第320話 旅行――到着――
4隻の飛空艇の船団の到着そのものは、大した騒動では無いはずだ。それなのに、飛空艇の発着場は飛空艇の到着前から、大騒動のまっただ中だった。それを飛空艇の中から把握して、カイトはため息を吐いた。
「はぁ……」
大きく溜め息を吐いて、カイトが肩を落とす。更に数分後。飛空艇が着陸して飛空艇のタラップを降り大地に降り立つと、飛空艇の窓から見るよりも騒然となった周囲の様子が良くわかった。
まあ当たり前だ。この中の一体は友好国というか、保護国である皇国の国母にも等しいグライアなのだ。おまけにそれに加えて古龍が三体も揃い踏みだ。こうなるのは必然だった。まだ300年前にはカイトと共に揃い踏みで来ていたし、それ以降も時々集まって来ていたらしいからそれ相応には混乱は少ないが、これが他国なら大混乱である事は確実であった。
とは言え、隠蔽にはそれほど苦労は要しなかった。クズハ達が揃って休暇をする、というので告げていたら自由奔放な彼女らが途中で合流した、と言えば終わりだったからだ。昔なじみが集まるのだから自分達もサプライズで行くか、となっても普通に考えて、不思議では無いのである。
「まあ、お前らが度々ここ来てるから、まだ良いんだけどな……」
王家からの大歓待を受けるグライア達を見て、カイトがため息混じりにつぶやいた。そして一頻りため息を吐いた後、カイトが歓待からそそくさと退散したグライア達に苦笑混じりに告げる。
「どうせなら、龍の姿で下りろよ。そっちの方が威厳あるぞ」
「ならばもっと高級機でも作ってくれるのか? 真紅に塗れば、余らしいだろう」
「ガチの皇族と間違われるぞ」
「似たような者だろう。余は勝手に国母に指定されているからな」
「それもそうだけどな。まあ、これは一般向けだ。これでも高級品は高級品なんだから、そこの所は理解しろ」
「ふん、そうであろうよ。なにせ妾の妹の作じゃ。そうでないはずが無い」
少しだけ拗ねた様子のティアに、カイトが少しだけ微笑んだ。カイトが自分では無くこんな飛空艇に乗って移動した事に少しだけ拗ねていたのである。変な所で拗ねる当たり、ティナとティアは良く似ていた。とは言え、何時までも駄弁ってもいられない。なのでカイトはクズハに指示を依頼する。
「さて……クズハ、ホテルに連絡を頼めるか?」
「はい、お兄様。フィーネ、頼めますか?」
「かしこまりました」
ちなみに、今回の旅行の総指揮は表向きはクズハだ。カイトはクズハの指揮下の冒険部の長だった。だから、カイトはクズハに命ずる、という一手間を加えていたのである。そうして、フィーネの返事を聞いて、カイトはグライア達に問い掛けた。
「部屋はオレと同室でいいな?」
元々、彼に与えられている部屋――公には下の階に部屋が別にある――は最上階の最高級V.I.Pルームだ。ここにクズハらも一緒に泊まる――というより、名目上はクズハとアウラの部屋――予定であったのだが、それでも部屋には余りがあった。
おまけにグライアやティアから見れば、クズハ達はティナの家族で、即ちそれは彼女らにとっても家族だ。彼女らがクズハ達と一緒の時には一緒の部屋に宿泊していたので、別にグライア達が一緒に泊まろうと問題は無かった。なので、殆ど考える事なく、彼女らも同意を示した。
「うむ。その為にカイトの荷物に妾らの着替えも用意させたのじゃからな」
「椿、であったな? 用意、感謝しよう」
「いえ……」
「良い、カイトの従者じゃが、何ぞ褒美でも取らせてやろう。何かあったら、妾らに言うが良い」
「いえ、私は御主人様の客人に対して、望みを聞いたまでのことです。褒美を望む様なことでは……」
「いや、別に遠慮する必要は無いぞ? なんでも言ってやるといい。何なら、オレでも良い」
遠慮を示す椿に、カイトが告げる。労働には対価を、がカイトの信条だ。これ以上遠慮するなら構わないが、主から言っておくのもまた、必要な事だろう、と思ったのである。そしてそんなカイトの言葉を受けた椿は、少しだけ考えこむ様に目をつぶり、カイトの方を向いて、こういった。
「あの……じゃあ、御主人様。ぎゅっと抱きしめて貰えますか?」
「……えっと、部屋に入ってからで良いか?」
さすがにカイトとて、こんな衆人環視の中で椿の様なメイド服の美少女を抱きしめればどうなるかわかっている。まさかこう来るとは、と思いつつも椿に提案した。別に抱きしめて欲しいぐらいなら、聞かない理由は無かった。
「はい」
「カイトくん、皆準備が出来たらしいです」
