第356話 皇国貴族 ――政治体系――
長々とした解説会は今日で終了です。
再び10分程の休憩の後、講習が再開される。今度の内容は皇国貴族について、だった。
「では、再開させていただきます。これからは、皇国における貴族制度について、を説明させて頂きます」
説明を開始したフィーネは、プロジェクターに1つのピラミッド型の表を表示する。それは皇帝を頂点とした、皇国の貴族の一覧表であった。
「上に行くほど、地位は高くなります。では、順にご説明を。皇帝陛下は良いですね。その下を順に列挙すると、大公、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、准男爵、騎士となります。この中で、大公をエンテシア皇国2大公家、公爵をエンテシア皇国5公爵家、と称される事があります。この7家は他の貴族を遥かに凌駕する権力と領土を有しており、皇国でも要職を担っております」
意外といえば意外であるのだが、実はこの区分に当てはめると、子爵や男爵として叙任されているエルロード達だけでなく、アル達も貴族としての地位を持ち合わせていたりする。まあ、そんな事は本人達も気にしていないのだが。
「騎士のみは継承が認められていない、一代限りの爵位になります。爵位としての地位も形式的な物に近く、領土の領有もよほどで無ければ認められていません。要は、軍事面で指揮官としての地位として、与えられているに近しいですね」
そう言うフィーネだが、彼女の言うとおり騎士という爵位はエンテシア皇国では殆ど意味のない地位に近い。これの象徴であるルクスは心構えこそが大切だ、と示していたからだ。
となれば、彼らの場合騎士というのは心構えに近いので、名ばかりの爵位に意味のある物では無かったのである。ただ単に軍事上必要なので、というだけに過ぎない特尉等と同じ名ばかりの地位で良かったのだ。まあ、それでも一応は爵位であることは爵位であるので、お給料としてもきちんと手当が出るのだが。
「さて、では各貴族の差についてご説明致しましょう。まず、一番の違いは権限の大きさにあります。上に行くほど権限が高くなり、大公には各諸侯に対する監査軍の独自派兵が認められます。つまり、皇帝の懐刀として、貴族達の横暴を監督する義務を負っているわけですね。代わりに、両家からは官僚か軍将校への出向が命ぜられています。今代ではロコス家から陸軍将軍が、ファメル家から宰相が排出されております。更には近衛兵団戦乙女戦団の兵団長の一人が、ロコス家の子女です。また、権力の集中を避ける為、両家からは皇帝の后や婿を出す事は出来ません」
表向きは両家から有望な人材を供出させる、ということだが、これは体の良い人質、であった。皇帝も内側から食い破られない様に注意しないといけないが、両家にしても優秀な人材を皇帝のすぐ側に人質を置かれているに等しかった。これぐらいは対処しておかねば、専横や腐敗を招きかねないのだ。
「以下に上げる特権は、それ以上の貴族は普通に有している権限、とお考えください。公爵には刑罰を伴う様々な規律の独自策定、子爵以下の爵位に限りますが、議会承認無しに爵位の付与を皇帝に対し推挙する権限が与えられます。また、この推挙した者を自領地に地方官のように配置する事も出来ます。特に我が公爵家ではこれが盛んですね。更に公爵以上の家には、伯爵以下の家のお家取り潰しを議会に対して提起することも可能です。辺境伯以上の家の取り潰しには、皇国議会での3分の2以上の賛成か、該当刑罰の確認が必要となりますが、公爵家以上の提起の場合には必要数が半数以上に変わります」
以前にレーメス伯爵に対してカイトがお家取り潰しが言えたのは、これに則った物だ。与えられる以上、奪うことも出来るのである。
別にカイトが自らの威名を使って根回しをしなくても、公爵家のコネと彼に恨みを抱く貴族たちを抱き込めば、彼のお家取り潰しは簡単であったのだ。
「さて、次に辺境伯、伯爵です。彼らには、独自軍備の制定が許可されます。独自軍備、と言って驚かれるかも知れませんが、これの所有は実は皇国法の貴族関連法の、最も重要な法律に関する部分に明記されています」
