第341話 受諾
リオンからの依頼引き受けから数日後。冒険部の面子が全員帰還したところで、カイトはホテルの大部屋に、全員を集めた。それは言うまでも無く、仕事の話に入る為だ。
「さて……今日全員に集まって貰ったのは、他でもない。仕事だ。しかも、王族直々のな」
ざわめく生徒達を前に、カイトは静まるのも待たずに言った。しかし、王族、という言葉の効力は絶大で、全員が一気に静まり返る。当たり前だが、彼らにとって王侯貴族というのは雲の上の存在だ。静まるのはある種必然だった。
「さて、話を始めようか……」
全員が静まり返ったのを見て、カイトは全員に向けて昨日合意を得た内容を話していく。とは言え、それを語られてもまだ、誰もが意図が掴めなかった。
「と、言うわけだ。何か質問、もしくは反対は?」
「その水練の洞窟ってどこ?」
「ここから徒歩で一日程度の場所だ。洞窟の内部は100人でやれば半日で掃討しきれるらしいから、足掛け3日だな」
その程度なら問題ないか、と多くの生徒がせっかくこんな豪華ホテルに泊まらせてもらったのだからもう少し働いても良いか、と意見を一致させる。それに何よりも自分達の鍛錬結果を試してみたい、という思いもあった。なにせこの1ヶ月は戦いも無く、自主鍛錬だけだったのだ。少し試してみたい、というのは血気盛んで若い彼らには、当然の反応だった。そしてそれは、カイトの予想通り、でもあった。
「で、報酬は?」
「<<導きの双玉>>」
そう言われた生徒達だが、今度は再びざわめきに包まれる。当然だが、導きの双玉を知っている者は居なかったのだ。まあ、軍事機密をカイトでも無い限り知っている方が可怪しい。数日前に詳細を聞こうとした魅衣達にさえ、詳細は教えていないのだ。
「何だ、それ?」
「魔道具の一種だ。まあ、結構特異な魔道具で……」
カイトが巧妙に必要な部分をぼかしつつ、可能な部分だけであるが、説明を始める。が、それは一同の疑問を呼ぶ。必要な物とは思えなかったのだ。
「? それなら、デカイ方のミスリル銀貨100枚の方が良かったんじゃね?」
全てを聞き終えて、ある生徒が発言する。その言葉に、他の生徒が最もだ、と同意する。しかし、それをカイトが否定した。そうなることは想定済みだったのだ。
「よく聞け」
カイトは溜めを作り、全員の注目が集まるのを待った。そうして、全員の注目が集まった所で、言った。
「これを上手く使えば、日本と一度きりだが、連絡を取る事ができるかも知れない」
その言葉に、全員が一度沈黙を作る。当たり前だ。カイトが言ったことの意味は、決して軽いものではなかった。そうして、カイトが解説を開始する。
「さっき言ったが、<<導きの双玉>>は望むポイントに人、もしくは道具を送るモノだ。その存在を知った後、オレ達上層部はアウローラ様の協力の下、研究を進めていた。そうして、アウローラ様の協力があれば、理論上は日本へと小さな……そうだな。15センチ四方の物なら送れる事が判明した。そこで、オレが練ったプランはこうだ」
そう言ってカイトがホワイトボードへと記述を始める。本来ならば後ろの者は見れないだろうが、魔術で視力を強化しているので問題はない為、気にしていなかった。
「確か学園には転移後に使っていないPCが大量にあるな。それの1つのハードディスクをフォーマットし、メッセージカードとして使用する。中身には、現在の天桜学園の現状と、各自の現状を入れた動画をクラス毎にフォルダ分け、それを、ソラの親父さん……知っていると思うが、ソラの親父さんは日本の内閣総理大臣だ、に渡る様に設定して、送り、一定時間経過後に、向こうからもう一度、何らかの連絡を入れたハードディスクを送ってもらう、という手筈だ。可能性に過ぎないが、賭けるには十分な賭けだ」
その説明を聞きながら、全員が頭を必死に働かせて可能かどうかを考える。そうしてまず第一に考えたのは、これが嵌められている可能性だ。
「それが嘘、って可能性は?」
「無い。依頼書は既に届いている。皇国からの正式なサインも入っている」
