第352話 出頭要請
カイトにクズハ達から連絡が入った時から、少しだけ、時は遡る。カイトの隠した隠し書庫を発見した、というアウラの言葉に従って、アウラとティナは公爵邸地下に設置された研究所から隠し書庫のある皇都のアウラの実家ことフロイライン邸に移動した。
「・・・よくよく考えれば、余はこの家はきちんと調査した事はなかったのう」
「おー?」
ティナの言葉に、アウラが首を傾げる。アウラは時折こちらに来ているのだが、よくよく考えれば、確かにティナはこちらの家に来た事は殆ど無かった。少なくとも、帰還後には一度も来ていない。地球転移前にしても、皇都に所用がある時ぐらいしか、来たことは無かった。
というのも、仕方がなくはあった。なにせこちらにはクズハもそうだが、ティナは思い入れが無いのだ。彼女らにとってこの家は単に婚約者の実家、という程度にしか思っていないからだ。故もなければ来る事も無いだろう。
「まあ、一応宿泊はしたが・・・書庫は殆ど手を触っておらん。故人の遺品をそこまで大々的に使って良いものか、と思うたからのう」
「・・・そだっけ?」
アウラは首を傾げたが、言われてみれば、確かにそうではあった。幾らティナとて、大賢人の書庫といえども愛する男の義父の書庫だ。そして皇国の研究者達にしても、最も国の建国に尽力し、そして国の為に散った偉人の私室だ。そこまで大々的な調査が出来るはずもない。
彼らもティナもそこまでおおっぴらに触れようとしなくても、普通ではあった。それ故に、今までずっと誰にも気付かれなかったのだろう。アウラというブラコンでなければ、おそらく今でも未発見だったはずだ。
「お主らにとっては普通に実家じゃろうが、余らにとっては、言わば建国の祖と言われた名宰相ヘルメスの私邸じゃ。あまり触らん様にしておった」
「おー」
ティナに言われて、どうやらアウラも理解した様だ。彼女以下カイト、ユリィにとっては普通に自宅なのだが、そう感じられるのは、彼女らだけだった。
「書庫も案内されてはおるが、何処なのかはもうすっかり覚えておらん。すまんが、案内頼むぞ」
「ん」
ティナに頼まれたアウラは門戸を開き、中に入る。時折クズハ達が皇都に来る時にはここを公爵家の別邸として使用しているため、掃除は為されていたので、ホコリが溜まっていることはなかったし、ボロボロというわけでもない。かなり豪奢な邸宅というだけだった。
「ただいま・・・ティナも」
「・・・ただいま」
ただいま、と言ったアウラに促され、ティナが少し気恥ずかしそうに同じくただいま、と告げる。やはり、ここらはアウラやカイト達との感じ方の差なのだろう。
何時までもアウラ達にとっては、此処こそが、帰るべき家なのだ。そうして、二人は誰もいない豪邸の内部を歩いて行く。
「こっち」
「うむ」
二人は玄関ホールを抜けて廊下を暫く歩き、廊下の最奥の部屋へと移動する。ヘルメス翁の私室はここ以外にもあるが、彼の書庫は廊下の最奥にあるのだ。
「にしても・・・公爵邸と殆ど変わらぬ広さなのではないか? ようも皇都にここまでの土地を構えられたものじゃな」
「・・・おじいちゃん唯一の我儘だから」
廊下はかなり長かった。普通に5分歩いた所では端まで到着しない程だ。そんな最中、ティナがアウラに問い掛ける。とは言え、彼女の答えは少し違った。なので、それを指摘する。
「ただ単に領地を望まぬ代わりに、邸宅を望んだだけじゃろう。皇国の末代に至るまで、一切の税金を免除する。それが初代宰相ヘルメスの唯一の願いじゃからな。それに貴族達が悩んだ結果が、この邸宅じゃろう」
初代宰相。それが、ヘルメスの公的な身分だった。まあ、初代というわけなので300年前には引退していたわけであるのだが、それでも公的な身分としては、皇国皇帝家の終身後見人だ。影響力はその当時でさえ、失われていなかった。
まあ、それも仕方がなくはあっただろう。なにせ初代皇王が内政の知恵袋として全てを彼に任せたのだ。言わば初代皇王にとって、中国漢代の高祖・劉邦にとっての張良にも近しい存在だったのである。それでいて、滅多に口出しはせず、頼まれた時だけにしか、力は貸さない。皇族にとって彼は如何な貴族達以上に信頼に値する存在だったのだ。
