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第323話 特訓 ――全体の場合――

 瞬の訓練を見た翌日朝。カイトだけでなく、冒険部に所属する生徒達は全員、冒険部が確保した訓練用のエリアに集合していた。冒険部の全体訓練が無かったのは初日だけだ。となれば、二日目からは普通に全体での訓練が入ってくるのである。カイト達が訓練用のエリアに居るのは、その為だった。

 ちなみに、これでは冒険部の生徒達だけに不平不満が溜まると思うが、きちんと冒険部で無い生徒達には披露する音楽の訓練をさせているので、不満は無かった。


「盾隊、前へ! 合わせて弓隊はその場で斉射5回! 陣形構築を援護しろ!」

「斉射5回! 射て!」

「うっしゃ! 全員、一気に前に行くぜ!」


 由利とソラの号令に合わせて、カイトは更に矢継ぎ早に号令を飛ばす。それは慣れぬ集団戦で右往左往する生徒達を叱責して行く場所を指示する物から、これからの手筈についての説明まで様々だった。

 今彼らが何をしているのか、というと、強大な魔物を相手に集団で戦う、という訓練だった。乱雑な状態から陣営を組み立られるか、に始まり、5分間耐え切れるか、という訓練だった。

 当たり前であるが、冒険部には魔導機も大型の魔導鎧も存在していない。軍用の飛空艇もクイーン・エメリアの様な強大な魔導砲を持つ軍艦も存在していない。こんな物を自前で用意出来るギルドはユニオンでも超上位だけだ。

 だが、強大な魔物は海上にのみ存在するわけでは無いのだ。そして何時もいつでも軍隊が相手に出来るわけではない。そんな時は、自分達だけで勝たなければならないのだ。何時までも小型で、一人でも倒せる様な魔物を相手にすれば良いのでは無い。この訓練は次を見据えるのなら、絶対に必要な訓練だったのである。

 まあ、そう言っても初手から強大な魔物を相手にするわけにもいかない。なので、訓練相手はコフルを引っ張ってきた。そうして、対戦相手に選ばれていたコフルが、おおぶりに剣を振りかぶり、最前線のソラ達に攻撃を飛ばした。


「はっ!」

「ぐぇ!?」

「馬鹿野郎! 何時もと同じ状態でやれると思うな! 一撃の火力は遥かに上だ! 一撃に対して全力を尽くせ!」


 一撃で昏倒した盾役の生徒達に対して、カイトが怒号を飛ばす。今回の想定は、相手が強大な魔物だ。当たり前だが、一撃の攻撃力が段違いになっているのは当然だ。何時もと同じ感覚でやろうとすれば、昏倒するのは当然だった。


「ソラ! 強引でも良い! 叩き起こせ! 死亡宣告は下りていない! 後は回復薬でもぶっかけておけ! 腕が折れようが足が折れようが、無くなって無ければ問題無い!」

「え、い、お、おう!」


 更に続くカイトの怒号に、ソラが困惑しながらもそれに了承を示して、最下級の雷属性の魔術で叩き起こして回復薬をぶっかける。一応、これで少しすれば、実戦でも戦闘可能になるはずだった。


「う、うぅ……う?」

「起きたらさっさと立ち上がれ! 死にたくないなら、倒れている時間は無いぞ! というか、倒れたらそれ即ち死だと思え! 敵は容赦なくトドメを刺しに来る! 気絶していたら防御も出来ないぞ!」


 目を覚ました盾役の生徒数人に対して、カイトが怒号を飛ばす。これは訓練だ。だが、訓練を怠れば、それは実戦において死につながる。既に戦闘が始まっている以上、やんわりと指示している余裕は無い。

 今回は相手が相手のおかげで死なないで済むが、本来はあの一撃でも死んでいた可能性があるのだ。ならば、喩え悪感情を持たれようとも叱責するのが、カイトの役割だった。


「お、おう! うえぇ、こえぇ……」


 カイトの初めて聞く怒号に生徒達が震え上がる。それだけの覇気と力が彼の声には備わっていた。それを初めて見る生徒達が震えるのも無理は無かった。


「盾隊! 攻撃を防ぎつつゆっくりと後退しろ! それに合わせて左右は……ちっ!」


 コフルを自陣に引き込んで包囲するつもりだったカイトだが、コフルが両翼に対して多数の火球を生み出したのを見て、思わず舌打ちをする。

 そうして、カイトが行動に移る。指揮官だから指示を下すだけで良い、というわけでは無い。場合によっては自らも戦闘にかからないといけないのだ。


「魔術師隊及び両翼の部隊! オレが防ぐ! 気にするな!」


 創り出したのは、機械式の弓矢と言うべき弩弓だ。引き金を引くだけで使える物なので、カイトはそれを両手に持ち、引き金を引く。魔銃という高度な魔道具を創り出せない事になっているカイトにとって、現状で使える便利な遠距離武器だった。


