第357話 皇都進出
講習から数日後の朝早く。しばらくぶりにカイト達はマクスウェルにある飛空艇の発着場へと足を運んでいた。皇帝レオンハルトとの正式な謁見は2日後だが、先に皇都入りし、用意を整えるのである。
尚、今回はティナが作った飛空艇の中でも高速の物を使用するので、数時間で皇都まで到着する予定である。そうして飛空艇の発着場に到着した一同だが、その顔には何処か疲れた様な様子があった。
「なあ、俺思うんだけどよ……」
その一人であるソラが、非常にうんざりした顔で口を開いた。その手には、これから数週間に渡る皇都での生活に必要な旅支度が入った鞄が二人分携えられていた。
なお、1つは由利の物である。男の沽券として、彼女の分を持つ事になったらしい。した、ではなく、なった、である。既に尻に敷かれていた。
ちなみに、カイトは渡される前に引き受けて、直ぐに全て異空間に放り込んだ。ここらは慣れが大きい事と、技量の差だろう。ソラとしては何時か格納用の異空間を作り出す魔術を教えてもらう、と密かに考えていた。
「荷解き、する必要無かったんじゃね?」
「言うなよ……」
ソラの呟きに、翔もうんざりした顔でため息を吐いた。二人共旅行を終えて、帰ってきて旅行の用意を粗方片付け終わったと思ったら、再び皇都へと出発することが決まり、再度用意をやり直したのである。愚痴を言いたくなるのも仕方が無いだろう。そんな二人に、カイトとユリィが苦笑する。
「本当は旅が多い職業だと思うよ、冒険者って。今日は山奥、明日は海の上、なんてよくあったからね」
「まあ、オレたちの場合は一処に留まらなかった、ってのが正解だけどな」
「そうなの……いや、そっか。そうだよな」
カイトとユリィの言葉を聞いたソラが、納得した様に頷く。ソラが思い出したのは、冒険者が元々旅人であった、という事だ。旅人ならば、当然色々な所へと旅をする。それが旅人だ。
今の冒険部の様に、一箇所に拠点を置いて活動している方が、昔から見れば可怪しいのだ。とは言え、そんな冒険部でも、今から思えば、感慨深いものがあるらしいカイトが、少し遠くを見ながら呟いた。
「まあ、それでも大分活動範囲は広くなった……三ヶ月ほど前まではまだ街の周囲で活動してた。今は公爵領の中でなら、泊まり込みでも活動するからな」
「ああ、もうそんなになんのか……俺が初めて遠出して、そっから皆泊まり込みが多くなってきたんだっけ……」
冒険部でも連絡こそ密に取れる様に通信用の魔導具を開発しているので、連絡が取れなくなっている、と言うことは無いが、一週間程度泊まりがけで依頼に出ている生徒も少なくなかった。
尚、今のところ最長の泊まり込みの依頼はカイトの『ポートランド・エメリア』への遠征の2週間と少しである。メル達がそうであった様に1ヶ月も必要とする依頼もざらにある事を考えれば、それでも短い方なのだろう。
そうして、そんな遥かに遠い様で少し遠いだけの事を思い出していたソラと翔であったが、ふと、そこで翔がそれに関連した事を思い出した。
「もう遠征にほぼ毎日出掛けてる奴も居るもんな……今回の謁見だと何人が行けないんだっけ?」
「ざっと……10人だな。帰ってきてから冒険部以外の冒険者との連盟で受けた依頼が2件、そいつらは不参加。指名で泊まり込みが一件。とは言え、そっちは後追いで合流予定だな」
翔の問いかけを受けて、カイトが記憶を辿って答えた。ここらはカイトの許可が必要だったため、覚えていたのだ。
これらは旅行から帰ってきてから受けた依頼だ。使者が来た時点で既に一週間近くが経過しており、その時点で既に依頼を受諾していた者は少なくなかった。その為、どうしても参加出来ない者が出てきてしまったのである。こればかりは、致し方がない事だった。そうしてそう語ったカイトに横合いから、その話を聞いていた瞬が口を挟んだ。
「依頼のキャンセル料も馬鹿にならんからな」
「まあ、それもそうですね。一条先輩、それ礼服ですか?」
翔が問いかけたそれ、とは瞬が右手に持っているスーツ等を入れるための鞄の事だ。今回、ここにいる全員が皇帝への謁見が命ぜられているので、同じ鞄を持ってきている。まあ、カイトが貴族用の物をアレンジした物だったり、瞬が軍人用をアレンジした物だったりと中身はそれぞれで異なるが。
ちなみに、女性面子は全員、軍人用の礼服ではなく普通のドレスにしている。これは単純に女性陣は全員ドレスの方が見栄え良く、品があるからだ。
