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第328話 海水浴 ――学園関係者の場合――

 本日21時から『断章・6』の投稿を開始します。そちらもお楽しみください。

 天国と地獄。カイトが今回の旅行で学園の生徒達に与えたのは、この二つだった。まあ、言うまでもない事であるが、地獄とはカイト主導の訓練の事だ。これは全員が強制参加の上に、冒険部の生徒でない生徒達については少し先に王侯貴族の前で披露する心労もあり、どちらにせよ地獄を味わっていた。

 が、当然だが、それに加えてカイトは天国も与えている。では、その天国はどこにあったのか、というと、当然に近いが、砂浜だ。



「ここは……天国、なのか?」


 とある男子生徒が呟いた。それに続いて、同じような顔の別の男子生徒が、それを修正する。


「……いや、桃源郷だろ」

「どっちでもいいけどよ……誰かあいつ潰せよ」

「言うなよ。さっきの冒険者らしいナンパ男見ただろ?」

「あいつ、マジで勇者なんじゃないだろうな?」

「有り得る……」


 男子生徒達は今も複数人の冒険者らしい鍛えた肉体を誇る男たちを圧倒的な戦闘力を持って蹴散らしていく一人の少年を見る。それは言うまでも無く、カイトだ。桃源郷に入るにはやはり、門番が居るのだ。

 ちなみに、彼らがカイトを勇者と言ったのは勇者さながらに桃源郷を創り出してその中に入ることを許されているから、だ。

 そうして男子生徒一同は、桃源郷へと唯一の立ち入りを許された男を若干の恨みと多大な羨ましさを含みながら、遠目に眺めるのであった。




「お館様。これは……どうしましょうか?」


 2つの声が左右から響いて、カイトはそれに大きな溜め息を吐いた。目の前に広がる光景に、呆れるしかなかったのだ。

 ちなみに、桔梗と撫子は和服に似た服を脱ぐのに時間がかかっていた為、他の一同よりも少しだけホテルの脱衣所で遅れてしまったので、カイトは脱衣所から海岸までの彼女らのナンパ避けとして一度ホテルの脱衣所まで戻ったのである。

 尚、二人は作務衣の上の様な薄い上着を羽織り、肩紐がなく、胸で止めるタイプの水着である。色が対となるように変わっているだけで、それ以外は同じ誂えだ。ここらは、双子としてのこだわりだろう。


「ああ、こうなるって思ってたさ。やってる奴を除けば……な」


 カイトが肩を落としながら、再び深い溜め息を吐いた。確かに、先程から遠目に撮影しようとしている不埒な輩を何人も潰しているが、よもや彼女が来るとは予想していなかったのだ。


「ああっ魔王さまっ! 次はこのポーズでお願いします!」


 カイトを呆れさせているのは、クラウディアだった。彼女は最高級の撮影用の魔道具を構え、ティナに対して懇願する。

 そんな撮影対象のティナであるが、ご丁寧に学校指定の旧式のスクール水着を着用し、更には胸の部分にはひらがなで『ゆすてぃ~な』と子供の様な乱雑な字で書かれていた。

 一方の現魔王ことクラウディアは、もはや隠しているのかわからない程ミニのあて布があるだけの水着で、絶世の美貌を持って周囲の男どもを完全にノックアウトしていた。あまりのエロさから、鼻血を流す者が多数続出、前かがみになっている者は半数ほど、と凄惨たる様相を呈していたことを、敢えて言っておく。


「こうじゃな?」


 元部下にして信奉者の要請を受けて、ティナは体育座りに似た座りで、両手を前にだし、更にあどけない笑顔を浮かべる。

 性格には似合ってはいないが、つるぺたな胸や小柄な体格といった未成熟な身体には非常に似合っていた。それこそ、何処かのその趣味の者が思わずお持ち帰りしたくなるぐらいには、である。というわけで、カイトが苦無を投げ放つ。


「そこ!」


 苦無を投げた先に居たのは、隠れてティナとクラウディアに疾しい視線とカメラのレンズを向ける男だ。ちなみに、カイトはかなりうんざりしているので、段々と力の抑えが解けていた。まあ、この一時間程度で数十人排除しているので、仕方がない事ではあっただろう。


「はぁ……ティナ目当てがこれで5人、っと。このロリコンどもめ……いっそ去勢すっぞ。さて、そろそろ何故ここにいるのか、聞いておくか」


 カイトは苦無で片付けた男を更に何処かにお片付けして首を鳴らすと、目の前で写真撮影会を行う主従へと近づく。そんなクラウディアは、というと、この場で最も危険な人物と化していた。


