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第350話 カイトの嘘

 時は進み、カイト達がマクスウェルへと帰還した頃。冒険部の執務室には、一人の使者が訪れていた。


「そういうわけですが、問題無いでしょうか?」


 優雅な美男子が丁寧な言葉で、カイトに問いかける。彼は今回の一件で派遣されてきた、皇城からの使者だ。皇城への出頭要請を聞いたカイトは、内心で頭を痛めつつも、それをおくびにも出さずにほほ笑みとともに返す。


「はい、我々にとっては今回の一件、ただマクダウェル家、エンテシア皇国にご恩を返しただけの事に過ぎません。まさか、その様な栄誉を頂けるとは、光栄の至り。ただ、やはり我々は冒険者。ご無礼があると思いますが……」

「陛下はそれについても、良い、と仰っておいでです。陛下は皆さんの事情をご理解されておいでです」

「そうですか、ありがとうございます。ただ、日程については再度調整を行わせて頂きたいのですが……」

「ええ、大丈夫です。あなた方にも予定が有りましょう。既に帰還してから、数日が経過している。ただ、やはり此方も多くの貴族やその門弟達にあなた方、かの勇者と同じ地で生まれ育った者のお話を聞かせたい、と考えています。ですので、できれば……」


 皇都から来た職員が、此方の日程で動いて欲しい、と言外にそう告げる。それに、カイトが少し慌て気味に首を振る。これは別にそれを避けようと思ったわけでは無かった。


「ああ、いえ、そういうことではありません。人員の選定などにお時間を頂きたい、と」


 予定では、一週間後には出発の予定であった。移動そのものには飛空艇を使うとはいえ、さすがに人員の選定――というより、カイトをどうにかして此方に留める為の選定――を考えれば、少し早い感があったのだ。


「ああ、そういうことですか。陛下におかれましては、なるべく多くの日本の者に我が皇都を見てもらいたい、とのことで、来れる者全員を連れてくるように、と仰っておいでです。宿泊場所等については我らが確保させて頂いておりますので、気にしなくても大丈夫ですよ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 使者はカイトが返答するまでの間を予想外の待遇に驚いた、と考えたらしい。これは、話を初めて聞いた彼も思った事であったので、別段不思議には思わなかった。しかし、実際には違う。カイトが思ったのは、逃げ道を塞がれた、と思ったのであった。

 今回呼ばれたのは、冒険部、ではなく天桜学園そのものだ。それ故、カイトが皇帝レオンハルトに謁見する必要は無く、挨拶であるならば生徒会長の桜、運動部連合会会頭の瞬、学園校長たる桜田ら教員たちだけに抑えたかったのだ。あまり多くても逆に揚げ足を取られる事にもなりかねない。

 それに、出されているのは出頭命令では無く、出頭要請だ。つまり、断る事も出来たのである。しかし、更に逃げ道を塞ぐ言葉が発せられる。


「ええ……それと、実は特にカイトさん、貴方は是非に、との陛下のお言葉です」

「は? 私……ですか?」

「ええ。実は陛下はお祖母様の影響で、大層武芸を好まれておいでなのです。それ故、皆さんの中でも最強と目される貴方の実力に非常に興味がおありです。是非、一度手合わせを願いたい、と」

「いえ、それは……」


 何かあったら困る、言外にそう告げるカイトだが、使者は安心させる様に微笑んだ。それは自らの王の実力を信じればこその言葉だった。


「いえ、問題はありませんよ。実は陛下はこれでもエンテシア皇国最強の栄誉を戴いていらっしゃるお方。胸を借りるおつもりで、挑んでくださった方が、怪我が無いかと……当然、貴方にね」


 職員はカイトに対して、そう茶化す。彼はカイトの正体を知らず、また、先の<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>との戦いを知っていても、そのカバーストーリー――戦えたのは魔導鎧の原型のおかげ――を信じている。

 それ故、カイトでは皇帝レオンハルトの相手にならず、傷一つつけられないと信じていた。実はこれを素直に信じられる彼であるが故に、今回の使者に選ばれたのだ。

 高待遇の理由等を考察していらぬ部分に想像を膨らませない彼だからこそ、彼に全てを語れないであろうカイトも断りにくくなる、という皇帝レオンハルトの考えであった。武張った者だ、という一般の噂だが、どうやら結局噂は噂に過ぎないらしい。

