第315話 女王の咆哮
本日は私用のため、感想を頂いてもお返事出来ません。明日は普通にお返事出来ます。
<<世を喰みし大蛇>>との戦いは、ソラと三葉達の活躍があって、最終段階に入っていた。そうして、全ての用意が整ったのを見て、カイトはアイギスに告げる。
「アイギス。突撃と同時に追加アーマーを展開しろ。一点突破で奴のドタマ付近の障壁を撃ち抜く」
「イエス、マスター……通信機、再度オンにします」
カイトの命令に、アイギスはカイトの突撃のタイミングを待つ。既に、武装の設定は終わらせている。此処から先は怪我をさせる事を考えなくて良いので、ついに初めての魔導機専用の武装のお目見えだった。そうして、十秒ほどカイトはタイミングを測り、望んだ攻撃が来た事を悟って、号令を掛けた。
「……この砲撃だ! 各艦、本機以外の突撃まで砲撃は続けろ! 各機! 本機の突撃から5秒後に突撃しろ! 本機の攻撃で<<世を喰みし大蛇>>の意識を奪う! その後に全機出力フルで一気に持ち上げるぞ!」
『了解!』
カイトの号令に、用意を完全に整えて合図待ちとなっていた大型魔導鎧の集団が了解を返す。そして、カイトは望んだ砲撃と同時に魔導機の出力を一気に最大まで持っていく。
「アイギス! アーマー展開!」
「イエス、マスター!」
砲撃で一瞬だけ<<世を喰みし大蛇>>の障壁が弱まった所に、カイトが追加アーマーの出力を乗せた右腕のパイルバンカーを突き当てて、一気に引き金を引く。すると、轟音と共に<<世を喰みし大蛇>>の強固な障壁が砕け散り、そのままパイルバンカーの杭は<<世を喰みし大蛇>>の鱗に衝突する。
「おまけだ! もう一撃持っていけ!」
そしてカイトは更に続けて、魔力で創り出したパイルバンカーの炸薬を炸裂させる。すると、更に杭打ち機が作動して、杭は<<世を喰みし大蛇>>の強固な鱗を砕きながら、柔らかな肉に食い込んだ。それを手の感触で把握して、同時にカイトは左手の武装盾の武装を突き当てる。
「モード・スタン! 流石に障壁内のゼロ距離の脳天直撃なら、幾らお前でも気絶するだろ!」
カイトの言葉に違わず、さすがの<<世を喰みし大蛇>>も脳天近くに電撃を打ち込まれては身悶えすることもなく昏倒するしか無かった。それと同時に、大型魔導鎧の臨時部隊が<<世を喰みし大蛇>>に巨体に取り付く。
「良し! 各機! 最大出力! おぉおおお!」
『了解! おぉおおおお!』
カイトの号令と共に、数十人からなる大型魔導鎧の部隊が飛翔機を全開にする。すると、勢い良く<<世を喰みし大蛇>>の巨体が海面から飛び立って、音速を超えた速度で一気に空高くに舞い上がったのだった。
それを、艦隊全ての艦橋が確認する。そしてそれと同時に、クイーン・エメリアが最後の命令を大急ぎで下していく。
「臨時部隊! 高度3000メートル突破! 後3000メートルで<<世を喰みし大蛇>>を落下させます!」
「主砲発射準備開始!」
「主砲へとエネルギーを回せ! 必要のないシステムは全てカット! 全てを主砲の一射に賭ける!」
荒々しいカイエンの命令の下、艦橋の軍人たちが急いで主砲の発射準備を整える。カイエンはこの時ばかりは、声を荒げる事を良しとした。今この一瞬こそが、皇国海軍に属する軍人の誇りだった。血の猛りが抑えられなかったのだ。そこに、カイオウが報告を入れる。どうやら何処かのシステムが破損したらしい。
『主電源回路、一部破損』
「機関部より入電! 主砲発射機構に異常あり! 回路の一部が過負荷で吹き飛んだ様です! 数名のけが人有り! 通信、来ます!」
