第336話 相見える
日本のJ-POPやバラード、その他様々な楽曲が演奏されている大広間では、詩人や貴族の半数が異世界の音楽に聞き入り、演奏をBGMに半分の詩人や貴族たちが桜達を取り囲んでいた。
「ほう……では、年末年始には集まっておせち? とやらを食べる、と?」
「はい。元々おせち、とは家庭で料理を作る者達が休むために、多めに作り……」
桜がそう言って、周囲の貴族たちに、日本の文化を伝えていき、瑞樹は通商関係の事を解説している。
「ええ、地球では、様々な国々を空飛ぶ乗り物で渡り歩き、商談を行う事もあります。例えば……」
「地球では、武芸や身体能力を競う平和的な祭典が開かれて……」
瞬が、説明しているのは、オリンピックについてである。それ以外にも、弥生達が今演奏している生徒達の衣服についてを説明しているし、桜田校長は、国王と会話している。
「えっと、今の曲はロック、という部類で……えーっと……アップテンポな……」
しどろもどろになりつつ、更には他の教員の手助けを借りながらも、多摩川教諭は吟遊詩人達からの質問に答えていく。彼らは特に歌を生業とする関係上、この一団では最も熱心であった。そうして、一同貴族達吟遊詩人達に囲まれながらも、なんとか依頼をこなしていくのであった。
そんな中、カイトは何をしているか、というと簡単に言って、リオンと共にゲームに興じていた。
「……3-Fの敵集団に2-Eの伏兵で攻撃」
カイトは盤上の駒を相手に見える様に顕現させ、指定したポイントへと攻撃を指示する。カイト達が遊んでいるのは、一種のチェスか軍人将棋にも似た遊戯だ。古来からエネフィアにある遊戯で、リオンが得意とする遊戯の一つだ。
カイトが部屋に通されると既にこの遊戯用の魔道具が用意されていて、リオンが打ちながら話そう、と申し出たのである。
「が! マジか!……ってな冗談は置いといて……同じく3-Fへ4-Fの伏兵を使用」
一方、相手のリオンは一度不敵な笑みを浮かべてから、カイトの攻撃に対して自軍の防衛に伏兵を使用した。
この遊戯は古くからエネフィアの貴族達に広まっている遊びであるが、遊びと侮れない精巧さであった。主には貴族たちや軍人たちが戦争での指揮官としての修練を行う為に開発されたものであるので、戦場で実際に起こりうる事がほぼすべて、可能になっていたのである。
その為、相手の駒は此方の駒の索敵範囲内に居ないと見えなかったり、範囲内であっても潜んでいれば専用の行動を取らない限りは発見できなかったり、とかなり現実を重視していた。ゲーム盤が魔道具であればこそ、出来るゲームだった。困難さで言えば、下手な地球のシミュレーションゲームよりも知恵を使うゲームだった。
ルールは基本的に将棋と同じく、一度に一つの駒しか表立っては動かせない。キングが攻め落とされれば負けなのも一緒だ。駒も竜騎兵等エネフィア独自の物を使う事を除けば、そこまで大差は無い。
しかし、異なるのは、盤上に設定された砦の存在や駒には各々特別な指示を送れたり、伏兵として使用した駒は攻撃が出来ないものの、相手の順番でも移動と説得等が可能である事だろう。相手に影響を与える行動は自ターンでしか出来ないが、それ以外の行動は相手に影響を与えない限りは取り放題だった。
更に特殊なのは、『キング』である。このキングには、プレイヤーの持つ能力を一つ、所持させられる。そうすることで、実際に自分が戦場に立った場合を想定させるのである。
実はこれはエネフィアでは軍の高官達やギルドのマスター達が集団戦における戦い方を学ぶのに使われたり、とかなり実戦的な遊戯だった。それ故、カイトもやっているだろう、という名目でリオンが持ちだしたのである。
そんな遊びに興じていた二人だが、リオンとカイトであれば、カイトの方が一枚上手――接待プレイをやろうとして、リオンに気付かれて出来なかった――だった。
「5-Cの砦へ攻撃を開始」
「は!?」
