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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第十八章 一つの決意編
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第333話 披露会の前

 カイト達が夕食のバーベキューを終えてホテルに戻った頃。アルテミシア王国王城のある一室で、真紅の髪の男が報告を聞いていた。


「ふぁー、で?」

「いや、で? と申されましても……」


 真紅の髪を持つ男は、部下から上がってきた報告を聞いて、欠伸を一つ。そして、眠たげに部下に問いかけたのだが、どうやら理解されなかったらしい。尚、受けた報告とは、グライア達古龍(エルダー・ドラゴン)の3人が急に来訪した、という事についてだ。


「別段驚くほどの事じゃねえだろ……」


 なおも理解しない報告者の男性を見て、真紅の髪を持つ男は、はぁ、と溜め息を吐いて、報告してきた部下の無能を嘆く。そうして、この物分りの悪い男に対して、説明を開始した。


「あのな……公文書にも20年程前にミスティア様とグライア様が観光旅行でお忍びで来てた、って報告されてんだろ。確かに3人居るのは珍しいが、それが今年起きたからと言って、何が不思議なんだ」

「い、いえ、ですが!」


 どう考えても可怪しいだろう、部下はそう言おうとしたが、それを読んだ真紅の髪の男に先んじて口を挟まれる。

 ちなみに、彼も可怪しいと睨んでいるが、そうは言わない。と言うか、それを隠したい側だ。だからこそ、彼はあり得る可能性の一つをそれが正解であるかの様に語る事にした。


「はぁ……別に可怪しい事じゃねえだろ。この国は300年前にはかの勇者が逗留していた実績もある観光地。しかも当時は古龍(エルダー・ドラゴン)のお歴々の半分がほぼ毎年来訪されてたってー話だ。日本の客人が来るのに合わせて、懐かしんだんじゃね?」

「……確かに、それも有り得ますが……」


 そんな気まぐれが有り得るのか、部下はそう思う。彼は古龍(エルダー・ドラゴン)が尊大かつ偉大な者であると思っているらしい。だが、そう考えればこその間違いだ、と真紅の髪の男は指摘する事にした。


古龍(エルダー・ドラゴン)は色々ぶっ飛んだ御方だ、って聞いたことねーのか?」

「は?」


 きょとん、とした顔の部下に、真紅の髪の男は三度、溜め息を吐いた。自分の部下であるのなら、各種噂話なども耳にしてもらう必要があった。多くの噂は噂に過ぎないが、火のないところに煙は立たないし、そんな中には一片の真実が含まれている事もある。

 となれば、噂を噂と断ずるのではなく、自ら調べて、噂に過ぎない、と断じて欲しかったのだが、この若い報告者はまだそこまで至れていなかったらしい。


「俺の部下としてやってくなら、せめて直近300年の公文書は頭に叩き込んどけ。俺は皇国と王国の建国から全部頭に入れてら。ま、見れた奴だけなんだけどもな」

「は?」


 カカカ、と笑う真紅の髪の男に対して、報告した男は目を丸くして、その意味する所を咀嚼する。そうして理解出来たらしく、大慌てで問い掛けた。


「えーっと、婿殿が来られて……ちょっ、ちょっとお待ちください! 婿殿は確か公務を始められて3年程度でしたよね! それで全てを記憶されたのですか!?」


 皇国には及ばぬものの、アルテミシア王国とて建国数百年を数える国である。当然、その公文書ともなれば、膨大な数におよぶ。一部とは言え、それを全て暗記しているとあれば、とんでもないことであった。だが、それに対して婿殿ことリオンが笑いながら頷いた。


