第353話 皇国とは
ようやく初代皇王の名前のお目見えです。
天桜学園が皇城からの使者から皇都への招聘を受けた数日後。天桜学園にカイト達が久々に戻ってきていた。理由はもちろん、詰め込み教育的に皇国の事を学ぶ為だ。一応自主勉強は行っているが、それでも講師から受けるのとはまた別だ。
「うぁー! すっげ久しぶり!」
ソラが久しく離れていた学園の校舎を見て、思わず声を上げる。上層部の面々はマクスウェルを中心として活動していたため、ここに帰ってきたのは約1ヶ月半ぶりの事であった。
ちなみに、最も離れていたカイトは既に三ヶ月近く帰還していなかった。まあ、彼の場合旅行の前は忙しなく公爵領内を渡り歩いていたので、仕方がなくはあるだろう。そうして、そんなソラに、カイトが苦笑する。
「そういえば、お前は一番始めにこっちに駐留してから帰ってなかったな」
「まあな」
カイトの言葉に、ソラが笑う。というのも、彼の場合カイトからの依頼もあり、即応部隊としての活動を優先してもらうため、輪番で行っている学園への駐留には加わっていなかったのだ。
「周りも随分変わったわね」
「畑が増えてるねー」
「と言うか、学園の側に牧場が出来るなんて、入学した当時は思いませんでしたわ」
「いえ、それで言ったら異世界に居るなんて思ってもみませんでしたけど……」
そんな二人を他所に、上層部女性陣が変わりに変わった学園の周囲を興味深げに観察する。既に学園というよりも、何処ぞの農村という様相を強めていた。
「と言うか、小屋出来てない?」
「小屋と言うより、もう小さな家だな」
一条兄妹はそんな様変わりした周囲に小さめの家らしき建物が出来ている事に気付いた。冒険部が依頼を受けて、マクスウェルの職人に手配してもらった少数人数用の家だった。所謂、シェアハウスである。
中には台所や風呂と言った生活に必要な設備が整えられており、学園に残る生徒や教師達は現在此方に生活の拠点を置いていた。さすがに既に転移から6ヶ月以上が経過しており、学園の校舎を改造して作った生活空間用の異空間が限界に達したのである。
まあ、そういうわけなので、実は所謂ニッカポッカが似合いそうな体格と見た目に変化した生徒が数人木材を担いでいたりする。
「さて、アウラ。何故ここにいる?」
カイトが何故か眼前に居るアウラに問いかける。誰もが周囲に視線を遣っていたのは、この現実から目を逸らすためであった。ちなみに、彼女は執務室で書類仕事をしている筈、だった。その彼女が何故ここにいるのか、当然ながらの疑問であった。
「おー、カイトの通っていた学校に興味があった」
「帰れよ」
「ずっと離れ離れだったお姉ちゃんにその扱いはひどい……ユリィは一緒なのに……」
アウラはしくしく、とハンカチで涙を拭う仕草をする。当然だが、演技である。と言うか、そもそもで完全にぽやん、とした顔のままの泣き真似なので、一向に泣いている風に見えなかった。ちなみに、きちんとカイト達以外から存在は隠しているので、一応気は回してくれているのだろう。
「ねえ、しくしく、って口で言うの止めないかな? かなりわざとらしいよ?」
そんなアウラに幼馴染みとして昔からその言動を知るユリィがアウラが口でしくしくと擬音を作っている――しかもやる気が無い――事にツッコミを入れる。それに、自分の演技がかなりわざとらしい事に気付いていたらしいアウラが顔を上げる。
「おー、やっぱり? で、カイト。案内して」
「オレはこれからフィーネの講習だよ……」
アウラの言葉に、カイトががっくしと肩を落とす。そもそも彼とて冒険部の長としても多忙は多忙だ。何処かとの会談が無ければ無いで、多くは適度に見繕った依頼で出掛ける事にしている。用事も無く学園に帰還するはずがない。そんなカイトに、アウラが問い掛ける。
「で、カイト。ここがカイトの学校?」
「まあ、それしかないわな」
「へー……おー?」
興味深げに周囲を観察していたアウラだが、ふと、後ろから何者かに首根っこを掴まれて後ろへと引っ張られた。
「ア・ウ・ラ? お仕事はどうされました?」
首根っこを掴んだのはクズハである。アウラが公爵邸の執務室からいなくなり探していたのだが、彼女はユリィからアウラが此方に来ている、と聞いて文字通り飛んで来たのである。