異邦人というカイトを引き取れたのも、ウィルの教育者として着任していたのも、こういった裏事情があった。カイトが公爵として任命されるのが何処からも望まれたのは、ここらの事情もあった。新たな皇国の守護者として、彼の代わりを望まれたのだった。
「そういえばそうだった」
「お主は・・・せめて祖父の功績じゃろう・・・覚えておいてやれ・・・」
「おー。お爺ちゃんはカイト拾ってきた」
「奴は子犬か何かか・・・」
まあ、違いは無いのだが、それでもそんなアウラの物言いに、ティナが呆れる。と、そんな雑談をしていると、書庫に辿り着いた。そうして二人は書庫に入り、隠し書棚を使った隠し書庫の中に、入っていく事にするのだった。
暫くの間取り敢えず手にとった本から読み進めていく事にしたティナだったのだが、そうして浮かんだのは、ティナでさえもはや絶句を通り越した畏怖という感情だった。そこに収められていたのは、数百年に及ぶ研究の成果の中でも、彼が意図的に隠した研究だったからだ。
「これは・・・隠すのも道理じゃな・・・お主の祖父はよもや<<ミストルティン>>ではなかろうな? こんな物、隠して当然じゃ。カイトが隠したのは、おそらく大精霊云々では無く、研究内容を知っておったからじゃろうな」
「カイトは多分そうだと思う・・・で、お爺ちゃんは単なるエロ爺。それは無い」
ティナの言葉に対して、アウラは何ら容赦無く、はっきりと切って捨てる。彼女がここまで辛辣なのは、祖父に対してだけだ。そんなアウラにティナは苦笑しつつ、出会ったことのない彼に思い馳せる。
「じゃが・・・これなぞ見てみよ。不老不死の研究じゃと? しかも時魔術を使った? 正気の沙汰では無いぞ」
「こっちは『時空の裂け目』とかいうのの調査してる・・・でも、だからと言ってもティナ以外に私は<<ミストルティン>>は知らない」
「わかっとるよ。余も余以外には地球におるあれ以外には知らん・・・」
アウラの言葉に対してティナも苦笑しつつも、それを認める。ただ単に自分の特異性を揶揄して、彼のあまりの見識の深さを示してそう言っただけだ。
「もう巫山戯ておるな・・・この理論が、700年近くも前に提唱されておるとは・・・この協力者というのは、何者なのじゃ・・・?」
「わからない・・・こっちには初代陛下の名前が記されてる・・・どうにも彼と開闢帝は『時空の裂け目』に落ちた可能性がある、って」
「開闢帝じゃと!? 名前は記されておるか?」
「・・・ない」
「なんじゃ・・・マルス帝国最初期から生きておるという噂のヘルメス殿であれば、名前を知っておると思うたんじゃがな・・・歴史的発見じゃったんじゃが・・・」
少し前後のページを探って内容を精査したアウラの言葉に、ティナが少し残念そうな声でつぶやく。開闢帝、というのは皇国の前にあったマルス帝国の開祖の事だ。その名前は古代史の中で幾度も出て来る――彼が出て来るわけでは無く、例として出て来るだけ――にも関わらず、戦乱によって名前が失われてしまっていたのである。
まあ、単なる趣味の一環で知りたかっただけだし、状況も状況だったので、その声には少しの残念さしかなかった。
「あ・・・でも、姿についての記載があった。灰色の髪の男、だって」
「ほう・・・それは朗報じゃな・・・何!? どれじゃ!?」
自分も本を読んでいたのであっけなくスルーしそうになったティナであったが、告げられた言葉の意味に気付いて大慌てで本を閉じて、アウラに近づく。姿形が記されている事は殆ど無いのだ。これはこれで歴史的発見だった。
「ふむ・・・ふむ・・・知恵は山河遍くを見通し、武力はこの世ならざる物なり、か・・・開闢帝の謳い文句は初めて見るのう・・・」
ここには世界を越える術を探しに来た二人だが、如何せんここは少し場所が悪すぎた。なにせここは歴史的大発見の宝箱だ。それ故、もはや当初の目的も忘れて、二人は調査を行う。が、そうして1時間程調査して、二人が一冊を読み終えようと言う所に、部屋に備え付けられた通信機が鳴り響いた。
「・・・なってる」
「じゃのう・・・」
本に集中している二人は、お互いに通信機の着信音が鳴り響くだけで何も気にしない。が、それでも電話は何時までも鳴り止まない。
「うるさいぞ」
というわけで、ティナがキレて魔術で強引に通信機に入った着信を切断する。と、それと同時にもう一度着信が入る。で、もう一度ティナが切断する。それが幾度か繰り返された時、クズハが転移で文句を言いに来た。
