第21話 公都マクスウェル
ここで第二章『異世界転移編』が終了します。次回からは第三章『冒険者登録編』がスタートです。
馬車に揺られること約1時間、天桜学園の生徒一同はマクダウェル公爵領公都マクスウェルへと到着した。全員が馬車から降り立ったのを確認したところで
「ようこそ、僕らの街、マクスウェルへ!」
「ようこそいらっしゃいました。」
護衛として同行しているアルとリィルがそう歓迎する。学園のほぼ全員がそれに色めき立つが、カイトとティナは懐かしさで涙が出そうであった。
「ここがあのマクスウェル、か。あの村のような街が300年経てば変わるものだな……。」
かつて自分が一から手掛けたかつて村であった都市へと300年の年月を経て帰還したカイトは、感慨ひとしおであると同時に一抹の寂しさを感じていた。おそらく浦島太郎にでもなったような気分なのであろう。それほどまでにマクスウェルの様は変わっていた。
土がむき出しで舗装されていなかった道は、コンクリートやレンガで舗装されていた。また、かつては少なかった建造物は今ではところ狭しと並んでおり、かつては木造建築が主流でガラス窓などなかった建築は、今ではレンガやコンクリートで建築され、普通にガラス窓がついている。おまけに平屋が多かった建屋も、今では5階建ての建物が少なくなかった。所々にかつての面影を残す建物はあるものの、それらも内側は全くの別物となっているのだろう。都市の規模もかつてとは比べ物にならない。
同様に、行き交う人々にも変化が見られていた。かつては人間種が主流であったが、今ではすべての種族―かつては敵対していた魔族さえ含み―が所狭しと行き交っている。所々で怒鳴り声なども聞こえるが、少なくとも剣呑としたものではない。平和そのもの、であった。
「オレ達の為したことは無駄じゃなかったんだな……」
カイトは先代魔王討伐後、仲間たちとともに、各種族や貴族たちの間に根付いている差別意識や敵対心、奴隷制度などを根絶しようとした。それこそ自らをめぐり、争いが起こりかねないほどに精力的に活動した。その結果、傷心のうちに帰還したことを悔いていたカイトにとって、現在のマクスウェルは自らが目指した街であると言っても過言ではなかった。ティナはそれを知っているが故に、無言でカイトの側に寄り添うだけであった。
「すげーな!あそこにいる耳の長い女の人はエルフってやつか?他にも耳の長さは俺達と変わらないようだけど、先が尖ってるやつとか、小人?みたいなやつもいるな。お!あれは……スライム?なのか?やっぱ半透明なんだな。でもなんで人の形してるんだ?」
完全にお上りさんなソラは、周囲を見渡して地球にはいない存在を見つけては興奮している。しかし、お上りさん状態なのはソラだけでなく、多くの学園生が同じであった。
「おい、ふたりとも、あっちてみろよ!」
小声で翔―基準値を超え、冒険者として志願していた―が興奮した様子で声を掛けてきたので指差す方を見てみると、そちらには多くの男子生徒が視線を集めていた。
「うぁ!すげぇ!」
「はぁ……。」
同じく小声で応じるソラと仕方ないか、と思っているカイト。
そこにはきわどい衣装を身にまとい、地球ではトップクラスどころか世界中の女優でも存在しないであろう抜群のプロポーションを強調した美女が、背中の翼で空を飛んでいた。周囲を見れば多くの学園男性陣が同じように圧倒され口を開けている。
なお、それに気づいた女性陣によってそういった男性陣には冷たい目線が送られているが、誰も気にしてはいない。
「おそらく淫魔族ってやつなんだろうな。現魔王の一族だから普通に公都にもいるんだろう。」
そう言ってカイトが補足するが、男子生徒一同は上の空で呟いていた。
「俺、今までなんでこんなことになったんだろう、って絶望してたんだけどよ……。あんな美女が普通にいて、しかもあんな服きていても誰も注意しない世界に飛ばされた。天国は異世界にあったのか……。」
「ああ。天国は異世界にあったんだな……。他の学校の奴が知ったら、血の涙を流して悔しがるな。」
との会話を交わしている。
ちなみに、淫魔族と交わる場合、相手より魔力量を圧倒していないと物理的に干からびるが、今の彼等には言っても無駄であろう。彼等が密かに所有しているお宝でもあのクラスの美女なぞお目にかかったことはなかったが、ここでは普通にいるらしい。そう知った男性陣一同―教師を含む―は全員が今までの絶望が希望に変わっていくのを感じていた。
異世界の都市に圧倒されながら一同が待機していると、今度は女性陣が一方を注目して色めきだった。今度は男性陣がそちらを見れば、顔立ちの整った優雅な容姿のエルフの男性がこちらへ近づいてくる。どうやら絶世の美男が現れたかららしい。
「あなた方が天桜学園の生徒達ですか?」
そうエルフの男性が尋ねたため、学園生の護衛兼案内人としてついてきているアルが静止し誰何する。
「私は公爵家麾下のアルフォンス・ブラウ・ヴァイスリッターです。失礼ですが、あなたは?」
「ああ。あなたがかの高名な聖騎士ルクスの子孫にして公爵軍正規部隊最強と名高いアルフォンスさんでしたか。申し遅れました、私はキトラ・マーベルと申します。マクスウェルで冒険者ユニオンの支部長を拝命させて頂いております。」
自己紹介を行い、優雅に一礼するキトラ。その姿は冒険者、というより高貴な貴族と言う方が相応しい容姿であった。学園生と付き添いの教師陣は冒険者ユニオンと聞いて疑問符を浮かべているが、アルは疑問に思わなかったらしく警戒を解いた。
