第322話 特訓 ――瞬の場合・新たな力――
「すまないが、少しだけ時間を貰えるか? こいつを使おうにも、まだ分単位で時間が必要なんだ」
カイトとの模擬戦を終え、瞬が本題に入ろうとまずはカイトに断りを入れる。分単位で時間が必要なのであれば、確かに彼の言の通りに戦闘での使用は不可能に近かった。だが、そう言った瞬に対して、カイトが苦笑気味に先を促した。
「そもそもその改良に付き合ってくれ、ということなんだから、好きにしろ」
「すまん……<<雷よ、力を与え給え>>!」
瞬はまず自身の得た加護を使用し、雷を纏う。雷の加護の効果は、直線的な加速度の爆発的な上昇と、移動中の純粋な物理攻撃の無効化だ。
ただし、この無効化も万全とはいえず、攻撃する時などの停止時には効果が切れてしまう為、カウンターを食らう可能性がある。その為、雷の加護の持ち主は得てして槍を主武器と選ぶ事が多かった。まさに瞬に適した加護と言えるだろう。
「……ここからが、時間が掛かるんだ」
雷を纏いながら、瞬は呟いた。そうして、彼は総身に魔力を漲らせていく。そして、およそ三分後。どうやら彼なりの見切りをつけたらしい。大きく息を吸い込んだ。
「……これぐらいか。行くぞ! <<雷武>>!」
瞬は一度手を握りしめ、調子を確認し、彼が考案中という新たな技を発動させる。その瞬間、稲光が彼の周囲を照らし、身に纏う稲妻が一度はじけ飛ぶ。
そして、稲妻が50センチ程遠ざかった所で、再び彼に殺到する。そして、雷が彼の身体に吸収されると、彼その物を雷へと変貌させた。だが、そう見えたのは一瞬だけだった。すぐに雷が周囲に稲妻として放出されて行き、彼の身体は実体を持った。
「ほう……」
カイトが感心した様子で、瞬を観察する。雷化の解けた彼の身体そのものはそのままだが、身体からは稲妻が放出しており、その稲妻は彼に引き寄せられる様に、彼の周囲で幾つも弾け飛んでいた。
流石にカイトも初めて見るのでどんな効果が得られるのかはわからないが、取り敢えず見た目としては、強そうだった。
「……どこぞのアニメのパワーアップっぽいな」
瞬の様子を見たカイトが、ぼそり、と呟いた。一方の瞬はそんなカイトに気の利いた言葉を返す余裕はなかった。
「……くぅ……やはり……結構魔力を喰うな……」
瞬はかなり無理があるらしく、殆ど動いてもいないのに、辛そうであった。それを見て、カイトが断言する。
「戦闘は無理そうだな」
「ああ……喋るのも……辛いんだ……」
「大体は把握した。辛いなら解いていい」
「ああ……ふぅ」
自らの身体から発せられて周囲に滞空していた稲妻を消失させ、瞬は大きく息を吐いた。かなり疲れたのか、汗だくで息が上がっていた。そうして、呼吸が整った頃に、カイトが原理を問い掛ける。
「大体はつかめた。雷の加護を取り込んだんだな?」
「ああ」
カイトの問いかけに、瞬が頷く。彼がやったのは、本来ならば身体の周囲を覆い、使用者の行動を補佐する筈の加護を魔力で強引に身体の内側に取り込んだのだ。そうすることで、自らに雷の属性を付与しよう、と考えたのである。雷と化したのは、その結果だった。
これが応用できれば、他の属性でも出来そうだ、とは瞬の考えだった。とはいえ、そんな事は不可能なのだが。そうして原理を認めた瞬に対して、カイトが若干呆れた様に苦笑しながら頭を振った。
「まあ、それ自体の発想は大した物だ、と言える……言えるんだが、強引過ぎ」
「やはり、か?」
どうやら強引である事は、瞬も気付いていたらしい。カイトの態度と言葉に特段驚いた様子も無く、頷いていた。
当たり前だが加護とは大精霊達の力を借り受けているだけに過ぎないのだ。そうなってくると幾ら弱いとは言え、大精霊の力の一端を安易に身体に取り込めば最悪自滅する事になりかねなかった。
彼がやった事は例えるなら、通常走行で精一杯なエンジンにニトロを突っ込んだ様なものであった。それは無理があるのは当然だった。そうして、それを理解しているらしい瞬に、カイトが問い掛ける。
「身体に取り込む時にかなり抵抗があるんじゃないか?」
「ああ、取り込む瞬間、いや、取り込んでからも出ていこうとする雷を強引に身体の内側に取り込むことで精一杯だ。動くこともままならん」
「やはりな……先輩は身体と属性の関係について、どこまで把握している?」
「……いや、すまん。何を言っているのかわからん。」
