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第23話 帰宅

 講習一日目を終えてクズハとの会談のため、馬車で公爵邸へ向かうカイト達。公爵邸は大陸の最大都市の一つと名高いマクスウェルにありながら、そこまで大きくもなく豪奢でもなかった。大きさとしては3階建ての天桜学園の校舎ほどで、木造建築のどこか暖かみのある建物であった。ただし敷地はなぜかかなり広く、周囲数キロメートルに渡って塀があった。


(あまり変わってないな。)


 そう思うカイト。体感時間では三年しか帰ってないだけなのに、不覚にも涙が出そうになってしまった。


(いや、外観だけは変えてないだけなんだろうな。)


 所々窓から見える内装には変わっている点も多く、そう判断する。


「こんだけでかい街なんだからその領主ともなるとすげー豪盛な建物だと思ってたんだけど、そんなに豪華そうじゃないな。」


 ソラはもっと豪盛な西洋風の城を想像していたらしいが、実際には木造3階建てが現れて気勢を削がれたらしい。


「内装はかなり弄っているらしいけど、公爵邸は300年前から装いを変えていないそうだよ。今ではかつて勇者の住んでいた家として観光名所になってるよ。」

「私達の家も勇者の仲間の家として観光地になってますけどね。」


 案内に同行していたアルとリィルが説明する。観光名所となっているだけあって、敷地外からなんとか公爵邸を見ようとしている観光客の姿があった。


「一部の庭園は一般客にも開放されているけど、今の時間はすでに閉園済みだね。」


 アルはそう言うと、門番に開門を頼む。すでに門番には連絡が行っていたため、馬車に乗る人員を軽く確認すると簡単に入門を許可された。一同の乗った馬車は暫くの間舗装された地面を走り、馬車専用の駐車スペースへと止まった。馬車から降りた一同は正面玄関から公爵邸へと入る。その際カイトとティナは小声で誰にも聞こえない様に、こういった。


「ただいま。」


 そうして、二人は懐かしき我が家の入り口をくぐった。




「ようこそいらっしゃいました。私は公爵代行クズハ・マクダウェル様付き侍女のフィーネ・オルレアンと申します。以後、お見知り置きを。」


 正面玄関を通り、豪奢なロビーへと入った一同を迎えたのはメイド服を身に纏った美女であった。その左右には何人もの執事服やメイド服を身に纏った様々な種族の男女が並び、彼女に合わせて頭を下げていた。


「おい、見ろよカイト。あの胸、エルフなのにでけぇ。……パッドかな?」


 フィーネの胸をちら見しながら小声でソラが言った。ソラもエルフは貧乳、という認識が刷り込まれていたらしい。生徒会の男子生徒にも生唾を飲んでるものがいた。


「……ああ。すごいな。……パッドかは知らん。」


 300年前に生で見たことがあるため、本物であることを知っているカイトであるが、知らないことにした。最後に見た時よりも巨大となった胸は、一同の中で最も巨大な桜を超えていた。その視線に気づいたティナは密かにカイトの脇腹を抓り、カイトは目線を逸らした。尚、大きさは300年前よりも、一回り程大きくなっていた。


「にしてもよ、なんかあの人見てると無性に跪きたくなるんだけど、これがミリアちゃんの言ってた呪いってやつか?」


 カイトとティナを除く学園関係者は同じ考えであったらしく、どこか身構えていた。


「たぶんな。まあ、あの美貌を見れば当たり前、とも考えられるな。」

「ああ。というか、あれ以上の美貌を持つ代行様ってどんなんなんだ。」


 フィーネは金の髪を纏め上げ、メガネを掛けたクールな印象の美女であった。その美貌にソラは気圧されてしまっていたのだが、ミリアの話でクズハのほうが凄い、と思い出したらしく、期待と不安に揺れていた。




「此度は多岐にわたる様々な支援、誠にありがとうございます。私は天桜学園において校長を拝命させて頂いております、桜田剛造です。」


 そういって桜田校長が一礼をするのに合わせて一同も頭を下げる。


「ありがとうございます。私のことはフィーネで構いません。それで、申し訳ないのですが、クズハ様は現在公務が長引いておられますので、お待ちしていただくことになるかと思います。構いませんか?」


 本当は意図的に長引かせているのですが、心中ではそう思っているが、一切口には出さず、クールな面立ちを保ったままである。


「ええ。私共のこの後予定は、代行閣下との会談と会食のみ、となっております。お待ちいたしましょう。」


 断る理由が無いため、同意する桜田校長。フィーネはそれに頭を下げる。


「ありがとうございます。では、中庭にある離れでお待ち頂きますので、案内致します。」

 そういって歩いて行ったフィーネに従って、一同も中庭へ向かった。




 中庭はカイトの意向で和風にすべく中津国から職人を手配し、和風に仕上げられていた。そんな理由を知る由もない一同は、離れにある畳敷きの和室へ通されて唖然としていた。離れは純和風の造りであった。そんな一同の表情を見て取ったフィーネは、優しく微笑んで理由を説明する。


