第321話 特訓開始 ――瞬の場合・1――
当たり前ではあるが、今回は慰安旅行と言いつつも実際には冒険部の面々も学園の生徒達も仕事で招かれている。そして更にこれも当たり前だが、旅行が終わったら冒険者の仕事もなくなる、というわけではない。
というわけで、これまた当然だが、武術の腕は落とさない様にしなければならない。とは言え、流石に旅行で浮かれている学生達に初日から本格的な訓練をするわけにもいかないので、初日だけは、各自の自主練習だけになっていた。
訓練場所がどうなっているのか、というのを各自で確認をするか確認するという理由もあった。なのでカイトは午前中に何時ものトレーニングを終えたのだが、そうしてホテルに戻ってきて昼食を食べようとした所で、瞬に捕まった。
「カイト、後で少し良いか?」
「んあ? ん、んん。選びながらで良いか?」
旅行ということで感情の抑えを解き冒険部上層部の前では素を出すつもりだった。それを食堂で列に並んでいる最中にやりそうになったが、すんでの所で取り戻す。それを受けて、瞬は少し苦笑しながらも要件を口にした。
「ああ……確かお前全員分のこの旅行の間の目標を提出させたよな?」
「ああ、まあな。椿、席取りサンキュ。取り敢えず、お前も飯を取ってこい」
「はい、御主人様。では、少し失礼致します」
昼食はビュッフェ形式なので、二人は望みの昼食を取り分け、椿に確保させていた席に着いた。そうして、カイトは周囲に音を漏らさぬ様に結界を張り巡らせる。それを受けて、瞬が昼食を食べながら相談を開始した。
尚、他にも桜達も一緒なのだが、待つ必要は無いと言われていたので、遠慮なく先に食べさせて貰う。クズハ達はさすがに他の生徒と一緒にビュッフェを囲むわけにもいかないので、部屋で専属の料理人が作ったコース料理であった。
「俺の紙は見たか?」
「いや、すまん。まだ見れていない。何分遠征に出掛けていたからな……まだ全部は見切れていないんだ」
瞬の言葉を受けて、カイトは少しだけ申し訳無さそうに謝罪する。カイトも提出はさせたものの、メルの依頼があったため、全てに目を通す時間は無かったのだ。
それに上層部の面々については比較的真面目に活動内容を記載してくれるだろう事がわかっていたので、後回しにした事も大きかった。
「そうか……いや、それで一つ相談が有ったんだが……」
「なんだ、そんなことか。いいぞ、聞こう」
何処か残念そうな瞬に対して、カイトは笑って先を促した。そもそもでこちらの職務怠慢に近いのだ。別に手間さえ掛けてもらう事を飲めるのなら、ここで相談に乗らないはずが無かった。彼のパワーアップは回り回ってカイトの利益に繋がるのである。
なので、カイトは笑って瞬の相談を受ける事にした。だがそんなカイトに対して、瞬が少し困った様に告げる。
「いや、さすがに此処では、な。一度見てもらいたいんだ。」
「分かった……じゃあ、夜で良いか?」
「ああ、頼んだ……頼んだものの、その口調は少し違和感があるな」
普段とは少し違う笑みを見せるカイトに、瞬はそう言って苦笑する。それに、カイトも同じく苦笑混じりに本来の口調で答えた。
「そう言ってもなー。こっちが素だし。そもそもオレから見りゃ、先輩も10以上も離れたガキだしな」
「それは分かるが……その口調で先輩呼ばわりは違和感がある」
「あはは。それは確かに」
カイトとて、見知った者がいきなり別の性格となれば、こんな感じになれば戸惑うだろう。なので素直に認めるしか無かった。
「で、先輩はどうする?」
「ん? 何がだ?」
カイトの問いかけに、瞬が首を傾げる。主語が無かったので、何を言っているのか理解出来なかった。
「この後だ。泳ぐも良し、温泉に入るも良し、部屋かマッサージルームで長旅の疲れを癒やすも良し、観光に出かけるも良し……今日だけは、やりたい様にできるぞ。元々今日は旅の疲れを癒やすのと、各員がどう動くのか、を試すだけだしな」
「ああ、それか……取り敢えず、俺の観光はリィル待ちだな」
カイトの問い掛けに、瞬が少し考えて答える。これは別に珍しい事では無かった。なにせ、アル達公爵軍の面子で、冒険部に関わりのある面子も休暇が取れる者は今回の旅行に参加する予定であったからだ。要は、親交を深める為の一環であった。それに、リィル達公爵軍の面々も夏の長期休暇となるとここに来る者は多かった。案内を頼もうと思っても、なんら不思議な話では無かった。