「はぁはぁ……ああっ、まおうさまっ……このままでも逝けそうです!」


 クラウディアはそう言いながらカメラを構え、陶酔しきった目で鼻血を滝の如く垂れ流し、口からは滝の如くよだれを垂らす。そんなどこからどう見ても危ない人なクラウディアに対して、カイトはまずはチョップを繰り出した。


「はっ!」


 どうやらクラウディアは完全に何処か危ない世界にトリップしていたらしい。カイトのチョップで漸く我を取り戻した。そうして、我に返ったクラウディアはきょろきょろと周囲を見回して、カイトと目が合った。


「ここは……」

「アルテミシア王国の観光地、ですよ? 魔王様、如何なさいましたか?」

「おや、カイト殿。如何なさいました?」

「それはこっちのセリフだ! 何故お前がここにいる!」

「当たり前です! こんなイベント逃してなるものですか! 魔王様のお姿をこの目に焼き付け、永久保存するためにカメラも新調しました!」


 カイトの問い掛けを受けてクラウディアは立ち上がり、堂々と豊満な胸を張る。それに伴いたゆん、と胸が揺れたが、今のカイトにはどうでもよい事であった。


「仕事は!?」

「このイベントのために一ヶ月……死ぬ気で書類は全て終わらせました! それでも来る私のサインが必要な書類はこちらに転移させるつもりです! カイト殿と違い、魔王様の水着姿なぞ滅多にお目にかかれるものではないのですよ!? この一ヶ月の休暇を得られる為なら、残り47ヶ月で死ぬ気で終わらせます! いえ、死んでも終わらせます! その邪魔をするのなら、神様だって殺します!」


 まさに今なら視線だけで神さえも殺せそうな程に勝手にヒートアップするクラウディアを見て、ティナが苦笑してカイトを宥めた。


「まあまあ、カイトよ。別に良いではないか。コヤツにも休息は必要じゃ。一ヶ月程度なら、コヤツの力量を以てすれば容易く遅れを取り戻せるじゃろう」


 元はと言えば、ティナが魔王職をクラウディアに押し付けたのだ。彼女は魔王という職責に関して言えば、あまり強くは出られない。そして、彼女は部下には甘いのであった。それ故、クラウディアがこの場に居る事を許したのである。こういう甘さが彼女の味であり、王として人を惹き付ける魅力だった。


「お美しき……いえ、愛らしき魔王様! 有難きお言葉です!」


 ティナから実力を褒められたクラウディアは、その優しさとの相乗効果で感涙を滝のように流しながら跪いた。更には再びティナを直視したことで、止まっていた鼻血が再び流れ始める。


「ああ、屈んじゃダメよ、ほら、鼻血」


 それを見たミースが、クラウディアに丸めた綿を手渡した。ちなみに、ミースは薄い水色のビキニタイプの水着で、上に白衣を羽織り、海辺の白衣の天使と化していた。

 白衣を羽織っているのは日焼け防止と万が一溺れたり足をつらせたりした生徒が居た場合に、即座に分かるように、という配慮だった。他にも普段は学園に詰めている天族の医師達も男女問わずに白衣を羽織っていた。


「あ……これはありがとうございます……おや、少々汚してしまいましたね。失礼致しました」


 ミースから綿を貰ったクラウディアは鼻に綿を詰め、落ちた血の痕跡を全て魔術で消滅させる。そんなクラウディアに対して、カイトが問い掛ける。


「……なあ、クラウディア。お前、もしかしてティナのやばい生じゃし」

「何処に有りますか? いえ、何をすればそれを頂けますか?」


 全く話を聞いてない内から、引き受ける気満々なクラウディアが、カイトの手を握りしめる。目は血走り、先ほどカイトが伸した覗きよりもやばい目をしていた。


「い、いや、そもそもそれが1枚あれば1年は働けそうだな、と言いたかったんだが……」

「何だ……1年どころか10年は戦えます」


 血涙でも流しそうな程に残念そうにしながら、クラウディアはカイトの問いかけに答える。それに、カイトは引き攣りながらも頷いた。


「そ、そうか。取り敢えず、休暇を楽しんでくれ……写真は欲しかったら後で」


 もう来ているし、別に害は無いからいいか、とカイトは放っておく事にした。ちなみに、その所為でカイトの仕事が一つ増える事になるのだが、それに気付いたのは後の事であった。

