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第311話 聖女の力

 瞬達が揚陸艇で降下する少し前。メルは海岸沿いに急ごしらえされた足場の上にて、何体目かの海魔と戦っていた。


「あー、もう! たこ焼きにでもして食べようかしら!」

「はっはー! 嬢ちゃんもうギブアップか! なら下がれよ! どうせこっからまだまだゴマンと来やがるんだ! 休める内に休んでおくのが、得策ってもんだぜ!」


 近くに居た冒険者が、メルが苛ついたのをみて笑い声を上げる。だが、この程度でいらつきはしても、気力が萎えるなどということは有りはしなかった。が、確かに疲労が無いのか、と言われれば、微妙な所だった。なのでメルの脳裏には一時撤退の文字がよぎる。

 彼が言うように30分以上経過しているのに、まだまだこれからが本番という所だ。なにせ<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>と軍が戦い続ける限り、敵の増援はひっきりなしにやってくるのだ。なので休む必要があると判断すれば、戻るのは得策だった。


「それもいいかもだけど、こんなに囲まれちゃ逃げれないでしょ! <<円閃斬(えんせんざん)>>!」


 軽口を叩く冒険者を余所に、メルは遠心力を利用して大剣を振り回し、周囲を取り囲んだ海魔達をまとめて両断する。

 だが、これで海魔達が完全に討伐出来たわけではない。海の魔物は重力に陸上程従わなくて良い為、巨体を誇る物が多い。それ故に斬撃で完全に両断出来た海魔は数少なく、倒せたのは半分程度、と言ってよかった。


「おい! ジェルのキング種だ! 魔術師共は何やってやがる!」


 何処かで冒険者の一人が大声で叫ぶ。その声にメルが声のする方を見れば、15メートル程の巨大なスライムの様な魔物が凍った海面の上へと上がってきていた。


「キング! ちぃ! 俺たちだけじゃ無理だ!」

「魔術が使えない奴は全員奴の周囲から避難しろ! あいつに物理攻撃は効かねえ! それどころか防具を溶かされるぞ!」

「魔術師達は!?」


 自分達では倒せない相手なら、仲間の力を頼るのが、冒険者の常だ。なので彼らが沿岸部の魔術師部隊を見れば、彼らは遠く沿岸部の屋根の上で上空から向かってくる飛行型の魔物の相手をしていた。

 それに、最前線で近接戦闘を行っていた冒険者達が顔を顰める。撤退しか取れる手段が無かったのだ。


「ちぃ! 一度戦線を後退させる! 全員下がれ! 下がれー!」


 冒険者の誰かが号令を上げて、それを合図に一斉に冒険者達が戦線を押し下げる。一体の魔物の出現で戦線が後退することなど、エネフィアではよくある事だ。誰もが異論を唱えず、戦線を20メートル程後退させる事になった。


「おし! 魔術師共の援護が入った! なんとかこっから押し戻すぞ!」


 そうして20メートル程後退し、近接戦闘を行なう冒険者達が飛行型の魔物の相手に加わり、魔術師達がジェルと呼ばれたスライム状の魔物に対して魔術を使用してその身を凍りつかせる。それを見て、更に冒険者達が各々の武器で凍り付いた魔物へと群がり、一気にその身を打ち砕いた。

 そうして再度反撃を試みる冒険者達だが、50メートル級の巨大な海魔達が氷上へと乗り込んできたことで若干苦戦し始める事になった。が、此方とて歴戦の冒険者揃いなのだ。それでもなんとか、戦線を10メートル程押し戻す事に成功する。


「ああ! 氷が!」


 なんとか少しだけ戦線を押し戻せた所で、最前線に居るメルから遠く30メートル程後方の街の近くで冒険者の悲鳴が上がる。その言葉にメルが振り向くと、氷に穴が空き、中から海魔達が這い出てきていた。


「何!」


 さすがにこの状況下でまさか氷に穴が開くという事態は想定していなかった冒険者達は一気に騒然となる。前線に出ていた近接メインの冒険者達は挟み打ちになった格好だった。そうして、一同は周囲を見渡して、この元凶を探しだした。