とは言え、普段通常本隊と離れて行動する彼らが本隊での連携が取れなくなると困るので、その前に一度原隊復帰し、合同訓練等を行う為、数日の遅れがあったのである。
「ん? どっかデートか?」
「まあ、そんな所だ」
本来のいたずらっこの性分から茶化そうと思ったカイトの台詞だが、それを少し照れた感じで、瞬が認める。カイトはそれに大いに驚いて、危うく椅子から落ちそうになった。
「……あ、え、お、えぇ? マジ?」
「まだ付き合っているわけじゃない……告ってもいない」
最後にボソリとつぶやかれた言葉は、カイトにきちんと届いていた。というわけで、カイトは混乱しつつも、それに応援を送る事にした。
「……ま、まあ応援しよう」
「……ありがとう」
「……何なら、オススメスポット送るか? ここらは一応治安は良いから、多少いちゃついて……そんな顔するなよ」
ニヤついた顔で言ったカイトに、瞬が眼で抗議する。そして、ため息混じりに告げた。
「お前、結構人が悪いな。告白してもいない、と言っているだろう」
「黙ってる駄賃だと思え」
「はぁ……まあ、いい。取り敢えず、夜頼んだ」
相変わらず楽しげに笑うカイトにため息混じりでスルーする事にした瞬は、改めて相談についてを念押ししておく。それを受けてカイトも本題に戻る事にして、場所を告げる。
「場所は外のプライベート・ビーチでいいか? 他の生徒達の多くもあそこで訓練する予定らしいぞ」
「ああ、頼ん……いや、何処か密かに特訓できる場所は無いか?」
何を思ったのかはわからないが、瞬は密かに特訓がしたいらしい。そこでカイトはホテルの概要を思い出す。
「ん?……なら、ここの地下使うか」
「地下?」
事前説明では、ホテルの地下に特訓できる空間は無かった筈なのだ。それ故、瞬は首を傾げた。それに、カイトが苦笑混じりに告げる。
「まあ、何時もお決まりの地下特訓場。オレ以下外でやると面倒なことになる奴用……といってもこっちは昔からある奴だ。昔も状況変わらないからな」
「なるほど」
苦笑したカイトの説明で、瞬は全て理解した。カイトやティナ、クズハらが外で少し本気で特訓すれば、簡単に焦土に変わる。そして彼らの現役時代はまだまだ騒乱の時代だ。特訓は欠かせない。となると、彼らの特訓には、きちんとした防御機能が整った施設か、異空間でしか特訓出来ないのであった。
「じゃあ、場所はロビーで集合で」
「すまん、助かる」
そうして諸々の手筈を整えて、二人は昼食を食べ終えるのであった。
それから、数時間後。二人はカイトが本来の特訓をするために使う地下訓練場にやってきていた。
「ここが?」
「ああ、まあ、さすがに公爵邸並の広さは持たせなかったが……うん、中々に整っているな。改修されてどうなっているか分かんなかったが、これなら良いだろう」
カイトは地下の訓練設備を確認しながら、周囲を見渡す。今この場に居るのはカイトと瞬だけだ。他の面子も興味があったらしく付いてこようとしたのだが、さすがに瞬が秘策としたいと説明すると、一緒に来るのを遠慮してくれた。
そうして二人が見回した地下の訓練場は周囲の壁や天井、床は全て、魔鉱石という魔法銀よりも遥かに硬い物質で覆われており、更に魔鉱石には防御用の術式が刻まれていた。本拠地でも無いのに訓練用の施設としては破格の施設と言えた。所々に傷跡が見えるが、これはクズハ達が使用した跡なのだろう。
「で、何を見ればいいんだ?」
「……実は、<<炎武>>を俺なりに再現してみたんだ。」
「はぁ!?」
周囲の状況の確認を終えてカイトが問いかけると、瞬は意を決して自らの相談内容を明かした。が、これにはカイトが驚愕する。
<<炎武>>は曲がりなりにも、英雄であるバランタインが自らの秘技として開発した大技だ。再現しようにも、カイトの様に開発過程を横で見ていて、更にはその発展に力を貸した特殊な人物か、リィル達の様にバランタインに連なる者でなければ、使えない技なのだ。だが、瞬はそれを再現してみた、と言ったのである。驚くのも無理はなかった。だが、そんなカイトの驚きを見て、瞬が苦笑混じりに首を振った。