「18でシリウス生まれて、そっから数年家で揉めて、今27だから……そうだな3年ってとこか……つーか、俺を誰だと思ってんだ?」

「いえ、婿殿は婿殿かと」

「……そりゃそうだ」


 当たり前の事実を言われ、真紅の髪の男がぽかん、と口を開ける。が、これに笑いながらドアの近くで柔和な笑みを湛えていた女性が間違いを指摘した。


「ふふふ、リオンは嘗ての神童、もしくはウィスタリアス様の再来と呼ばれた事を言いたかったのですよ」

「そいうこと。思わずぽかん、としちまったじゃねえか」


 我が意を得たり、そんな顔をして、リオンこと元エンテシア皇国第一皇子は妻を引き寄せ、抱きしめる。そして、その唇にキスをして、離した。


「どうした? シリウスとフレイアは?」

「二人なら、お夕食の前に課題を片付けるって息巻いてましたわ。教師達がつきっきりですので、暇になったので此方に来ましたの」

「お、二人共お勉強か。えらいな」


 リオンは自分の子供ながらに、真面目に勉強をしている事に若干驚きつつも、きちんと言われた事をやっている事を素直に喜ぶ。それに対して、スレイが子供達について微笑みと共に語る。


「やはり、楽しみなんでしょうね。かの勇者の生まれ故郷のお話が聞ける、ってシリウスが朝から熱心に宿題を終わらせてましたわ」

「楽しみ、か……俺も楽しみだ」


 そう言って密かに獰猛な笑みを浮かべるリオンと、それを包容力の有る笑みで見守る妻。子供達とは別の楽しみではあるが、彼もまた、楽しみであった。自分の打った一手が、勇者―かもしれない相手―にどの様な反応を与えるのか、想像するだけで楽しめた。


「ふふ、私も、です」


 そう言って再びキスしようとする二人だが、その前に居た堪れなくなった若い報告者が口を挟んだ。


「……あの、婿殿? もう一つご報告が……」

「……空気読めよー……なんだよ?」


 リオンは妻とのいちゃいちゃを邪魔され、若干不機嫌となりながらも、若い報告者の報告を聞く。が、そう言っても向こうは仕事で来ているのだ。そう言ってもいられない。


「いえ、その件なのですが……マクダウェル家からの何時頃お伺いすればよいのか、とのご連絡の返事がまだ出されていない、と警備局の者から……警備担当などが決められず、難儀していると苦情が……」

「あれ?」


 目をぱちくりさせて、リオンは書類の山から書類を探し始める。まさかの言葉にリオンは少しだけ顔を青ざめていた。


「……あれ? ココらへんに……こっち……違った……」


 ガサゴソと机の上を荒らし回るリオンに、若い報告者はそれを片付けるであろう秘書官の心労を考え、自分で無くて良かった、と安堵の溜め息を吐いた。が、そんな彼を見かねて、スレイが手を貸すことになったので、そこまで机の上が荒れる事は無かったのだが。


「こっち、では無いかしら?」


 スレイが机の引き出しの一つを開ける。そこにも幾つかの書類が収められていたが、その一番上にはわかりやすく数通の封書が置かれていた。そしてそれは、彼が探している封筒だった。


「はい」

「あ、そーだそーだ!昨日忘れない様に、ってこっち入れたんだった」


 あはは、と乾いた笑いを上げながら、スレイから封書を受け取る。そして、それを若い報告者に手渡した。彼は片付けが苦手なので、よく机の引き出しの中の一番上ならなくさないだろう、としまい込むのだが、それを忘れるのであった。

 どういうわけだか、リオンは昔から無数の公文書の内容は覚えられるのに、数時間前に置いた書類の場所を覚えていられないのであった。まあ、こういう変な所が、彼の味だから、と事務官達からは苦笑しながらも認められているのである。


「じゃ、後頼んだ」


 というわけで発掘された封筒を手渡して、彼は若い報告者を放り出すのであった。




 翌日の朝。学園の上層部――カイト達を指すのではなく、教師たちを含めた上層部――と、クズハ達がホテルの大部屋に集まって、臨時の会議を開いていた。

 議題は、アルテミシア王国各地への冒険部人員の派遣について、である。尚、この会議に冒険部から出席しているのは、冒険部部長のカイトと、生徒会長の桜だけである。


「これは、また……しかも、王宮へ来る人物は指定ですか……」


 朝一で届けられた依頼書を見て、教師の一人が溜め息を吐いた。元々各地に冒険部の生徒と一緒に来ていた生徒達を割り振るのは規定事項なのだが、一部とはいえ、その割り振りまで相手から指定されるとは思っていなかったのだ。