今度はどうやら予想外であったらしく、リオンが本当に驚いた顔をする。とは言え、リオンとて一国を率いる者として望まれた者だ。一瞬で次の手を決めると、即座に指示を下す。
「ちっ! 5-Fの砦は防御を選択!」
そうして、リオンは何らかの行動を行っていく。それに対して、カイトも何らかの行動を行う。すると、リオンがまたも驚きの声を上げた。
「はっ? 囮の意地? こいつら囮か!」
彼の表示上では、兵数が100と表示されていたカイトの伏兵であるが、実際には魔導兵を多く配置し、3倍以上に見せかけていたのだ。それを説得して砦に攻撃を仕掛けているカイトの駒を攻撃しようと思ったらしいのだが、囮であることを始めから把握していた駒には説得が通じづらく、目論見が外れる。
「わぁー! カイトさん、凄いですね!」
シリウス。そう名乗ったリオンの息子が、カイトに困惑させられる父を見て、驚きと称賛の声を上げる。リオンは、この遊戯においては大陸一であったのだ。それを知る息子にとって、父を困惑させるカイトの技量は、尊敬に値するものであった。それに、カイトは微笑んで頭を下げる。
「ありがたきお言葉です、殿下」
「とーさま、負けそう?」
一方、リオンは膝上に座らせた娘のフレイヤの言葉に、彼は大丈夫とばかりに笑いかける。まだまだ戦いは始まったばかり。リオンとしてもゲームの最中にしようと思っていた話に入ってさえもいないのだ。この程度の挽回は彼にとっては造作も無い事だった。
「なに、こっからだって」
娘の頭を撫で、彼はなにかを指示していく。
「……ほう」
なされた行動を見て、カイトは少しだけ笑みを浮かべる。王侯貴族の前では見せられない様な、獰猛な笑みに近い笑みだ。それを見たリオンも、同じような笑みを小さく浮かべる。
それ以降、二人は実際の戦場でもここまで矢継ぎ早に指示は出されないであろう速度で、指示を下していく。それが止まったのは、やはり、リオンの手順であった。
「……砦が、空?」
リオンは潜入させた駒の報告から、攻め入った砦が空であることを知る。そうして、眉の根を寄せて、考えこむ。伏兵や罠を疑ったのだ。
そんな滅多に見ない父親の真剣な顔を、シリウスはカイトの側――どうやらカイトは気に入られたらしい――から、フレイヤは膝上から、楽しげに観察していた。なお、スレイはそんな家族の様子を、楽しげに見ていた。
「ちっ。取り敢えず、工兵を潜入隊に同行」
「……5-Iへと歩兵を移動」
「……空か。罠も無し……攻略部隊で3-D砦を奪取……成功か」
「空城の計発動。3-C、3-E、4-Dの伏兵を使用し、砦へと攻撃」
「っつ、空城の計か! 5-Fの砦から援軍を出陣! 方角は4-D!」
「援軍に対して5-Dへと伏兵を使用」
「何! ちっ、空城の計は忘れてたが、そこらは対処済みだ」
そうして、なんとかリオンがカイトの計略の全てに対処したところで、二人は顔も上げずに会話を交わす。
「3-Aへと魔導兵を移動……カイトだったな」
「はい、リオン殿下、ご存知頂け光栄であります……5-Cへと騎馬兵を移動」
「一つ、依頼を受けてくれるか?」
リオンの言葉に、カイトは顔を上げる。カイトが見たリオンの顔には、笑みが浮かんでいた。とは言え、仕事の依頼なら、別に断る理由は無かったので、カイトは先を促す事にした。
「それは、私個人に、でしょうか?」
「いや、冒険部に、だ」
「依頼内容によります」
王侯貴族からの依頼は、今後の活動において冒険部の箔付けに利用出来る。それを即座に弾き出したカイトは、取り合えず受ける事を前提として、先を促す事にした。それを受けて、盤面を見ながら、リオンが告げる。
「アルテミシアにある、水練の洞窟……まあ、こいつは単に地元の奴が呼んでる名前なんだが……まあ、ジェル……は知ってるか?」
