第340話 嫉妬 ――そして、次へと――
リオンとの会合を終え、桜達も貴族達の応対を終えた後。一同がホテルに帰るとやはりティナがカイトの手を掴んで、強引にソファに押し倒した。まあ、あれだけ滅多に無い嫉妬を見せたのだ。こうなるのは、道理だろう。
「え? お姉様?」
「おー?」
これに驚いたのは、事情を知らないクズハとアウラだ。ティナは強引に自身とカイトに掛かっている幻術を解くと、馬乗りになってカイトの唇を奪う。
「忘れるでないぞ。お主を見初め、そうしてここまで育てたのは、余じゃ」
それは、紛うこと無く事実だ。彼女が一番初めにカイトの器に気づき、今まで育て上げた。その自負は彼女の中に確かに存在していた。
だが、彼の器を原石から宝石に磨き上げたのは、何も彼女だけではない。ティアもそうだし、グインも、グライアもまた、カイトの器を磨き上げるのに一役買ったのである。それ故、彼女の嫉妬もひとしおだ。なにせ真実、対等と見ている相手が、彼女達なのだ。相性の問題で苦手とする地球に居る少女にも似たように嫉妬するが、それとは違う。精神的に近いが故に、の問題だった。
そうして、ティナは珍しく涙目で嫉妬を滲ませ、何度も何度もカイトの唇を奪う。自分の味を染み込ませ、カイトに覚えさせるかの様に、舌を絡め、唾液を混ぜ合う。豊満な胸を押し当て、手はカイトが決して逃げられない様に、ぎゅっと抱きしめている。自分こそがナンバーワンだ、という証を求めているかの様だった。
「あの、一体何が?」
「初めて見た……ティナがあそこまでヤキモチを妬くなんて」
桜の問い掛けを受けて、ユリィが目を丸くして答えた。常にカイトと一緒に居た彼女でさえ、珍しいティナの行動に、目を丸くしていた。
「さあ……」
「わかりません」
桜の問い掛けに、同じくティナの嫉妬を初めて見たクズハとアウラが目を見開く。
「すまんな……とは言え、こういうティナを、また見る事が出来るとはな……」
そんな5人に対して、謝罪するのはグライアだ。嫉妬の原因も、こうなることも知っていたのだ。そして、ティナも普通に嫉妬する事を彼女達は知っている。なにせ幼少の頃から知っていたのだ。
ずっと過去。まだ彼女がティアの下に預けられた頃の事を知っているのだ。その頃の天真爛漫で、まだ我儘放題だった頃を思い出していた。
「ほれ、カイトの右腕を見てみるとよい」
ティアに言われ、4人はカイトの右腕に着目する。カイトはティナによって無理矢理服を脱がされており、それなりに鍛えられた腕が顕になっていた。すると、そこには見知らぬ3つの紋様が浮かんでいた。それは桜と瑞樹は理解できなかったが、理解できたユリィが大声を上げる。と言うより、思い当たる所は一つしか無かったのだ。
「あー! 騎龍の契約印!?」
「なんですか、それ?」
大声で驚愕で目を見開いたユリィに対して、桜が問いかける。そうしてそれを受けて、事情を聞く前に、しどろもどろになりながらも、『騎龍の契約印』についての解説を始めた。
「えーっと……騎龍の契約っていうのは、まあ、所謂背中にのってもいいよ、っていう証だよ。魔術的に見れば遠くに居る契約した者をもう片方へと召喚することが出来たり、念話の力が無くても会話出来たり、魔力を融通し合えたり、っていう色々便利な効果があるんだけど……最大の特徴は龍族最大の一撃、体内の3つのコアを共鳴させて放つ<<龍の咆哮>>を契約者が撃てる様になる、ってことかな。しかも、契約した者達同士でコアを共鳴させられる様になるから、威力が個人だけで撃つのに比べて比較にならない程に高まる。三重奏よりも四重奏の方が良いわけだね。それ以外にも……」
どうやら教育者としての本質が出てしまったらしい。ユリィはそれ以上に重要な事があるにもかかわらず、何故か長々と講義を行ってしまう。
<<龍の咆哮>>とは、龍族のみ撃てる超攻撃力を有する技だ。似たような技ならば他の種族でもできるが、<<龍の咆哮>>程の威力となると、不可能だ。
これは単純に、コアの数に問題があった。コアは単純に言えば、魔術的なエンジンだ。増えれば当然、出力は増す。そして、コアは1+1=2なのではない。コア同士が共鳴し、倍以上の出力を持つようになるのだ。つまり、コア同士を意識的に共鳴させてやれば、その出力はコアが1つの存在と比較にならないほどに上昇する事になるのであった。