カイトの問い掛けに、素直にわからない、と瞬は白状する。カイトは今まで理論を抜きでやって来たしわ寄せか、と少しだけ自らの方針を鑑みる。そして更に一度全員にきちんと理論を教えるべきか、と悩むが、それは一旦脇にどけて、解説を開始した。
「オレ達の身体は、各種属性と密接に関わりがある。例えば、活力は火、意思は風、身体その物は土、新陳代謝は水、といった具合にな。まあ、活力を除けば、そこまで完璧な分別があるわけじゃない。身体は正確には土と水の複合だし、風と火も多少含んでいる。新陳代謝なんて土を水で清めているわけだ。まあ、そんなこと普通は気にもしないんだが……」
ちんぷんかんぷんだ、という表情の瞬に対して、カイトはボリボリと頭を掻いた。普通は気にもしないし、詳しく勉強しなければ何故そうなっているのか、なぞわからない事だ。なので別に今の簡単な説明で彼がわからなくても問題は無かった。そうして、カイトはその説明をした上で、彼のした事について言及した。
「先輩の場合は異なる。身体に異物を取り入れているわけだからな」
「? 今の説明だと、雷も身体の中に入っているんじゃないのか?」
「そこが、基本4属性が基本たる所以だな。特定の種族を除けば、身体の中には、基本4属性しか無いんだ」
瞬の疑問を受けて、カイトが楽しげに笑って答える。この理由は簡単だ。高位属性と言われる光と闇はそもそも二つで一つで、一処にあれば対消滅を起こす。それ故、一つの身体の中に存在する事は出来ない。大精霊からの力添えでも無ければ、この原則を破る事は出来ないため、契約者の居ない現状でこの原則から外れているのは、大精霊から力を得ているカイトぐらいだった。
それに対して、複合属性と呼ばれる雷は土に風を加え、氷は水から火を抜いた事によって生じる。身体の中でそんなことが起これば、当然だが身体の魔術的バランスが崩れ、行き着く先は自滅しか、あり得なかった。そうして、それらの説明を聞いた瞬は、自らの技の危険性を漸く正確に理解した。
「成る程……では、使わない方がいいのか?」
「まあ、本来なら、そうだな」
瞬の言葉に、カイトは少し面白そうに答える。そんなカイトに、本来なら、と言明した事に瞬が気づく。彼がこう言う、という事は何か手を考えついている、という事だと気付いたのだ。そうして、瞬がカイトに方策を聞く。
「何か手があるのか?」
「まあ、な。バーンシュタット家の<<炎武>>について、何か知っているか?」
「いや、知らん」
「まあ、当然か」
瞬の即断に、カイトは当然、と苦笑する。当たり前だが、<<炎武>>は一族の秘奥中の秘奥だ。情報は殆ど門外不出だろう。それを瞬が知っているとは思えなかった。そうして、カイトはまず瞬に一応の言外禁止を明言しておく。
「一応、言っておくが口外厳禁だからな?」
「ああ、わかった」
「……<<炎武>>は身体の中の火、つまりは活力に当る部分を活性化させている技だ。敢えて、バランスを崩しているわけだな。普通は活性化するにしても、魔術的に外から行うわけなんだが……バーンシュタット家、つーかおっさんが特殊でな。活力に関してなら身体一つで、活性化させる事が出来るんだ。何故、どうやって、は聞くな。おっさんの説明なんぞあてにならん。テンション上げてきゃなんとかなる、とか抜かしやがるからな、あのおっさん」
カイトは呆れ気味に原理は不明、と明言する。まあ、ティナならば何か理解出来ているのかもしれないが、カイトはそんな理屈に興味は無かったので知らない。
カイトも使えるが、実は彼も感覚的にやっているだけだ。どちらかと言えば彼も感覚として掴む事が得意で、理論的に説明するのは苦手なのである。というわけで、カイトにわかっている事は、その特異性を引き継ぐ彼の一族かカイトだからこそ出来る事だ、という事ぐらいだった。
とは言え、この場ではその理屈がわからない事は問題だった。なので、カイトはあくまで感覚として得た事をなるべく理論的に伝える事にした。
「でだ……まあ、恐らくだが、出来るのは活力、つまりは活性化させやすい火だけだろうな。それ以外については他の属性が密接では無いものの、かなり関わってきているから活性化は出来ても<<炎武>>程の力を得られず、実用的じゃない」
「ふむ……不純物が混じって、ということか? 相反する属性が加わってしまって、減衰したのか?」
「そういうこと」