モニターに機関部からの映像が届いてすぐに、カイエンが怒号を飛ばした。いや、正確には号令はモニターが映る前から飛ばしていた。
「一度撃てればそれで良い! 強引にでも保たせろ!」
『わかってる! カイエン艦長、ただちょっとさぼってたのが祟っただけだ! 強引にでも使える様にしてやらあ!』
「流石だ! 発射予定時間まで後何秒だ!」
体格の良いドワーフの男性の大声での返しに、カイエンは獰猛に頷く。100年近く試射さえもなしだったのだ。何処か見えぬ部分がメンテ不足でも何ら可怪しい話では無かった。そうして、続いた命令に、オペレーターが返した。
「表示、後60秒!」
「主砲のチャージ状況は!?」
『出力80%突破……後40秒で100%を突破し、臨界状態に到達します。更に20秒後には安全ラインを突破した130%の出力で発射可能』
「何!?……いや、良し! 少佐! トリガーを此方に!」
カイオウからいきなり出た安全ラインを突破しての砲撃――ティナが密かにシステムを弄って可能にした――を聞いて一瞬カイエンが驚きを浮かべるが、ここでの過剰攻撃力は逆にありがたいと流す事にした。カイオウがシステムを弄ったのだろう、と思った事も大きかった。そうして、そんなカイエンの言葉を受けたティナが、カイオウに告げる。
「うむ! カイオウ! 照準の援護をしろ! 余は環境情報をリアルタイムで入力する!」
『了解です、少佐。カイエン殿。トリガーをあなたに』
「バスター砲じゃとぉ!……いや、スマヌ。気にするでない。単なる癖じゃ」
コンソールに向かいながらいきなり響いた意味不明な言葉に、艦橋の全員が困惑する。こんな状況でもネタを突っ込めるあたり、ティナは余裕であった。まあ、おそらくこんな状況なので忙しさからうっかり口をついて出ただけなのだろう。とは言え、一瞬でも重要なのは重要だ。直ぐに全員気を取り直す。
そうして、クイーン・エメリアの主機能を指揮するカイオウは、艦長席へと主砲発射用のトリガーを出現させる。これを撃てるのは、艦長席に座る者だけだ。
「受け取った!……てぇ!」
そうして、カイエンの怒声と共に、クイーン・エメリアが獰猛な咆哮を上げたのだった。
クイーン・エメリアによる女王の咆哮は、当初の予定通りの軌道を描き、<<世を喰みし大蛇>>の落下軌道を目指して一直線に直進する。
しかし、その落下軌道中で、<<世を喰みし大蛇>>が目覚めた。そうして身を捩って、魔力を放出して、なんとか軌道から逸れようと試みる。
「アル!」
空中で成り行きを見守っていたリィルが、アルを呼び寄せる。アルは氷龍を駆って、リィルの下へと到着した。そうして、アルの氷龍へと着陸したリィルは、呼吸を整える。
「何、姉さん!?」
「足場を借ります!」
そう言うやいなや、リィルは<<炎武>>の力を一点に集中させていく。彼女は、下から大威力の一撃を見舞うことで、<<世を喰みし大蛇>>が急速に落下しようとすることを防ぐつもりだ。そして、動いていたのはリィルだけでは無かった。
『日向!』
「がう!」
全長100メートルを超える巨体となっている日向は、カイトの意図を正確に理解した。日向は<<女王の咆哮>>の軌道と落下軌道が重なる所の真横から大きく息を吸い込む。落下して来た瞬間に、強引に軌道を戻してやるつもりなのだ。
『アイギス! 胸部装甲展開! 此方は上から動かない様に固定するぞ!』
既に上空4000メートル程の高空まで戻ってきていた魔導機は、カイトの命を受けて照準を合わせる。
