第344話 ジェル・ドラゴン
「ちぃ!」
瞬の舌打ちが大空洞の中を木霊する。今しがたジェルのコアを破壊しようと突きを繰り出したのだが、肉厚なジェルの水に阻まれ、コアに届くどころか水の半分も貫けなかったのだ。そうして槍を引き戻し、そのままの勢いで距離を取る。
「おい、カイト! こいつ何なんだ!」
「残念ながら、知らん!」
瞬が苛立ち紛れにカイトにこの魔物の正体を問いかけるが、カイトから帰ってきた答えはわからない、であった。それもそのはず、嘗て数多の魔物を屠ってきたカイトとティナでさえ、コアを2つ持つジェルなど見たことが無かったのである。
「いわば、ジェル・ドラゴンってとこっすかね!」
夕陽が見たままを述べる。確かに、身体が水で出来ており、コアが透けて見えている事を除けば、竜種と呼んでも良い行動をしていた。
「おっと!」
後ろから回りこんでいたカイトに、ジェルのしっぽ状の水の鞭が振るわれる。こうやって鞭の様に振るう時には、水らしい特性を活かして伸びる攻撃となっている。これが、竜なのかジェルなのかの判断を付かなくさせていた。
「やっかいな……桜!」
「はい! <<咲き乱れる刃>>」
カイトの合図を受けて、桜が薙刀を地面に突き刺す。すると、ジェルの真下、丁度コアの位置を中心として、幾つもの薙刀が出現する。しかし、薙刀の先端がコアへ届く瞬間、コアが移動して今度は双頭のドラゴンの頭の部分へと移動した。
「待ってましたわ!」
「行きます!」
それを見越して、飛び上がっていた暦と瑞樹が双頭の両方へと狙いを定め、斬撃を繰りだそうとする。2つ以上コアのある魔物は、そのコアをなるべく同時に破壊しなければ、時間経過で残るコアの力で復元してしまう。1つ破壊出来ただけでもそれなりには戦力ダウンはさせられるが、コアの復元速度がどの程度かわからないので、出来る限り同時を狙うのが、常であった。
しかし、二人の攻撃は、その前にカイトの鎖によって阻まれる。二人の身体がぐん、と引き戻されたのだ。
「カイト先輩、何を!……って、きゃあ!」
いきなり引き戻されて空中でバランスを崩し、後ろを振り返った暦だが、先程までいた場所を光条が通り過ぎたのに気付いて、悲鳴を上げる。カイトの反応が後数瞬遅れていれば、確実に彼女も瑞樹も消失していただろう。
「ティナ、まだか!」
カイトは楓と共に宙空に浮かび、楓を守る様に側に控えるティナに問いかける。
「もう少し待て!……良し、楓、ぶっ放せ!」
相手の強さがわからないため、ティナがこの程度と思い放った一撃でも倒し切れない可能性は十二分に考えられる。おまけに彼女は手加減が苦手だ。最悪は手加減に失敗して洞窟が崩落する可能性がある。
その為、ティナは楓が作り上げている魔術に干渉し、その威力の上昇や影響範囲の拡大をしていたのだ。なお、そんなぶっ飛んだ芸当はティナしか出来ない。
「<<氷結結界>>」
楓がジェル・ドラゴンの周囲を覆い尽くす様に、魔法陣を展開する。そうして、数瞬後。魔法陣が完全に球として閉じると、その内側には冷気が満ち始め、遂にはジェル・ドラゴンそのものが凍り始める。
「良し!」
瞬が凍り始めたジェル・ドラゴンを見て歓声を上げる。凍ってしまえば、後は砕くなりなんなりどうとでも出来るのだ。しかし、ジェル・ドラゴンが凍り切る前に、ジェル・ドラゴンが再び変化を見せた。2つ有った頭が、再び1つに戻ったのだ。
「何だ……コアが2つとも輝いている?」
「先輩! ぼさっとしてないで逃げろ!」
瞬がコアが輝き始めた事を訝しみ、一瞬動きを止めてしまう。カイトはそれに気づくや即座に声を上げた。
「つっ!」
はっ、となって瞬は冷気の結界に囚われたジェル・ドラゴンを見る。すると、ジェル・ドラゴンの口に魔力の火が灯っている事に気づいた。方角は、まさに自身を狙う方向だった。
それを見て、瞬はなりふり構わず一気に跳躍し、その直後、今まで瞬が居た所には、ジェル・ドラゴンの口から放たれた擬似<<竜の息吹>>が通り過ぎていった。
