第355話 皇国とは ――功績とその歴史――
今日も今日とて、説明です。今日からは普通に一日1話更新です。21時には投稿しません。
「さて、皆さん休憩は取られましたね? では、続けます」
約10分程の休憩の後、フィーネは再び体育館で講義を始める。ここから書類を気合と根性――と言う名の魔術による分身――で片付けたクズハとアウラが講釈に参加する事になっていた。
「さて、休憩前までは、第15代皇帝陛下の御世の前まで、お話致しました。皇国の転換期、と言われるのはこの時です。皆さんと同じく日本の勇者カイト様によってもたらされた数々の知識によって、皇国のみならず、エネフィア全土が大転換を迎えることになります。さて、その勇者カイト様がもたらされた物は、もはや枚挙に暇がありません。先に挙げた奴隷制度の撤廃、連作の実施による食糧事情の改善、飛空艇の製作……もはや1つだけでも偉人と挙げられるに相応しい偉業ですが、彼は皇太子就任前の当時第一皇子であったウィスタリアス・エンテシア様、先々代魔王ユスティーナ・ミストルティン様と共同でこれらを成し遂げていきます。その中で最も有名な功績が……これです」
説明を区切ってフィーネがプロジェクターに映し出したのは、二つの小瓶だ。片方は中には虹色に光る透明の液体に虹色の花が浸かっており、もう片方には何も浸かっていないが、虹色の光を放っていた。これらはこの世界で最も高価な薬品の一つだった。
「これは、『エリクシル』と『霊薬』。花が浸かっているのが、『エリクシル』で、無いのが『霊薬』です。これらは世界で最も貴重な薬品です。彼はその量産体制を整えられました。この2つには『冥界華』と呼ばれる貴重な花が使われます。当時量産どころか持ち帰る事さえ困難な『冥界華』ですが、それを、彼は大量に入手することに成功したのです」
フィーネは続けて公爵邸の庭園の中で最も警備が厳重な庭園で撮影された映像を映し出す。そこには、虹色に輝く半透明な花びらを持つ綺麗な花がいくつも咲く花壇が映し出されていた。そして更に横に、先の2つの瓶詰めの薬の写真が表示される。
「当時不治の病に冒され、余命2ヶ月と診断されたユリシア様を救われる為、勇者様が当時、いえ、今なお大陸最悪の危険地域である『冥界の森』へと向かわれます。多くの腕利きの冒険者が徒党を組んで挑み、6ヶ月以上挑んで尚、帰ってこれない様な魔境です。彼はその魔境の踏破をたった1ヶ月という異常な速さで成し遂げ、冥界の森の最奥から、『冥界華』の実物と生育環境等の様々な情報を持ち帰ります」
プロジェクターに大陸の地図を投影して、更にそこに大陸中央部に近いあたりを丸で囲う。そこが、『冥界の森』というエネシア大陸最悪の魔境だった。
縮約を考えれば、森の広さそのものは大体半径100キロ程だろう。が、実際にはこの周囲には強大な魔物の住処があるため、より広範囲に危険地帯が広がっているのだった。
「この情報の取得にはかの大精霊様達の援助があった、と聞きますが、彼はそれを得て計120輪持ち帰ります。そして、1輪をユリシア様の治療に、約半数を公爵邸の庭園に、残りをウィスタリアス様との共同研究に費やす事にします。そうして、研究が始まり2年後。様々な種族の知恵を借りつつ、遂に確たる生育条件を掴むことに成功しました。その際、最も功績があったとされるのが……彼女。薬学者にして、外科医師として天才的な知能を持つリーシャ・オルレイン。勇者カイトの主治医でもあります。今なお魔法薬学においては第一人者とされる魔女です」
映し出されたのは、一人の可愛らしい少女だ。彼女こそ、ミースと並んでカイトが最も信頼する医師の一人で、この世界においては大精霊や古龍達を除いてカイトの真実に最も近い人物だった。
精神科医に近いミースとは違い、彼女は外科的な分野を担当しているのである。カイトの義兵団においては、誰もが一度はお世話になった存在だった。
その才能はティナも素晴らしいと絶賛する程で、こと治療薬等の肉体に影響する薬学の才能であれば同じく魔女族の彼女をも遥かに上回っていた。
まあ、そんな彼女を見るカイトの頬が少し引きつっていた所を見ると、やはり彼女もカイトの関係者らしくまっとうな性格では無いのだろう。
「彼女の功績もあり、霊薬の量産体制は整う事になり、更には薄めた霊薬は疫病に対する抗体を持つ事が判明します。結果、疫病の蔓延は大幅に減少し、疫病による死亡率はそれまでの10%まで低下。この研究を主導した功績により、ウィスタリアス様は皇太子の地位を確立されます」