 そして、彼の策略は正しかった。これが完全に好意で為されている、と思って、そしてこちらもそう取っていると思っているこの職員に対しては、カイトもそれを好意の下、という前提で動かなければならなくなるのだ。


「はぁ……分かりました。では、お願い致します」


 カイトは完全にニコニコ笑顔で一切の裏も無く自らと話し合う職員に対して、ため息混じりに了承を示す。なんとか逃げようとしたカイトだが、逃げ道は無いようだった。人のよい、と言うのは時として武器になり得るのである。言い方は悪いが、バカとハサミは使いよう、という事であった。


「はい。それと、皆さんの中には冒険者として、腕試しをしたい、という方はいらっしゃいますか?」

「はぁ……まあ、元がなんであれ今は冒険者ですから、戦士として、どこまで出来るか試したい者は多いと思いますが……それに我々も年若い。血気盛んな奴はそれなりに多いですが……」

「いえ、実は皇帝陛下がご覧になられる御前試合がありまして……」


 意味が理解出来なかったカイトに対して、職員が少し笑いながら説明を開始した。御前試合、とは、身分の高い者の前で行われる試合だ。当然だが、カイトも嘗ては参戦した事があるが、さすがに今は出る気は無い。とは言え、そんな事は知る由もない職員は、更に話を続けた。


「陛下が武芸を好まれており、また、ご子息の第二皇子ハインリッヒ殿下を筆頭に、何人かの皇子殿下、皇女殿下達も武芸を好まれておいでで、よく御前試合が開かれているのです」


 職員の説明を聞いた瞬間、カイトの顔は非常に引き攣っていた。どうやら今代は非常に武張った一族らしい、と思ったのだが、どうやら使者も同じ事を理解しているらしく、同じく苦笑してスルーした。


「……まあ、そう思うのも無理は無いですが、何分、好まれているのは、仕方がありません。此度の御前試合ではその第二皇子ハインリッヒ殿下も参加されるご予定ですが、何ら遠慮される必要はありませんよ。広く様々な種族からも参加者を募っているのですが、それ故、皆さんも如何か、と。あ、いえ、これは陛下の言ではなく、私個人としての薦めですので、別に出るか出ないかは皆さんの自由です。陛下の様に見るだけでも良いですしね。さすがに陛下もご覧になられるだけです。試合形式はバトルロワイヤルです」


 何処か無意識的な照れがあったので、どうやら本当に彼自身の思いつきだったらしい。これが演技なら、大したものであった。

 まあ、実はこの流れになるだろう、というのも皇帝レオンハルトの手のひらの上だったりするのだが、そこまでは流石にカイトも察し得ない。というわけで、カイトもそれに笑いながら頷いた。


「そうですか。では、告知してみましょう」


 皇国の御前試合他、皇都にあるコロシアムで行われる各種試合ではカイト達が嘗て使用した大怪我を防ぐ魔導具と同様の物が配布され、更にはコロシアムにはそれ専用の結界も展開される。なので、重大事故の心配も無い。別段止める必要は無いし、カイトとしてもできれば、多くの生徒達に参加して欲しいところであった。


「では、ご検討をお願い致します」

「はい、ありがとうございます。では、またお会いできる日を楽しみにしております」


 そうして暫く、幾つかの相談を使者と交わし、カイトは使者を冒険部のギルドホーム入り口まで見送った。使者は当分の間この件でカイトや公爵家と相談するため、滞在するとのことであった。


「はぁ、厄介な……」


 そうして、カイトは執務室に戻り、桜達と会議を始めるのであった。




 その一方。カイトに応対を任せ、研究所に引き篭もっていたティナであるが、研究内容が研究内容であったため、アウラも一緒だった。だったのだが、今日は何か調べ物をする、という事で一緒では無かった。