「はっ!」


 コフルが両翼に放った火球に対して、カイトは連続で両手の弩弓の引き金を引く。弩弓も普通の弓矢と同じく、魔力で矢を創り出す物だ。それ故に、いちいち矢をつがえる必要は無かった。なので、引金を引く度に魔力で編まれた矢が飛んでいき、火球を消失させる。連射力は当然だが、弩弓の方が上だ。それは余すことなく、コフルの創り出した火球を消失させた。

 ちなみに、これを見れば弩弓の方が便利なのでは無いか、と思えるが、当然デメリットも存在している。それは一つは連射力の増大に伴う魔力消費の増大だが、最大のデメリットは一撃の攻撃力が普通の弓矢よりも圧倒的に低い事だ。弓矢が魔力を極限まで溜められるかわりに、弩弓による射撃ではそれが出来ず、一撃の攻撃力はほぼ一定だったのである。そしてそれを受けて、コフルがカイトに狙いを定める。


「って、おいおい……」


 こちらへ一直線に地面を蹴ったコフルを見て、カイトが苦笑する。確かに現状のカイトの力量であれば戦える相手として設定されている相手ではあるが、知能レベルとしては設定を超えていた。まあ、おそらくコフルの言い分としては、設定に従ったら余裕が出てしまうだろう、という事だろう。


「オレが陣形中心に敵を叩き落とす! 全部隊はそれと共に即座に包囲網を形成しろ! 用意を怠るな!」


 兎にも角にもこんな状況で敵に声を掛けて止まってもらおう、なぞという事は考える事はあり得ない。なのでカイトは弩弓を消して双剣を取り出して自身も地面を蹴ると、空中でコフルと剣撃を交わし合う。


「おらよ!」


 本気でやってもカイトが勝てるが、今回は設定上でも少しの間ならカイト単独でも抑えられる、という設定だ。というわけでカイトはその設定に則って、コフルを空中から地面に叩きつける。


「全隊! 一気に包囲しろ! 魔術師部隊! 敵に今まで準備し続けた魔術を全力で展開しろ! 盾隊! バラけて決して包囲網を突破させるな! ソラ、お前は<<操作盾コントロール・シールド>>でなんとか全域の防御をやれ! 出来ないは聞かん! 無理でもやれ!」

「おう! その為に<<操作盾コントロール・シールド>>練習してきてるっての!」


 <<操作盾コントロール・シールド>>とは、魔力で創り出した盾を操作する(スキル)の事だ。いわば移動可能な魔術的な障壁の盾版、とでも言うべき物だった。そしてソラは先程のカイトの注意に従って、一つだけ魔力で創り出した半透明の盾を創り出す。


「よし! 包囲網は完成した! 捕縛部隊! 拘束を行え! 皐月、弥生さん! 次の行動の為に隙間だけは作らせておいてくれ!」

「了解!」

「ええ! 攻撃のラインは私達で空けるわ!」


 包囲して終わり、では無い。敵は強大だ。ならば、身動きを可能な限り阻害するのが、勝利の秘訣だ。身動きさえ封じてしまえば、後はまな板の上の鯉だ。普通は不可能な討伐が、極僅かに可能に変わる。そして拘束されたコフルを見て、カイトが更に号令を下した。


「先輩、翔! 部隊を率いて攻撃を開始しろ! 味方の攻撃に当たるなんて馬鹿な真似はやめてくれよ!」

「了解!」


 カイトの号令を受けて、攻撃の主力部隊を率いる瞬と、牽制部隊を率いる翔が一気に包囲網の内側に躍り出る。攻撃しない事には勝てないのだ。それでも敵は今の彼らからすれば障壁は物凄く硬いし、一枚叩き割る事でさえ、一苦労だ。そしてそこで、訓練終了の合図が鳴り響いた。


「そこまで!」


 合図を受けて訓練の監修に参加してくれていたユハラが声を上げて、訓練の終了を報せる。それと同時に、全員が攻撃を停止した。倒す事こそ叶わなかったが、このままやれれば、なんとか倒せる可能性が無いわけでは無い所にまで持って行けていた。

 そうして、全員がその場に腰を下ろす。たった5分の戦闘なのに、全てを全力で行っていたのだ。疲労度は数時間の戦闘にも匹敵していた。


「ふぅ……なんとか、終わりか……全員、好きに休憩しろ。次は30分後だ……由利! こいつをソラに飲ませてやってくれ!」

「あ、うんー。ソラ、これ飲んで」

「おーう……すまん……」


 自らも腰をおろして、カイトが休憩を命じ、更に由利に回復薬を投げ渡す。ソラの疲労度が少し気になったのだ。5分間常に全力を出し続けていたソラ達盾隊は疲労度が全体の中でも最も酷く、地面に座るどころか大の字になって寝そべっていた。この後の訓練にしても、彼らの疲労度が最も高いだろう事は理解出来た。それ故、だった。