 そうしてカイトの言葉を受けて、クラウディアはびしっ、と敬礼して答える。どうやらそこまでして欲しいらしかった。


「是非! 対価が必要でしたら、一晩でも二晩でも夜魔の技をもってご奉仕させて頂きます!」

「はぁ……」


 鼻血を流しながらそう告げたクラウディアをやれやれ、とスルーする事にして、カイトは再び海を眺めようとする。そうしてパラソルでも立てるか、と思った所で、後ろから声をかけられた。


「おー、カイト、おつかれ?」

「ああ、アウラ……か……」


 アウラに声を掛けられたカイトは、後ろを振り向いて、思わず時が停止した。停止したのは理性と野性がせめぎ合い、カイトの動きを止めてしまったから、であった。

 ちなみに、アウラやクズハ達が一緒に来たので、この場に外から見えない様な結界が張り巡らされた事が、カイトの野性の暴走に繋がっていた。

 理性が耐えてくれているのは曲がりなりにも他の少女達も居るからだ。居なければとっくの昔に理性が壊れていた。


「……どう?」


 アウラはいつもの無表情の中に何処か自信を滲ませながら前かがみに近いポージングを行い、胸の谷間を強調するようなポーズとなる。

 だが、カイトからの反応は無かった。相変わらず理性と野性がせめぎあっている為、意識が反応しないようにシャットダウンしていたのである。

 まあ、反応があった場合は、アウラが望むめくるめく肉欲と愛欲の爛れた展開になるだけなのだが。


「うーん、御主人様、完全に停止しちゃってますねー」

「まあ、仕方が無いだろう」


 そういうのはユハラとステラだ。二人は他のメイド達を引き連れ、砂浜へとやって来ていた。二人共水着は競泳タイプの水着だ。どうやら本気で泳ぐつもりらしい。他のメイド達は各々お気に入りの水着を羽織っていた。

 ちなみに後で聞けば、ユハラとステラの二人は同時に休暇が取れた時などは、よく二人で競い合っているらしい。隠密や戦闘を行うステラが身体能力で一見有利に思えるが、実は技量でいうとユハラの方が高いらしい。二人共泳ぐ事が好き、という事もあって、良い勝負となるらしかった。


「……ごしゅじんさまー? ダメですね。殆ど無いはずの理性で何時も満載の野性を抑えている所為で、停止しちゃってますねー」

「まあ、普通なら、温泉だろうと女に襲いかかる主だからな」

「御主人様ー……ちらり? あ、これでもダメですかー」

「それで暴走したら、ユハラが後始末はなんとかしてくれ」


 ユハラがブラをずらして中身を見せたりと茶化しながら目の前で手を振るのも構わず、カイトは尚も機能停止状態だった。そんなユハラの言葉に、ステラが呆れた様に告げる。

 それを動かしたのは、嫉妬心がもはや魔力の渦となって周囲へと撒き散らされているクズハであった。そんな彼女にギリギリと万力の如く頬をつねられ、カイトは漸く復帰した。


「お・に・い・さ・ま!」

「いっでぇ!」

「何処を見てらっしゃるのですか!」

「何処って……まあ、うん」


 ここで普段なら何か言い訳が出来るはずのカイトであったが、流石に状況が悪かった。相変わらず目の前で揺れる巨大な双丘をチラリ、と見たのが、運の尽きであった。


「お兄様!」

「はい、ごめんなさい! というか、アウラ! その水着は何だよ!」


 クズハの怒りを食らう前に、なんとか話題を変換しないと、とカイトがアウラに話を振る。が、その問いかけに答えたのは弥生であった。


「凄いでしょ? 私の力作」


 弥生は楽しげにアウラの横に立って、カイトに自分の自信作を誇る。彼女が全員分の水着のデザインを行ったのである。ちなみに、彼女の水着は黒を基調とした背中の部分が大胆に空いたワンピースタイプの水着であった。


「おー、エクセレント」


 アウラは弥生の紹介を受けて、Vサインで応える。そんな彼女の水着だが、これが、カイトの硬直の原因だった。彼女の抜群のスタイルを覆う水着は、水着ではなかった。端的に言えば、紐である。辛うじて肝心な部分は隠れるようになっているが、それ以外は完全に紐である。サキュバスであるクラウディアよりも露出が多く、淫靡であった。

 しかもこれを身に纏うのが、天族という天使もかくやという神聖さを持つアウラなのだ。背徳的な色香がとんでもない領域に到達していた。そうして、そんなアウラを見て、クズハが絶望に沈んだ。


「……何故です。100年前は勝っていた筈なのに……何故この100年で圧倒的な戦力差が生まれたのですか……お母様、貴方は何故私をあのような身体にお産みにならなかったのですか……?」