そうして更に色々な手筈を整えていたカイトへと、桜が声を掛けた。彼女は他の飛空艇に乗り込んでいた人員の状況を確認し、点呼を取っていたのだ。
流石にカイトは一人しか居ないので、クズハ達との折衝を行いながら学園の指揮を行う事は表向き出来てはならない。そんな事は高度な分身でも使わない限りは不可能だからだ。
そのために、学園側の指揮は彼女達他の冒険部上層部の面々に一任していたのである。これは桜達の指揮の訓練にもなるか、ということでカイトは今回なるべく手を出さない様にしていた。教師にもなるべく口出しはしない様に、と依頼してある。カイトがクズハ達と一緒に居るのも、名目上は折衝の為で、真実は手を貸さない為だったのである。
常に個々で動き続ける冒険部で全体の指揮の訓練をするには、こういう場合でも無いと訓練出来ないので、カイトは旅行と言いつつも有効活用出来る所は有効活用するつもりだったのであった。
「そうか……良し。じゃあ行くか」
「はい……あれ? 椿ちゃん、どうしたんですか?」
何処かご機嫌な椿に桜が問いかけたが、椿はそれを自覚して、緩んでいた頬を引き締める。彼女とて、年頃の少女だ。懸想する相手からのご褒美はやはり嬉しかったらしい。そんな椿にカイトは大分と感情が見える様になってきた、と嬉しい限りであった。
「いえ、何でもありません」
「そうですか?……では、出発しましょう」
椿がご機嫌であったことは気になるが、桜は他の生徒達を待たせているので一旦脇にどける。そうして、桜の指揮の下、一同はホテルへ向けて、移動を始めるのだった。
「ここが……デカ! つーか、スゴ!」
ホテルに着いた瞬間、ソラが大声を上げる。他の生徒からも似たり寄ったりな声が上がっていた。だが、それは無理も無いだろう。それほどまでに豪華な建物だったのである。そうして、そんなソラに対して、カイトが苦笑混じりに説明する。
「建屋は10階建て。お値段は最低ランクで一泊金貨1枚。最上階の最高級スイート・ルームともなると、一泊ミスリル銀貨3枚となる。歴史は150年とまだ浅いが、皇帝を含めた各国の要人たちの宿泊実績もあるホテルだ。今でこそ10階建てはそこまで珍しくないが、当時の最高技術を用いて建設された、最高級ホテルの一角だな」
「そんなのを一棟まるまる貸し切りって……気前いいな」
ソラがそう言ってアルテミシア王国の気前良さを褒める。しかし、実はこれには裏事情があった。なので、カイトは更に苦笑を深めた。
「実はな……今このホテルはメンテ中なんだ」
「は?」
「まあ、こっちの世界でも定期的なメンテナンスとかは行われているんだが……ちょっと特殊でな。旅館なんかの場合、一ヶ月掛けて大規模なメンテナンスを数年に一度行うんだ。その間、殆どの従業員は長期休暇扱いだ」
カイトは苦笑混じりに、首を傾げているソラに解説を続ける。常識ではあるが、エネフィアの一年は48ヶ月である。当然だが、1年で地球の4年分の経年劣化が起きる。数年に一度、と言っているが、実際には地球の10年に一度に近かった。となれば当然だが、これぐらいの大規模なメンテナンスは必要なのであった。そうして、カイトは深めた苦笑をそのままに、結論を告げる。
「そういうわけで、今のこのホテルには殆ど従業員が出払った状況だ。残っているのは、メンテに関係の無いホテルの食堂の従業員と、常に詰めている総支配人達だけだな」
「……まさか……」
続く言葉を予想したソラが、引きつった表情でゴクリ、と喉を鳴らした。それを見たカイトは笑い、その考えを否定した。ソラが不安に思ったのは、何から何まで全て自分達でやれ、という事なのか、と思ったのだ。
「安心しろ。メイド達を公爵邸から連れてきているし、近くのホテルからも回してもらっている。400人程度なら、問題はない」
今回の一件の様な状況に対応するため、こういったリゾートホテルが乱立する観光地では周辺のホテル同士が協定を結び、従業員を融通しあうことになっていたのだった。
「公爵邸は今少し改装中じゃ。それで公爵邸からも人員を減らしたくてのう。警備の使い魔やゴーレム達を除いて、あまり出歩かれては邪魔じゃからな。とは言え、様々な理由から今の時期には長期休暇を出せぬ使用人達もおる。そういった奴らを連れて来れば、問題も少ないのでな」
カイトの言葉を引き継いで、ティナが補足する。公爵邸はティナによる改装の真っ最中で、ティナの土木工事用ゴーレム達による完全改装がなされている所なのであった。
まあ、見た目には大幅な変化は出さないつもりなのだが、それでも地下構造や各種防御用の結界等は地球のアイデアを含めた新規の物に変えるつもりだった。それ故、なるべく人を減らしておきたかったのである。