質問に対して、カイトは1枚の上質な羊皮紙を提示する。そこには、アルテミシア王国の王太子の婿リオンとエンテシア皇国の皇帝レオンハルトの直筆のサインが記述されており、絶対的な効力を有していた。実はレオンハルトもリオンと同じく度量を見せる事で考えを一致させており、カイトの正体如何にかかわらず授与するつもりはあったのだ。
それに、数週間前の<<世を喰みし大蛇>>との戦いで冒険部が総出を上げて協力した事も大きかった。カイトが単騎で戦った事も大きい。結果、総合的に判断して、授与する方が色々と皇国として得だ、と判断したのである。
「さて、他に質問は?」
一通りの質問への回答を終えて、カイトは全員を見る。誰もが、信じられない、というような感情と、もしかしたら、という希望が混じった顔をしてる。
「試す価値は……あるんじゃね?」
誰かが言った。彼もまた、半信半疑であったが、それでも、試してみても良い、と思ったのだ。少なくとも、今のままではその可能性さえ見えていないのだ。可能性があるのと無いのとでは、大きく違った。
「どうせ簡単には帰れないんだ。なら、せめて帰れるかも、ってわかっただけで御の字だろ。それに……やっぱ家族には無事だ、って報せてやりてーし」
誰かの一言が、決め手となった。誰もが、家族に無事を報せたい気持ちはあったのだ。帰れるかどうか、は別として、無事だ、と報せられる事が大切なのだ、と気づいた一同は、一気に受諾へと傾いたのであった。
「ならば、受諾でいいな?」
カイトが最後の確認を取る。それに、全員が頷いた。そうして、この依頼は正式に冒険部が受諾することになったのであった。ここで、話は少し変わる。今の天桜学園には、大まかに2つの勢力が存在していた。
1つは、カイト率いる帰還を目指す勢力。これには、カイトを筆頭にした冒険部と関わりの深い生徒達が多く所属している。
もう1つは、此方に定住を選ぶ、という勢力だ。此方には、あまり冒険部との関わりの少ない生徒達が属している。それに加えて、どうするか決めかねている者達が一定数存在していた。両者は基本的には共同体制を取っているが、方針が真逆なのだ。決めかねるのは仕方がない。
帰還の為、更に遠くを目指すために新規戦闘能力を開発せねばならないため、利益の多くを冒険者達が有しているのが、現在の天桜学園だ。
それに対して、帰還を諦めた者達は、遠くへ行くよりも、安全な、安定した生活を望み、更なる生活の向上を目指し、利益配分を見直すように提言しているのだ。今は桜田校長が抑えているが、できれば、何らかの成果をここらで上げ、帰還の望みがある、ぐらいは示しておきたいというのが、カイトやティナという冒険部上層部の考えであった。この依頼は実はそういう魂胆の下、動いているのだった。
「さて、受諾の確認が出来た所で、通達だ。まあ、分かると思うが、水練の洞窟は基本的に水辺だ。濡れても良いように、全員水着着用の事。金属製の防具は置いていけ。着るなら革製な。無い奴は買うか水着で」
「はぁ!?」
カイトの言葉に、全員――桜達も含めて――が驚愕の声を上げる。が、流石にこれはカイトも冗談で言っているわけではない。きちんとした理由があるのだ。
「あ、ちなみに、これは冗談じゃなくてな? 討伐対象のジェルは金属を溶かす。ミスリルやらの魔法金属で出来た武器を使ってないなら、錆びるぞ。防具なんてその最たる物だ。武器みたいに一瞬ならそこまで影響は無いが……防具みたいにそれなりに長時間晒される物なら、危険だ。なら、防御を捨てて、避けるしか無い。回避に慣れてない奴は後方支援に徹しろ。まあ、凍らせないと物理攻撃は効き目薄いしな」
「ちょ、待て! どうやって戦うんだよ!」
防御出来ないのなら、盾役の生徒の役目は殆ど無いと言える。そうしてそうなれば、何時もの連携が使えないのだ。それ故、何時もの面子でこの夏の間訓練していた連携を試そうとしていた生徒が声を上げる。が、それに対して、カイトはジェル種を相手にする際の鉄則を告げた。
