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第310話 先輩の背中

 魔導機が発進してすぐに、ティナはシステムの復旧を開始する。今までは魔導機の関係で防御関係をメインに動かしていたが、それも発進すれば、後は此方が反撃する番だ。その為にも、飛空艇には動いてもらわねばならなかったのである。


「……成る程。航行システムにリンクした現在位置補足システムが誤作動を起こしおったのか」


 到着後から続けていたシステムチェックの報告を受けて、ティナが納得した様にうなずいた。まず現在位置捕捉システムとは地脈や龍脈と言った各種自然界の魔力の流れから現在位置を掴むGPSにも似た技術だった。ここが、エラーを起こしていたのである。

 どうやら転移によって一度その流れから切断されたことで、現在位置が捕捉不可能となり、更に転移後に遠く数百キロも離れた場所で捕捉してしまい、連続性がつかめずエラーを出力した様だ。現在位置不明として航行は危険とシステムが判断し、安全装置が働いてしまったのだった。

 一応ティナもそうならない様にチェックを行っていたのだが、どうやら急ごしらえだった事で何処かでミスしていた様子だ。ティナはとりあえずそれは後で手直しを加える事にして、対処に取り掛かる事にした。


「しょうがないのう……一旦現在位置捕捉システムをカット。魔導炉の安定に関する物を除いて、その他システムを手動へと変更。兵装システム、航行システムを全て余の管轄に」


 返って来たモニターの様子を見て、ティナは頷く。エラー検知していた現在位置捕捉システムを切ったのだ。これによってオートパイロットは使えなくなったが、航行は可能となった。


「ティナちゃん、動けそう?」


 魅衣がモニターへ向かいキーボード状の魔道具を操っているティナへと問いかける。外に見える戦況はあまり芳しいものではなく、若干の焦りが見えた。


「もう少し待て……良し。これで動くはずじゃ」


 ティナのその言の通り、飛空艇が行動を開始する。


「なあ、おい。2隻しか攻撃してないぞ?」


 飛空艇から外を見て、ソラが問いかける。上空から攻撃をしている飛空艇はコフル達と冒険者達を乗せた物だけだった。


「半分はここで街の防衛に参加させる。余ともう1隻は海上で戦闘じゃ。要らぬ所で敵を引きつけたくは無いからのう。それに、デカブツ相手ならば街の近郊でもこの船の砲塔が使えるじゃろう。砲撃手にはきちんと専用のゴーレムを作りたかった所じゃが……まあ、致し方があるまい」


 そんなティナの言葉にソラが再度外を見れば、残る2隻の飛空艇は上空から精密射撃で50メートル級の海魔を狙撃していく。出力を抑えている為全力には程遠いが、海魔相手ならば十分な威力を有していた。


「良し。では、余らはクイーン・エメリアへと向かうぞ。その後、余は船の内部に入り、主砲の解除を行なう」

「なあ、なんでその主砲ってまだ使わないんだ?」


 考えれば、あんな1キロ以上もある巨大な魔物を一撃で葬り去れるだけの威力を持つ主砲だ。なぜ今の今まで使っていないのか、ティナが何故向かわなければならないのか疑問であった。


「そりゃ、当たり前じゃろ。あんな超高出力の魔導砲をそんじょそこらの司令官で使えては問題じゃろう。それ故、信頼のおける者にあれを使える為の鍵を預けておる」


 現代地球で言えば、クイーン・エメリアの主砲は核兵器の様な物だ。それを一艦長如きがやすやすと使えては大問題であった。なので、更にティナは解説を続けていく。


「具体的には余に比する戦略・戦術家のウィル。コヤツは政治家でもあったが故、その力の意味を最も理解しておるからじゃ。実際、あ奴の治世ではランクSの魔物や厄災種に対してしか使われておらんし、死後の事を考えて厳重に自らが課した枷を解かぬ限りは使えぬようにしたようじゃな。更には他国の使者を招き、魔物以外には使えぬ様に制限する封印を彼らも参加させて使用しておる。お陰で、対魔物戦以外では使えん武器じゃ」


 ティナが自身に比肩したウィルの手腕を褒める。彼も当然だが、この武器の危険性を良く理解していた。もしこんなオーパーツを何処かの国との戦争で使用すれば、間違いなく周囲の国から総攻撃を受ける。それ故、魔物以外に絶対に使わない、という保証をさせる必要があったのだ。


「その鍵は?」

「まあ、今も皇城の宝物庫か皇帝が所持しておるじゃろうな」

「……それ、どうするんだ?」


 ソラが首を傾げた。鍵が無ければ開かない扉を鍵なしで開けることが出来るのか、と思ったのだ。

 ちなみに、鍵を大将級とは言え一将校に預けるわけにはいかない為、いちいち鍵を持ってこないといけないのが、この唯一の難点だろう。だが破壊力が破壊力だ。それぐらいの厳重さを施しておかないといけないのも、事実だった。