「どうやって穴を開けるなんていう知恵を!」

「あいつだ! シー・ウィザード! 海の知恵袋だ!」


 最前線の冒険者達が周囲を探っていると、後ろの魔術師が魚人の様な風貌の魔物を指さす。魚人の手には杖が握られ、服の様な布を身にまとっていた。その魔物はしてやったり、というような顔を浮かべ、冒険者達全員を苛つかせた。


「奴が来たとなると、今後は統率がとられる……厄介ったりゃありゃしないわね。これはちょっとした海魔の博覧会ね……これはちょっと拙いかしら……」


 メルが苛立ち紛れに呟いた。丁度のその時だ。上に飛空艇がいきなり姿を表した。それに、メルも他の半包囲される形になった冒険者達も上を向いた。


「何!? ステルス艦!?」

「公爵家の増援か! あのでかいのでステルス実装するとか、さすが公爵家じゃねえか!」

「小型艇が来るぞ! 全員! 増援が来るぞ!」


 そして、冒険者達の言を肯定するかのように複数の小型の飛空艇が発進する。数隻は此方に増援として、もう何隻かは後方部隊である魔術師達を更に越えて、街の方へと移動していく。


「街の避難誘導の人員も連れて来てくれてたのか! ありがてえ! おい! 街に散った腕利き達呼び戻せ! 一気に包囲網ぶち破って前線の奴らを救助するぞ!」

「誰か街の全域に声を届けて!」


 街の後方へと移動していく揚陸艇を見て、冒険者達が意図を悟り、避難の援護の為に街の各地に散った腕利き達を呼び戻す事にする。

 だが、そうして降りてきた揚陸艇の幾つかから出て来た面子を見て、思わず目を見開いた。そこに乗っていたのは、当然だが瞬達だったのだ。


「ガキども!?」

「いや、違うぞ! あっちに<<炎嬢>>のリィル、<<氷結>>のアル、<<森の子>>ティーネ! それ以外にも結構名の知られた奴が出てきてやがる!」

「いや、こっちはコフル隊長率いる警備隊の英傑達だぞ! 小僧どもだけじゃ……え?」


 コフル達の姿を見た冒険者が声を上げている最中。極太の光が降り注いで、冒険者達が苦戦していた50メートル級の海魔を一瞬で消し飛ばした。そして、それは幾度も連続される。


「は?」


 今まで苦戦していたのが嘘の様に、巨大な海魔達が光条に飲まれて消失する。それに誰もが思わず上を見上げた。


「あれは……アウローラ様か……」


 誰かが呆然と呟いた。そこには、正に天使と言った風貌と神々しさを身に纏うアウラが白い翼を広げて、浮かんでいた。そうして、アウラが杖を振り上げると、今度は冒険者達に光が降り注いだ。


「補助を掛けた。傷も治った筈」


 アウラののんびりとしていながら、何処か意思の乗った声が戦場の全域に届く。そしてその言葉に違わず、後方に退避して重症で倒れた冒険者も、前線で戦い続けていた軽傷の冒険者も全員が完治していた。それはまさに、英雄と言うに相応しい力だった。だが、彼らに訪れた奇跡は、これだけでは無かった。


「おい、なんだよこの力!」


 尚も続く海魔達の攻撃に対処せんと攻撃を繰り出した冒険者達が驚きの声を上げる。今までの数倍を遥かに超える力を発揮できたのだ。彼らとて常に身体能力を増強させる魔術は使用している。アウラはそれを遥かに超えた領域での増強を施したのだ。


「すげえ! 勝てる! 勝てるぞ! 今なら負ける気がしねえ!」

「これが英雄の力か!」


 誰もが初めて見るアウラの力に、驚愕を得て、勝利を確信する。そして、彼らは誰もがこの場の勝利は正しくアウラによってもたらされた物であることを理解したのであった。


「……これでいいかな」


 アウラは少しだけ取り繕った神々しさを取り払い、小さく呟いた。面倒だったので、全力は出していない。それでも、冒険者達には自分たちでは及ばない力を得て、アウラに対する実力面での不信感は一切無くなっている。それを見ての判断だった。