「だから、凍らせるか、コアを潰せ。こいつは半透明だから、コアは見えてる。潰すのは容易だ。パーティ編成は各パーティ氷属性の魔術が使用できる者を入れろ……と言うか、こっちで割り振った。さすがに今回は諦めてくれ」
質問に答えたカイトが、各自に提出させた力量表を元に考案した組み分けを各自に見えるように椿に貼りださせる。流石に唐突な事だったので、組み分けを考えるのに精一杯で全員分の資料を作っている暇が無かったのだ。
「まあ、幸いに洞窟の内部構造はわかってるから、単なる掃討戦だ。ジェルにさえ気をつければ、大した危険性は無い。まあ、ジェル相手になら、この間の戦いで経験した奴は居るだろう。それと同じだと思えばいい」
さきごろのポートランド・エメリアでの戦いを経験した生徒たちは、ジェルについてを思い出してなんとかなる、と判断する。
ジェルとの戦いで苦戦する理由は至って簡単で、魔術で凍らせられない近接戦闘オンリーの所謂脳筋パーティーを作るから、苦戦するのだ。なにせそのままでは攻撃がほとんど通用しない。
とは言え、それは氷系統の魔術を使える魔術師が一人でも居れば、覆る話だ。凍らせさえすれば、彼らでも何ら問題なく倒せる相手なのであった。そうして、カイトが解説を開始する。
「と、ここまでは依頼内容だ。次が、追加報酬。こいつはコアがどこに有るのか見えているから、比較的簡単にコアを奪取できる。最悪ちっさい奴なら、魔術できちんと保護してやれば素手でやれるが……まあ、徒手空拳をメインとしてない奴はすんな。ということで、各パーティには回収用の素手の奴を入れている。そのコアの回収数毎に、追加で報酬が支払われる。尚、このジェルには上位種にラージ、ヒュージ、キングが居るわけだが……キングのコアだけは確実に回収して欲しいそうだ。まあ、洞窟の最奥三箇所に一体ずつ居るらしいから、その前で一度合流して、討伐開始だ。キングはそれなりに強いらしいからな。回収するなら、尚の事戦力は欲しい。集まらない限りは挑むな」
「その三組の組み分けは?」
その組み合わせはパーティ編成が書かれた紙には無かったので、生徒の一人が質問する。
「オレが率いる中央。一条会頭が率いる右側。天道会長の率いる左側だ。チーム編成表でAと書かれているのが、オレ、B、Cが各々右と左だ」
「おけ……で、凍らなかった場合、武器はどうすればいいんだ?」
「基本は素手……と思ったんだろうが、まあ、さすがにそう言う訳じゃない。これは例年行われる事だからな。アルテミシア王国から専用の保護用の魔導具が付帯される。そいつを武器に装着しておけ。それで少しの耐腐食性が得られる。とは言え、完璧じゃない。基本は、最後の手段だ。その場合は、一気にコアを貫け。それで終わる……他に質問は?」
質問に答えたカイトは問いかけると、一度周囲を見回し、誰も質問が無い事を確認する。
「良し、では、解散!」
質問が無い事を見て取ると、カイトは終会を告げる。別に何も今日これから行くわけでは無いのだ。そうして、再び全員が各々休憩へと戻っていったのである。
説明会が終わり、誰もが去っていった後。カイトは一息つく。そうして、メモを片手に何らかの記述を始めていく。
「さて……」
何らかの記述が一段落出来た所でカイトは一度だけ、周囲を見回し、一部を除いて誰も居ない事を確認する。更には自分が注目されていない事も確認する。
「内容は……こんな所か」
カイトは懐から先程まで書いていた手紙を取り出し、最後の確認を行う。そこには、日本に居るであろうエリザ達へ向けた連絡が書かれていた。そうして、カイトはひと通り確認し終えると、それを再び封筒に入れて、蜜蝋で封をする。
「全く……何時も誰かが側に居る、というのも厄介なものだな」
カイトはくすり、と苦笑する。かと言って、彼の場合は居なければ居ないで寂しいのだ。人の心とは、ままならないものであった。
「なんだ、余らが一緒では悪いのか?」
密かに潜んでいたグライアが、笑いながらカイトに問い掛ける。とは言え、何も何の理由も無く、彼女らが来たわけではない。きちんと理由があった。