当然ではあるのだが、初代皇王イクスフォスが口で言って貴族達が同意しただけでは法律として成立しても、それだけでは後代をまとめ上げる事は出来ない。彼の後代に帰参したり叙任される貴族達の為には、条文化しておかねばならない。なので当然だが、様々な関連法が施行されているのである。そうして、フィーネは第一条の一部を読み上げる。
「エンテシア皇国貴族は全てエンテシア皇国皇王家の暴走を見張る義務を負い、暴走を止める義務を負う。エンテシア皇国皇王は臣下の貴族の非道を見張る義務を負い、非道を罰する義務を負う。これらは権利ではありません。義務です」
自らの失敗を何よりも危惧していたイクスフォスだ。それ故、自らとその後代のミスを抑止出来るように、条文として敢えて明文化させたのだ。そうすれば、多少恣意的になる可能性はあるとしても、お互いにお互いが見張るというチェック機能が働くだろう、と考えたのである。
明文化されない口約束では、後代になればなるほど、皇王による恣意的な運用がなされる可能性は十分に考えられた。それは国が腐る原因だ。それをなんとかしたかったのである。グライアに言わせればバカがバカなりに考えた結果だ、という事だった。
「とは言え、その義務を果たす為には、皇帝に対して弓引けるだけの力が要ります。皇帝に対してさえ秘匿出来る軍事技術を、貴族の地位に応じた範囲で有する事が出来ます。最も高いのは、大公と公爵。この2つには、軍用飛空艇及び大型魔導鎧の独自開発が認められています。辺境伯には、非武装の民間用飛空艇と魔導鎧の開発が。伯爵には魔導鎧の開発が認められています。当然ですが、皇族にはこれら全てを開発する権利があります」
ちなみに、こう解説したフィーネであったが、実は始めは公爵と大公の間にも差は存在していた。しかし、ティナの技術力とカイトの知識によって、公爵と大公の区分が形骸化したのである。その結果、もう区分しておく事が出来ない、と撤回されることになったのだ。
初めこそ公爵には中型規模の魔導鎧だけだったのだが、その後ティナが飛翔機付きの魔導鎧を開発。更には当時新規分野であった飛空艇まで開発してしまう。ここから、形骸化が始まっていった。
その他軍事技術にしてもティナとカイトが開発する技術は既存区分に該当することがなく、どのような区分とすれば良いのかわからなくなり、結局、公爵と大公の軍事の差が無くなったのであった。
さすがの皇帝にしても少し悩んだのだが、彼ら以外に開発出来ない物を予見し、開発するな、と命ずる事は出来ない以上、逆に一切の開発を禁じた場合は国益に反する為、出来なかったのである。
となればもういっそ規則を撤回して自由に開発させることにして、好き勝手にやってもらうほうが良い、というウィルからの献策の結果だった。
「では、次の男爵。彼らには、独自税の徴収が許可されます。と言っても、当たり前ですが常識的な物に限られます。例えば、海が無いのに、港の使用料なんてとれませんからね。准男爵には、領土の領有と騎士に対する任命権限が認められます。騎士の任命権が与えられているのは、准男爵以上の爵位は司令官、騎士は指揮官、という役割分担だとお考えください。騎士は既に説明しましたね。代表的な権限はこのぐらいでしょうか」
そう言って、フィーネはプロジェクターに映るピラミッド型図形の映像を切る。そして次に映しだされたのは、ある種例外と言える事だった。そこに映っていたのは、勇者カイト達だった。
「まあ、こういった爵位によって動いているのですが……勇者カイトやルクス様、バランタイン様については、ある種特別枠、とお考えください。彼らは大精霊と契約を交わした大英雄。公爵家という意味であれば彼らの中で地位があるのは勇者カイトただ一人だけですが、それはある種、権力という意味です」
エネフィアでは当たり前に近いことではあるが、大精霊というのはこの世でどんな王侯貴族よりも遥かに上位の存在として扱われる。あれだけおちゃらけた性格ではあるのだが、実際には誰も勝てない存在だ。
まあ、本来の力の極一部を表に出して顕現するだけでチートすれすれの戦闘力を持つティナでさえ傅きたくなる相手なのだ。当たり前といえば当たり前だろう。