純粋な人間が魔術的に見て弱いのは、このコアが1つ―人間の場合は心臓のみ―しか無いからである。それに対して、最強の一角たる龍族は体内に3つのコアを有する。それは<<龍の心臓>>、<<龍眼>>、<<龍玉>>の3つだ。それらを共鳴させて放つ一撃は、まさに最強の一角を有すると言われるに等しい力を有しているのであった。
それが撃てる様になる、と言うことは、得てして、最強が最強たる所以を使える様になったに等しい。戦力が重要な冒険者にとって、非常に意味が有ることなのであった。
とは言え、彼女らにはこんな事はどうでもよい、瑣末なことであった。重要なのは、別である。ユリィの解説は更に続く。
「で、まあ。これは良いんだけど……」
彼女にとっても、カイトがパワーアップすることは問題がない。問題なのはこっちであった。そうして、ユリィがため息と共に、最も重要な事を告げる。
「これ、異性で結ぶと、所謂結婚の証、なんだよねー」
それを聞いた瞬間、桜と瑞樹が一瞬呆然とする。
「ちょ、ちょっと待ってください! いえ、と、取り敢えず止まってください!」
困惑を極めた桜が、大急ぎでベッドへと近寄り、カイトへ口づけの雨を降らせるティナを一度止める。取り敢えず目の前の情事を止めなければ、桜達まで変な気持ちになりそうだったからだ。少なくとも、見えない所でしてほしい、というのが気持ちだった。
確かに、会談の最中に念を入れる、と小声でティアが言った為、カイトの下へと向かっていた事は理解していたし、カイトがティナを密かに連れてきていた事も聞いた。しかし、何故元皇子と話していた筈なのに、いきなりティア達との婚約の話が出てくるのか、関連性が掴めなかった。まあ、これは彼女らでさえも苦笑するぐらいに唐突に決定した事だ。桜達が混乱するのは仕方がない。
「ふぁ? なんじゃ、如何に桜と言えど、今は許さんぞ?」
桜の大声に気づいて、唇の周りを自身とカイトの唾液でベタベタにして、ティナが少し陶酔した顔で振り向く。そうしてそれを好機とみて、桜がティナに問い掛ける。
「どうしていきなり婚約話が出てくるんですか?」
「知らぬ! そんな事はどうでもよい!」
桜の疑問を全て放り投げ、ティナは再びカイトの唇を奪う。そうして再び目の前で情事を再開しようとしたティナに対して、桜が何かを言おうとした所で、ティナが行動に移った。
「ちょ」
「むぅ! 今日は一晩中コヤツを貪ると決めたのじゃ! 勿論、性的な意味で!」
ふーと荒い鼻息を吐きながら、ティナはきっ、と桜を睨みつける。どうやら色々と吹っ切れているらしい。
「あの、ティナ? そろそろオレ、我慢の限界なんだけども。そろそろ襲っていいでしょうか?」
そんなティナを可愛いと思ってしまうあたり、カイトもかなりティナにぞっこんなのだろう。そう言うと同時に、カイトはソファをベッドへと早変わり――寝室のベッドと場所を入れ替えただけ――させる。
「え、ちょっと! 二人共! カイトくんもちょっと理性を取りも、きゃあ!」
「煩い! お主らもカイトを搾り取るのに付き合うのじゃ!」
ティナは桜の言葉にキレたらしい。魔術をもって強制的に桜の衣服――下着も含めて全て――を脱がす。自身はまだ下着は着けているのに、何故か桜は全裸にひん剥いたのであった。尚、後で聞いたところによると、ついカッとなってやった、今は反省している、とのことだ。
「ちょ、ちょっと! ティナさん!」
と、そこで更に声が上がる。桜が振り向けば、何故か瑞樹も裸にひん剥かれていた。
「きゃ!」
更に響く瑞樹の声。それに続いて、ぼすん、とベッドに落下する音が響いた。一気にティナによって、転移させられたのである。此方も、ついカッとなってやった、以下略、とのこと。
「おー、久々に総掛かり」
それを見て、どうやら抑え切れなくなったらしいアウラが自身も転移でベッドの上にぽすん、と着地する。いそいそと服を脱ぎ始める。
「あんれぇー? これ、もしかしてヤバイ……?」
アウラ、瑞樹に気付いたカイトが、さすがに危機感を覚える。野性と獣欲よりも生存本能が勝ったのである。見れば、クズハとユリィが大急ぎでベッドまで駆け寄り、そんな一同を見て、グライア達が微笑んでいた。
「当分は女を引っ掛けられん様に徹底的に絞りとってやるわ!」
ティナの嫉妬心満載の言葉に、一同が思う所あり――桜はもう諦めたに近い――、無言で同意する。そうして、この夜。カイトの悲鳴がホテルの一室に響き渡ったという。
それから数時間後。カイトはベッドの上で疲れていた。