「かつてご主人様がいらっしゃった頃、故郷を懐かしんだご主人様が中津国より職人を手配されてこの和室をお作りになられました。ご主人様がいなくなられた後も一部内装を変更しているものの、概ね当時のままで保存してあるんですよ。」

「ご主人様ってもしかして勇者カイトって人ですか?」


 フィーネの美貌にまだ気圧されているソラは珍しく敬語であった。


「ええ。今でもあの当時のことは昨日のように思い出されます。」

「そうなんですか。では、この中庭が和風なのもその影響なのですね?」


 すでにフィーネの魅了から復帰しかかっている桜がそう質問する。


「はい。この中庭に関しては殆ど当時のままですね。いつご主人様がお帰りになられても良いように、と家臣一同で掃除させて頂いております。」

「そんな場所でお待ちさせて頂いてよろしかったのですか?」


 中庭と離には公爵家の勇者への思いが詰まっている、そう思った桜は驚いてそう尋ねる。が、フィーネは優しく微笑んだ。


「ええ。ご主人様もそのほうがお望みかと。」


 そういってチラリとカイトへと視線を送るフィーネ。カイトは小さく頷いた。


「では、私は会談の用意へ戻りますが、何かあればこのベルを鳴らしてください。従者の誰かが直ぐに参りますので、御用をお申し付けください。」


 そういってベルを桜に手渡して一礼し、外に出て行く寸前フィーネを呼び止める声が響いた。


「すまんが、少し案内を頼めるか?」


 ティナがフィーネを呼び止めたのだ。フィーネは大方予想は付いているものの一応確認してみる。


「はい。何か御用がありますでしょうか。」

「少し言いづらいので、な。」


 恥ずかしそうにそういうティナ。フィーネとカイト以外はトイレなのだろう、と予想していた。実際は違うのだが。そう言ってティナはフィーネと一緒に外へでるのであった。




 それから暫くして、少し不機嫌なティナが帰ってきた。和室に居る一同は疑問に思いつつもトイレでなにかあったのか、とは聞きづらいため、ほうっておくことを選択した。が、どこへ行ったのか大凡予想していたカイトは別でティナの横に腰掛けて苦笑した。


「大方お前のことだから自分の研究室へ行ったんだろうが、なくなってたのか?」

「そんなわけがあるまい。当時のままであった。問題はそこにおったバカ共じゃ。一応バレるわけにはいかんと姿を隠して入ったんじゃが、余の残したメモを解読しておったまでは良い。それの解読や理論の解析がまるで駄目じゃな。」

「まて。お前のメモは知らん奴が見たら園児の落書き帳と同じだろ。解読が間違っている所で腹を立てるなよ……」


 そう言って呆れ返るカイト。ティナは論文や公文書等を記す際は綺麗な文字を書くのだが、メモ書きはもはや文字としての体裁を成していないほどにひどい字であった。間違いがあっても仕方がない。


「字が汚いのは認めるが、メモ帳なぞそんなものじゃろ。そっちではない。」

「じゃあ、何が問題だったんだ?」


 字が汚いせいで解読を間違えられているのに腹を立てている、と考えていたカイトは首を傾げた。


「うむ。余の残したメモ書きに記されていた理論への理解がまるでなっておらんかったのじゃ。飛空術の理論は風属性だけではなく、闇属性や無属性といった……」


 言って腹が立ってきたのか段々と声が大きくなってきた。


「おい、少し声を抑えろ。」

「む?すまん。」


 ティナも声が大きくなっていたことに気づいたのか、若干テンションを落とした。幸いにして誰にも気づかれていないようであった。




 そうして待つこと2時間弱。各々が時折届けられるお茶とお茶うけに舌鼓を打ちつつ、中庭の鹿威しの音に日本を懐かしんだりしていた。公爵邸へ到着した時にはまだ夕暮れであった空はすでに暗く、2つの大きさの異なる月が浮かんでいた。


「月が綺麗ですね、っと……」


 カイトは密かに供して貰った酒を飲みながら、月を眺めていた。


「誰かに告白でもするんですか?」

「月が綺麗ですね。」


 桜がわかってくれたので、カイトは少しいたずらっぽくもう一度言った。


「……エネフィアでは月が2つあるんですね。」


 冗談を冗談とわかっていつつ、どうしても照れてしまった桜は、カイトの横に座って同じく月を見上げた。大和撫子風な桜の容姿が離れと一致しており、月明かりを受けて、彼女の姿を幻想的に浮かび上がらせていた。