 とは言え、これは当然といえば、当然だ。そこまで考えつかないのはやはり、貴族の存在が遠い彼らだからだろう。


「天音君。これは可能かね?」


 桜田校長が、カイトに依頼内容が可能かどうかを問いかける。表向きは冒険者達の長であるカイトに問い掛けた形なので、事情を知らぬ者からしても、可怪しくはなかった。


「可能も何も無いでしょうね。依頼自体に危険性は無く、そしてまた、冒険部以外の他の者の同行も認めています。しかも、今回の旅行はこの話を受ける前提で、実現したものです。不可避ですし、断る理由がありません。おまけに、警備上の理由から言えば、王宮へ来る面子を指定しているのは不思議ではありません」


 まあ、想定していなかったのは、彼らだけだ。そういった裏事情を知るカイトからすれば、当然の如く考慮にいれて、既にスペアプランも計画済みだ。

 なので、カイトは桜田校長の質問になんら考えることなく答えを出す。カイトとしては、既にこう来るであろうことが予想できていたので、実は教員達に隠れてスペアを本題として動いていたりする。


「ふーむ……」

「とは言え、地方巡業に関しても公爵家の方にも同行をお願いされている様ですから、護衛等の問題は無いでしょう」

「はい。来る前から此方にもリオン元第一皇子から依頼が有りました。此方としても断る理由がありませんので、アルらを配置させて頂きます」


 元々彼らは親交を深める一環であったのだ。護衛さえ付いているのなら、冒険部の生徒達の地方巡業に同行させる分には何ら問題はなかった。とは言え、それでも難色を示す教師達に対して、クズハが笑いながら更に続けた。


「あちらも国としての体面がありますから、王直々の依頼である以上、何かをしてくる事はありませんよ」


 当然だが、もし国王直々の招待で騙し討ちを行えば、それは国王の招聘を受ける者達へと不信感を与える事となる。

 そもそも、此方から何もしていない以上、公爵家の保護下にある天桜学園の関係者達に危害を加えれば、それは即ちエンテシア皇国の公爵家に弓を引いた事にほかならない。それはどう考えても馬鹿げている。やるだけ無駄だ。それ故に、彼女の考えの方が正しかった。そして、揺れる教師達に対して、カイトが背中を押す事にした。


「とは言え、大人数をこの面子に加えられないであろうことは、また事実。合唱団予定であった王宮への登場者は、変更しましょう」


 カイトがそう言って、冒険部以外の面子の練り直しを進言する。本来ならば100人規模の冒険部以外の生徒達を同行させるつもりだったのだが、依頼書には王宮への来訪はカイト以下桜、瞬ら冒険部上層部から数名、桜田校長ら教師陣の中でも有力者数名、クズハ、アウラ、ユリィの公爵家上部面子、それに加えて、芸事が可能な者を少数連れてきても可能、と書かれていた。

 少数と明言されている以上、大規模な人員は連れていけないのであった。そうしてそれを受けて、教師の一人がため息と共に呟いた。


「天音の言う通りになった、ということか……」


 と言うより、カイトはそもそも大規模な人員を連れて行くのは無理だ、と説得したのだが、なるべく多くの生徒に休息を取らせたかった教師陣に押し切られる形で、スペアプランに追いやられたのであった。ちなみに、これが冒険部の金銭が絡めば、たとえ強権と言われようと押し通したが。


「では、プランBへと変更でよろしいですか?」


 教員の呟きを耳にしたカイトは、全員へ向けてそう問いかける。だがそれに、教員達からの質問が飛んだ。


「ああ、だが……今から間に合うのか?」


 スペアプランは本来使用しないプランである以上、いきなり使うとなっても使えるとは限らない。相手は王族なのだ。如何な無礼も許されなかった。それ故に、難色を示そうとした教師だが、カイトは笑いながらあっけらかんと言い放った。


「あ、それなら大丈夫です。練習はさせてましたので」

「そ、そうか……」


 準備万端なカイトに、教師が苦笑というか呆れるしかなかった。元々こうなることを読んでいたのは伊達ではない。ここまで全て把握済みだったのだ。というわけで、自分の案がスペアとされても、既に此方のプランに該当する生徒には実施を通達済みであった。