そして、一点に集中した擬似<<竜の息吹>>によって、楓が創り出した結界は砕け散り、再びジェル・ドラゴンが外に出てきた。そうして、身体が少しぶるっ、と震え、紅いコアが光ると、凍りついていた身体が溶け、元の水状の状態に戻る。
「なるほどのう」
ティナが何かに気付いたらしく、納得した表情で頷いていた。
「アヤツはコアからの魔力を双頭に別けることで擬似<<竜の息吹>>を2つの頭から撃てる! 更には頭を1つにすることで、2つを共鳴させて高威力の一撃とすることも出来るようじゃ!」
「なるほど。高威力の単発と、連発可能な双発つーわけっすね。それがわかれば!」
要は、身体の中のコアの位置を常に確認しておけば良い、と考えた夕陽だが、結論から言えば、これは間違いだった。
「って、うわぁ!」
コアがジェル・ドラゴンの胸部の一箇所に集まっていた為、単発でしか放たれないと思っていた夕陽。一気に近づいて牽制しようとしたが、その直前、2つの頭に、魔力の光が灯る。そして、擬似<<竜の息吹>>が放たれた。
夕陽は間一髪でそれを避ける事に成功するも、着地に失敗し、岩肌をかなり滑ったものの、かすり傷程度で済んで、即座にカイトの魔術で応急処置が施される事になる。そうして応急処置されている間に、夕陽がおもわず疑問を口にする。
「アイエエエ! コア一箇所! なんで!」
「どーも。ユウヒ=サン……って、馬鹿なことを言っている場合か! 2つのコアからの魔力を別々の流路に流しゃ普通にそうなるだろ!」
「んぎゃ! そんなの有り! なんで近くで活性化してんのに共鳴しないんっすか!」
カイトの叱責に、夕陽がまさか、という顔をしてジェル・ドラゴンから大きく距離を取る。彼はコアが双頭部分にあったのは、魔力を共鳴させない様にするためだ、と思ったらしい。
まあ、専門家かよほど場馴れしない冒険者でも無ければ、コアの共鳴する原理を知らないのは仕方がない事だろう。実際には別に近くにあったところで、コアを共鳴させないように活性化させる事は可能なのであった。
「どうやってるか? 知るか! あいにく人間にはコアは1つだ!」
綾崎が間の抜けたことをした夕陽に怒鳴る。人間に有るコアは心臓の1つだ。それ故、どうやっているのか、なぞわかりっこなかった。それ以前にどうやって動かしているのかも不明だ。
とは言え、これは人間や一部種族に限定され、魔族等の多くはコアが2つある。そして、当然だが、この場には魔族が一人居た。と、言うわけで彼女がそれを解説する。
「お主らは近くに右手があるからといって、左手を同時にしか使えぬのか? 違うじゃろ。コアの活性化は魔力を使いこなす者にとって、自らの両手を動かすのに等しい。その程度は造作も無いわ」
ティナの魔女族には、コアが2つある。人間と同じく心臓と、魔女たちが生まれた時から体内に隠し持つ、<<魔女の宝玉>>だ。それ故、彼女は感覚的な説明が出来たのだ。とは言え、こんな事を言われた所で、誰にも分からない。なにせ人間にはコアが一つだ。というわけで、重要なのは出来るかどうか、だ。
「よくわからんが、取り敢えず出来るんだな!」
「まあ、そういうことじゃ」
綾崎の問いかけに、ティナは頷いた。出来る出来ないで言われれば、出来る、が正解であった。まあ、ティナにしても感覚的な説明であったので、全員が取り敢えず出来る、ということを把握するだけに留めた。そもそも、戦闘中にそんな細かい説明を聞いている暇は無かった。
「ちっ、カイト。何か無いのか?」
「まあ、大陸ごと吹き飛ばしていいなら、ありますけどねー。最近手に入れたの」
瞬の問い掛けに、カイトがあけすけに答える。最近手に入れた技、とは、当然ティア達の<<龍の咆哮>>である。まだ試射はしていないが、軽く、程度で大陸が吹き飛ぶだろう。
ちなみに、カイトもティナもあまり本気でやっていないのは、瞬達の鍛錬を兼ねているからと、彼らに実績を上げさせるためだ。