「後でやる」
「今直ぐ、やりましょうね? 何処かの子供じゃないんですからね?」
「じゃあ」
「持ってきて、ですよね。ユハラ」
「はいはーい。こちら、アウラ様用のお仕事になりまーす」
クズハはアウラの言葉の先を読んで、背後に控えたユハラに命じて、書類の山を取り出させる。カイトとしてはこんな所でそんな行動は取ってほしくは無かった。
「おー……」
取り出された書類の山に、アウラは無表情ながら何処か絶望を目の当たりにしたオーラを発する。そうして、ユハラから書類を受け取ると、トボトボと校舎へと入っていく。
「……どこへ行く気だ?」
「……まあ、わかってるんで、ユハラ」
「はいはい」
「とっ捕まえてこい」
「はいはい」
カイトの命令を受けて、ユハラが消える。そんなユハラが次に現れたのは、校舎へ入る直前のアウラの真後ろだ。そしてそのままアウラを回収して、戻ってきた。そうして目の前に引きづられてきた姉に、カイトが仁王立ちで怒鳴る。
「おいこら馬鹿姉! 人様の机で仕事しようとすんな! せめて会議室ぐらいにしとけ!」
「おー?」
まあ、カイトの言葉も随分甘い物であるが、義姉に対する物だ。この程度だろう。まあ、そんなカイトの言葉にアウラが首を傾げて疑問を呈したが。
「何故……弟の物は姉の物」
「どこの剛田くんだ……」
「代わりに姉の全ては弟の物。おっぱいもお尻も大事な場所も全部」
アウラはそう言うとむにゅん、とカイトに巨大な胸を押し当てる。基本的に彼女の行動原理は理解不能だ。この行動もある種可怪しい様で、カイト達にとっては可怪しくは無いのだろう。
まあ、そういうわけでそんな行動は何時もの事だし、ここからも何時もの事だ。昔からアウラに対して沸点の低いクズハが再び怒鳴り声を上げる。
「アウラ! いい加減にしてください!」
「むぅ……勝ち」
が、ここらで昔とは違う部分が出て来る。昔と今では二人共色々と変化しているのだ。と、言うわけで、アウラがムギュ、と胸を強調するポーズを取った。
当然だが、アウラはクズハが胸にコンプレックスを抱いている事は把握している。となれば、それを利用しない手は無かったのだ。
「くっ……負けました……」
圧倒的な戦力差を見せつけられ、クズハが怒りを失い、一気に絶望感に包まれる。これに割り切りが付けられるまでは、今暫くの時間が必要だろう。まあ、そんな変わった様で変わらないバカな行動をしてカイトに怒られるのは、昔からだ。
というわけで、カイトは公爵代行という栄えある地位にあるにも関わらず、300年前と少し変わって少しも変わらない遣り取りを行う家族二人の首根っこを掴み、自身の側に寄せる。
「おい、ちっぱいエルフと巨乳天使。お前ら、さっさと仕事しろ。しないならお仕置きだ」
「いやん、カイトのエッチ」
「お兄様、このような場所で……」
「カイトー、いくらなんでも皆に見られるのは私もどうかと思うなー。それとも、あれ? 羞恥プレイとか言う奴?」
まあ、聞いてくれないのも、ポケットの中のユリィが更に話題を逸らすのも、昔からの事だったが。というわけで、カイトが呆れながら、三人に説教を行う。
「黙れお気楽妖精。お前もお仕置きに加えるぞ。と言うか、何故お前ら全員そっち方面のお仕置きと判断する? オレでも普通に仕置きはするわ。あと、お仕置き希望すんのはやめろ」
「え? 違うんですの?」
それを聞いていた瑞樹が驚いた声で問いかける。
「え?」
「え?」
それを聞いたカイトがきょとん、と瑞樹を振り返ると、そのきょとん、とした顔に桜が驚く。
「カイトよ。それが、現実じゃ」
何か釈然としないカイトだが、誰もが同じ表情をしていた。そんな様子にかなり愕然としたカイトは、トボトボと校舎へと向かうのであった。
ちなみに、トボトボと、なのでクズハとアウラが地面に引き摺られるのだが、二人は器用に空中に浮いていたので、珠のような肌が傷付くということは一切無かったのだった。
まあ、そんなこんなで家族とのひとときを心ならずも楽しんだカイトであったが、なんとか冒険部上層部の待機用に用意されていた会議室に二人を突っ込んでユハラに後を任せると、気を取り直して体育館に入って講習を受ける事にした。