「ティナは?」
「ティアが引き受けてくれている」
「助かる」
カイトはそう言うと、小さく、何らかの口決を唱える。その声は誰にも聞こえず、何の意図を持っていたのか、というのは誰にもわからない。しかし、そのカイトの口決を受けて、小さな穴が生まれる。穴の先は何も見えず、どこに繋がっているのかわからなかった。
「場所を指定。転送先は地球。ポイントは……」
カイトが全てを言い終えると、手に持っていた封筒は消滅し、何処とも知れない所へと消え去った。いや、彼の言葉を借りるならば、地球へと送られたのだろう。
「これで良し。後は蘇芳の爺からソラの親父さんに説明してもらうだけだな……これを、ティナの前でも使えればな」
カイトは苦笑しながら、グライアに告げる。ちなみに、カイトが手紙を送ったのは当然だ。今回のビデオレターは送るのはいいが、当然ながらカイトは日本への影響を考慮していた。なるべくその存在を秘したいカイトは、密かに回収してもらおうと思っているのだ。回収した後は、ソラの父親の分野だ。どれだけの範囲に公表するかは、彼に任せるしか無い。
とは言え、彼の事。おそらく彼らの方法で秘密にできる、と踏んだ天桜学園所属の家族達には公表するだろう。当然、少々悪辣な方法を使うことになるが、箝口令に同意する書類にサインはさせて、だろう。
「それは無理……いや、まだ、早い。今はまだ、あの娘に真実を語るべき時では無い。特に皇国があの現状ではな……お主の事もある。要らぬ騒乱を巻き起こすのは、厄介だろう?」
「まあ、な。歴代皇帝さえも知らない秘密を知っているというのも、厄介なもんだ。さて……オレはどんなメッセージにしたものかな」
グライアの言葉に苦笑したカイトだが、そうして考えるのはティナの事では無く、家族に送るメッセージの事だ。
「碌なものにはならないだろう」
グライアはそう言って少しイタズラっぽい笑顔を浮かべる。何を考えているのかはわからないが、楽しそうであった。
「そうか?」
「取り敢えず、結婚します、とでも言っておけ」
「やめてくれ……」
いたずらっぽく、快活に笑い、そう言うグライアにカイトが見惚れつつも、カイトは苦笑するしかない。さすがにいきなり息子が異世界で美人と結婚しましたー、では親兄弟はひっくり返るだろう。それに、その場合はグライアやティア達を紹介しなければならないのだ。頭が痛いにも程がある。
「とは言え、何方にせよ無事だ、とは言っておけ」
「残念ながら、そっちは既に、な。日本もあながち侮れん。<<秘史神>>か……人間の側としてはどうでも良い程度、と思っていたが、やはり天道財閥や神宮寺財閥は侮れん。まさか、自分達でオレ達の生存を確証するとはな」
カイトの想像通りの事が日本で起きていれば、既にカイトが日本に残してきた物が役に立っている頃だろう。既にカイトがまだ居た頃から、それが使われる予兆は起きていたのだ。
それに実はカイトだけでなく、ティナや桜と言った天桜学園の無事を日本側が知っている、と言う情報は得ていたのだ。実は既に無事を報せる意味が無かったのである。とは言え、それもずっと前の事だ。それ故、グライアが改めて告げる。
「だが、それはずっと前の事だろう? なら、改めて報せてやれ」
「……それもそうだな」
グライアの言う通り、彼らがカイト達天桜学園の生存を知ったのも、かなり昔の話だ。地球でどれだけの時間が経過しているかわからないが、アウラの使い魔を介して見た映像では少なくとも、それから一ヶ月以上は経過しているはずなのだ。報せておく意味はあった。
「まぁ……まずは取らぬ狸の皮算用にならない様に、依頼を果たすかな」
「その前に、余らも泳ぐぞ」
「いや、今日は街へ行くか。偶には観光旅行もいいだろ」
「それもそうだな」
二人はそう言って立ち上がる。休暇をすべき時には、休暇をするのだ。そうして、今日は全員で、街へと繰り出すのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第342話『水練の洞窟』