これから先、カイトが居ない状況で誰も見たことのない魔物を相手にする事は確実にある。そんな時にカイトが居ないから負けました、ではダメなのだ。それは即ち死に直結している。
それに、カイト単独だと勝てて当然と言われかねないし、ティナだと先に言った様に洞穴を崩壊させる可能性がある。後者はともかく、前者ではあまり功績を上げ過ぎると、<<導きの双玉>>がカイト単独に対しての賞与になりかねない。カイトは自身がいなくなった後の事も考えている以上、なるべく、冒険部としての実績を上げさせたいのであった。
「にしても、先輩! もっと本気でやってくださいよ!」
「情報欲しいんだよな。新種だと特に。情報を流しゃお金になるし、ユニオンと国からの評価も高まる。それにさっき言ったそれ使っても良いけど、その場合洞窟吹き飛ぶからな」
暦の苦言に、カイトがあっけらかんと本心と実情を語る。カイトとティナが本気でやると圧勝となり情報の入手が出来ない可能性もあったのだ。新種の魔物である以上、なるべく情報を得た方が良いのは、当然だ。
それに情報を情報としてユニオンに売り渡せばユニオンからの評価に繋がるし、金銭的な収入にも繋がる。メリットが大きかったのだ。実はそれ故、ティナが密かに魔物の映像等を録画していたりする。そうしてそんなティナが、カイトに告げる。
「と言うか、お主。あれを全力でやるとこの星そのものが吹き飛ぶじゃろ」
「お前は何処のインフレ系バトル物の主人公だ!?」
「まあ、実際星吹き飛ばすのはオレ単独でも出来た事……というのはここだけの話」
「おいおい……」
カイトのおちゃらけた言葉に、瞬はカイトに任せるのは無し、と判断する。そうして、今練習中の<<雷炎武>>を使用しようと考えて、彼は念のためにカイトに許可を取る事にした。
ちなみに当たり前だが、カイトやティナが普段通りに戦っているのは、彼らに不安感を与えないためだ。不安になれば、戦いにもよどみが出る。そうなると、勝てる戦いも勝てなくなる。何時も通りに指揮官が振る舞ってこそ、部下達も十全の戦いが出来るのだ。
「カイト。あれを使いたいんだが……」
「ん?……まあ、いいか。但し、どういう連携を取るのかはご自身で命令を」
カイト自身は真面目にやってはいないものの、瞬達が全力を尽くす分には何ら止めるつもりはない。そして全力を出して戦える様に場を作る事に協力しないはずも無い。というわけで、カイトの返答に瞬が笑顔を浮かべた。
「良し!」
カイトから許可が下りた瞬は、初めての実戦使用とあって気合を入れる。そうして獰猛な笑みを一度深呼吸して鎮めると、即座に戦いの最中に自分が考えていた指示を下し始めた。
「……稜人! 夕陽! 奴の注意を逸らしてくれ! 俺はこれから新技の使用の準備に入る! 桜田と天道は俺の攻撃に合わせて奴のコアの動きを縫いつけてくれ! カイト、ユスティーナ、神宮寺は俺の援護を!」
「了解!」
「良し……<<雷よ>>!」
瞬は目を開き調子を確認すると、加護の力を使用して雷を纏う。活力の活性化を先にしなかったのは、それでは万が一の場合に動けなくなるからだ。魔力を常時消耗し続ける事を除けば、加護の方を先にするのは戦闘中である以上、仕方がない事だった。
「ここから頼む! 俺は動けん!」
「任されよう!」
綾崎の了承を受け、瞬は一度目を閉じ、自身の活力の活性化に入る。そこで思い出したのは、先ほどのティナの言だ。
(……確か、活力は魔力と似た物だったはず……ならば、活力を活性化させるなら、コアを活性化させればいい……人間のコアは心臓。魔力を使いこなす者にとって、コアの操作が当たり前の動作なら、出来ない道理は無いはずだ)
カイトは教えはしなかったものの、これは正解であった。コアを活性化すれば、自然と、活力も活性化される。そこで、瞬は即興ではあるが、心臓の鼓動に耳を傾ける。ドクン、と小さく、されど大きな音を感じる。
(こう……か?)