 この一件は恐らく遠くでこの一連の騒動を見ている各報道機関の者達にもわかるだろう。新型飛空艇については公爵家が全力で握りつぶすので、表沙汰にはならない。

 幾ら報道機関といえども、結局は貴族社会だ。凡百の貴族ならばまだしも、公爵であれば握りつぶす事は容易い。そうなれば、後はアウラとクイーン・エメリアの事を書くしか方法が無い。そうなればアウラの活躍を書かざるを得ず、アウラに対する批判はかなり落ち着くはずだった。カイトはこれを予想して、アウラを呼び出したのである。

 ちなみに、魔導機はよほど軍事に特化した者でもない限りは少し変わった大型の魔導鎧としか思われないので、アウラは特に話題にはならないと判断した。


「さて、カイトの所行こー」


 そう言って羽を羽ばたかせてカイトの戦っている所へと向かう直前、カイトから念話が入る。


『アウラ! 悪いがそっちにでかいの行った! 100メーター級だ! 潰してくれ!』

『や。カイトのとこ行きたい』

『いや、そんな事言ってる場合じゃねえよ! ランクAのやつだ! コフル達は冒険者達の援護もあるだろ! 頼む!』

『えー』


 カイトの懇願に対しても、アウラは不満気に頬を膨らます。そんな彼女が見えていたわけではないが簡単に想像出来た為、カイトは<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>の横っ面を殴りながらため息混じりに告げた。


『お前な……活躍してくれよ』

『おー、今お姉ちゃんちょっと大技使って50体程大きいの潰したよ? 大活躍』

『その調子で他のでかいの潰してくれ。ティナの馬鹿が飛空艇の航行システムを直すまででいい』


 アウラのVサインが目に浮かんだカイトだが、とりあえずはこの場ならば公的には彼女が防衛戦の最大戦力だ。遊ばせておく理由は無かった。そしてアウラはカイトからの再三の懇願を受けて、少し不満気だったが、それを受け入れる事にした。


『むー……じゃあ、今度のお休みでデートして』

『はぁ……ディナーにしてくれ。昼間は魅衣と買い物に出かける事になってる、らしい』


 その程度なら良いか、と思ったカイトは即断で条件を受け入れる事にした。ちなみに、カイトの予定はマクスウェルに居る限り、現状でも椿によって管理されている。それ故に、らしい、なのだった。


『おー、じゃあ、それで』


 若干やる気になったアウラは、再び空中で杖を振り上げる。それに合わせて、再び極太の光条が降り注いだ。


「うぉ! すっげえ!」


 アウラという英雄の力を初めて見る冒険部の生徒が目を見開いて興奮する。だが、それは何も彼らだけに限った話では無い。冒険者達も、そうなのだ。だからこそ、誰かが陶酔したように呟いた。


「才色兼備、正に英雄ってやつか……」


 天使の様に神々しく天から裁きの光を放ち、聖女の様に慈悲深く味方の傷を癒やしていくアウラの姿は、その本来の姿を知らぬ者からすれば正に英雄そのものであった。


「ほい」


 そんな冒険者達の陶酔とした声を受けても、アウラは何も変わらない。彼女にとって、義弟以外の声は雑音に過ぎない。辛うじて、クズハやティナの声が家族故に届くだけだ。

 なので、アウラは特に何も気にせず、杖で海魔の中でも特に巨大な魔物を指し示す。これがカイトが言っていたデカブツだった。海中に身体の大半が沈んでいる為見えているのはまだ少しだけだが、それでも20メートルはある巨大だ。これがこのまま接近すれば、如何に凍った海面とて、砕かれていくだろう。


「……はい?」


 誰もが次に起きた光景に目を疑った。アウラが杖で海魔を指し示しただけで、100メートルはあろう巨大な海魔が一瞬で両断されたのだ。更に斬撃は続いて、粉微塵に切り裂かれていく。そして最後に、まるで吸い込まれる様に残骸が何処かに消え去った。この海魔の血で更に魔物が引き寄せられるのを防ぐ為、転移術で遥か彼方に移動させたのである。