「いや、すまん。語弊があった。再現しようと試みている、という所だ。まだ使えるレベルでさえ無い。戦闘では以ての外だ。技術検証、だったか? その程度だ。だから、アイデアが欲しい」
漸く戦闘関連でこの男を驚かすことが出来た、と瞬は嬉しそうに笑った。が、それに驚きを隠せない以前に、理解出来ないのがカイトの方だ。言っている事が彼を以ってしても、ぶっ飛び過ぎていたのである。
「いや、ちょっと待て! それ以前の問題で、<<炎武>>を再現しようとしている!? で、技術検証レベルに持って行けている!? マジで言ってんのか!?」
「ああ、不思議か?」
「不思議以前の問題だろ! あれ、一応リィル達おっさんの血脈じゃ無いと使えない筈……って、オレは置いておいて……の技だぞ?」
「ああ、そうらしいな。だから言ったろ? 俺なりに再現、って」
流石に事の真偽を判断しかねて、カイトが改めて瞬に問い掛けたのだが、それに、瞬も同意して、その上で訂正を加える。彼とて、<<炎武>>が出来るとは思ってもいなかったからだ。
「いや、まあ、そうだが……でも、なんでそんな技を?」
いくら彼独自の考案を加えているとは言え、曲がりなりにも英雄が切り札として使用した技。今の冒険部の生徒達に使えるレベルの技ではなかった。
カイトは瞬とは別の意味で、この場所で良かった、と心から安堵する。これは別の意味で隠さなければならない情報だ。大英雄であり、武神とさえ褒めそやされるバランタインの切り札である<<炎武>>がそんな簡単に出来る、と思ってもらっては困るのだ。
「実は……」
そう言って瞬はカイトに事情を説明する。それを聞いたカイトは、大いに爆笑した。だが、同時に彼らしい、とも思えた。それほどに、その理由は彼らしかった。
「くっくくくく……あーはははは! まさか惚れた女に告白しようってのに勝ってからって……あんた自分と相手にどれだけの鍛錬の差があると思ってんだ! あー、いや、わかるが。とはいえ、あっちは10年以上、こっちは半年未満。勝ち目が無いぐらいは分かるだろ?」
涙を拭いながら、カイトが瞬に問い掛ける。確かに、カイトも瞬の才能については認める。才能だけならば、リィルをも遥かに上回っている。
だがしかし、彼の意中の相手のリィルとて、曲がりなりにも近衛兵団の特務部隊から誘いを受けるレベルなのだ。それを半年程度の実戦経験で追いつけるようでは、皇国の近衛兵団が形無しであった。
それにリィルとて才能は十分だし、彼女生来の生真面目さから、努力も欠かさない。カイトやティナの師事があればこそ、大差こそ開かないだろうが、それでも、半年程度の鍛錬で勝てる、ということは有り得なかった。そして、これは瞬も理解出来ていたらしい。
「うぐっ!……だ、だが、一応<<炎武>>を使わせるぐらいまでは行けたんだ……まだ遠いが、遠すぎるとは思わないんだが……」
「へ?」
何処か悲しげな瞬の言葉に、カイトが目を落とさんばかりに驚く。今日何度目かの驚きだが、これが最も驚いたかもしれなかった。が、そんなカイトに気付かず、瞬は続ける。
「まあ、今は30回やって1回ぐらいだが……」
かなり残念そうに語る瞬だが、カイトは戦慄していた。リィルはアルの影に隠れがちだが、彼女は紛うこと無くエルロードの部隊ではNo.2の実力の持ち主。本来ならば、瞬や冒険部の生徒達が総掛かりになっても勝ち目が無い相手の筈なのだ。そのリィルに手加減有りでも<<炎武>>を使わせるまで食い下がれる様になっているとは、明らかにカイトの想定を超えていた。
ちなみに、<<炎武>>を使える様になった今では、リィルの戦闘能力はアルとの差はあまり無くなっていた。これにアルは少しだけ残念そうであったが、満足な訓練相手が出来て満足気であった。
「……先輩、少しだけ、予定を変更だ。まずは全力で打ち込んで来い」
自分の予想以上に実力が高くなっている事を知ったカイトは、刀を取り出して構える。彼だけは、カイトの予想を遥かに上回っていた。戦ってみる事で、何かつかめる事もあるかも、と思ったのだ。
「何?」
カイトが急にやる気になったので、瞬が訝しむ。それにカイトも確かに唐突過ぎたか、と苦笑して、事情を説明した。