「お姉様! 電話なのですから、出てください!」
「・・・む?」
クズハが怒鳴りこんできたので、ティナが首を傾げる。どうやら今の今まで彼女は殆ど無意識的に電話の対処をしていたらしい。まあ、二人共目の前に熱中すれば周囲の興味がなくなるのだ。仕方が無いだろう。というわけで、改めてティナが来た事で二人は隠し書庫から出て、クズハの応対に当たることにした。
「で、なんじゃ?」
「はぁ・・・魔導機は今動かすことが可能でしょうか?」
ティナの問いかけを受けて、クズハがため息混じりに告げる。カイトではここらは流石に判断出来なかったのだ。そうして、それを受けて、ティナが現在の魔導機の開発状況を思い出す。
「む? 可能じゃな。とは言え、カイト限定じゃが」
「やはり、そうなりますか・・・」
「やはり、興味をもっておったか?」
皇国どころかエネフィア最高の技術力を誇るマクダウェル家の開発した新気鋭の魔導機だ。興味を持たれない方が可怪しかった。というわけで、ティナには大した疑問も無く、それを道理として処理する事にした。
「はい。できれば、持ってくる様に、と。それに合わせて、ソフィーティア・ミルディン少佐に出頭要請が出ています。分解して調査する、というわけではなく、ただ見るというだけのようですが・・・」
ティナの問いかけを受けて、クズハは使者が持って来た要請をティナに告げる。ソフィーティア・ミルディンとはティナの軍属においての偽名だ。開発の主任である以上、この内容では彼女に出頭要請が出るのは当然ではあった。
というのも、各貴族には行き過ぎない程度であるが、地位に応じた独自で軍備の開発が許可されている。各貴族には、皇族の暴走を止める、という義務が初代皇王から命ぜられているからだ。それは、皇国法の一番初めに明記されている、歴代皇帝、皇国議会でさえ変更不可能な絶対法だ。
カイトが言った皇帝に対する叛逆許可というのは、これだった。それ故、いくら皇国と言えど、公爵家のブラックボックスを勝手に開ける事は出来ないのだった。
「ならば問題あるまい。魔石が意思を宿す事は既に偽名で論文発表済みじゃ。クイーン・エメリアのカイオウもおるしな」
「では、持ち込んでよろしいですか?」
「どうじゃろうのう・・・少々待て」
クズハの問いかけを受けて、ティナは通信を専用回線に切り替えた。繋いだ先は、アイギスのコクピットブロックだ。彼女は今はティナの補佐として、魔導機の最終調整を行っていた。
「アイギス。身体の調子はどうじゃ?」
『イエス、マザー! 特に問題はありません!』
相変わらず元気一杯なアイギスの声が、通信機から響いてきた。しかし、何か可怪しい。映像に映るアイギスが、何処か確かな実体を持っている様に見えたのだ。
「ふむ。義体の調子は良好か・・・では、機体の方はどうじゃ?」
義体、とティナが言うように、今のアイギスは実体を持っていた。流石に何時までも映像だけでは寂しかろう、とティナが気を回して、一葉達の身体を作った時の技術を応用して、アイギスの身体を作り上げたのだ。実はそれでアイギスはここ当分ご機嫌だった。
『イエス! 絶好調です!』
「なら、良いじゃろう。まあ、そんな細かい事はどうでも良いじゃろ。で、アイギス。機体の方は?」
細かくはないと思うのだが、彼女にとっては小さな事らしい。アイギスに向き直って問いなおした。
『えーっと・・・はい。試作型の調子は良好です。前の戦いで破損した箇所の復元も終わってます・・・が。まあ、あの・・・マスターがまた無茶してましたので、開発計画には若干の遅れが・・・』
ティナの言葉を受けて、アイギスが少し苦笑気味にティナに報告する。一ヶ月前のポートランド・エメリアの戦いの後、当然だが機体は回収され、公爵邸地下にある秘密ドックで改修作業が行われていた。
まあ、理由は言うまでも無く、カイトが無茶をしたからだ。試作機では彼の実力に耐え切れないというのに、それでも殆ど全力で魔導機を酷使したのだ。戦闘による破損では無く、カイトの力に耐え切れずに、自壊に近い形での破損だった。
その後、一ヶ月掛かりで戦闘行動時のデータの収集などが行われ、最近になり動けるようになったのだ。まあ、そういうわけでカイトが何度も無茶をした結果、ただでさえ遅れている開発が遅れる事になったのだった。
