第312話 戦場で舞い踊る者
本年度一年お付き合い頂き、ありがとうございました。2015年最後の投稿になりますが、よろしくお願い致します。
*連絡*
流石に大晦日~元日なので明日昼頃までは感想の返信は出来ません。ご了承ください。
<<世を喰みし大蛇>>に対してアル達も参戦して、非公式ではあったが初となるカイト指揮の下、公爵家一同が戦闘を開始する。
そうしてアルはカイトの命によって、日向と共に<<世を喰みし大蛇>>の攻撃を抑えにかかる。
「大型魔導鎧全隊! こちらアルフォンス・ヴァイスリッター! 口の攻撃を抑える! クイーン!」
通信機に自分の意図を告げた上でアルがそう叫べば、日向が一つ咆えて答えた。場数で言えば、アルよりも日向の方が圧倒的に上だ。300年前からずっと公爵家を守り続けていたのだし、日向は伊勢とは異なりそれこそカイトと共に旅を続けていたのだ。アル程度が言わんとする事は理解出来ていた。
「がう!」
口から何度目かの極太の魔力放出を放とうとしていた<<世を喰みし大蛇>>の眼前に、アルが駆る氷龍が躍り出る。それと同時に、それを食い止めようとしていた日向が射線上からどいた。
「お願い!」
アルはそう言って自身が跨る氷龍の頭を叩いた。すると、氷龍はキィン、という鳴き声で応え、大きく息を吸い込む動作を行なう。
そうして、<<世を喰みし大蛇>>と氷龍は同時に、口から光条を放出する。アルの乗る氷龍から放たれた真っ白な光条は、<<世を喰みし大蛇>>の放った極太の光条に真正面から衝突し、壮絶な撃ち合いとなる。
「良し!」
即座にもたらされた結果を見て、アルが満足気に頷く。真正面から撃ち合いとなった形だが、勝敗はアルが乗る氷龍の光条の圧勝であった。太さこそ<<世を喰みし大蛇>>の光条の半分以下であったが、氷龍の放った光条は<<世を喰みし大蛇>>の光条にぶつかるや、そのまま一気にそれを消失させていく。
そして、そのまま一直線に直進するが、<<世を喰みし大蛇>>へとぶつかる瞬間、弾け飛んだ。アルの火力では<<世を喰みし大蛇>>の堅牢な障壁を突破することは出来なかったのだ。
「やっぱりまだ火力が足りないか……」
わかっていたことだが、少しだけ残念そうにアルが呟いた。問答無用にその熱量を奪うことで<<世を喰みし大蛇>>の光条を全て消失させていったのだが、今のアルではランクSの中でも厄災種一歩手前の魔物の障壁を破るだけの火力は得られていないのだ。如何にそういう魔術と言えど、限界はあったのである。
そんな何処か落ち込んだ様子のアルに対して、遠距離から砲撃を加えていたカイトが声を掛ける。
『アル、今のお前はまだルクスには遠く及んでない。技量も、経験も、魔力も、地力全てがだ。だが、その氷龍等の新たな力はルクスにさえ手に入れられなかった物だ。何時かはあいつにも比する事が出来るだろうが、今はまだ修練中の身。気に病むな』
「……ありがとう」
偉大なる祖先には、まだ遠く及んでいない。アルにもそれはわかるが、やはり、悔しいのは悔しいのである。これはアルの意外な真面目さに端を発する物だった。
本来ならば、こういった領土の危機には自分たちが率先して戦い、討伐を行わなければならない。にも関わらず、今の彼らは主達の力を借り、なんとか討伐できる程度であった。これは、主へと剣を奉じた騎士にとって、不名誉この上無かった。それをアルは気にしていたのである。
『そういったどっか真面目なとこは、ルクスに似てるな』
そんなアルにカイトがクスリ、と笑う。いつもは女誑しで口説くことを生業としているアルも、こういった騎士としての領分では一切の妥協無く、真面目一辺倒であった。そんな祖先との変な共通点に、カイトは笑ったのだ。そうして、彼は続ける。