瞬が理解していた様子なので、カイトは先に進める事にした。<<炎武>>については瞬は使えないのは確実なのだから、詳しく説明した所で意味が無い。これは武芸の才能が高かろうが関係が無く、この才能があるか無いか、の二択しか無いのだ。そして彼には無い。なのでここから先が、彼が知りたいことであった。
「じゃあ、本題に入るか。ああは言ったものの、<<炎武>>ほどの効力を得ようとしなければ、活性化は誰でも出来る。多分、先輩も出来るはずだ」
「そうなのか?」
「まあ、多分、だ。活力を活性化させるだけだから、魔力を溜めて、心臓に回すイメージでやればなんとかなる……はず。人間のコアは心臓だからな。多分コアを活性化させりゃ、なんとかなるだろ。まあ、感覚的で悪いが、結局魔力とは意思の力なり、だからな。イメージが一番重要だ」
カイトの自信なさげな言葉を聞いて、瞬は意識を集中して少し魔力を溜めて、更にそれを循環させて心臓に魔力を回すイメージをしてみた。すると、少しだけだが、身体が温まった様な感覚を得た。
「コアを活性化……どうやるんだ? 取り敢えず、適当にやってみるか……ん? 何か元気になってきた気がするな」
「まあ、活力だからな。そんなとこだろ」
「そんなところか」
二人は元々どちらかと言えば脳筋タイプだ。それ故、感覚的に実感が得られた事で取り敢えずは良しとする。ちなみに、カイトはその中でも若干指揮官寄りだが、瞬は前線での戦士寄りだ。決して同じでは無い。
そうして取り敢えず活力の活性化に成功した瞬を見て、カイトは急にテンションを変えて、瞬に問い掛けた。
「じゃあ、ここからは科学のお時間でっす。さて、一条君に問題です。ガラスに電気は通るでしょうか? はい、どうぞ。」
いきなり変なテンションとなったカイトに、瞬が唖然としたが、問われたので答えた。この程度なら、普通に勉強していれば中学生でも理解している事だからだ。
「無理だな。抵抗が強すぎて、電流は流れない」
「正解です。正確には、自由電子の移動が少ない、というか電子が束縛されて自由に動ける電子が少ない為、電流が流れないわけです。こういった物質を絶縁体、といいますね。では、ガラスがもし通すとすれば、それはどんな状況でしょうか? あ、但し、大電圧を流す、という答えは無しで、ガラスに限定していいです」
「ん?」
カイトの言葉に、瞬は中学時代を思い出す。理科の実験で教師がガラスの両端に端子を取り付け、ガスバーナーで熱した所、豆電球に明かりが灯ったのだ。なので、答えは簡単に見つけられた。
「熱すればいいんじゃないのか?」
「正解。で、半導体なんかの理屈に移りたいんだが……まあそんなの物理の時間にでもやってろ、ってわけで……答えだけを言うと、絶縁体に電流を流そうとして、不純物を敢えて加えるのが半導体だな。詳しい説明は省くぞ。正孔なんか知らんだろ」
頭に幾つもの疑問符を浮かべる瞬を前に、カイトは苦笑して説明を切り上げる。魔術補助で記憶や知識を保管し、補完している彼は大学院卒業程度を遥かに上回る知識を持っているのだが、瞬にそんなものを期待するわけにはいかない。ティナともなると専門性の高い博士論文クラスも把握しているが、そこはそれだろう。
「……すまん。何の事だ? 正孔?」
「帰ったら学校にある専門書でも読んでみろ。そこに書いてある……まあ、今回の場合はそれと同じだ。簡単に言えば、雷の属性を得ようとするなら、火か水で導いてやれば良い。雷はそのまま電流。人体は絶縁体。通そうとすれば、何らかの要因が必要となる」
「何故、その2つなんだ? 風や土の方がいいんじゃないのか?」
カイトの言葉に、瞬が眉の音を付けて首を傾げた。雷を構成しているのが、風と土なのだ。ならばそちらの方が良いのではないか、と考えるのは普通だった。だが、これにカイトが首を振った。
「風と土は雷を構成しているが、バランスは一対一だ。このバランスが崩れれば、必然雷の力が弱まる」
各種属性には相性がある。風と土の複合属性である雷は、風と土に対してはそのもののバランスを崩してしまうので、減衰する。この場合相性が良いのは水か火、もしくは氷なのであった。ちなみに、氷も同じく、火と水に対しては減衰する。此方は火と水のバランスが0対1である。そしてそれを説明されて、瞬が理解して頷いた。
「成る程。じゃあ、水は電気を通しやすい、というから、俺は水を活性化すればいいのか?」