 クズハが絶望を目の当たりにしたかの様な表情で、呆然と亡き母に対して問いかける。今なら、死者とでも会話出来そうであった。

 ちなみに、クズハの水着はお上品なお嬢様にピッタリなワンピースタイプの水着で、上に薄い上着を羽織り、日除けの幅広の帽子を被っていた。まあ、それ故に、その可愛らしい胸もその大きさが良く理解出来たのだが。


「ふふふ……クズハさん? 私はそこはとうに通り過ぎたわよ……?」


 そんなクズハに対して、常に由利(巨乳)という強敵を見ていた魅衣が、半ば自嘲げに呟く。水着は健康的な美少女らしい魅衣に似合い、競泳水着に似た身体のラインが良くでるタイプの水着であった。が、それ故、クズハと同じく彼女の残念な胸のラインがはっきりと露わになっていた。


「わかります。わかりますが、私の場合は……」


 クズハは魅衣の呟きを受けて、横のフィーネ(巨乳)を恨めしそうに仰ぎ見る。そのフィーネはワンピースタイプの水着なのだが、前が下半身までぱっくりと割れ、その間を紐で縛る様な水着であった為、エルフらしからぬ巨乳が圧巻の様相を呈している。主従で並べば、その戦力差は圧倒的であった。所謂、胸囲の格差社会が主従の間で出来上がっていた。

 そう、クズハも300年の間常にフィーネ(巨乳)という強敵を見続けてきたのだ。彼女とて、自分の胸が平均値ぐらいである事は理解してきた。

 だがしかし、クズハの場合は更に100年前は勝っていた筈のアウラが、圧倒的な戦力(巨乳)を抱えて帰ってきたのだ。その絶望感はひとしおであった。そうして、二人は意を決したかの様にカイトの前に立ち、同時に同じ言葉を言い放った。


「……カイト!」

「……お兄様!」

「「揉んでください!」」


 その言葉を聞いた瞬間に、カイトは一気に前のめりに砂浜に倒れ込む。一応予想は出来ていたが、それでも回避出来なかったのだ。そんなカイトを、椿が大慌てで助け起こした。


「ああ、御主人様! 大丈夫ですか!」

「ああ……すまん」


 前のめりに砂浜に倒れこんだカイトは、椿の手を借りて立ち上がる。椿も当たり前だが、水着姿である。

 実は彼女はいつものメイド服で来ようとしたのだが、カイトから見たいと言われ、意を決して水着を着用したのであった。

 そんな彼女の水着は露出が控えめで、カイトが倒れる前までは真っ赤になって恥ずかしそうにしていたので、そんなお淑やかな少女が好みの男性一同の視線を釘付けにしていた。そうして、助け起こされたカイトはため息混じりに告げる。


「はぁ……アホか、お前ら」

「お兄様は男なのでわからないんです! 圧倒的な戦力(巨乳)を目の前にした女の子の気持ちが!」

「分かる? 由利が肩こるなー、とか、可愛いの無くて困るんだよねー、って天然で聞いてくるこの気持ち! 私にゃそんな圧倒的な戦力(巨乳)を持ってる娘の気持ち分かんないわよ!」


 二人は強引にカイトの手を握り、自らの胸へと導く。そうして、カイトの手には、2つの違った感触が伝わってきた。それに、カイトが大慌てで声を上げる。


「ちょ、おい!」

「ちょっと! お二人共! ここは公衆の場ですよ!」

桜さん(巨乳)にはわからないんです!」


 それに大慌てなのが、今まで事の成り行きを呆然と見守っていた桜だ。彼女の水着はビキニタイプだが、当然クラウディアの様にマイクロビキニというわけではなく、白を基調としたお上品なタイプで、パレオを腰に巻いていた。彼女もまた、幅広の帽子を日除けとしてかぶっていた。

 そんな桜はクズハの手を握り、なんとかカイトの手を離させた。それに対して、瑞樹が魅衣の対処にあたっていた。


「魅衣さんも落ち着いてくださいな!」

「敵の言葉を聞けると思うの! 瑞樹ちゃん(巨乳)も敵なのよ!」


 瑞樹は天桜学園の中でも最もスタイルが良く、彼女の豊満な肉体を強調出来るように、ビキニタイプの水着を着用していた。此方はパレオは無しで、彼女の瑞々しい肢体を曝け出させていた。

 ちなみに、一応日焼け防止にパーカーを羽織り、帽子をかぶっていたが、帽子は今の騒動で落ちてしまっていた。そんな騒動を、楽しげにユリィが見ていた。


「すっかり昔に戻っちゃってるなー……カイトー。一緒に遊ぼー」


 ユリィは大きくなっており、ビーチボールを片手に、カイトの側で一緒に遊ぼうとねだる。彼女の水着は元気な彼女に似合うワンピースタイプで、彼女の髪の金色とは打ち消し合わない様な黄色を基調として、快活な印象を与えるように計算がなされた見事な出来栄えであった。そうして、カイトはユリィの申し出を受けて、彼女のビーチボールを受け取った。