「ふむ……久方ぶりに世界間転移用の魔術を見返してみたが……なんともまあ、不出来な物じゃのう。ここらは地脈等を使えばより効率的に使える様になるのう……」


 研究内容は当然と言えば当然だが、世界間を転移する為の魔術だ。この分野であれば、ティナで無ければアウラが出す理論を理解する事が不可能だった。

 そのアウラが居ない為、今の内に改めて現物が来るまでに出来る事を確認しておこう、と思ったのであった。


「莫大な魔力が必要であれば、星から得る事にすれば良い……む……そういえば今まで思ってもみなんだが、もしやこれは星々同士でも魔力の流れという物はあるのかのう……面白そうじゃな。次の研究内容の一つとして、考えてみるのも良いのかもしれん」


 ティナの研究は殆どが趣味に端を発する物だ。それ故に、こういう風に益体もない事を考えて脇道に逸れる事は多々あった。とは言え、それでも結局は役に立つ技術に結びつけるのは、彼女だからこそ、という所だろう。


「とは言え……そうなってくると、やはり人工衛星は欲しい所じゃな。観測衛星ぐらいなら、カイトに頼んで衛星軌道上にでも設置してもらうかのう……」


 カイトは既に魔導機を使った単独での大気圏離脱を成し遂げているのだ。試作機を2度もボロボロにしてくれたおかげで研究に若干の遅れが出ているのだが、試作機の修復と、大気圏離脱に対応出来る様な改修はこの1ヶ月で終了している。大気圏を離脱するぐらいならば、問題が無い。

 と、そんな本題から遠く離れた事を考えていたティナだが、そこにアウラが帰って来た。


「ティナー……少し良い?」

「大きさはどの程度にするかのう……む、おお、帰って来おったか。なんじゃ?」


 帰って来たアウラの手には、一冊の手帳が握られていた。それはかなり古びていて、表紙に書かれた字にしてもアウラの書く字とは少し違っていた。


「これ……おじいちゃんの隠し書棚に入ってた。読んで」

「ほう……大賢人とまで謳われたヘルメス殿の書籍か……拝謁しよう」


 当たり前であるが、ティナとしても自分よりも遥かに昔の偉人で、そして超を付けて良い研究者であったヘルメスは尊敬の対象だ。それ故に、アウラから持ち込まれたその手記を何処か恭しく受け取る。


「なんじゃ。至って普通の研究ノートでは無いか」

「半分ぐらいの所……不老不死研究に関する部分」

「そんな物まで研究しておったのか……さすがじゃな」


 そこに記されていたのは、単なる時系統の魔術に関する考察や実験内容を纏めた物だった。確かにそれは彼独自のティナからしても素晴らしいと言える内容が記されていたが、隠し書棚に隠されている様な中身では無かった。

 そうして告げられたアウラからの言葉に従い、ティナは該当するらしい部分の研究についての考察を読み込んでいく。が、それはある所で、思わず彼女でさえ、驚愕する様な内容が記されていた。


「……は? 冗談……じゃろう? これは幾ら何でもあり得ん」


 周囲前後の考察や記録を何度も読み込みつつ、ティナが書かれていた記述を否定する。如何に自分よりも特定分野においては進んだ大賢人の研究ノートといえども、信じられない物は信じられなかった。だが、それはアウラによって、否定された。


「カイトも、それを認めてた」

「なん……じゃとぉ!? あ奴はそれを一度も言及しておらんぞ!? 大精霊は8体と言っておる!」


 アウラの言葉に、ティナがいよいよ絶句して、大いに驚く。手記にかかれていたのは、これだった。大精霊が8体以外にも居る可能性が言及されていたのだ。一般常識どころか、全ての理論の大前提として、大精霊は8体というのが、全ての理論の根本だ。

 これがもし事実であるとするのなら、歴史的大発見どころの騒ぎでは無かった。それこそ、世界がひっくり返りかねない大変革がもたらされるのである。

 ティナが大いに驚くのも、無理は無かった。だが、これにアウラは少しすまなさそうに、首を振った。少し言い方が悪かったのだ。


「ん、ごめん。ちょっと違う。カイトにこれを見せて、居るの、って聞いたら居ない、って嘘言っただけ」

「む……なるほど。認めてはおらんのか……」


 ティナはアウラの言葉を嘘とは思わなかった。カイトを至上として溺愛に溺愛を重ねるアウラは、カイトの事であれば大抵の事は見抜ける。それ故、カイトが嘘を言っている時の彼の無自覚の極僅かな癖を見抜く事は容易かったのだ。