当たり前だが、幾ら絶大な人望と多大な武勲があろうとも、平和になれば武張っていただけでは地位はすぐに追い落とされてしまう。
そんなウィルの功績を何よりも高めたのが、この疫病対策なのであった。流石にこれは彼が『勇者カイトと英雄達』の中に入っているからこそ、成し遂げられた功績だ。民草の死亡率を10%以下に下げた功績は誰もが文句をつけられない功績で、皇太子に指名されるには十分だったのである。
「また、薄めることでもその効力があまり減衰されず、様々な疫病の治療薬となる『エリクシル』と『霊薬』は、皇国での主要輸出品として、未だに挙げられる特産品です。『エリクシル』は最高級の回復薬として、国家存亡の危機に備えて厳密に管理されています。それは置いておいても、これにより、皇国は医療大国かつ技術大国としての地位を確立します」
更に続いて映しだされた写真は、恐らく即位式の時のウィルだ。頭には王冠はあるが、カイトが別れた時よりも老いた感は無く、変化といえば王冠と服装はカイトが知っている物よりも豪勢な物になっているぐらいだった。
写真では真面目そうな顔をしているが、カイトにはそんな式典用の豪華な服を着せられる本人の嫌そうな顔が目に浮かび、愚痴が聞こえるようであった。
「彼がかの有名な英雄王にして賢帝と名高きウィスタリアス皇帝陛下です。皇国で偉人を上げよ、と言われれば、必ず彼の名が挙がります。当時はおそらく叛逆大戦と並んで最も英雄の多い時代。ご主人様……カイト様方は言うに及ばず、マクシミリアン将軍、ミナト様、ウェルネス様、クズハ様の父王様……誰もが英雄と呼ばれるに等しい方々でした」
フィーネは少し懐かしげに、去って行った彼らの偉業を讃える。当時を生きた彼女だからこそ、実感を持って語れるのである。今はもはや多くが死に絶え、彼女ら当時を生き抜いた者だけが知る実感だからこそ、その賞賛は誰しもの胸に染み込んだ。
が、何時までも懐かしんではいられない。なのでフィーネは懐かしさを消すと、再び解説に戻ることにした。
「……さて、当時のお話に戻ると致しましょう。その時に結ばれた縁は、何も個人と個人の物だけではありません。国同士も、当然縁が結ばれています。これが有名な、大陸間相互協定会議の設立です。開催場所は、空中都市レインガルド。勇者様のお師匠様が治めていらっしゃる土地でもあります。それが空から下りて来る時に実施されます。通常は持ち回りなので、今年は本エネシア大陸で行われる事になっています」
懐かしさを消したフィーネだが、更に続けてプロジェクターの映像を変える。そうして映し出されたのは、何処かの街の映像だった。
バックには海が映し出されていた所を見ると、何処かの港町かと思えるが、それは違った。これは空中都市が地上に降りてきた所での写真だった。
「この会議は2年に一度行われるエネフィア中の国々が集まって行われる会議で、通商条約や様々な国際法等の決定が行われています。これに参加するのは、各国王族や貴族たちか、彼らの名代。現在議長は<<古龍>>様が持ち回りで行われています。まあ、さすがに彼らの前で何らかの無礼を働ける無謀な輩はこの会議に出席することなどそもそもで止められますので、彼らに議長が委ねられているわけです」
当たり前だが、この会議は各国王侯貴族達の集まりだ。となれば、主導権争いや因縁などで議会が紛糾しかねない。となれば、誰か更に上位の存在による議長が必要なのだ。それを引き受けていたのが、<<古龍>>達なのであった。
ものぐさな彼らなので何か仲裁をしてくれる事は滅多にない――どころか会議に参加してくれる事も稀――が、流石にカイトとティナを除けば圧倒的な戦闘力を有する彼女らに喧嘩を売る様なバカはこの世界には存在していない。座っていてくれるだけで良かった。最悪居眠りしていても問題は無い。大騒ぎになり目を覚まさせては、と思うだけでも十分な威圧効果が得られたのである。
そうして、更に彼女の解説は続いていく。とは言え、主な変更点は特に無く、語られるのは厄災種の襲来や飛空艇の開発、多少あった戦程度であった。
「……さて、長々とお話いたしましたが、15代陛下の御世で制定されたこれら法律や制度は、今なお若干の変更が加えられながらも続いております。現皇帝陛下レオンハルト様の御世でも変わっておりません。では、当代陛下の功績に移る事に致しましょう」
フィーネは続けて、ようやく近代の話に入る事にする。当たり前だが、過去のお話だけを見れば良いわけでは無い。近現代も見なければならないのであった。