「く、くくく……勝った」
疲れきった表情で、カイトが呟く。何処か顔は窶れているが、やり遂げた漢の顔であった。周囲にはティナ達が息も絶え絶えで倒れこんでいるか、深い眠りについていた。最後まで頑張っていたティナが、たった今ベッドに沈んだのである。
「ふ、ふふふふふ……疲れた……」
そんなカイトが外を見れば既に朝日が登り始め、少しだけ空が白んでいた。カイトははぁ、と溜め息をつくと、ベッドにぽすん、と背中から倒れこむ。
そして、そのまま真横に居たティアとグライアの柔らかな髪を撫ぜる。段々の訪れてくる微睡みの中。もそり、と側で動きがあった。
「ずるい」
そう言って、グインがぽすん、とカイトの胸に頭を乗せる。それにカイトは、無言で微笑み、頭を撫でてやった。
「三人共、起きてるな?」
「ああ」
「何じゃ、気付いておったのか」
気持ちよさげにカイトに髪を撫でられていた二人だが、カイトの言葉に少しだけ身体を動かし、カイトの顔を眺める。当たり前だ。気づかないはずがない。なにせ彼女らも起きている事を隠そうとしていなかったのだ。それに、彼女らは神であると同時に、龍だ。それ故に、この程度で倒れるはずが無い。
「当たり前だ。お前らの性豪っぷりはティナを超えるからな。あの程度でぶっ倒れる、なんて無いだろ」
カイトは苦笑しながら、実は意外と性豪である――と言ってもカイトしか知らないが――彼女らに、それを指摘する。
一方、ティナは魔族、それも魔女族だ。魔女族は生き物として性欲はあれど、性欲が強い訳ではない。ティナは魔女族には珍しく強い――というか、戦闘で満足しきれなかった破壊衝動を性欲に変換している感がある――が、それでも、龍の因子を持ち合わせるカイトに勝るわけではなかったし、龍族の発情期に比べれば遥かにマシだ。今回は珍しく嫉妬でかなり頑張ったが、それでも彼女ら龍族の平時にさえ、及ぶものではなかった。
「ウチ、来るか?」
少しだけ間を置いて、カイトが三人に問い掛ける。ウチとはそのまま、公爵邸の事だ。ティアと仁龍を除けば全員が、根無し草に近いのだ。寂しさを知っているのは、カイトも知っている。
それ故に、関係性の変化に合わせて、彼女達に宿り木を提供しよう、と思ったのだ。幸いにして、改築する為に部屋はある。広さもある。
「私はそうする。暇だし」
カイトの言葉に、グインが同意を示す。グインは通常、何処かで寝ているのだ。それがカイトの部屋であろうと、公爵邸の屋根であろうと、雲の上であろうと、どこでも変わらない。
「妾は無理じゃのう。浮遊大陸もある。あそこは余の家じゃしの。まあ、転移マーカーを公爵邸に設置するのは良いかもしれぬ」
グインに対して、ティアが苦笑しながら代案を提示する。彼女は唯一、根無し草には程遠い。とは言え、関係性が変わったのは、変わったのだ。それ故、転移を行うためのマーカーと呼ばれる魔術的な印を設置しても良いか、と思ったのだ。
「余は当分先、だ。まだ旅を終えていない。まあ、あてども無い旅だ。呼ばれれば来よう。気が向いても、な」
グライアは単なる趣味に、古龍特有の理由で旅をしている。彼女が一人旅をしたところで、何ら問題はない。そんなグライアに対して、ティアが思った事を提案する。
「グライアは冒険部に所属するのはどうじゃ?」
「む?」
ティアの提案に、グライアが少しだけ考えこむ。彼女は人に紛れて長いこと旅をしていたが、何処かの組織に所属したことは無かった。あったとすれば、唯一初代皇王の軍勢だけだ。
とは言え、それにしても助っ人的にしか思っておらず、組織に属した、という感は無かった。なにせそもそもの助力の理由が、知人に頼まれたから、だ。それ故、自らが変わるという為に、少しだけ心惹かれたのである。
「考えておこう。とはいえ、今は冒険者としての依頼を受けているしな。それが終わってから、にするとしよう」
「なら、席は作っておくか」
「うむ、頼む」
グライアの言葉を聞いて、カイトが目を瞑りながら、変わり始めようとする彼女らを嬉しく思う。実は彼は支援の人員以外で冒険部へと入る事を拒んでいる訳ではない。
とは言え、やはり何時かは無くなる筈のギルドに、冒険者を所属させる事は躊躇っていたのだ。その点、カイトと知己があり、事情を知るグライアならば、実力面を含めて、何ら問題はなかった。それに、そう思った自分の変化を見て、さらなる変化を求めていた自分に、気付いた。