心臓に意識を集中させ、身体に満ちる魔力を一点に集めるイメージを行う。すると、彼の身体に満ちる魔力が、一気に増大していく。
「ほう……」
「自らで気づきおったか」
それを傍目で見ていたカイトとティナが感心する。二人共自らで気づくように仕向けてはいたが、実際に気づいたので感心したのだ。そうして待つこと数十秒。速さこそ未だ見るに値しないものの、瞬の身体には、いつもの彼とは比較できない魔力が宿る。
「良し! 行くぞ! <<雷炎武>>」
彼がそう唱えた瞬間、ばんっ、という音と共に身に纏っていた雷が一気に弾け飛び、瞬へと殺到する。
「何!」
その異変に気付いた綾崎が驚愕に目を見開いた。そして、次の瞬間、バンッ、という稲妻が弾ける音がして、瞬の身体は一瞬で遠く壁際にまで遠ざかる。
「出来るはずだ……」
瞬は小さく呟くと、リィルを思い出す。思い起こすのは、彼女の投槍。彼女は炎を束ね、巨大な炎の槍を創り出していた。実体のある槍で出来るのなら、自らの魔力で槍を作り出している自分に出来ない道理は無いはずだ、と彼は考えたのだ。
「モチーフは……あれだ」
彼は意識を集中させ、カイトから教えられた技を思い出す。思い出すのは、かのインドの軍神が使う雷撃だ。
「つっ! 瞬!」
綾崎の声が遠くから聞こえた。見れば、動きを止めた瞬を好機と見たのか、ジェル・ドラゴンが此方に向かって擬似<<竜の息吹>>を放とうとしていた。しかし、瞬は動かない。
「お兄ちゃん!」
凛が大声で叫び、此方に駆け寄ろうとするが、その前にティナによって遮られる。そうして彼女が瞬の前に踊りでた人物を示して、凛も立ち止まった。
「先輩、防ぎますので、ご自由に」
瞬の前に立ったのは、言うまでも無くカイトだ。カイトは巨大なタワーシールドを構え、ジェル・ドラゴンの擬似<<竜の息吹>>を防ぐ構えを取る。カイトはオフェンスを任される事が多いだけで、別にディフェンスが出来ないわけが無いのだ。
「すまん」
瞬は自らの前で攻撃を防ぐ構えを見せたカイトに礼をいうと、再び意識を集中させる。彼は<<刺殺魔槍>>こそ簡単に出来るようになったものの、これは本来カイトの予想では最終技の筈なのだ。それ故に、その他の槍については、まだ少し時間を要するのである。
そうしてそれを受けて、カイトが迫り来るジェル・ドラゴンの擬似的な<<竜の息吹>>に対して、身構え、活を入れた。
「はぁ!」
カイトは迫り来る擬似<<竜の息吹>>に対して、少し気合を入れるだけで対処出来る。両者の実力差は圧倒的なのだ。そうして閃光の中に消えたカイトだが、そこに暦が報告を入れた。
「もう一発来ます!」
暦がコアが連続して活性化した事に気付き、盾の後ろに居るカイトに報告する。後ろの瞬の溜め込んだ魔力を、危険と判断したのだ。そしてそれと同時に、瞬が準備を終えて、声を上げる。
「行ける! 全員奴から離れろ!」
瞬の号令に合わせ顕現した槍に膨大な雷が宿り、巨大な雷の槍と化して、それを片手に彼は一気に助走を付けるために空洞内を駆け抜ける。
そうして程よく速度が乗った所で、かつて皇帝レオンハルトとの謁見の折りに受けたアドバイスを下に、瞬は一気30メートル程飛び上がると、地面に向けて瞬は自らの最も馴染んだフォームで、槍を投擲する。
「行け! <<雷撃槍>>!」
瞬の口決と共に、莫大な雷が収束し、雷が完全に槍の形を取る。そうして瞬の雷の槍と、ジェル・ドラゴンの擬似<<竜の息吹>>が同時に放たれて、衝突する。
衝突は僅かな均衡の後、勝敗は一瞬で決した。力を点として収束させた瞬と、面として放ったジェル・ドラゴン。勝ったのは、瞬だ。ジェル・ドラゴンは確かに出力なら瞬を遥かに上回るが、瞬は力を技術で一点に集めたのだ。ジェル・ドラゴンに圧倒的な力がなかった以上、負ける道理はなかった。
そうして彼の投げた槍はそのままジェル・ドラゴンの擬似<<竜の息吹>>を貫き通し、一直線にジェル・ドラゴンへと直進し、ジェル・ドラゴンに直撃すると、巨大な雷の柱が上がった。
「おぉおお!」
瞬が、空中で吼える。それに合わせて、雷が輝きを増した。そうして、彼が地面に着地した瞬間、瞬の身体からは稲妻が弾け飛び、バンッ、という音がして、雷の柱が消える。その時には、ジェル・ドラゴンは跡形も無く消滅していたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第345話『依頼終了』