「はい、水棲族のスライム族に似た姿形ですが、周囲の生き物の肉を溶解させて捕食する危険な魔物、ですね。物理攻撃は殆ど効かず、槍等の内部まで届く攻撃でコアを破壊するか、凍りつかせて破砕するしか倒せない魔物です。おまけに、金属でできた武器は錆びたり腐食してまう可能性が高いので、やはり、近接戦闘ができる者にとっては、相性の良い相手ではありません」
リオンの問い掛けを受けて、カイトは出来る限りの解説を行う。それをリオンはまあ当然か、と思いつつも、笑いながら一つうなずいて感心を示した。
「知っているのか、感心感心……でだ、まあ、その水練の洞窟じゃ年に数回ジェル共の繁殖期があってな。丁度今の時期が繁殖期なんだ。通例、我が国では冒険者にこの掃討を依頼してる。数が多いし、何分ウチの軍隊はそこまで強くはないからな。まあ、そんなに強くない奴だ。お前達でも可能だろう」
この話は、彼の作り話ではなかった。軍が弱いのはこの大陸では一般常識レベルで知られた事実だし、カイトもかつてここに逗留していた頃は、慈善事業の一環としてルクスらと共に、洞窟内部の魔物の掃討を行っていた事もある。これにティア達も加わっていた事もある。軍では無く依頼を受けた冒険者がやるのは、かなり昔からの通例だった。
実はカイト達が行った時に、流石に公爵家として動くのは拙いだろう、と全員旅の冒険者として動いていたのだ。その流れを汲んでいたのである。
「分かりました。いつ頃がよろしいでしょうか?」
この依頼は腕を落とさない様にする為や、周囲への感謝として、受けても良いとカイトは判断した。旅行に来れて気分の良い冒険部の面々も、お世話になったのだから、と反対はしないだろう、と考えて、彼はリオンの気が変わる前に話を纏めることにする。一種の掃除活動に近いのだ。それに類する話だ、と言えば、面倒くさがっても参加率は高いだろう。
「そうだな。さすがに今は各地で公演を行ってるだろうから……休みを入れて、2週間後でどうだ? さすがにこっちも色々と洞窟への潜入許可とかが必要だからな」
「わかりました……それで、報酬は?」
さすがにこれは今回の公演とは別依頼なのだ。それ故に、カイトは尋ねたのだが、リオンのそれに対する言葉は、カイトを凍りつかせるのに十分なモノであった。
「<<導きの双玉>>」
その瞬間、カイトは指示の手が止まり、意味がわからない、と言う顔をして、リオンの顔を窺い見る。内心では正気か、と疑ってさえいた。
それに対するリオンは、非常に楽しげな笑みを浮かべていた。遊戯の状況がわからない子供達はカイトが劣勢になったのか、とカイトの顔を伺い、唯一、リオンの企みを知らされていたスレイは、夫が仕掛けた事を悟り、カイトの顔を観察する。
「それは、一体?」
カイトは意味がわからない、という顔で、尋ねるが、当然、カイトは知っている。いや、下手をすれば、リオンよりも知っているかもしれなかった。
なにせカイトはこれが欲しくて、今様々な手を施しているのだ。知らないはずがない。とは言え、これを知っているのは、クズハ達公爵家の上層部だけだ。リオンがこれを知っているはずが無かった。
「おっと、知らなかったのか。忘れてくれ。じゃあ、大ミスリル100枚でどうだ? 人数が人数だからな」
そんなカイトの顔を見て、リオンが報酬を変更する。一見すれば、先の導きの双玉とやらがそれだけの価値がある物だ、と思わせるだけの交渉術の一つと取られかねないが、実際には違う。導きの双玉は、少なくとも大ミスリル銀貨100枚では本来購入できるものではない。いや、そもそも、購入できるものではないし、一介の冒険者が入手できるものでは無いのだ。
しかし、カイトには、これを報酬に与えられるだけの情報を握っていた。それ故、彼の言葉をブラフとして、処理出来なかったのである。そして手に入れられるのなら、彼ぐらいには正体を明かしてでも欲しい品だった。その対価を支払うだけの価値のある道具が、<<導きの双玉>>なのである。