「とは言え……準備させておいて使わないのは勿体無い……」


 小声でそう言うと、カイトは少しだけ思考の海に沈む。なるべく盛大な方が良いのでは、という勝手な貴族観から、王宮で披露する演目は合唱部が主体となったオーケストラに近いものであった。その結果、大人数をとなったのだが、彼らも芸事の練習をこなしているのだ。要らぬお節介かもしれないが、それを披露する機会を与えるのもまた、必要であった。というわけで、カイトは念話を使用して、クズハに問いかける。


『クズハ、現代のアルテミシアに何かホールはあるか?』

『少々お待ちください……はい。王都に2つ、大規模な地方都市には1つずつ存在しています』

『……王宮と連絡を取って、一般市民向けにコンサートを開きたい、と申し出てくれ。費用は冒険部で捻出しよう。その程度の余裕はある』


 少し考えてから、カイトがプランを練りなおして提示する。ちなみに余裕、といっても殆どがカイトのランクEXとしての稼ぎだが。


『はい? ですが、その前に学園に話を通すのが筋なのでは?』

『そっちは強引にでも押し通すさ。それに、働かざる者食うべからず。ウチの家訓だろ? 小銭稼ぎにもなるし、只でバカンスが出来ると思うな、と。ま、こんな場所だと道楽貴族なんかが異世界の芸事と聞けば、飛びつくだろ』


 大陸南東部でも有数の観光地であるアルテミシア王国には、当然ながら多くの国から貴族が海水浴やカジノ等に訪れている。暇に飽かした貴族達を相手に日本の芸事の興行をするなら、喩えそれが付け焼き刃であってもそれなりに利益は出るだろう、とカイトは考えたのだ。そうして、カイトは更に続ける。


『ま、冒険部はともかく、教師たちにしても他の生徒達を完全なバカンスにしてしまうと、学園に残ってる生徒から不満が出かねない、って言えば大それた反対は出ないだろ。輪番制にすれば、朝昼晩の三回は興行できる筈だ』


 実際、カイトが危惧しているのもそこであった。その為、今回来た冒険部以外の生徒達にも何らかの成果を上げさせようとしていたのだ。そこに思い至ったらしいクズハは、少しの考慮の後、了解を返した。

 ちなみに、なるべく多くの者に参加させようと、合唱、オーケストラ、大道芸じみた芸事の三種類を王宮と指定された貴族の前で演る予定だった。何故この三種かというと、観光地である、ということで、貴族お抱えの吟遊詩人等が真似できる演目としたからだ。


『……分かりました』


 その言葉と共にクズハは念話を切断すると、横に控えていたフィーネへと何かを言い付ける、フリをする。当然だがこの念話はフィーネらにも転送されているので、フリなのであった。


「では、来た生徒達の殆どが単なるバカンスになってしまいますが……」


 そう言ってある教師が悩むようにこめかみに手を当てた。彼も、カイトと同じ危惧をしているのだろう。それを受けて、カイトが先ほどの提案を、教師たちに行う。


「……と、いうのはどうでしょうか? 天道会長。冒険部以外の生徒達は輪番制で可能ですか?」

「ええっと……人数としては30人一組として、一番練度の高い三組が王宮で披露、地方都市での巡業が残りの組ですから、王都でも問題ないかと」


 カイトの言葉を受けて、桜が生徒会に上がってきていた資料をめくり、現在の状況を確認する。そうして、なんとか可能だろう、という結論を下した。そしてそれを受けて、カイトが矢継ぎ早に手順を伝えていく。


「わかりました……天道会長、ありがとうございます。何時、どの順番で、は先方との会合次第、となりますが……これで、良いかと。桜田校長、どうでしょうか?」

「むぅ……確かに練習させておきながら、披露する場を与えてやれなんだは残念か……わかった、では、そのように手配してくれ」


 どうやら桜田校長は何もさせてやれない事が心苦しかったらしい。カイトの言葉を受けて、その手配を認める事にする。どうやらこの桜田校長の考えは多くの教師が共有していたらしく、殆ど異論も無く、このプランは通過して、更に幾つかのプランに変更を加えながら、数日後の王宮での謁見へと備えるのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第334話『控室にて』

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