尚、一応念のために言及しておくが軍人用の礼服は女性用の物もある。嘗てカイトが帰還した時に行われた宴会でリィルが着ていた物がそれだ。
「ああ、皇国軍人礼装……だったか?」
「皇国で軍人や冒険者等の戦闘がメインの者が使う礼服だな。一応常在戦場を意識した軍人用に各種術式を補助する魔術式が編み込まれており、実は貴族たちの豪華な服よりも圧倒的に性能が良いと言う服だ」
「貴族たちって……そんなの気にしないのか?」
「行ってみりゃわかる。呆れ返るぞ、奴らの成金趣味……」
カイトは心底うんざり、と言わんばかりだった。嘗てはいきなり貴族に任命された者も多く、成金趣味が大勢居た。元々が庶民の上エネフィアでは旅人暮らしの長かったカイトは、そんな貴族たちに辟易しているのであった。
まあ、それに金ピカはいまいち彼の趣味に合わない。お上品云々というよりも、彼の趣味に拠る所が大きいのだろう。そんなカイトに苦笑しつつ、ユリィが最近の現状を語る事にした。彼の知識は300年前で、今は当然異なっているからだ。
「今じゃそんなに成金っぽくないよ。まあ、居るには居るけどね」
「ああ、そりゃ良い……で、一応聞いておくが、ソラ達も忘れてないよな? あれ、フルオーダーじゃないからそこまででも無いけど、それでも一式揃えるの高かったんだぞ」
「まあ、一応持ってきてる。着たこと無いけど」
カイトの何処か悲しそうな顔に苦笑しつつ、翔が左手に持った荷物を掲げる。彼も瞬と同じく、軍人風の礼服である。ちなみに、右手の鞄を掲げているソラはカイトと同じタイプだ。
「良し。んじゃ、乗ったら行くぞ」
きちんと忘れ物が無い事を確認して一つ頷いたカイトは、一足先に飛空艇へと歩を進める。それに続いて、全員が乗り込み、飛空艇は出発したのであった。
数時間後の昼過ぎ。カイト達は飛空艇で何事も無く、皇都にある飛空艇発着場へとたどり着いていた。
「ふぁー、すげっ」
ソラが周囲を見渡しながら、発着する飛空艇に圧倒される。マクスウェルにある飛空艇発着場の飛空艇の数も凄かったが、さすが大国の首都と言うべきか、発着する数はマクスウェルよりも多かったのだ。
しかも、種類も多種多様であった。かなり古い木製のおんぼろの飛空艇もあれば、何処かの貴族の紋章が入った最新鋭と思える金属で出来た飛空艇も存在していた。
「なあ、あの模様ってどっかの貴族か?」
ソラが近場で着陸していた飛空艇の1つを指さす。それには緑色の龍と、若葉の意匠が施されていた。
「あれは……アストレア公爵家の印だな。覚えておけ、国内で龍の意匠が許されたのは、公爵以上の7家だけだ……って、説明有っただろ?」
「あ、そだっけ」
これらは少し前のフィーネの講習会で画面に映っていた事だった。それに、カイトが苦笑して改めて解説を行う。
「忘れるなよ。複数の武器……交差する2つの刀、重なった剣と盾、剣、ハルバート、杖と蒼い龍はウチ。あの若葉萌える翠の龍はアストレア公爵家。真紅の龍、と言うかグライアが皇族。その中でも青地だと皇帝陛下になる。他にも紫の双龍がハイゼンベルグ家、金色の天馬の紋章はブランシェット家、財宝を守る金色の龍がリデル家だ」
何故ブランシェット家が天馬なのか、というと此方は300年前の戦いで伯爵から格上げされた貴族であり、元々有していた天馬の紋章をそのまま使っているからである。別に龍の意匠を許されているからといっても、使わなければならないわけではないのだ。
「ちなみに、大公家たるロコス家は天翔けるフェニックス、ファメル家は地を駆ける麒麟だ」
「よく覚えてんな、そんなの……」
「いや、お前も覚えろよ……」
カイトが一気に語り終えたのを聞いて、ソラが感心したように頷いていた。ソラには彼の希望でカイトが関わる裏事に関しての会議に参加させている。その時、どの家も時折報告には上がるので、本来ならば知っておくべき事なのであった。
「あー、まあ一応半分ぐらいは知ってんだけどよ……半分ぐらい」
呆れ混じりのカイトに対して、ソラが何処か照れた様に答える。まあ、彼は勉強が得意なわけでは無い。カイトの様に記憶を魔術で補完しているわけでもない。となれば、まあ、覚えが遅くても仕方が無い事でもあるだろう。ちなみに、後にカイトが確認テストを行った所、本当に半分は覚えていた。
と、そこにカイトに対して、声が掛けられた。声を掛けたのは、見た目40後半から50代半ばの白髪交じりの男性であった。