「何だ!? 今、障壁を無視したぞ!」


 冒険者の誰かが驚愕の声を上げる。巨大な海魔はその巨体に見合った出力で、かなり堅牢な防御用の障壁を総身に張り巡らせていた。アウラはそれを一切無視して簡単にその巨体だけを切り裂いたのだ。まさに、空間魔術に特化したアウラにしか出来ない攻撃方法だった。


「ほい、ほい、ほーい」


 気の抜けた声と共に、アウラが杖を指し示せば、向けられた海魔達が粉微塵に両断されていく。これらは全て、甲羅や鱗が硬く、冒険者達では対処に困る相手ばかりだった。それを10度程繰り返した後、アウラは虚空を杖でとん、と叩いた。


「……終わり。<<裁きの雨ジャッジメント・レイン>>」


 アウラが口決を唱えると、彼女の少し下に戦域のほぼ全てを覆うような巨大な魔法陣が現れる。そして、その魔法陣が光り輝いたかと思うと、無数の光条が放出され、海魔達を薙ぎ払っていく。


「おまけ。結構本気の<<次元の太刀ディメンション・スラッシュ>>」


 光条でも死なない海魔達へは、アウラが個別に魔術を使用する。<<次元の太刀ディメンション・スラッシュ>>は空間と次元を切り裂くことで、海魔達の障壁を無視して斬撃を加える魔術だったのである。

 流石に次元を超えられては、魔術的な障壁であっても対処が出来ない。やろうとすれば、次元を超えた攻撃さえも防御可能な障壁を展開しなければならないが、流石にそんな物が出来る方が少なかった。


「……何、あれ」


 そんなアウラに対して、メルが呆然と呟いた。今まで彼女はそれなりに巨大な海魔を周囲の冒険者達と共に討伐しようと苦戦していたのだが、アウラが放った光条の雨に飲まれ、海魔は跡形もなく消滅したのであった。更に彼女はつぶやきを続けた。


「アウローラ様って勇者カイトの仲間の中じゃ攻撃能力に乏しい方じゃなかったの……」


 今まで自分たちは巨大な海魔達を相手に苦戦を強いられていたのだが、アウラが少しやる気になっただけで、ほぼ全てが覆された。大小関係なく力がある魔物は、一様に彼女の魔術で粉微塵になっていた。

 これで戦闘力に乏しい、と言われるのだから、メルにはカイト達武神とさえ言われる面子はどれほどのものなのか、全く想像が出来なくなったのだ。

 ちなみに、<<次元の太刀ディメンション・スラッシュ>>はアウラが300年で更に空間系統の魔術への造詣を深めた結果なので、攻撃力だけを見れば300年前を遥かに上回るのは当たり前だった。

 まあ、それでも<<裁きの雨ジャッジメント・レイン>>は300年前から習得していた魔術なので、攻撃力が高いのは高いだろう。それでも、乏しいと言えるカイト達が可怪しいだけなのだ。


「今のうちに戦線を押し戻して」


 そんなメルを無視して、アウラの声が戦場に響く。それを受けて、呆然としていた冒険者達も復帰し、一気に戦線を押し返すどころか、一気に押し込んで凍った海の端へと戦線を押し上げた。


「大きなのは私が相手をするから」


 それを受けて、アウラが更に声を届ける。海中から出てくるそれなりに大きな海魔は全て現れた瞬間にアウラによって消滅させられる。後に残るのは、余り力もなく、大きくもない雑魚だけだ。こうなれば、戦況は一気に冒険者達に傾いた。そして、声が響いた。


「偉大なる聖女、アウローラ・フロイライン様の加護あらんことを!」


 公爵家に関わりの有るらしい冒険者がもはや趨勢の決まった戦場でアウラを讃える。アウラは攻撃をしながら、彼らでは到底及ばない補助魔術を掛け、彼らが傷を負えばすぐに癒していく。今の彼らにとって、アウラは守り神にも等しかった。なればこその称賛だった。


「加護のあらんことを!」


 それに呼応する様に冒険者達は一様にアウラを讃え、雑魚のみとなった海魔達を討伐し始める。ここに、防衛戦の趨勢は完全に決したのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第312話『戦場で舞い踊る者』

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