「ああ、いや……特訓しようにも実力が把握出来ないと出来ないからな。オレはここ数週間メルと一緒に旅してたし、今の実力をきちんと把握しておきたい」
「ああ、成る程。そういうことか……では、参る!」
カイトの説明に納得した瞬は一気に駆け抜け、全身のバネを利用した高速の突きをカイトへと繰り出す。が、それでカイトに通じるはずも無い。それに相手の実力を見よう、というのに反撃しない事も無い。なのでカイトは瞬の突きを回避して、カウンターで横薙ぎに刀を振るう。
「遅い」
「はっ! たっ!」
瞬はそれを一歩だけ下がって回避。更にそのまま後ろへ向かおうとする身体を強引に引き戻し、更に力を加えて突きを繰り出す。
そうして、カイトに避けられても構わず、カイトが攻撃しようと構わず、瞬は攻撃を連続させていく。そこには相手は存在せず、自身のペースだけで攻撃を繰り出す攻撃一辺倒の戦術だった。圧倒的な格上相手の戦術として、最適な戦闘方法であった。
圧倒的な格上を相手にする場合、防御重視としたところで早々に切り崩されるのがオチなのだ。もとより勝ち目が無い以上、相手に攻撃をさせる暇を与えないのが、上策なのであった。
「脇が甘い! 足はも少し左! 今の突きはもっと一点に力を集中出来たはずだ!」
とは言え、カイトクラスを相手にする場合、彼が防御を捨てても意味は無い。カイトは瞬の一挙手一投足をつぶさに確認しながら、問題点を指摘していく。それを受けて瞬は逐一なんとか修正を試みつつ、カイトとの模擬戦を行っていく。
「はっ!」
これぐらいでいいか、何度か攻撃を見た後、カイトは瞬の実力を正確に把握する。今の彼は、カイトが一年後から二年後と想定していた実力を有していた。かなりのハイスピードで成長している、と言ってよかった。
そして満足したカイトは顔面を狙う瞬の突きを少し屈んで避けた後、掌底を瞬の身体に打ち込み、一気に吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
壁には衝突時の衝撃軽減術式が組み込まれていたのだが、カイトの掌底と合わせて肺の空気が一気に外に吐き出された。その後瞬は少しの間膝を屈して呼吸を整える。そうして、立ち上がってカイトに尋ねた。
「はぁ、はぁ……どうだった?」
流れる汗を拭いながら、なんとか歩いてカイトに近づいて尋ねる瞬。それに対して、カイトは魔術で冷やしたタオルを投げ渡して、答えた。
「……予想以上だ。まさか、ここまで成長しているとはな……」
驚きが表に現れているカイトに、瞬は満足気に手放しで喜んだ。
「そうか!」
「ああ、少なくとも、オレの想定の倍以上……いや、三倍以上だな。これなら、リィルに<<炎武>>を使わせる事が出来たのも分かる」
カイトの称賛を聞いて、瞬が横に寝転がる。体力の回復に入ったのだ。特訓をしようにも、疲れたままでは特訓にならないから、当然だった。
だが、ここでカイトは瞬には見せていないが、かなりの違和感を覚えていた。あまりに彼の成長が早過ぎるのだ。カイトの様に生命を使い潰しているわけでも無いのに、これは可怪しかったのである。
たしかに、カイトはリィルと瞬の才能を比較した場合、瞬に旗が上がると見ている。これはティナもリィルも同様だ。だが、それでもこの違和感は拭えなかった。そうして、寝転がって体力の回復に入った瞬を横目に、カイトが違和感を小声で口にした。
「何だ……別の動きが混じっている? ウチで採用している流派でもこの大陸のどの流派の動きでも無いぞ……ましてやオレの流派でも無い……先輩に何が起きているんだ……? 自らで最適解を導いた……のか? 才能の高さから、あり得なくも無いが……いや、だが……この動きは……血に影響されている……のか?」
「ふぅ……よし、カイト。じゃあ、特訓を始めよう」
「ん、あ、ああ。すまない、じゃあ、はじめようか」
違和感の正体を掴む為に思考の海に沈んでいたカイトだったが、瞬からの申し出に我を取り戻す。そうして、カイトは一度思考を切り替えて、彼の訓練に望むのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第322話『特訓』