流石に見た目に特徴は無いため、詳しい種族は分からない。身なりはピシっとした燕尾服に似た服を着て、髪型も整っており、表情は柔和で気品が感じられた。まさに老齢の執事、と言った感じである。
「貴方が、カイト・アマネ様ですね?」
「失礼ですが、貴方は?」
「申し遅れました。私、皇帝陛下付き執事長エルメロイと申します」
カイトの問いかけに対して、エルメロイが謝罪して自己紹介を行う。よく見れば先ほどまで、クズハ達と話をしていた老執事であった。クズハ達との挨拶を終えて、此方に挨拶に来たのだろう。
後に聞けば彼が挨拶を忘れていたのは皇帝レオンハルトの補佐でカイトの事を随分昔から調査していたため、会ったような気がしていたため、らしい。
「ありがとうございます。私はカイト・アマネ。天桜学園にて冒険者達の長を拝命しております」
二人は皇国式の優雅な礼で挨拶する。その後、エルメロイが右手を差し出したのを見て、カイトはそれに応じる。エルメロイの手はゴツゴツしていたわけではないが、武芸を嗜むもの特有の固さがあった。
そして、カイトは近づいたことであることに気付いた。それに気付けばどうしても戦士として無自覚の警戒を生み出すが故に、エルメロイにもそれに気付いた事を気付かれる。
「さすがですな」
エルメロイはそれに気付いた事を素直に褒める。彼は魔術で隠蔽し、燕尾服の左胸内側に短剣を忍ばせていたのである。所謂、暗器だ。
並の貴族であっても、彼の施した隠蔽に気付かない者は多い。これは彼にとって、独自に課している試験の様なものだ、と後にカイトは知らされた。
最悪は最も近い味方が敵になる事のある皇帝だ。その最も近くに居るのなら、この程度はやらないと仕事にならない。敵の力量を見定めなければ、最適な警護なぞ不可能なのだ。それ故、皇帝レオンハルトも当然それを知っているが、敢えてそのままにさせていた。それは自分の身を守るための行動で、必要だと認めているからだ。
「短剣、ですか? それも、かなりの名品とお見受けいたします」
左胸に忍ばせられる以上短剣しか有り得ない筈なのだが、カイトは問い掛けの形式を取った。それにエルメロイは浮かべていた笑みを深めた。
この世界には当然、魔術が当たり前の様に存在している。全てが見た目通りとは限らないのだ。鞘の長さが短剣程度だからといって、抜いてみれば長剣ぐらいの長さである、ということも普通にあり得るのである。
「はい。流派はマクダウェル領のエルヴィン流。拵えは中期の物です」
試験を終わらせたエルメロイは仕掛けていた隠蔽を解いて、カイトに短剣を手渡す。彼に敵意が無い事を示したのだ。まあ、カイトの正体が勇者カイトだと知らされている以上、敵対した所で無駄だ、と思っていた事も大きい。
「ああ、それで柄に若葉の意匠が施されているのですか。8代目が好んだ意匠ですね」
カイトは短剣を受け取ると、許可を取って一度抜いてみた。材質は最高品質の魔法銀。両刃の綺麗な短剣であった。カイトの見立てでは名のある逸品で、武器技も内包していた。
「おや、ご存知ですか?」
「ええ、まあ。刀剣等の古美術品に関しては、私の趣味ですから」
「なるほど、それは陛下も喜ばれます。陛下は強者との戦いだけでなく、名のある武具の収集も好まれておいででしてな。この逸品も私に、と陛下が収集されたコレクションより直々に下賜された短剣です」
短剣についてをエルメロイの顔には、何処か誇りが感じられた。彼は皇帝付きの執事長という役職に誇りを抱いているのだろう。
「8代目は短剣を作らせれば当代一とまで謳われた傑物。エルメロイさんの様に陛下のお側に控える方には最適な武器かと」
皇帝の側に控える執事が堂々と武器を有していては警護の兵士たちの沽券に関わる。かと言って武器を有していなければ、有事の際に問題がある。その為、懐に忍ばせられる暗器は彼ら従者たちに好まれる武器なのであった。そうして、カイトは短剣を鞘に納め、エルメロイに返した。
「そう言う貴方が帯びているのは、2代村正殿の作ですな?」
「抜いていないのに、わかりますか?」
驚いた表情を作り、そう言ってカイトは彼に帯びていた刀を渡す。先ほどの返礼、というわけだ。渡されたエルメロイは少しだけ小さく頭を下げて感謝を示し、鞘から抜き放った。