「まあ、皆さんご存知かとは思いますが、契約者という存在は貴族等王から叙任される地位とは別格に扱われます。それはこの契約者という存在が大精霊から認められ、力を得ているが故に、です。戦闘力という物だけを見ても万夫不当を地で行く存在です。おまけに人格面については大精霊達が判を押す。確かにルールである以上特例でなければ爵位を与えなければ土地は有せませんが、その保有する権威は絶大だ、と思ってくださって結構です。大公家といえども抗えない権威とみなして良いでしょう」
契約者とはある種、特例的な存在だった。確かに地位や権力は有していないが、実際には民達から絶大な信望と信頼を集める存在だ。そんな存在の意見を、更にはバックに大精霊が居る存在の意見を、如何にどんな王侯貴族だろうとも無視出来ないのは道理だったのだ。
バランタインが元剣奴という脱走奴隷だというのに誰からもいちゃもんを付けられないのは、こういう理由があったのだ。誰が大精霊から認められた存在に喧嘩を売りたいか、と言われれば誰も嫌だ。それを奴隷扱いしていた、なぞ消したい過去だ。大精霊に喧嘩を売っていたも等しい。ならば、もう見なかった事にするのが上策だったのである。
そして奴隷でさえ契約者になり得たのなら、もう奴隷を持っていられるはずが無かった。もし万が一奴隷が契約者になれば、その力が向けられる可能性が最も高いのは虐げてきた自分達だ。実例は既にバランタインが示している。彼の故国と彼を保有していた貴族はバランタインが契約する前に既に滅んでいたので反旗を翻される事は無かったが、自分達は今も生きているのだ。
誰もが死にたくはないし、地位は失いたくない。民衆からだけでなく、王侯達からも絶対的正義は契約者側に存在しているのだ。こうなれば誰からも手助けは望めない。もはや奴隷は持っている方が損だったのだ。そうなれば、誰もが奴隷を解放するしかない。
幸いにして、奴隷達は恨みよりも自分達を解放してくれたカイトの言葉を優先していた。恩のある彼が復讐はするな、と明言してくれたおかげで、よほどでなければ、身の安全は保証されていた。我先に、と解放を始めたのだ。奴隷制度の撤廃にはこういった裏事情もあったのである。
そうして自分でそう語ってから、フィーネは少し苦笑した。彼ら契約者で、これなのだ。更に上はどうなっているのかを考えれば分かることだった。
「まあ……そう言うわけですので、勇者カイトはほぼ別格と考えて良いでしょう。なさる事はありませんでしたが……まあ、実は彼であれば、ほぼ全ての王侯貴族に対して命令を下す権限を持ち合わせている、と見て良いでしょう。なにせ大精霊が唯一対等と見做し、そして友と扱う存在。彼の言葉は大精霊の言葉に比肩していると見て良いのです。これはまあ……普通に考えれば、拒絶出来ないだけの絶大な力を有していますから、ね」
フィーネは苦笑しながら、本人の前で本人に対して論評する。当たり前だが、契約者でさえこれだけ絶大な力を持つ大精霊達と対等なのだ。もはや彼の言葉は勇者カイトとして公に発言されれば、どんな王侯貴族でさえ逆らえない力を持っていた。勇者カイトに逆らう事は即ち、大精霊達全員に逆らう事と同意なのだ。
まだこれが大精霊から認められたが故に悪用されないという担保があればこそ良いだけで、下手をしなくても世界征服さえ簡単に成し遂げられる権威を持ち合わせていたのである。
「まあ、当人は気にしてないので気さくな御方なんですが……あれは少しご自分の力を考えられた方がよろしいのではないか、と何度か思うことはありましたね。なにせ当人が大精霊の力無しでも強すぎるわけでして……っと、こんな話はどうでもよいですね。すいません。話を元の講習に戻しましょう」
半ば愚痴を呈してきてカイトから睨まれたフィーネはその視線に気付いて即座に話を修正する。ここらは脇道なのだ。本来の皇国の講習という意味ではどうでも良い事だった。そうして最後に映し出されたのは、皇城の一室、多くの椅子と机が並んだ部屋だった。