『だが、騎士として完璧を求め過ぎると、人から離れる。お前はお前のまま、ゆっくりとやっていけ。ルクスだってルシアを取らなかったら、そのまま人から離れていただろうさ』
「そう……かな」
『ああ。オレの親友に、アルトという男が居てな。そいつは騎士道を進み続けた結果、逆にそうであるがゆえに、仲間から理解されなくなってしまったらしい。そいつみたいな失敗はするな。あれは堪えた、らしいぞ』
「……うん。有難う」
笑う様なアルの返事を聞いて、カイトは安心して頷いた。騎士は、極まってしまえば人の心を介さない機械の様な存在になってしまう。アルは女誑しだからこそ、人民に慕われるのだ。それを失えば、単なる武力と騎士道を重んじる正真正銘の化物になりかねない。それを、カイトは危惧していた。
そして、カイトはその果てを知り、痛みを負った男を知ってもいた。そうなりそうだった彼の祖先もまた、知っている。自分の友人に、その道を行かせるわけにはいかなかった。
「全く……騎士共はどいつもこいつも変に似てるな……アイギス。次の右舷3隻の攻撃が止んだ時、突撃を仕掛けるぞ」
「イエス、マスター。通信、繋ぎます」
「こちら、カイム少尉! 右舷の攻撃が一時停止すると同時に、攻撃を食らわせに入る! 援護を頼んだ!」
カイトはアイギスの返事を聞いて、魔導機の背部ユニットに火を灯す。海上の艦隊から発せられる砲撃のタイミングを見て、突撃に最適なタイミングを見極めたのである。
そうして、カイトは急場で援護に来た数体の大型魔導鎧を僚機として、共に一気に加速して、大きく<<世を喰みし大蛇>>の顔面を殴り飛ばした。その衝撃で、周囲には衝撃波が生まれ、海面が大きく揺れた。
「オラァ!」
更にもう一撃を食らわせて、カイトは更に近接戦闘を行うべく虚空に魔導機の足を降ろす。それに僚機が驚くが、既に彼らはヒット・アンド・アウェイで撤退を始めたところで、戻る事も出来なかった。
そして彼らの驚きと同時に、通信機に緊急通信が入った。それは自軍の艦隊から、だった。
『カイム少尉! 何をやっている! そこに居ては砲撃に巻き込まれるぞ!』
魔導機の通信機から、野太い怒声が響いてきた。当たり前だが、こんな状況で精密な砲撃なんぞやっている余裕は無い。となれば当然だが、数十メートルもある大型魔導鎧なぞ砲撃の邪魔にしかならないのだ。
普通は、遠距離に避難しているか、近づくにしてもタイミングを見極めてカイトの様に僚機と共にヒット・アンド・アウェイで攻撃を仕掛けるか、なのである。
ちなみにこの戦場に居る大型魔導鎧は全て、意識を奪わせる特殊な弾頭を使用した魔銃を装備している。それで昏倒した一瞬に接近して押し戻すという艦隊と非常に高度な連携を行っていたのだ。だが、それに対してカイトが答える前に、通信機に割り込みが掛かった。
『気にする必要はありません! 当該機のパイロットは凡百の腕前ではありません! 構わずに撃ちなさい! これは公爵代行クズハ・マクダウェルからの厳命です!』
割り込んだのはクズハだ。当たり前だが、この状況は遠くマクダウェルにも映像として送信されており、クズハもそれを見ていたのだ。そうして彼女は一瞬砲撃が止んだ事を見て、怒声を飛ばしたのである。
『ですが!』
『くどい! あのパイロットの技量は凡百の技量とは比べ物になりません! それとも貴方は同胞の力量を、我が言葉を疑いますか!?』
クズハから問い掛けられた言葉に、艦隊の長達が黙る。クズハからの厳命で、力量については英雄たる彼女がここまで判を押すのだ。これ以上命令に逆らう事は出来なかった。
『わかり……ました。各艦、あの大型には構うな! 遠慮無く撃ちまくってやれ!』
『それで構いません。では、討伐を続けてください』