「いや、先輩の場合は火だな。身体の中の水の活性化は難しい。さっきもやったが、火は活性化が簡単だっただろ?」
「ああ」
先ほどを思い出して、瞬がカイトの言葉に同意する。何か工夫をするわけでもなく、簡単に活性化できたのだ。これ以上に簡単な物があれば、逆にそちらで説明しているだろう。なので、カイトは実演をさせてみることにした。
「というわけで……まあ、試しにやってみてくれ。まずは活性化から」
「ああ……どこまで活性化させればいいんだ?」
「出来る限り、全力だ」
カイトにそう言われた瞬は、およそ5分程魔力を溜め続け、体内の活力を活性化させる。それに伴い、身体が熱を持った様な感を得るが、今はそれを意識して気にしないようにした。
ちなみに、何故加護を先にしなかったのか、というと加護は魔力を消費し続けるからだ。活性化させてからでないと、無駄に魔力を消費するおそれがあったのである。
「……こんな所か」
「良し。なら、次はいよいよ本番だ。加護を取り込んで見てくれ」
「ああ……<<雷よ>>。また魔力を溜めないとな……」
カイトの指示通りに加護を使用して、魔力を溜め続ける事更に3分程。どうやら満足の行く分の魔力がためられた様だ。
「はっ!」
瞬は気合を入れて、再び加護を身体に取り込む。今度は身体の周囲の雷が殆どはじけ飛ぶ事無く、そのまま滑りこむ様に身体に吸収された。
「……身体に入る時の抵抗感が無くなった……」
目を瞬かせながら、瞬が一手間噛ませた効果を実感する。使用するまでの時間こそ倍以上に伸びたものの、疲労感も先ほどに比べれば圧倒的に少なく、動く事にも無理は少なかった。それを見て、カイトは瞬に問い掛ける。
「動けるか?」
カイトの言葉に、瞬は実際に動いてみせることで答えを示した。彼が動いた瞬間、バンッ、という音と共に雷が後に残され、彼の姿はカイトの真後ろにあった。
「ほう……速度は5倍以上に上がってるな」
先ほど見た瞬の全力と比較し、速度の上昇を確認する。おまけに、加護の効力で直線的であった動きが、曲線的な動きも可能になっていた。まあ、相変わらず実体は保ったままなので、カウンターを食らう可能性はそのままだろう。とは言え、それが今の瞬の限界だった。後ろに回った所で、瞬が膝を屈した。
「くはっ」
今までよりも燃費がよくなったとは言え、無理を通している事には変わりがない。動いてみるとすぐに燃料切れに陥るのであった。とは言え、今までよりも格段の進歩には、違いがない。なので、カイトが笑って告げる。
「ま、これで方向性は見えたな」
「……はぁはぁ……ああ……助かった」
連続しての無茶はさすがに堪えたのか、彼は中々立ち上がらない。そうして、10分程休憩を挟んだ所で、瞬が立ち上がる。それは改めて感謝を示すためだ。
「カイト、改めて感謝するぞ」
「いや、構わない」
「名前を改めないとな……」
今までは単に<<炎武>>モチーフとして、雷を強引に取り込んでいたので<<雷武>>と名付けたのだが、元々の技より一手間掛けたので、瞬は別の名前を付けるつもりらしかった。そうして、少しだけ瞬が悩んで、この技の発動のための新たな名前を決めた。
「……<<雷炎武>>。それが、この技の名だ」
「<<雷炎武>>、ね。それがこの一ヶ月で習得したい技か?」
瞬が膝をついている間に、彼の提出した紙を確認し、目標に新たな技の習得と有った事を確認したカイトが、瞬に問いかける。それを受けて、瞬はしっかりと頷いた。
「ああ」
「わかった。なら、修行の方向性を示そう。まずは活性化の効率化。今のままじゃ活性化に5分も掛かっていては問題外だ。その次に、魔力保有量の増大。スタミナを増やさないと、動けないからな。最後に、<<雷炎武>>の効率化だ。これは言うまでもないな」
カイトは瞬の目標の欄に<<雷炎武>>と書き込み、瞬へとこの一ヶ月の修行の手筈についてを伝える。当たり前だが、それは基礎的な物でしかなかった。予想外の事も幾つかあったが、こういった地力や技術の面ではまだ、瞬は歳相応だったのだから、当然だった。
「わかった」
カイトの方向性の指示を受けて、瞬が頷く。こうして、瞬の新たなる切り札となる<<雷炎武>>が生まれたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第323話『特訓』