『イエス! 胸部装甲展開! 出力全開放! 背面非常用排出口最大展開! 放出しきれない魔力の過負荷で機体各部に亀裂が発生! が、安全装置は外しましたので、無視で行けます、マスター!』
『良い答えだ! 大型魔導鎧部隊は全機捕縛用術式を最大展開で砲撃を開始しろ! 奴を逃がすな! 一葉! それに合わせてお前も攻撃を!』
『了解!』
「御命令のままに」
カイトの指揮する大型魔導鎧の部隊が一斉に持ってきていた大砲型の魔銃を構えて、同じくその指示を受けた一葉は武器を銃から杖へと持ち替えた。そして、魔導殻の援助を受けつつ、一葉は巨大な魔法陣を展開させていく。
『全機、砲撃開始準備良し!』
「マスター、拘束術式の展開準備終了です」
『良し!……各員、タイミングを合わせろ! 強引に軌道を修正するぞ! <<女王の咆哮>>の軌道から奴を外すな! 三葉、オレからも魔力を回す! 思いっきりやっていいから、全戦域へと飽和攻撃を仕掛けて雑魚を潰せ!』
カイトの指示を受けて、上空を飛ぶ全部隊が一斉に行動に移る。攻撃に参加するのは、全ての艦艇、全ての人員だ。それ故に、カイトの言葉もクイーン・エメリアを通して全戦域に届けられた。
そうしてそれと同時に、カイトはホムンクルスの主として、従者に向けて魔力のレイラインを開放した。すると、三葉に膨大な魔力が流れこむ。
「わーい! マスター、大好き! 愛してる!」
『マセガキが! ませたこと言ってんじゃねえよ!』
三葉は意気揚々とカイトから流れ込む魔力を用い、魔導殻の全武装に魔力を通していく。その魔力は今までの三葉の物とは比較にならない程に強力かつ膨大で、彼女の魔導殻の全武装へと漲っていく。そしてそれを受けて、三葉は今まで持久戦として使ってこなかった無数の自立飛翔型の砲台を異空間から呼び出して、周囲に展開する。
「よっし! オールウェポンズ、ファイア!」
三葉の掛け声と共に、群れを成す海魔の軍勢に対して、一気に多種多様な魔術攻撃が加えられていく。一点から放たれているにも関わらず、被害の様はまるで絨毯爆撃にあったかの様に、海面、海中を問わず焦土と化した。
「二葉お姉ちゃん!」
「ええ!」
尚も息絶えない瀕死の海魔達に対しては、二葉が双銃を持ってトドメを刺していく。こちらも魔力を融通されているため、無制限に最大火力で撃ち込んでいた。そうして、艦隊の近くに屯していた海魔達の粗方が討伐される。
『今だ!』
それと時を同じくして、カイトが全艦隊へと号令を下した。それに伴い、まずは大型魔導鎧の部隊と一葉が巨大な捕縛術式を持って<<世を喰みし大蛇>>の身動きを縫い止めるべく、魔術を発動させる。
『全機、砲撃開始!』
「<<天照捕縛術>>!」
巨大な魔法陣から放たれた幾重もの光の紐は<<世を喰みし大蛇>>へと絡みつき、一切の身動ぎを封じる。
そしてそれで動きを縫い止められると同時に、強引に軌道を修正する為、大型魔導鎧から砲撃が加えられる。それもまた、魔術による鎖だった。それで強引に<<世を喰みし大蛇>>を掴んで移動させるつもりなのである。
「<<炎嬢・極>>!」
「がぁあああああ!」
『全艦隊! 撃てる奴は一斉射撃しろ! 奴を軌道から動かすな! 上の部隊を援護しろ!』
『胸部武装! 出力最大! 行けます!』
『行くぞ!』
攻撃に参加した全員からの総攻撃を受け、<<世を喰みし大蛇>>は逃れようとしていた軌道に強制的に戻され、更には大型魔導鎧の部隊によって強引に空中で縫い付けられる。
そして縫い付けられた瞬間、<<世を喰みし大蛇>>へと<<女王の咆哮>>の砲弾が直撃し、<<世を喰みし大蛇>>を中心として、巨大な球状の結界を張り巡らせていく。