ちなみに、カイトが敢えて驚いた表情を作ったのは、彼がわからないとは露にも思わないからだ。皇帝が名のある武具の収集を好み、その筆頭の執事である彼が、抜身でなくとも村正の作を見抜けぬ筈はない。つまり、お互いに笑みを浮かべながら、腹の探り合いをやっていたのである。
「ほう……波紋がなんとも美しいですな。ともすれば心奪われるようなこの美しさは、まさに美を極めた2代村正殿の作。まさにエネフィア最高の刀匠の名に恥じぬ逸品。ありがとうございます」
エルメロイは刀の検分を終えると再度鞘に納刀し、カイトに返す。カイトが刀を帯びていた理由は簡単で、万が一の場合には飛空艇の上で戦闘があり得るからだ。それを片付ける前にエルメロイが挨拶に来たので、そのままだったのである。
「ありがとうございます。少々前に偶然マクダウェル家を訪れた竜胆様と偶然知己を得まして……その縁で打っていただきました」
「なるほど……それでかの竜胆殿のご息女があなた方の元へ?」
当然ながら、竜胆はカイトの仲間の一人で伝説的な刀匠だ。エネフィアではトップクラスの知名度を誇る。その彼の娘となれば、当然この世界でも重要人物だ。皇国側に知られていても何ら不思議ではなかった。それ故、カイトは驚かなかった。皇国の情報網が甘くはない事は、彼もよく知っていた。
「そういうことです。竜胆殿におかれましても、自身がかの勇者様と旅をしたことから、二人には広く世界を見て欲しい、という希望がお有りであったご様子。かの勇者と同じく日本からの来訪者である我らと共に行くのも何かの縁、とのことで我らと共に修行を、と」
「左様ですか……おっと、つい話し込んでしまいましたな。それでは、ご案内致します。少々歩きますが、ご容赦ください」
「わかりました、お願いします」
一通り社交辞令を交わしあった二人は、あまり立ち止まるのもダメなので歩き始める。そうして、十数分後。一同は飛空艇の発着場を抜け、馬車乗り場に到着する。
そこには、大きめの竜車が数台停車していた。馬車は豪華で、貴族たちが使う物と言っても過言ではなかった。まあ、事実そうなのだから、当然といえば当然だろう。皇国が客を出迎える時に使う物で、皇国としての客なのだから、必然、貴族が多いのであった。
「では、皆様。此方にお乗りください」
エルメロイの号令で、複数人の御者達が腰を折り、カイト達は彼らの手を借りて馬車に乗り込む。そうして、更に数十分後。道中で皇都にあるフロイライン邸に宿泊する――さすがに巨大なフロイライン邸といえども400名程の人員を寝泊まりさせるだけのスペースは無い――クズハ達と別れた一同は、天桜学園の一同が宿泊する皇城へとたどり着いていた。
「此方がエンテシア皇国皇城になります。それと同時に、エンテシア皇国首都エンテシアの中心、ひいてはエンテシア皇国の頭脳です」
御者の声が、車内に響き渡る。それに、一同が取り付けられていた窓から外を見る。するとそこには、超巨大な西洋風のお城が立っていた。
その威容はまさに大陸最大国家の首都と、それを治める皇帝の居城に相応しいだけの威容を兼ね備えた城だった。マクダウェル公爵邸と比べれば延べ床面積は十倍以上の広さがありそうだった。まあ、木造建築で3階建ての公爵邸が小さい――地下の魔境こと研究所は含めない――だけではあるのだが。そうして、御者達が少しだけ皇城の歴史を語り始める。
「皇城は幾度かの戦火に焼かれておりますので、今でも原型を留めているのは、本丸に当る部位のみ、となっています。それでも既に大規模な破壊が為されていますので、内側は殆ど原型を留めておりません」
ゆっくりと走る竜車に乗りながら、一同は皇城の観察を行う。ここらは普通の観光旅行の様子だった。と、一通りの説明が終わった所でエルメロイがカイト達が泊まる宿泊施設についてを語ってくれた。
「皆様がお泊りになられますのは、この皇城の南東エリアにあります、客人用の建物になります。一棟まるまる皆様のために押さえておりますので、ご自由にお使いください。また、皆様方には一人ずつ、お付きの使用人を付かせていただきました。ご用命の際には、お申し付けください」
一同が降り始めたのに合わせて、一同が到着した事を皇帝レオンハルトに報告する、とエルメロイは去って行った。その後、一同は更に引き継いだ案内の役人に率いられ、説明のあった客人用の建物へと、向かうのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第358話『皇帝の楽しみ』