「じゃが……時の大精霊、のう……他にも数体の指摘が為されておるが……何故、今まで誰も指摘せん? それに何故カイトはそれを明言せん? 何故隠す? 何故誰も見付けられん?」


 アウラの言葉を受けて、ティナが思考の淵に沈んでいく。大精霊達は目撃数の多い少ないはあれど、全員が一度ならず複数の目撃例が確認され、その幾つかは確かに彼女らだ、と確定されている。

 だが、大賢人ヘルメスが指摘した大精霊達については、目撃例どころか誰かが提起した事さえ無かったのだ。大精霊の存在が確認されたのがもはやまだ文明が最初期の頃である事を考えれば、これは明らかに可怪しい事であった。


「おまけに、この協力者とは誰じゃ? 一体何故、この理論に辿りつけた?……隠し書棚をきちんと調べる必要がありそうじゃのう。隠し書棚の更に隠された所にあったということは、理由があるのじゃろうな」

「ん。今までずっとカイトが管理してきたけど、そこら辺も理由がありそう」

「単なるエロ本入れかと思うておったから好きにさせておったが……しくじったのう……」


 アウラの言葉に、ティナが少しの苦笑を浮かべる。今までずっとこの本が見付からなかったのは、ある種当然に近かった。それもそのはずで、カイトが隠していたとしか考えられなかったのだ。

 というのも、その本棚は実はというか、ヘルメス翁が残した300年前のエロ本が隠された書棚だったのだ。隠し書棚を発見した時には驚いたが、中身を見て流石にこれは見られたくないだろう、と言うことで一同話し合いの下、カイトが管理していたのである。

 流石にこれではティナも遠慮するし、アウラもユリィも触りたくなかったので、今の今までずっとほったらかしになっていたのである。完全に盲点だった。まさかそれを隠れ蓑に、更に隠しておきたい本を隠すとは思いもよらなかったのだ。が、そうして一つの疑問にティナが突き当たった。


「……お主、よくこんな物を見付けられたのう」

「ん……カイトが読んでないかな、って本棚確認したら偶然更に奥に隠し書庫があったの見つけた。そこの机の上においてあった。多分、お爺ちゃんが出発前にそのままにしておいたんだと思う」

「……エロ本あっても不思議で無い男じゃから、そこら辺は触らんでおいてやろうとは思わんか……」

「ん。おねえちゃんはカイトの全てを知る義務がある」


 カイトが聞けばいろいろな意味で滂沱の涙を流しかねない言葉であったが、アウラには何の効果も無いだろう。なにせ全てを知る義務、というのに性癖まで入っているのだ。そもそもそんな義務も無いのに、頭が痛い話だった。

 ちなみに、そういうわけなので、カイトが隠していると思っているエロ本は全てアウラによって一度検閲されていたりする。まあ、それ以前に部屋を掃除する椿には発見されているので彼女も読んでいるし、更にはそこを通して全員がその存在を知っていたりするので、本当に知らぬは当人ばかりなり、という所だろう。


「……まあ、取り敢えずは、その書庫を調べる事にするかのう……この分じゃと、研究に役立ちそうな本もありそうじゃ。カイトに改めて隠されても厄介じゃ。なるべくバレん様に……いや、おそらくもうバレておるか。なら、堂々と調べる事にするかのう」

「ん……多分、カイトは誰にも言わなければ、調べる分には自由なんだと思う」


 既にアウラが突き付けて、それでもしらを切ったのだ。ならばカイト――ひいては大精霊達――としては調べる分には好きにさせる事に決めたのだろう。そうして、二人は密かに堂々と、ヘルメスの残した隠し書庫へと向かう事にするのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第351話『皇都進出』


 2016年11月19日 追記

・追記

 『各支所だなの更に隠された所にあった~』という一文が途中で終わっていたので、改めて追記しました。

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