「では、講習を始めます」
体育館に備え付けのマイクから、フィーネの声が響く。学園にはきちんと電気設備が設置されているため、地球にあった時と同じく、学園の殆どの設備は使えたのである。
「今回の講習では、皇国の歴史と、皇国貴族についてを解説させて頂きます、マクダウェル家クズハ様付きメイド、フィーネです。宜しくお願い致します」
フィーネが一礼するのに合わせて、学園生達と教師達がお願いします、と応えた。そうしてその返事を受けて始まるのは、皇国の歴史から、だ。まずは歴史を知らない事には、貴族については知れないだろうという判断だった。
「さて、ではまず、皇国の歴史から始めさせていただきたいと思います。既にご存知の方も多いかと思いますが、再度の確認を込めて、お聞きください」
フィーネはプロジェクターに資料を映しださせる。公爵家が作った皇国についてのプレゼンテーション資料だ。パソコンはカイトがかなり昔に使い方を教えたので、普通にフィーネは使えたのであった。
「まず、エンテシア皇国ですが、その歴史は700年になります。起こりはとある若者の奮起によります。当時エンテス大陸にあった大帝国マルス帝国。何時建国されたかは定かではありませんが、その支配はエンテス大陸の約70%に及ぶ大帝国でした」
最初に映し出されたのは、エネシア大陸の概略図だ。そこに映し出されたのは、大陸の北と西の端以外は全てを塗り尽くしていた巨大な国だった。初代皇王やヘルメス翁、ハイゼンベルグ公ジェイクらは、これに敵対したのである。
「その支配下に加わらなかったのは、北部の力ある種族たちが争いを繰り広げていた魔族領の一部と、大陸西部の大国だけでした。そうして、大陸のほぼ全てを手中に治めた大帝国ですが、その末期の治世は決して、良い物では無かったと伝わっています。人間、各種異族別け隔てなく繁栄の名の下に搾取され、人の命を命とも思わぬ非道がなされていたそうです。その帝国の支配に憤慨したある若者が、ある日、かの古龍様グライア様と共に反旗を翻します。その若者の名は、イクスフォス。後に初代皇王陛下となられる男性です」
続いて、フィーネはプロジェクターに若い男性の肖像画を写しだした。彼は美男子と言っていい風貌で、背は高く、映画俳優の様に整った肉体、髪は白銀、目は紅眼。何処か人間離れした美貌を有していた。
本来ならばそれだけで気後れしそうな感じだが、肖像画の中の彼は、にへら、と何処か締りのない人懐っこい笑みを浮かべていた。それはまるで、太陽のような笑顔だった。
「グライア様との出会いは語られておりませんが、終戦まで常に共に在った、と聞き及んでおります……そう聞いて男女の仲を疑う方もいらっしゃるかと思いますが、それは無かった、と明言できます。グライア様自身、彼は手のかかる弟の様な者だった、と語っておいでで、また、当時の事を知る貴族達も決して、男女のそれでは無かった、と言明しておいでです。初代陛下の第一王妃で、旗揚げ前から最も長い時間を共にしたユスティーツァ様でさえ、彼女もそんなことは聞いたことがない、と言明されておいでです」
そんなフィーネの言葉に、何人かの女生徒が鼻白むが、フィーネは無視して続ける。ちなみに、これは事実で、グライアは初代皇王の事を決して、異性と見ていなかった。
これは彼女の口ぶりや彼を思い出す眼を見れば、確実だろう。それにそうでもなければ、彼女がカイトに傅く事は無い。彼女が選んだのは、イクスフォスでは無く、カイトなのだ。
「さて、そんな彼らですが、様々な会戦を経て、約5年。遂に帝国帝王の撃破に成功します……ここで、一つの映像を見てもらいましょう。これは彼の戴冠式の映像です。偶然、ある貴族が保管していた物が大戦でも破壊されず、唯一残っていた物をコピーした物です」
一つを説明し終えたフィーネだが、続けて何かの映像を再生し始める。それは粗い映像ではあったが、はっきりと先程の彼と分かる映像だった。
それは今の皇城とは違い、まだ何処かの砦とも見れる場所での事だった。そうして、今よりも遥かに昔の物語が少しだけ、語られる事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第354話『皇王イクスフォス』