『そのまま消えろ』
カイトの命令を聞いたわけではないが、巨大化した砲弾によって生まれた巨大な結界は<<世を喰みし大蛇>>を包み込み、逃げられぬ様に内部に<<世を喰みし大蛇>>のその巨体を全て飲み込んだ後、結界が閉じる。そして、次の瞬間。
『各艦! 閃光と衝撃に備えろ!』
カイエンからの連絡を受けるまでもなく、その戦場にいた全員がその現象に備えた。そして、結界の内部に、莫大な力の奔流が生まれ、その余波で周囲には太陽と見紛うばかりの閃光が生まれる。
「キシャア……アァ……ァ……」
生まれた光の中で、莫大な力の奔流を一身に受けた<<世を喰みし大蛇>>は跡形もなく消失し、そして、結界はシュン、という音と共に、一瞬で縮んで消失したのだった。
「余をして切り札、と言うのは、伊達では無いわ」
その様子を見ていたティナが、クイーン・エメリアの艦橋で冷酷に告げた。結界は内部の敵を逃さぬ為の物であると同時に、内部の力を外に出さぬ為の物。何処とも知れぬ異界にある莫大な熱量をこの世界に呼び込んだ余波を周囲にもたらさぬ為の物だった。呼び込んだ熱量はまともに喰らえば如何にティナであっても無事ではいられない量で、正に皇国海軍の切り札であった。
「一度に一発しか使えぬという制約はあれど、余の切り札じゃ。お主が如き海蛇には勿体無いが、これは余とカイトの艦隊の旗艦。この程度は有しておらねば、格好が付くまい?」
妖艶に、されど冷酷に告げる彼女は、正に魔王と言うに相応しい表情であった。そして、密かにクイーン・エメリアから情報を吸い出しながら、ティナは呆然となっているカイエンに告げる。
「カイエン殿、目的は達せられた。皆に知らせてやらねばならぬと思うが?」
「……あ、ああ。そうだったな。すまない、少佐」
ティナの問い掛けを受けて、呆然となっていたカイエンが正気を取り戻す。彼とて既に半生以上を海軍に属しているが、<<女王の咆哮>>を撃つのも見るのも初めてなのだ。その圧倒的な攻撃力に、呆気にとられたのである。
「各員に通達せよ! この戦、我らの勝利なり!」
カイエンの言葉を受けて、オペレーター達が全戦域へと通達を開始する。。
『各員に通達! 陛下の庭を荒らす海蛇は討伐された! 繰り返す! 陛下の庭を荒らす海蛇は討伐された!』
全ての戦場に、彼らの勝利を伝えるのであった。
「よっしゃー!」
遠く、ポートランド・エメリアの海岸沿いで巨大な太陽を目撃した冒険者達だが、クイーン・エメリアからの放送で歓声を上げた。既に此方もアウラの活躍で多くの魔物が討伐された後で、後は指折り数える程度しか、生き残っていなかった。
「勝った……のか?」
他の冒険者達と連携し、こんな大群との戦闘を経験したことの無かった瞬は、戦場が落ち着いていく事を感じた。
「やった……?」
翔が短剣を掴んだまま、遠く海で戦っていた仲間達の方向を見据えた。そこには先ほどまであった巨大な蛇の姿は無く、海魔達の増援も無さそうであった。こちらに向かっていたのは、三葉の砲撃の余波で消し飛んでしまったのである。
「けが人は!」
瞬が声を上げて連れてきた仲間達の状況を尋ねる。
「先輩! 全員無事っす! 怪我人はあっちのアウラさんが治してくれてます! よって、怪我人なし!」
第一陣の誰かが答えた。それに、瞬は漸く勝利を実感した。第一陣を率いた初陣は大敗北、未だ記憶から薄れることは無い敗北だ。しかし、今。この戦いは、彼らの完全勝利であった。
「おぉおおお!」