砲撃が再開されたのを見て、クズハは頷いて通信を切断する。通信を入れた艦長や他の艦長達にしても、彼女が力説したものだから、もう何の遠慮もしない事に決めたらしい。それに、カイトは笑みを零して、アイギスに命令を下す。
「アイギス。逐一弾道予測は出さなくて良いぞ……気配で分かる」
「イエス、マスター。弾道予測は視界の邪魔になりますので、解除します」
カイトの命令を受けて、アイギスは画面上に表示されていた無数の弾道予測のラインを削除する。見なくてもわかるのに、視界を塞ぐ予想経路を出しておく必要が無かったのだ。そうして、戦場全ての者が驚くダンスが始まった。
「全てを……避けている、だと……?」
軍艦の上で魔導砲を操る誰かが、おもわず驚愕して呟いた。だが、これは全ての軍人達に共有された思いだった。てっきりクズハとのやり取りを聞いていた彼らはあの奇妙な形の大型魔導鎧には何らかの防御システムが搭載されていて、直撃しても問題が無いのだ、と思っていたのだ。
それがまさか豪雨よりも無数に降り注ぐ砲撃を<<世を喰みし大蛇>>を攻撃しながら全てを避けるとは思ってもいなかったのである。
「あの巨体で、か……? 巫山戯ている……」
大型魔導鎧を駆る軍人達が、同じく巨体を駆る者であるがゆえに、笑みを零した。あり得ない程の力量、と愕然となるのを超えて、もはや笑いしか出なかったのだ。誰の目から見ても、背後から無数に降り注ぐ弾丸を全て見切り、その上で動いているとしか思えなかったのである。まさに、エースと言える実力だった。
「だりゃあ!」
戦場の驚愕を置き去りにして、カイトは魔導機で回し蹴りを繰り出す。そうして、<<世を喰みし大蛇>>の巨体が揺れて巨大な津波が生まれる。
「カイト! やり過ぎだよ!」
生まれた津波が船団に到着する前に、アルが氷龍の息吹で凍りつかせる。しかし、すぐに復帰してきた<<世を喰みし大蛇>>によって巨大な氷が破砕され、巨大な氷塊が船団へと降り注ぐ。それを先ほどから海魔達の相手をしていたリィルが、炎となった槍で巨大な氷塊を溶かし、蒸発させる。
「<<炎嬢>>!……やり過ぎは二人共です。もう少し影響が少ないようにお願いします。船の上の兵士達が呆然としています」
『この程度でガタガタ騒ぐな……と言いたいんだが、今は昔じゃないな。もう少し抑えるか』
リィルの言葉に対して、カイトが公爵家のみに設定した通信機の先で答えた。今ので抑えているのか、と聞いていた誰もが愕然となるが、カイトにとっては今のでは挨拶代わりにもなっていなかった。
そうして更に殴り合いを演じつつカイト達はティナの到着を待ちわびていると、遂に2隻の巨大飛空艇が現れた。
「来たか……そっちは頼むぞ」
魔物の群れに襲撃されているクイーン・エメリアへと砲撃を敢行しながら近づく飛空艇に向けて、カイトが激励を送る。ただカイトが殴って終わり、というわけではないし、押し戻して終わり、でもないのだ。討伐出来て、始めて終わりなのだ。
「さて……」
くるくると回り、踊るように無数の砲撃の豪雨をよけながら、カイトは次なる一手を考える。最大の問題は、クイーン・エメリア主砲である<<女王の咆哮>>を如何にして使うか、だった。だがここで問題が一つある。射程距離等は問題が無いが、唯一の欠点はその破壊力だった。
現状では使わないといけないのは確定だが、如何せん火力が高すぎる。一日一度しか使えない代わりに、半径1キロを消し飛ばすのだ。その余波はとんでもなく、あまりに街の近場で使ってしまうと、それだけでも街に多大な被害が出てしまうのである。
「アイギス。現在地は街からどれぐらいだ?」
「イエス。現在地は港から最短距離で約15キロというところです」
「<<女王の咆哮>>の出力を考えれば、だいたい街から20キロは欲しいところだな……」
アイギスの返答を聞いて、カイトが顔を歪める。まだ、クイーン・エメリアの主砲を使える距離には無かったのだ。それに対して、アイギスが提案する。