 そんなカイトの所に、瞬がやって来た。ソラとは違い彼は最後の討伐の部分が担当なので、途中中断となった事で疲労がそれほどでも無かったのである。


「お前は何時もこんな事をやってるのか?」

「そりゃ、まあな……と言っても大昔はこんなのよりも突っ込む方が多かった」


 瞬の問い掛けに対して、カイトは苦笑しながら告げる。こんなにきちんとした指揮が出来るようになったのは、本当に大戦の終了後の事だ。それ故に、苦笑が浮かんでいたのである。


「そもそもティナと出会ったのだって大戦の最終盤。クラウディアがティナの復活を目指して、その支援をする時だ……その時点で大戦は連合軍結成に移行していたからな。そこから部隊指揮の訓練をやっていたとしても、到底間に合わないだろう?」

「ああ……それもそうか」


 少し考えれば当たり前である事をカイトが指摘すると、瞬が少し目を見開いて納得する。言われてみればそれはそうだったのである。幾らカイトといえども、いきなり部隊の指揮が完璧であったわけではないはずなのだ。訓練して、出来る様になったのである。


「実際に部隊を動かすのはオレでは無く、ティナ達だったからな。奴らはそれこそが得手。オレはお飾り……もしくは戦場で咲く華で良かったわけだ。まあ、それでも教えこまれたんだがな」

「そうか」


 カイトの言葉に、瞬はほとほと自分達が恵まれているのだ、と理解する。カイトはこう言ったが、実際に指揮をしていないはずが無かった。

 そのカイトは全て、現地で、なのだ。しかも彼自身が言っていた様に、出来ない、は聞かないが基本なのだ。人の生命を預かる重責に、自らも強大な敵と戦わなければならない、という仕事もあるのだ。それを見れば、どれだけ自分が恵まれているのかなぞ、簡単に理解出来た。


「まあ、指揮官にしても色々と居る。オレの様に最前線で共に戦いながら指揮する様な奴もいれば、今のオレやティナの様に最後方で統括する奴も居る。どうなるかは、お前ら次第、という所だろう」

「……そうか。俺は多分お前の方が好みだな」

「だろうよ」


 瞬の言葉に、カイトが苦笑しながら、彼自身の言葉を認める。カイトから見ても、瞬の適正は自分と同じく最前線だ。そしてそれを活かせる場所もまた、最前線にこそ存在している。それを活かさない道理も存在していない。が、そちらの方が難しいのはまた、事実だ。


「まあ、その場合は、良い副官を見つけるか、育て上げろ。万が一に後ろで指揮出来る奴が居るのと居ないのとでは、安定感が変わってくる」

「副官、ね……翔ではダメそうだな」

「ま、まあな」


 砂浜に何かの違和感を感じている様子の翔を見ながら瞬が苦笑して告げると、それにはカイトも苦笑するしかなかった。彼もどちらかと言えば、前線向きだ。それに全体の指揮にも性格的に向いていない。ここらは、また調整しないといけない所だろう。そうして暫く雑談半分に連携等の相談を行っていた二人だが、ふと、瞬が疑問に思って問い掛けた。


「そういえば……今のはまあ良いとして、もしこれが以前の様な巨大な魔物なら、どうするつもりなんだ?」

「ああ、それか……まあ、きちんと考えている」


 当たり前だが、敵はコフルの様な大きさだけでは無い。以前の戦いでの海魔達の様に、巨大な敵も現れるのだ。まあ、今回の場合はそれも含めての練習だ。考えていないはずが無かった。


「とは言え、それはまずはまともに連携が出来る様になってから。先輩達が少しは指揮を取れる様になってから、だ。まあ、後半に少しは練習させる……驚くぞ。ウチの技術部とティナが作り上げた冒険部の為の陣形だからな」

「そうか、楽しみにしておこう」


 カイトの少しイタズラっぽい笑みに、瞬が楽しげに笑う。今、カイトが告げたのは冒険部の切り札にもなり得る物だ。だが、そうであるが故に、今以上に練度が必要だった。この1ヶ月では、それを練習出来る所に到達する事が、カイト達が決めた冒険部としての目標だった。


「さて……まあ、取り敢えず、オレが手本は見せた。後はどうやるのか、だ……桜! 次は桜と瑞樹が指揮する番だ!」

「あ、はい!」


 カイトの言葉を聞いて、先程の戦いにおける改善点を瑞樹と共に見直していた桜が声を上げる。流石に今の冒険部で指揮を一人でやらせるわけにはいかない。それ故に二人一度に、だった。まあ、練習時間が限られている事もある。そうして、次の敵となる予定のユハラがウォーミング・アップを始めたのを見て、カイトもまた、立ち上がるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第234話『特訓』


 2018年4月10日 追記

・誤字修正

『最後方』が『最高峰』になっていた所を修正しました。

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[気になる点] 「ソラ! 強引でも良い! 叩き起こせ! 死亡宣告は下りていない! 後は回復薬でもぶっかけておけ! 腕が折れようが足が折れようが、無くなって無ければ問題無い!」 亡くなって、、、では? …
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