーは300年前から変わっていないので、クズハと同じ動作―は完璧で、淀みが無かった。


「ん?ソラももう普通に飯食ってるだろ。」


 すでにソラはいつもと変わらぬ様子で食事を楽しんでいる。話を向けられたソラは一度食べる手を止めた。


「俺は昨日のホテルで腹くくった。あ、これウメェ。これ、おかわりもらえます?」


 そう言ってお付のメイドに対しておかわり出来るか尋ねてみる。どうやら可能だったらしく、メイドは微笑んで退出していった。


「昨日は気後れして満足に味わえなかったからな。腹減ってんだよ。」


 さすがにかなりの豪胆さを発揮するソラも、いきなり高級ホテルで高級料理を並べられれば気後れするらしいが、どうやら二日目ともなると慣れたらしい。今は異世界の高級料理、と堪能していた。


「クズハさんや校長の前なんだから、せめてもう少し遠慮して食べてくれ……。」


 居候三杯目にはそっと出し、を全く気にしようとしないソラに雨宮はため息を付く。


「それは良かったです。お兄様の味の好みなどから日本の方との味覚はそこまで離れていないことはわかっていたのですが、何分サンプルがお兄様しかなかったものですから。お口に合うか不安だったんですよ。」


 美味しそうに料理を食べているソラを見てクズハは微笑む。ソラはがっついているのをクズハのような美少女に見られて少し恥ずかしかったようだが、それでも食べるのをやめようとしない。どうやら異世界料理は彼の好みのあったらしい。桜もそれを見てにこやかに笑っていたが話を戻す。


「でも、お二人は始めから慣れているような感じがしましたから。」


 慣れるも何も久方ぶりの帰宅であるが、自宅で家族と食事をとっているだけの二人にとって緊張する道理は無かった。だが、そんなことを言えるはずもなく二人ははぐらかす事にした。


「うむ。まあ、余は留学生じゃからな。祖国にいた頃は多少テーブル・マナーも学んでおる。」

「まあ、オレは緊張していたが、わからなかっただけだろう。」

「それにしては落ち着いた印象を受けますね。」


 かつてのカイトを知るクズハは、どこか落ち着いた印象のカイトを不思議に思っていた。


「年齢偽証しているんじゃないか、ジジ臭いとはよく言われるよ。」

 爽やかにそう言うが、どこか余所余所しい言い方をするカイト。初めてあった人に対してあまり馴れ馴れしいのはどうか、ということでの演技である。が、念話にて別の会話を行っていた。

『まあ、今はあまりおおっぴらに行動することが出来んからな。意識的に魔力を抑えている。若干感情の抑制があるのは我慢してくれ。』

『そうでしたか。落ち着いた様子のお兄様は、お兄様らしくありませんから。』


 この三年で落ち着きが出たとは考えていないのか、と若干傷つくカイトであるが深く突っ込むと藪蛇になると思ったらしく、話題を変更することにした。


『それにしても内装とかもあまり弄ってないんだな。』

『はい。お兄様は少し寂しがり屋ですからね。内装が大きく変わっていると寂しがられますから。お二人のお部屋はそのままにしています。』


 クズハはどこか笑っている印象を受ける声でそう言う。


『いや、別に寂しがり屋ってわけじゃないんだが……。』


 実際にはあまり変わっていなかった自宅に少し安心していたが、そこはそれとしてそう言っておく。


『うむ。余は一足先に見てきたが、服などもそのままじゃったな。この体では着れんが。』

『お姉様のお姿はびっくりしました。ティアお姉様がご覧になられたらさぞや……』


 そこまで言うと、ティナが即座に遮る。


『やめるのじゃ。姉上には絶対バレるわけにはいかん。』


 ティナは少し怯えた様子でそう言う。先に中津国でティアと再会した際には大人状態であったので、子供化していることはバレていない。


「これでも少し緊張しているから、そう見えるだけかもしれないな。」

「まあ、そうでしたか。」

「枯れている、と思うがの。」


 実際にはそういうふうに声に出して話す三人。念話で会話しながら、全く別のセリフを口に出して会話する、実に器用なことであった。

 そうして全員が食事を終えると、最後に果物を使ったデザートが運ばれてきた。それを見たティナが眼を輝かせて嬉しそうにする。


「おお!これは美味そうじゃ!」


 デザートに使用されている果物はティナの好物である。一同はデザートに手をのばすとその後に残らない甘さに舌鼓を打った。


「美味しいですね。」


 桜は上品に食べてそう言う。


「ウメェ!コレもおかわ……すいません。」


 ソラはおかわりしようとして雨宮に睨まれてしまい、断念する。


「いえ、構いませんよ。ソラさんにもう一皿お出しなさい。」

「では、余も!」

「畏まりました。他にはいらっしゃいませんか?」

「……申し訳ありません。」


 クズハがソラにもう一皿デザートを追加したのを見て、ティナも申し出る。桜や他の女子陣も密かに言いたそうにしていたが、さすがにこの場では申し出づらかったらしい。最後の謝罪は桜田校長のものである。雨宮は自分の生徒二人の遠慮が無い様子に頭を抱えていた。桜ら女性陣が物欲しそうにしていたのに気づいたカイトが助け舟を出した。


「じゃあ、オレも貰っていいか?桜達もどうだ?」


 と女性陣に問う。それを渡りに船と見た女性陣はカイトに感謝しつつ、少し頬を赤らめて挙手した。


「……お願いします。」


 あるものはおずおずと、あるものは恥ずかしげに言うのであった。




 そうして各員がデザートを完食し後片付けがなされた後、クズハが嬉しそうに頷いた。


「お口に合われたようで幸いでした。本日はもう遅い時間となっていまいましたので、皆様にお部屋を用意させていただきました。」


 と言ってフィーネに目配せする。フィーネがそれを受け取り全員に説明する。


「皆様には慣れぬ異世界での会談とあって、お疲れかと思います。入浴の用意や衣類などは当家でご用意させていただきましたので、今夜はおくつろぎ頂けますよう。」


 そう言って一礼し、各員に付いている従者に目配せし、案内させるのであった。カイトが退出する寸前にクズハは念話をカイトに送ってきた。


『お兄様、御用がありますので、皆さんが寝静まった頃に、私の部屋まで来て頂けますか?』

『ん?この後の夜会じゃダメなのか?』

『ええ、まあ。』

『碌な予感はしないが……わかった。』


 ちなみに、実はカイトの勘違いであるが、クズハは都合が良いので黙っていることにした。


 お読み頂き有難う御座いました。


 2018年1月25日 追記

・誤字修正

 『中津国』が『中つ国』になっていた所を修正しました。


 2018年12月1日 追記

・誤字修正

 『と思う』が『とか思う』となっていた所を修正しました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この五年で落ち着きが出たとは考えていないのか、と若干傷つくカイトであるが深く突っ込むと藪蛇になると思ったらしく、話題を変更することにした。とありますが、五年ではなく三年だったと思います…
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