「さて……敢えて述べる必要も無いかもしれませんが、こちらが、現皇帝レオンハルト・エンテシア陛下です」
フィーネは都市の映像を消すと、更に続けて一人の男の戴冠式での映像を映し出す。映し出されたのは当然だが、現皇帝レオンハルトだった。
とは言え、今よりも幾分若い様子で、髪にしても今の様に獅子のたてがみの様では無い。まあ、体格の良さはこの頃からだったのか、身体つきはがっしりとしていた。
「彼の功績で欠かすことが出来ないのは、軍関連ですね。10年前に起きたルクセリオン教国との戦いで最前線を戦い抜いた事もそうですが、当人の武力は大陸最高と呼ばれるほどです。彼の戦功をなくしては、10年前に起きた武力衝突での勝利は語れないでしょう」
皇帝レオンハルトの説明に移ったフィーネは、続いて大陸地図を写しだして、皇国の西端の隣国ルクセリオン教国との国境線を丸で囲う。おそらく武力衝突はそこで起きたのだろう。
「当人の武力が優れている事はもとより、彼は軍関連の知識も優れています。柔軟性に欠けていた近衛兵団に皇帝直属の特殊作戦部隊を設立させ、更には近衛兵団にはまだ実用化に採用されていなかった揚陸艦型飛空艇を採用。天領近郊であれば一両日中に援軍を送れる態勢を整えたことは、皇国軍事史としておそらく歴史に名を残すでしょう」
フィーネはそう言うと、どうやら空挺師団らしい映像をプロジェクターに映し出す。まあ、空挺師団といっても落下しているのは魔導鎧の兵士だったり途中で龍になる龍族だったりするのは、エネフィアだからだろう。
「他にも彼は軍事面において優れた功績をなさっておいでです。例えば、現在ではまだ制式採用には至っていませんが、大型魔導鎧用に機関銃型魔銃を開発させていたり、と軍功には枚挙に暇がありません。とは言え、軍事面だけでは無く、民の為の研究についても、積極的に投資を行っておいでです」
現皇帝レオンハルトの場合軍功が高いだけで、別に他の改革を行っていないわけでは無い。というわけでフィーネは更にプロジェクターに幾つかの写真を映し出す。それは全て巨大なコンクリート製の建物だった。窓はガラス製で、扉にしてもガラス製だ。地球の研究所と比較しても遜色のない様相だった。
まあ、エネフィアにガラス窓のコンクリート製建造物と聞けば可怪しい様に思えるが、コンクリート自体は普通に存在していて可怪しくはない。と言うより、300年前どころか700年以上昔から普通に存在していた。そこに初代皇王イクスフォスやカイトが持ち込んだ知識を加えれば、普通に近代的なコンクリート製建造物があって当然なのである。それに地球でも古代ローマ帝国の時代には普通にコンクリート製の建造物は存在していた為、それが有った所で何ら可怪しい事では無いだろう。
まあ、そう言ってもこの建物達の場合、カイトの残したデザインが基礎になっているので、地球の建物に似ていて当然ではあるのだが。
「こちらは皇族直下で設立された研究所の数々です。これら大規模な研究施設を設立した事は、彼最大の功績でしょう。ここで開発された物の中には最新型の家電製品として市民に販売されている物や、情報を公開した事で競争を促進させた物が数多く存在しており、彼が決して、戦いだけの王では無い事を示す好例と言えるでしょう。この中でも最大の研究所は、皇都に設置されたエンテシア皇国中央研究所の拡充。これですね。大型魔導鎧から魔銃、家電製品、果ては飛翔機までありとあらゆる物を研究している研究所へと発展させた事は、彼最大の改革の一つでしょう」
フィーネは写しだした顔像の中でも最大の建物の映像を映し出す。映像の全てが研究所だとするのなら、何処かの街とくらべても遜色の無い広さの巨大な研究所だった。
写真の中には幾つかの大型魔導鎧が写り込んでいたし、飛空艇の研究をしている場所もある。まさか家電製品の開発だけでこれだけの広さは必要無いだろうから、これら巨大な兵器類の為にこれだけの広さが必要なのだろう。
ちなみに、当然だが写り込んでいる物は全て出しても問題の無い機体だけだ。当たり前だが、出してはいけない物は写り込んでいない。そうして、一通りの説明を終えた所で、再び長くなったので、フィーネが休憩を挟むことにして、講習は再び一時中断することになるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。次回で貴族制度について解説やって、多分講習会は終わりです。
次回予告:第356話『皇国とは』