それを受け、瞬は昂ぶる血が抑えきれず、咆え、槍を上に振り上げる。それに呼応し、周囲にいた第一陣の冒険者達も各々の武器を振り上げた。
「おぉおおお!」
それが伝播し、周囲で戦闘を終わらせた冒険者達が武器を振り上げ、勝ち鬨を上げる。怪我人は無く、死者も居ない。街への被害は軽微と正に、冒険者達の完全勝利であった。
「おー、<<戦場で吼える者>>。あの子は強くなれる。」
それらを上空から見守っていたアウラが、瞬を見てそう呟いた。彼を起点として、数多の戦士達が武器を振り上げていたのだ。
「でも、まだ弱い」
若干嬉しそうに言うアウラが、瞬の実力を評価する。カイトの仲間に、カイトに頼らなくても冒険者を導き得る者が居たことが、嬉しかったのだ。
それは即ち、カイトの負担が減る事につながるのだ。家族としては、今のカイトのオーバーワークに少しだけ不安を覚えていた。とは言え、一時期よりマシと知ったので、そこまで不安視してはいないが。
「起点となるには十分。でも、まだ自分の力を理解してない。カイトに言うべき?」
アウラは瞬の雄叫びに呼応した集団を見て、弟に教えるべきか少しだけ悩む。あの雄叫びを使いこなせれば、戦場ではかなりの脅威となる。とは言え、誰でも出来るわけではない。それを出来る者を、<<戦場で吼える者>>と呼ぶのだった。
その名を持つ者の雄叫びは周囲と呼応し、戦士達を狂乱へと誘う。周囲への影響力、自身の力量、そして何より、その個人の性質の全てが伴わねば出来ない、まさに選ばれた戦士のみが可能とする力であった。当然だが、カイトも可能である。
「まあ、でも……取り敢えず、これで当分は楽になる」
暫く悩んで、アウラは多分知ってるか、と判断する。そうして、アウラは眼下に広がる凍りついた海へと降り立つ。
それに伴い、再び彼女を讃える声が響き渡る。彼女も、カイトが何故この場に来ることを望んだのか、きちんと理解しているのであった。
「凄い、ですわね」
遠く、丘の上で避難した住人達と共に、瑞樹や第二陣の生徒達が瞬達街を守る為に戦う冒険者を見ていた。周囲の住人達は冒険者達の完全勝利に、アウラを讃える声、冒険者達の活躍を褒めそやす声等、大きな歓声を上げていた。
「私達は此方で全部を目撃させていただきましたが……」
桜も瑞樹も冒険部の中でも特に指揮官としての力量が高く、戦場慣れしていない第二陣の冒険者達を纏め上げるべく街の全域に散った生徒達の指示に奔走し、更には防衛線を突破した魔物と戦闘を行っていた。
その困難さは、個々の力量は特筆すべきものではないが、数が多く後ろへ通せない瞬達や、ティナの援護に強力な魔物と戦っていたソラ達と劣るものではなかった。
「私は本来ならばああいった巨大な魔物が得意なのですが……<<血を啜る刃>>は海魔相手には使えませんものね。」
カイトから教わった<<血を啜る刃>>なのだが、由来の影響で海魔にはいまいち効き目が無かった。やはり来歴よろしく、肝心な時には役に立たないらしい。
今は一個上の<<武器技>>である<<意思を持つ刃>>を習得しようとしているのだが、まだうまく行っていなかったのだ。
<<意思を持つ刃>>を習得できれば、自動防御と自動攻撃が可能となり、かなり指揮に専念出来るようになるはず、とはカイトの言である。
「人には得手不得手がありますし……私はそもそも巨大な魔物相手は不得意ですし……」
桜は女性がメインとして使った薙刀と言うことで、名のある武器は少なかった。それ故に、彼女にも凛と同じくカイトが独自に編み出した戦法を伝授していたのである。
「桜さんのものは優麗華美でよろしいと思うのですが……」