「そうでしたか。此方にいる約50名が今回公爵家がユニオンへ依頼した講習の参加者となります。申し訳ありません。代行閣下より案内が来るとは伺っておりましたが、まさか支部長自らがお越しになられるとは思いませんでした。ここからの案内はお任せしても?」
「ええ。講習自体はユニオンの職員が実施させていただくことになりますが、案内を私がさせていただこうかと……まあ、実は私がニホンから来られた方々を見たかっただけなのですけどね。」
そう言って照れたように微笑むエルフの男性に、今度は何人もの学園女性陣が魅了され、男性陣が冷めた目線を送っているが、同じように女性陣は気にしていない。アルらは公爵家へと連絡し、キトラの発言に確認を取る。
「私とバーンシュタット副隊長も同行させていただきますが、基本的にはよろしくお願いします。」
今回の護衛にはルキウスの部隊からアルとリィル率いる20名ほどの人員が護衛にいたが、マクスウェルへついた時点でアルとリィルの二人を除いて帰還し、マクスウェルにいる衛兵が護衛についていた。
「では、そちらがかのバランタイン様の子孫の……。お目にかかれて光栄です。」
「いえ、こちらも公爵領での民衆からの依頼を引き受けてくださっている冒険者たちを纏め上げているかたにお会いできて光栄です。」
そう言ってお互いに挨拶を交わした二人であった。そしてアルが今度は天桜学園の関係者へと向き直って告げる。
「では、ここから先はこのエルフの男性に案内をしていただきます。彼はこの後皆さんが講習を受ける冒険者ユニオンのマクスウェル支部長をされています。」
「はじめまして。ようこそいらっしゃいました、異世界ニホンからのお客人方。私はキトラ・マーベル。この公都マクスウェルにて冒険者達の纏め役をさせてただいております。講習はユニオンの職員が実施させていただきますが、ここから今宵の宿までのご案内をさせていただきます。」
そう言って優雅に一礼した。それに一部の学園生は挨拶を返しているが、多くの学園関係者が不思議そうにしていることを見て取ったキトラは首をかしげて問いかけた。
「どうされました?」
すると一同を代表して桜田校長がキトラに問いかけた。
「先程からアルフォンスさんもキトラさんもユニオン、と言われておりますが、我々が講習を受けるのは冒険者協会ではなかったのですか?」
そう言って質問すると、アルらエネフィア出身者は納得したように笑っていた。
「きちんと説明していなかったでしょうか。申し訳ありません。僕らには当たり前のことだったので。」
「そうでしたか。では、ここは私が説明させていただきましょう。」
そう言ってキトラが簡単に説明を行う。
「冒険者協会とユニオンは同じものです。正式には冒険者連合協会、といいますので、皆さん省略してユニオンや協会といっていますね。といっても協会には様々なものがありますので、冒険者協会を指す場合はユニオン、と呼ぶのが一般的です。詳しい説明は明日からの職員がさせていただきますね。」
他になにか疑問がありませんか、そう聞いたキトラに誰も質問しない。
「では、宿まで案内させていただきます。」
そうして、学園一同が案内された宿は、公爵家が所有する宿の一つで、皇族などが御行された際などにも使用される高級宿であった。クズハがまたも暴走し、お兄様に安宿を提供するわけにはまいりません、とわざわざ用意させたものであった。ちなみに、カイトへVIP用ルームを提供し、自分が密かに訪れるつもりであったが、どちらもフィーネによって止められた。旅館の高級感に圧倒された学園一同全員は唖然としていた。
「いいのかよ、こんな高級そうな旅館タダで。」
「ご、ご好意に甘えましょう。」
「そ、そうだな。」
「うむ!」
順にソラ、桜、カイト、ティナである。カイトも桜、ソラと同じく一般的な旅館を想像していたらしいが、どう見てもエネフィアトップクラスのホテルを用意されて顔が引き攣っている。ティナはおおよそ予想できていたらしく小声でカイトに言った。
「あのブラコン娘がお主に安宿を提供するわけがないじゃろ。」
そう言われてカイトは納得しかける自分と、クズハの行動に頭が痛くなった。学園一同が思わぬ待遇にギクシャクとしている中、キトラは案内は終わり、と優雅に一礼する。
「では、案内はこれで終わりですが、冒険者として活動していれば、またお会いすることがあるかと思います。では、皆さんご武運を。」
そう言ってキトラは一礼し、去っていった。今度は学園一同誰もそれに挨拶を返す余裕がなかったが、キトラはそれを気にしていなかった。
「もしかしたらエネフィアでも最高級の旅館なんじゃないか……?」
日本には異種族はいないので、見た目で恐怖感の与えかねない種族は場にいなかったが、美男美女によって構成された一流の従業員たちによって歓待を受けたカイトはそう思った。そして、事実そうであった。ティナ以外の面子は―数多の高級旅館へ宿泊したことがある桜さえ―圧倒されていたが、ティナだけはご満悦である。
更にこの後、エネフィアでの高級料理を堪能するも、もはや諦めの境地にいるカイト、もとより気にしていないティナ、上流階級出身として慣れている桜や一部の教師を除き、誰も満足に味を覚えていなかった。夕食をとった後、一同は各々に与えられた部屋へと向かい、そこで旅の疲れを癒やすことにしたのであった。
お読み頂き有難う御座いました。