「この300年色々あった所為で、所々にガタが来ておったからのう。見えぬ所で魔術結界等に綻びが生じておった。更には地球で新たに得た知識を元に、色々と手直しを掛けたかったのでのう。メイド達には今回の旅に同行し、休暇を兼ねた仕事としてもらったのじゃ。輪番制にすれば、息抜きも出来るからのう」
こういった魔術関連では、ティナこそが第一人者だ。当然のことながら、大凡の専門家達でも分からない様な綻びを発見していた。
そんなきちんとした理由である以上、カイトとしてもティナの決定に異を唱える事は出来なかった。喩えその裏に自分の趣味の改装工事が入っていようとも、文句を言えなかったのである。それならいっそ一ヶ月完全に公爵邸を空にして、とプライベートエリアを除いて全て改装する事にしたのであった。
「こういうことだ。それにホテルのメンテ中と言っても、所詮は一部の重要機関だけだからな。時折断水や節水、電気が使えない事に注意するだけだ。業者は部屋には入らん」
使う以上当たり前ではある事だが、カイトは念のために明言しておく。業者が見るのは建物全体の魔力の流れや、客の安全を守る為の結界の綻びなどである。配管系統は魔術で既にチェックしている為、修理が必要な部屋は立入禁止となっていた。なのでそもそもそれ以外には問題は無かったのである。
「そ、そうか。助かった……」
「お前の場合は由利やナナミが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるから、安心だろ?」
安堵したソラにニヤついた笑顔でそう言うカイトに対し、ソラが少しだけ頬を赤らめて口を尖らせて反論する。
「お前が言うなよ。お前は左団扇で何でもしてもらえるだろ?」
「否定はしない」
口を尖らせたソラの言葉を、カイトは苦笑して肯定する。というより、出来もしない。カイトはやろうと思えば、椿に食事の用意をさせ、クズハに食べさせてもらい、アウラに服を着替えさせてもらうという事が出来なくはない。世話をしてもらう面子を日替わりで桜や瑞樹、魅衣に替える事もできるし、ルゥ達使い魔に替える事も出来る。まあ、出来る、というだけでやらないが。
「お前ら……」
と、そんな話をしていた二人なのだが、近くに居た男子生徒達の恨みがましい視線が注がれている事に、彼らは気づかなかった。そんな事を話していると、中から総支配人達残っている従業員が出てきた。
「クズハ様、ユリシア様、アウローラ様。この度はようこそいらっしゃいました」
「はい、では、一ヶ月、よろしくお願いします」
「承りました。ミスティア様、グライア様、グイン様。この度は当ホテルをご利用頂き、誠に感謝しております」
クズハ達の返答を聞いて、ついで、居並んだ三人の美女達に畏敬の念を多分に含んだ声で総支配人が少し堅い一礼を行う。当然、彼とて王侯貴族の応対に出る事はあるが、古龍達の応対、それも複数体等という歴史上でも稀な事態は経験はしたことがなかった。少なくとも彼の数代前の総支配人にまで遡る事になるだろう。
というわけで、その宿泊の応対をする等あらゆる宿泊施設でほぼ初めての出来事と言って良かった。彼の経験にもホテルの格にも箔が付くが、今の彼にはそんな事を考える余裕は無かったのは、仕方がない事だろう。
「うむ。世話になる」
「ありがたいお言葉です。天桜学園の皆さんも、ようこそいらっしゃいました」
三人を代表して礼を述べたグライア――グライアなのは、一応は皇国の国母という体面がある為――に恭しく一礼をした後、最後に総支配人が天桜学園の面々に対して頭を下げる。この時に少し緊張がほぐれて見えたのは、気のせいでは無いだろう。そうして、それに対して、桜田校長が総支配人に対して一礼した。
「すみませんが、よろしく頼みます」
「ええ、どうか、いつもの荒事を忘れ、ゆっくりと羽を伸ばされるよう、おくつろぎください。では、此方へ」
そう言って総支配人が扉を開けて、中に一同を案内する。そこには、ズラリ、と並んだ従業員たちの姿があった。そして、こちらの姿を見ると、一斉に頭を下げた。
ちなみに、グライア達が来ると知らされた後大急ぎで人員が入れ替えられ、周囲一帯の従業員たちの中でも、最高の腕前の従業員達が集まっていた。今現在周囲のホテルを含めて、予算や採算性を無視した対応に、全精力がつぎ込まれているのであった。
「いらっしゃいませ」