カイトは二人には、戦場で味方を鼓舞する戦乙女的な役割を期待したのである。それ故、戦闘能力は妥当なラインに留めておき、指揮官としての性能を上げていたのだ。
「<<舞い散る刃>>や<<咲き乱れる刃>>ですか?」
<<舞い散る刃>>はその斬撃を幾重にも、無数に顕現させ、まるで刃が舞っている様に見せる技だ。応用として、一点に斬撃を重ね、強大な威力を有する斬撃を発生させることも出来た。
対して、<<咲き乱れる刃>>は地面に薙刀を突き刺し、それを起点として周囲に数多の薙刀を顕現させ、周囲の敵を串刺しにしてみせる技だ。顕現させるポイントは自由で、空中でも水中でも、どこでも可能だ。此方は応用として、一つにまとめるのではなく、一点から顕現させ、雨の如く降らせる事を可能としていた。
何方も一発程度ならば難易度は低いが、それを無数となると消費する魔力も要する技量も比例して増大する。とは言え、巨大な海魔相手には消耗が激しくなりかねず、やはり不得意としていた。
「桜の花びらが舞い踊るが如く、桜並木が如く、正に桜花道、桜さんにうってつけではありません?」
「そうでしょうか……」
桜の名を持つ技を使う桜、確かに、見栄えはする。そして、当然のことながら、カイトが開発した技である以上、実用性は高かった。
「<<咲き乱れる刃>>はどちらかと言えば、ワラキア公の様に思いますが……」
「……そ、そうです? でも、その次もあるのでしょう?」
この桜の発言については、瑞樹は否定しずらい。初めて聞いた時には、彼女も同様の印象を得たからだ。ただし、これもその次の段階に至るまでだ。
「<<此処に在らず>>。それが私が習得する技、らしいです。」
カイト曰く、2つの技に加え、幻術等を合わせた高度な技らしい。魔術を併用する桜に合せてカイトが自身の技を改良したのだ。しかし、桜は未だにどのような技なのか、理解していないし、見せてももらえていなかった。
「お互い、道は遠そうですわね」
「はい……」
そう言って姫騎士と戦乙女は、同時に揃って溜め息を吐いた。そうして、ゆっくりと戻り始める住人達と共に、彼女らもまた、護衛を行っている第二陣の生徒達を引き連れ、街へと戻っていく。
「えっと……狼、さん? 貴方も来ますの?」
歩き始めて、瑞樹が伊勢に問い掛ける。伊勢も海中や海上を走る事は出来るが、日向が最前線で戦っているのを見て、後方支援に回ることにしたらしい。相も変わらず日向よりも知恵が回る様子だった。
当たり前だが、撤退した市民達の所にも、魔物は極わずかだが攻めてきていた。その為に桜達が居るのだが、それでも極稀に、強大な魔物が追いかけてくる事があった。伊勢はそれに対処してくれていたのである。そうして、伊勢は瑞樹の問い掛けに同意する様に、市民達の護衛するように一緒に動き始める。
「あ……賢いですね」
「一体何なんでしょうか……?」
何も言う必要も無く勝手に動いてくれる伊勢に、桜と瑞樹が首を傾げる。二人は伊勢がカイトのペットである事を知らないのである。
だが実は市民達がそんなに悲壮な感が無いのは、伊勢の存在が大きかった。桜達は知らないが、彼らは伊勢という守り神の存在を知っているのだ。それ故、安全だと判断していたのである。
そうして、伊勢に守られた市民達の一団は、戦闘が終わった港町へと、再び移動を始めたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第316話『勝利の美酒』
2016年10月10日 追記
・誤字修正
『初めて』が『始めて』になっていた所を修正しました。