「……そうか。新たな冒険者を参加させるのも、いい経験かもな……オレにも、みんなにも……まったく。おっさんとおんなじ事をやるとはな……」
カイトが苦笑しながら、自らが考えていた事を変えようか、と思い始める。カイトとしても冒険者ギルドを扱う活動は初めてだ。やはり、初めての事では、気付かなかった事がある。今までは支援をしてくれている桔梗や撫子、ミースといった者達しか加入させていないが、外に出て活動する生徒達の話を聞けば、冒険部へと加入させたい、という話がちらほらと上がってきていた。それを思い出したのだ。
今までは何時か無くなるギルドだし、と難色を示していたのだが、そういった事情を把握してくれる冒険者ならば、加入させても良いかもしれない。それに何も自分達が初代となり、後に引き継いでもらうのも構わないのだ。それに、カイトは思い至る。そもそも誰かに引き継いでもらおう、という考えが無かったのだ。
そんな会話から、数時間後。遠方に出ていた魅衣が戻ってきた。が、そうして部屋に入って速攻で、顔を顰めた。というのも、とんでもなく甘ったるい匂いが漂っていたからだ。
「ただいまー、って、何! この臭い! と言うかなんでリビングにソファじゃなくてベッドがあるの?」
「……ん? 魅衣か、お帰り」
魅衣の声に気付いたカイトが、目を開ける。さすがに明け方眠ったので、かなり眠そうであった。そうして暫く魔術で体調を整えている間に、魅衣が質問する。
「ちょっと、この臭いなに?」
「あー、多分椿が焚いた香だな」
カイトが苦笑しながら鼻を鳴らして、微妙に慣れてしまっていた匂いに言及する。クズハは自分たちの劣勢を悟るや、即座に椿に命じ、酩酊作用に似た効果を持つ香を焚かせたのだ。
こういった夜の知識では、専門の機関で育った椿に敵う者はいない。それ故、彼女はこの場で最適な香を焚いたのである。この甘い臭いは、その残滓であった。
「うぁ……ちょっと窓開けるわよ」
とは言え、慣れていなければ、胸焼けするような甘い匂いだ。しかも、淫靡な、と前に付けて良い様な匂いだ。なので思わず興奮しかけた魅衣がカーテンを開けて、窓を開いた。すると、夏の朝の爽やかな風が部屋に流れ込んでくる。
「むぅ……なんじゃ」
かなり眠そうなティナが、朝日が入り込んできて鬱陶しげに手を顔に乗せる。大人状態の彼女は、シーツで豊満な胸を覆い隠し、何処かの女優の朝、と言った感じであった。
「ティナちゃん、おはよ」
「むぅ? 魅衣か。帰ってきおったのか。お帰り」
「一体何があったの?」
「むぅ……コヤツが遂に姉上達と婚約することにしおってのう。少々……」
「えぇ!?」
小声で、嫉妬してしもうた、と言ったティナの言葉は、魅衣の大声でかき消された。その大声は、窓が開いていたので、外まで響いた大声は、朝鳥達を羽ばたかせた。そうして目を見開いた魅衣は、ようやく普段通りに復帰したカイトに問い掛ける。
「ちょっと、そっちは何があったの?」
「んー、まあ、色々と。今まできちんとしてなかった事をきちんとしただけ」
カイトの答えを聞いて、魅衣が分かった様な分からない様な顔をする。とは言え、これが真実だ。ティナでさえも、何時かはこうなるだろう事を把握していたのだ。であればこそ、カイトはやるべきことをやっただけだ。
「まあ、そういうことならいいんだけど……」
基本、サバサバした性格の魅衣は、責任を取った、ということなら仕方が無いか、と思ったらしい。状況もあったが、それで詳しくは聞かなかった。それなりに長旅だったので、疲れていた事も大きいだろう。そんな魅衣に対して、身を起こしたカイトが問い掛ける。
「魅衣が帰ってきた、ってことはソラと由利も帰ってきたのか」
「うん。まあ、ナナミさんを置いてきぼりにしてたから、今頃お土産持ってってるんじゃない?」
「そうか……なら、まあ後でいいか」
「どうしたの?」
カイトがそう言って倒れこんだのを見て、魅衣が訝しむ。そうして、カイトは深く息を吐いて、仕事の話を始める。
「仕事だ。上手くやれば、日本と連絡が取れる様になるかもしれない」
再び倒れこんで目をつぶり始めたカイトだが、直ぐに、魅衣にたたき起こされたのは、言うまでもない事だろう。そうして、桜達もまだ聞いていない詳しい仕事の話をし始める事になるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第341話『受諾』