こちらが『勇者カイト』であるとするのなら現状で何を望み、何を欲しているだろうか、というのを推測して、その上での行動だった。皇国への根回しも無しに譲り渡せる品では無いので、全ての根回しを終えている事を考えれば、まさに、神童の名に相応しい計略だった。
そうして、二人の間には、一瞬の沈黙が生まれる。先に沈黙を破ったのは、カイトだった。
「くっくくく……あーはっはっはっ!」
カイトが大笑いを上げたのを見て、リオンは子供が悪戯が成功した時の笑顔を見せた。この報酬は、正に彼が仕掛けた悪戯にして、カイトの正体を掴むための渾身の一手、なのであった。
それが見事に成功したのだ。笑顔を見せるのは、必然だった。そうして、そんな彼にカイトはゲームに最後の一手を打ち、頭を下げた。
「チェックメイト。そして、参りました」
「あ?……あ」
カイトが最後に指示した駒の動きを見て、リオンが呆然となる。最後のカイトの一手は、彼のキングを詰みへと追いやる一手であったのだ。
「たまにゃ、こういった腹芸も楽しいもんだ……が、やっぱ向いてねえわ!」
彼も笑いながら、カイトと一緒になって笑う。そうして、子供達を置き去りに、二人が一頻り笑ったところで、リオンが単刀直入に尋ねた。
ちなみに、二人が大声を上げて笑うものだから、大広間の貴族たちが何事か、と注目しているが、そんなことは二人共お構いなしであった。まあ、二人の内一人がリオンであったことに気づくと、何か面白いことがあったのだろう、と次第に誰もが注目しなくなっていった。二人が笑っている間に、演目が変わった事もある。
「やっぱ俺にはこっちの方が楽だ。聞きたい事がある」
既にカイトから参った、の一言を引き出しているのだ。既に彼もカイトの正体は気付いているので、これは単なる確認だ。
「あんたは、やっぱ勇者カイトその人か?」
「はい、殿下」
「あ、別にかしこまんなくていい。こちとら大英雄相手に本来なら敬語を使わないとイケナイ身だしな」
カイトの敬語に対して、リオンが手と首を振る。彼は皇国を離れ、他国の王族、しかも、カイトの公爵家と同等程度しかない国力の国に婿入りした身である。元は皇国の第一皇子とは言え、今ではカイトと対等、と見ても良い、というのが、皇国やその保護国の主流であった。そしてカイトもそれを把握していた。
「そうか……ま、ソッチのほうがやりやすいからいっか」
「……だが、こんな少年……って、え?」
まさかこんな少年だったなんて、と言おうとして、リオンはカイトの姿が変わった事にびっくりする。子供達も妻のスレイも大いに驚いていた。
「誰がガキ、だと言った?」
今度はカイトが悪戯が成功した少年の顔となり、にっ、と笑う。それを見て、シリウスがカイトの姿が変わった事に、驚嘆の声を上げる。王宮でもこんな術式を使えるのだ。その技量は驚嘆に値したのである。
「すごい!」
「はい、シリウス殿下。私は、勇者カイト、ですので」
そんなシリウスにカイトは快活な笑みを浮かべ、シリウスに告げる。シリウスに丁寧な言葉づかいなのは、彼からの許可が出ていないからだ。内々には対等ではあるが、それでも向こうは王族。表向きは上だ。それ故の対応だった。とは言え、そんなカイトの言葉に、シリウスが首を傾げる。
「え?」
そんな少年を見て、カイトは笑みを深めるが、カイトは更に周囲に告げた。
「ティナ。椿。もういいぞ。それと……そっちのお節介もな」
この場に居たのは、実はカイトだけでは無かった。当たり前だが、彼一人でこの場に来るなぞという愚行はティナが許さないし、如何にリオンの性根を知るクズハやユリィとて引き止める。相手は王侯貴族。悪辣な策を施す可能性はゼロでは無いのだ。そうして、隠れていた面々が、姿を現すのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第337話『始祖の力』
2016年9月26日 追記
・誤字修正
『劣勢になった』が『劣勢担った』になっていた所を修正しました。
『リオンであった』が『リオン出会った』になっていた所を修正しました。