「さて、では最後に、皇国議会についてを説明します。写真は皇城にある皇国議会の会議場ですね。此方は貴族たちが集まり、皇国の方針を決める議会です。議長は皇帝陛下です」
どうやら最近撮影されたらしい映像を一同に提示する。そこには中央の椅子に皇帝レオンハルトが腰掛け、周囲に何人もの貴族らしい人物達が腰掛けていた。これが、会議中の皇国議会の姿なのだろう。こういった客観的な姿はカイトもティナも初めて見る物だった。
「とは言え、陛下が常にいらっしゃるわけではありません。陛下がいらっしゃる議会の場合は御前議会と呼ばれます。また、この議会に全ての貴族たちが出席するか、と言われれば、そうではありません。当然ですが、貴族たちも自分の領土を運営しています。それ故、誰か名代を派遣し、彼らに議会を行わせる事も多いですね。と言うか、こちらの方が多いです。貴族達とて暇では無いですから、1ヶ月も拘束されては困りますからね。通常議会の開催は大抵季節の始まりの一ヶ月。年に4回、累計4ヶ月行われます」
日本の国会と同じく、12ヶ月に一度通常国会が開かれる。そして、当然ながら地球の臨時国会にあたる議会も存在していた。これは先の<<世を喰みし大蛇>>に関わる会議が該当する。
「それ以外にも、何らかの緊急事態では皇帝陛下から招集が掛かる場合があり、議会が開かれる事もあります。こちらは不定期で、期間も決められていませんが、長くて数日ですね。こちらには多くの貴族達が直々に参加する事が多いですね。多いだけで全員が参加するわけでは無いですが。当然緊急なので、間に合わない事や外せない予定があったりする場合もありますから、そういった場合にはやはり名代が参加することになります。ああ、この名代は一般は多くの場合は皇都に居を構え、そこで仕事をされています」
当たり前だが、緊急で招集される、という事はそれ即ち予定にない事だ。名代が参加するのは致し方がない事だった。実はクズハ達が参加を断れたのも、これ故だ。
流石に幾ら保護国といえどもアルテミシア王国は他国で、リオンもその家族達もそこの王族だ。その謁見がある、と言われれば皇国もそちらを優先しろ、と命ずるのである。当たり前だが緊急の議会でもよほどでなければ、他国王族との謁見を優先させるのであった。
「最近では皆さんも関わったポートランド・エメリアでの一件で招集が掛りました。その時の議題は、ポートランド・エメリアの一件での被害状況の確認と報奨、次の襲撃があった場合の対処等です。此方は緊急議会と呼ばれます。他にも国民が選挙で選んだ代議士と言われる者達が意見を纏め、貴族議会の方に意見を言う議会も存在しています。こちらは300年前の奴隷制度の撤廃に合わせて今後同じ様な悲劇が起きない様に、と発足した民衆側の意見を告げる機関です」
カイトは言われて、自分が発起人となった議会の存在を思い出す。元々はただ単に意見を聞く為だけの日本の委員会的な存在だったのだが、どうやら彼が居なくなった後に発展して、権力を持つ正式な議会として成立したのだろう。そうして、フィーネが一通りの説明を行ったが、こちらは地球の代議士制度と大差はなかった。
「というわけなのですが、まあ、地球の議会と変わらないと思います。まあ、地球のそれを参考にしたのですから、当然といえば当然です。なので、市民税を払い住民として定住していなければ、選挙権を得る事はできません。当たり前ですが、冒険者として旅をしていれば、何処か他の土地の利益の為に動く政治家を選べますからね……あとそれと、当然ですが貴族達には選挙権も被選挙権もありません。権力の集中を招きますからね……これが、皇国の基本的な政治体系になります」
一通りの説明を終えて、フィーネがプロジェクターを終了する。これ以外にも当然ルール等は存在しているが、あくまで今回は基礎的な事だけだ。一気に全部を詰め込んでも理解出来るはずがない。なので過不足ない程度で止めておく事にしたのである。そうして、一同はいっぱいの知識を詰め込んだ頭を抱えつつ、取り敢えず講習場を後にするのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第357話『皇都進出』