さすが周囲のホテルでトップクラスの力量を持つ従業員達、といったところで、英雄三人にグライア達三人を前によどみなく一礼を行った。少々の固さはあったものの、それは致し方がないと見るべきだろう。
「では、お部屋にご案内させて頂きます。お荷物は……」
クズハ達三人とグライア達が同室である事を知っていた総支配人が自ら案内すると買って出て、荷物を運ばせる従業員を呼びつける。
「お預かりします」
「では、よろしくお願いします」
「はい、確かに」
そう言って荷物持ちの従業員を引き連れ、クズハ達が総支配人と共に最上階へと向かう。それに合わせ、他の従業員たちも動き始める。
「お荷物をお預かり致します」
「ああ、悪い」
「はい……カイト・アマネ様ですね。お部屋は7階になります。鍵は此方です」
そう言って鍵を受け取ったカイトは、荷物を持って一度7階に上がる。部屋はバーのすぐ近く、見晴らしの良いテラス付きの個室であった。そうして、一旦カイトは自らの擬装用に用意した部屋に入り、一応生活感を出す為の偽装工作だけは行っておく。
「まあ、ここじゃないんよねーっと」
偽装工作を終えて早々、カイトは魔術で作り出していた幻の荷物を消失させる。本来の荷物は、クズハ達と共に最上階に既に運び込まれている筈であった。
「さーてっと、オレも羽伸ばそ」
カイトはご機嫌にそう言うと、ふっ、と掻き消えた。そして、次に現れたのは、最上階10階の最高級スイート・ルームであった。
尚、性格が元に戻っているのは、カイトとて旅行に来てまで何時もの抑えた状況で居るつもりは無かったからである。こんな時にまで仕事の事を考えるのは、カイトの性格では無理だった。
「ほいっと」
顕現して即座に、椿に抱きつかれる。
「御主人様」
「はいはい」
カイトとて言ったことなので椿をぎゅっと抱きしめる。椿は非常にご機嫌そうであった。
「おじゃましま……カイトくん、何をしてるんですか?」
羨ましそうに、桜が部屋に入ってきて眼にした光景を眺めると同時に、起きていた事態に目を丸くして、カイトに説明を求める。
「ん? ああ、まあ、さっきちょっとな」
流石にご褒美の真っ最中に他の女に対応するのはどうか、と思ったカイトは、同室に居たクズハとユリィに説明を依頼する。それを受けて、桜はクズハやユリィから説明を受けるのだった。
そうしてそうこうしている内に、魅衣や瑞樹も部屋へと来て、フィーネとユハラを除くカイトと関係性の深い面子が勢揃いした。
尚、フィーネとユハラは現在アルテミシア王国との連絡を行う為に役所へと行っていたので、この場には居ないのである。
「なんか三人程増えてるが……まあ、いっか。にしても……我ながら少々馬鹿げているな。こりゃ、インドラのおっさん笑えねえわ」
カイトが一息ついてふと室内を見回すと、そこには何処の極楽浄土だ、と思える様な状況があった。それを見て苦笑するカイトであったが、取り敢えずは問題が無いので良いか、と流すことにした。と、そこにアウラがへばり付いてきた。
「カイトー、トランプしよー。ティナがしたいって」
「たまにはこういったアナクロなゲームもよかろう。旅の醍醐味じゃ」
アウラの問い掛けに続いて、ティナが楽しげな顔でトランプを取り出して告げる。
「ウノでも良い。どっちが良い?」
「あー、いっそ全員でウノやるか?」
「ふむ、確かにもう一組創れば出来るじゃろうな。クズハ、お主もやるか?」
「カード、ですか? いいですね。久しぶりに楽しそうです」
「あ、私もやる!」
「ほう、何か楽しそうだな。余も参戦しよう。」
ユリィが嬉しそうに声を上げ、グライアが興味津々といった感じで近づいてくる。
「桜ちゃん達はどうする?」
魅衣が桜と瑞樹に問いかける。が、こちらは少し苦笑して、首を横に振った。
「私はもう少し生徒会の指揮がありますので、一度下に降ります」
「私も部活の先輩方と相談がありますので、1時間程席を外しますわ」
「あ、私も1時間ぐらいで帰ってきますよ」
「まあ、一緒の会合ですものね」
「そっか。頑張ってね」
それを聞いて、問い掛けた魅衣が激励を送る。そうして、一時間後、戻ってきた二人に加え、下で出会ったという戻ってきたフィーネとユハラを加え、一同でカードゲームを楽しむのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第321話『特訓開始』
2016年1月11日 追記
・修正
グライア達はもう飛空艇内に入っているはずなのに、冒頭でイキナリ矛盾が生じていたので、修正しました。それに合わせて、前後の文面も変化させました。