「まあ、地球に月が1つなのは衛星がひとつなだけだからな。エネフィアには衛星が2つあるんだろ。」


 情緒もへったくれも無い言葉だが、カイトの目は何処か陶酔する様であった為、桜は夜空に見惚れてしまっていたことへの彼なりの照れ隠しだと判断し、小さく微笑んだ。実際には過日を懐かしんでいるわけなのだが。


「でも2つとも白銀です。2つあっても、地球と月夜は変わらないんですね。」


 のんびりとそう言う桜。二人は今、中庭に面した縁側に腰掛けていた。公爵邸にいる面子は慣れてきたことと、暇になってきたことで各々好きな所で休んでいた。

 中にはソラと一部の生徒会役員のように案内を頼んで公爵邸内を探索してもらっている者もいる。尚、雨宮も迷惑をかけないように、ということで公爵邸内の探索についていっていた。


「それは……そうだな。どうせ異世界ファンタジーなんだったら青色や赤色でもいいのにな。」


 同じようにのんびりとそう答えるカイト。


「はい。それにしてもカイトさんとティナちゃんは、フィーネさんを見てもあまり驚かれていませんでしたね。」


 いつの間にか仲良くなったらしく、ティナのことをちゃん付けで呼んでいた。


「綺麗どころならこっちにも桜がいるからな。劣るものじゃないさ。」

 何気なくそう言ったカイト。過日を思い出しながら月を見ているので、桜が頬を赤らめていることには気づいていない。そもそも、自分が天然で口説くような事を言った事に気付いていない。桜は若干詰まりながらもお礼を言った。


「……ありがとうございます。」


 そうして暫くの沈黙の後、先ほどの桜の言葉に、カイトが疑問に思ったことを尋ねる。


「そういえばいつの間にかティナちゃんなんだな。」

「あ、はい。ティナちゃんとはこの世界に来てから仲良くさせて頂いてます。とても独特な人ですね。」


 そう言う桜にカイトは微笑んで頷いた。


「そうか。ありがとう。これからもティナと仲良くしてやってくれ。あいつはあんな性格だからな。人付き合いが少し苦手でな。」


 並び立つ者のいない魔王。それは同時に、孤独である事を指していた。そんな重責から解き放たれたが故に、彼女は漸く一人の少女として友を得れたわけなのだが、少女時代をほぼ荒事や研究に費やした為、同年代の友との接し方がわからないのであった。ちなみに、少女と言っているが、彼女の正確な年齢は既に種族的に見ても大人である。


「はい。でも、なんだかカイトさんはティナちゃんのお父さんみたいですね。」


 そう言って笑う桜にカイトは密かにニヤついた笑みを浮かべて、桜の言葉に傷ついた様に言った。


「それはあれか、おっさん臭い、ということか?」

「あ!いえ、そういうわけではなくてですね……?」


 桜はそんな意図は無かったのだが、カイトの指摘でそう取られかねないことに気づき、あたふたと慌てふためいた。ちなみに彼女は包容力がある、と言いたかったらしい。


「まあ、いいさ。少しじじ臭いのは理解しているからな。」

「……すいません。」


 シュン、とした様子の桜を見てあえて更に自分を悪く言うカイト。穏やかな空気が流れるひと時であった。

 尚、カイト達はなんの考えもなくのんびりと会話していたが、この様子が他の生徒会員にはしっかりと見られていたため、数日後にはあらぬ噂―桜とティナの二股をかけているという噂―とともに、カイトがめでたく天桜学園2大非公式ファンクラブのブラックリスト入りを果たすこととなるのは、少し先の話しであった。




 そしてソラら公爵邸内を案内してもらっていた者が和室へと戻ってきて、全員が集合して少し経った頃、再び入り口が開き、フィーネが訪れた。


「クズハ様のご用意が整いました。これから会談を行いたいと思うのですが、大丈夫でしょうか?」


 それを聞いた桜田校長が一同に問いかける。


「誰かお手洗いなどへ今のうち行っておこうという者はおらんか?」


 そう言いつつ、桜田校長は自らの身だしなみを整える。


「おらんようじゃ。では、フィーネさん。申し訳ありませんが、案内を頼みます。」


 一同は和室を後にし、フィーネとともに応接室へと向かうのであった。部屋を出る際、カイトは、こう、小さく呟いた。


「さて、愛しき我が義妹に会いに行こうか。」


 お読み頂き有難う御座いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 返信ありがとうございます! 違うんです、リアル世界の今の若い子達は文学に触れる事が減ってるんじゃないかなって言いたかったんです。すみません。
[一言] 漱石を理解できる高校生が今の時代何人いることか。
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