とは言え、使わなければならなかったのは仕方が無い事だし、普通はまだ得られない実戦データが得られたので、そこは不幸中の幸い、という所だろう。なのでティナが苦笑しつつも、それを諦める事にした。
「まあ、仕方が無いのう・・・取り敢えず、動かせるのじゃな?」
『イエス、マザー。とは言え、マスターからの支援が必要ですが・・・』
「となれば、カイトに聞くしか無いかのう・・・仕方が無い。アイギス。繋いでくれ」
当たり前だが、魔導機を動かすには莫大な魔力を必要とする。実は魔力の消費で言えば、大型の魔導鎧よりも悪化していたりする。それを魔石の顕現たるアイギス一人で賄うのは、不可能であった。
ちなみに、彼女の義体を動かしているのは、彼女の魔力である。魔力とは意思の力、意思有るところに魔力は宿るのである。そうして、一同はカイトに連絡を入れる事にしたのだった。
時は今に戻り、先程までの事をカイトにクズハが説明を終えた。
「と、言うことなんです」
『なるほどね・・・確かに、一応は量産機である以上、その試作機を隠しておく事も出来んか』
「で、あろうな。それに、まだまだ黎明期の機体。特殊部隊仕様しか、今後100年は開発出来んじゃろう・・・それも、その100年後も余しか作れんじゃろうしな」
カイトの言葉を受けて、ティナが魔導機の実情を語る。実は量産機として考えている、と言いつつも、実は今のエネフィアでは魔導機を量産する事は不可能に近い。まずコクピットに関してはティナ以外には生産出来ないし、機体にしてもここまでの機敏さを出せるのは、彼女だけだ。
とは言え、これは当然だった。カイトがかつて言った様に、魔導機は地球の最先端の科学技術とエネフィアの魔導技術を完全にミックスした機体だ。どちらの技術も理解していないと、開発どころか根幹技術をコピーすることは出来ないのである。そうしてそんなティナの言葉を受けて、カイトが問い掛ける。
『ふむ・・・確かにそれもそうか。見せてまずいか?』
「うーむ・・・まあ、コクピットを覆う亜空間技術については、純粋な魔術で出来ておる。その部分については隠しておく必要も無いし、こちらについては折を見て提示するつもりじゃった。パイロットの安全性に寄与するし、表示系統も少しいじることが出来れば、密閉型を作る事が出来るからのう。そこらは秘匿しておく必要は無い」
カイトの問いかけを受けて、ティナが見せれる部分を提示する。それは当然だが、純粋な魔術で開発されている部分だった。ここらは当然として超高度な魔術を使われているが、量産機として開発している以上、見られてまずいレベルでは無かった。
『逆に見せてまずいのは?』
「動力系と、姿勢制御系じゃ。あそこには重力場発生装置が組み込まれておる。あれは純粋な科学技術の恩恵。動力から直結しておる。流石にあれは地球でも魔術を使える余らでなければまだ作れん物じゃ。見せて分かるとは思えんが、見られるのもまずいじゃろう」
更なるカイトの問いかけに、ティナがまずい部分を提示する。こちらは当然、地球の科学技術が使われている部分だ。
ここらはもはや地球に帰った彼らでしか開発ができなくなり、正体が露呈する可能性が出て来る。それ故の判断だった。そうして、それを受けて、カイトが最終的な判断を下す。
『わかった・・・クズハ。そこらを詰めて、皇国に持ち込むのと少佐の出頭要請を受ける、と告げてくれ。それとパイロットとして、カイム・アマツ少尉も同行する、と連絡を。どちらにしろ二人共皇都には出向くからな』
「わかりました・・・研究所は如何しますか? 現在はお兄様の世界の基地と遜色ない様相を呈していますが・・・」
「ほう・・・」
クズハの言葉を聞いて、ティナが口角を上げる。地球と遜色のない基地、ということは、地面はコンクリで覆われていて、という事だ。ティナの趣味趣向の面、そして実益の面でも、彼女にとって良い提案だった。
「良し、研究室を押さえておいてくれ。余が存分に利用させてもらおう。それに、地盤の安定した場所でのデータは必要じゃからな」
『はぁ・・・はいはい。じゃあ、皇都でも実験に付き合えば良いわけね』
「うむ」
カイトの呆れた様な問いかけに、ティナが同意する。こうして、彼らと共にアイギスの皇都進出も、決定したのだった。
お読み頂き有難う御座いました。ということで、少し先でロボット物に入る予定。
次回予告:第353話『皇国とは』