「……気分転換するか。」


 カイトはユリィが投げ渡してきたボールを受け取り、即席のバレーコートを魔力で創り出す事にして、砂浜に広い場所を確保すべく移動を始める。しかし、その一歩を踏み出した所で、全ての時を止める出来事が起きた。


「はぁ……さすがに私もその気持ちはわかんないわね」

「うぅ……なんで僕まで……」


 そう言ってドタバタ劇を繰り広げる一同へと近づいてきたのは、皐月と睦月だ。皐月は平然としているが、睦月は涙目で相変わらず男の保護欲を引き立てられそうな顔をしていたのだが、本人は気付いていない。


「……はへ?」


 その声に気付いて一同が二人に気付いて振り向いた時、ピシャーンという擬音が全員の耳に響き、稲妻が走った気がした。そして、少し遅れて誰かが間抜けな声を上げる。誰なのかは分からないが、もしかしたら、全員の声だったのかもしれない。そうして、瑞樹が片手を前に突き出して、空いた手で頭を押さえる。


「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいな……お二人は確か、男性……でしたわよね?」

「ええ、そうよ?」


 瑞樹の問い掛けを、皐月が認める。しかし、見ている方が納得出来なかった。そうして、クズハが事の確信を突く事にした。


「あ、あの……あれは何処に?」


 戦慄に凍りついているクズハが、のろのろと手を上げて皐月に問いかけた。睦月はもはや泣き出しそうだったからだ。ちなみに、あれ、と明言しなかったが、他の面子にはそれで完璧に伝わっていた。


「あれ?……ああ、付いてるわよ?」

「い、いえ……どこにもお見受けできませんが……というか、お兄様! 確か、一緒にお風呂に入られた事があるんですよね! 本当に付いてらっしゃったんですか!」


 何時もなら一緒にお風呂に入った、と言うと、事と次第によっては怒るクズハも、この時ばかりは別の理由から大慌てで確認する。


「あ、ああ……確かにあった……あった……よな……? あれ……? もしかして、無かった……?」


 カイトもまた、今見ている光景が信じられず、自分の記憶を疑い始める。一応魔術によって記憶を失わない様に処置を施しているのだが、それでも信じられなかったのだ。もしかしたら処置を施す前に消え去った記憶なのかも、と思ったのである。そんなカイトに対して、ティナが大慌てで支援を始める。


「カ、カイトよ……今すぐ余が魔術で記憶を補完してやる。なんとか確認せよ」

「頼む……」


 そう言って2つの世界で最強のカップルが、大慌てでカイトの記憶を正確な物とすべく行動を開始したのだった。

 さて、何故ここまで動揺が広がっているのか、と言うと、簡単に言えば、二人の服装が問題なのであった。皐月も睦月も、上に薄い上着を羽織っているが、中身はビキニタイプの水着であった。

 言うまでもなく、二人は男である。当然、股間に付いているべき物が付いている筈なのだ。しかし、ビキニタイプの水着にはそんな形跡が全くなく、どこからどう見ても胸が無いだけの女の子にしか見えなかったのだ。

 そんな一同を見て、弥生が本当に楽しそうに笑っていた。そしてそんな彼女がひとしきり笑い終えた後、全員の疑問に対して答えを与えた。


「サポーターを着けてるのよ。意外と分からないものでしょ?」

「ひゃあ!……うわーん! 弥生お姉ちゃんのバカー!」


 弥生は睦月の水着の下の股間の部分をずらし、中に身に着けているサポーターを露わにする。顔が完全に悪戯っ子の顔であった。

 尚、ずらされた睦月は遂に涙腺が決壊したらしく、泣きだした。無意識的にぺたん、と女の子座りとなっているので、尚更男には見えなかったのだが、ここらに気付けない限り、彼は永遠に男と思われないだろう。そうして、そんな睦月を他所に、皐月が一同に告げる。


「そういうことよ。納得した?」

「……はい」


 皐月の言葉に、一同がこくん、と頷く。そうして、のろのろと復帰し始めた一同は、ゆっくりと海岸へと向かうのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第329話『海水浴』


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― 新着の感想 ―
[気になる点] そうして、そんな睦月を他所に、弥生が一同に告げる。 この文本来皐月の所が弥生になっている。(最後の方)
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