「マスター。本機に搭載されている出力を限界で発すれば、<<世を喰みし大蛇>>程度の大きさなら持ち上げて飛ぶ事も可能ですが?」
「いや、やめておけ。それにともなってオレも本気でやる事になるだろう。機体が自壊しかねないし、魔導機の最大出力を悟られかねない。後者は特に厄介だ」
「イエス、了解しました」
確かに、魔導機の出力を考えれば<<世を喰みし大蛇>>の巨体といえども持ち上げて飛ぶ事は不可能ではない。だが、それでは折角隠蔽に色々と手を施しているのに、全てが無駄になってしまうのだ。これでは意味が無かった。
そうして少しの間考えていたカイトだが、ある一瞬にヒット・アンド・アウェイで攻撃してきた大型魔導鎧達を見て、手を考えついた。
「……アイギス。艦隊司令部に通信を繋いでくれ」
「イエス……どうぞ」
「こちらカイム少尉。クイーン・エメリア、応答を」
『こちらクイーン・エメリアのセルジア。カイム少尉。如何しましたか?』
「ああ。少々提案があるのだが、その前に聞いておきたい。現在この戦場には何体の大型魔導鎧が参戦している?」
カイトの問い掛けに対して、暫くの間オペレーターが沈黙する。受けた情報を調査しているのだ。そうして、20秒程で答えが返って来た。
『約20機程です、少尉。後10分後には更に増援で10機到着する予定です』
「そのうち、高度5000メートル程まで飛翔可能な大型魔導鎧とそのパイロットは何機いる?」
『なるほど。読めたぞ、少尉。良い手だ』
カイトの問い掛けに対して、声が割り込んできた。それは野太い声だった。
『ああ、すまない。私はカイエン・フジキドだ。詳しい挨拶は後ほどにしよう、少尉。後の指示も引き継いだ』
「申し訳ありません。よろしくお願いします」
どうやら彼はカイトの問い掛けた中にある僅かな情報から、何をしようとしているのかを悟ったらしい。それを受けて、彼は即座に指示を下し始めた。
『うむ。各オペレーターは少尉の言った高度プラス2000まで飛翔可能な魔導機を保有する部隊に通達を送れ。内容はあの海蛇を持ち上げる。飛翔可能な機体は全機今のうちに補給を行え……これで良いかね、少尉?』
『了解です』
「ご明察です、閣下」
どうやら今の海軍大将は単なるお飾りでは無い、とカイトは判断して、通信機の先で口端を歪める。冷戦状態にあるルクセリオン教国とは陸続きで海軍の出番は少ない為実力はどうか、と心配していたところだったのだが、心配は無用だったようだ。
『では、少尉も一度その場を離れて、補給に入れ。こちらで隙を創り出す必要は無いだろう?』
「了解です、閣下」
意図を理解してもらえた事だし、折角の挑発的なお言葉ももらえたのだ。なのでカイトは砲撃の雨をくぐり抜けて、<<世を喰みし大蛇>>から距離を取る事にする。そうして小休止を入れると共に、アイギスに指示を下す。
「さて……では、アイギス。奴の動きを止める為に、武器が必要になる。右腕パイルバンカーと左腕武装盾を出してくれ」
「イエス……出力を偽る事を考えれば、追加ブースターを出す必要があると考えますが? 後、盾の武装は如何しましょう?」
「……いや、そちらは上昇してからで良い。盾の武器は火炎放射器のモードをスタンで頼む」
「イエス」
最後の打ち合わせを行う二人の下で、大型魔導鎧の部隊は補給を行う仲間の援護を行い始め、艦隊はクイーン・エメリアの<<女王の咆哮>>の使用に向けて陣形を変え始めていた。そうして、戦闘は終盤へと差し掛かるのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第313話『指揮者達の戦い』
では皆様、良いお年をお迎えください。そして来年もよろしくお願い致します。