「む? 当然じゃが余もカイトも鍵をもっておるぞ。そもそも余が製作者じゃし、カイトは本来の艦長じゃぞ? もっておらん方がどうかしておるではないか。ほれ……あれ?」

「ん? どうした?」


 ティナがポケットを弄り、次いで自分が物を入れている異空間を確認し始めたので、ソラが首を傾げる。が、そんなのもお構い無しに、ティナの顔には少しだけ苦笑いが浮かび始める。


「……お? お? お?」


 頬を引き攣らせながら、ティナはガサゴソと何かを探す。そして、ポム、と手を叩いて、通信機をカイトへとつないだ。


「カイト。<<女王の咆哮(クイーン・ブラスター)>>の鍵もっとらんか?」


 それを聞いた瞬間、ソラ達は全員何があったのか理解して、たたらを踏む。ティナは作戦で最も重要な鍵を忘れてきたのだった。


『は? お前もってんだろ? オレ持ってきてないぞ?』


 当たり前だが、カイトとてこんな状況は考えていなかった。必要のない物として、置いてきていたのだ。それにティナがあはは、と笑って告げた。


「それが、どうにも部屋の鍵入れの中に置いてきた様じゃ。急な事じゃったし、うっかり忘れておったわ」

『おいおい……』

「うーむ。ハッキングするしか無いかのう」

『どーせ、5年前のお前のシステムなんて今のお前にとっちゃガキの手慰みみたいなもんだろ? 鍵らしいモン出しとけよ。どうせ大将だろうと実物見たことあるわけねえんだから、適当に誤魔化しゃなんとかなるだろ』

「それもそうじゃな……では、少々どいておれ。今からクイーンの艦橋と通信を繋いで、事の次第を伝える」


 あっけらかんと代案を決定した二人にソラ達が引き攣った顔で頷いて、とりあえずモニターの前から移動した。それを受けてティナは本来の姿に戻り、通信を繋ぐ。


「此方マクダウェル公爵家所属中央実験部隊ソフィーティア・ミルディン少佐。クイーン・エメリア、応答を」

『此方クイーン・エメリア艦橋。ソフィーティア少佐、何か御用でしょうか?』

「既に通達が行っているやも知れぬが、主砲の使用をクズハ代行閣下より命ぜられておる。じゃが、使用は実に100年ぶり。その為、一度システムを診る必要があると思う。余は公爵家が有する技術資料を読んでいるのでそちらに向かうつもりじゃが、如何か」

『少々お待ち下さい』


 どうやらオペレーターだけでは判断できかねたらしく、カイエンの指示を仰ぐために少しの間時間が開く。だが、流石にこんな状況だ。許可は直ぐに下りたらしく、再度通信が開始される。


『此方クイーン・エメリア。少佐の要請を受領します。が、本艦隊は現在複数の海魔達と交戦中。街の護衛艦隊の幾つかをそちらの援護に回す必要は?』

「いや、その必要は無い。戦艦規模の飛空艇2隻でそちらに向かう。その後は主砲の準備が終わるまで、飛空艇2隻を貴艦の護衛につけよう」

『了解。各艦に通達しておきます』

「うむ。頼んだ」


 話し合いは直ぐに終わり、ティナはそれと共に飛空艇の半数を移動させ始める。そして飛空艇は道中で海魔達の攻撃を幾度か浴びつつも、数分でクイーン・エメリア上空に辿り着いた。


「良し。では後は頼むぞ。余は艦内からシステムをチェックしておく。が、出るのは待て。余が出てからじゃ」

「お、おう……じゃあ、全員、降下準備!」


 ティナの言葉を聞いて、ソラが大慌てに揚陸艇に乗り込んだ。流石に飛空艇からの援護があるといえども、周囲には無数の魔物が屯しており、更には飛空型の魔物も集まってきていた。なのでティナは先に魔術で揚陸艇を援護しながら降下し、ソラ達は揚陸艇を使用して降下するつもりである。


「ではタラップを開くぞ!」


 全員が乗り込んだ事を確認し、ティナが外から揚陸艇の発艦システムへとアクセスする。


「では、発進!」


 そう言って、ティナと揚陸艇は最も激戦となっている海上へと躍り出たのであった。




 一方、戦場に降り立った瞬は自分達よりも遥かに経験豊富な冒険者達からの教練を受けていた。


「小僧! 敵と戦う事に夢中であんまり動くな! てめえが集団の長なら、まずは周囲を見渡す事を旨としろ!」

「はい!」


 中年の域に到達した男性の大声に、瞬は二つ返事で頷いた。瞬にそう声を上げたのは、どうやらこの街を拠点としているらしいギルドの長だった。

 彼は瞬が集団の長でありながら指揮が不慣れなのを見ると、思わず声を上げてしまったのである。そして彼の怒声は更に続く。


「おい! そっちの小僧! お前さんがこいつの副官だな! 元気に走り回ってんじゃねえ! お前さんもちょっとでも仲間の危険性を減らす様に、ヒット・アンド・アウェイを心掛けろ! これは単独の戦いじゃねえんだ! 自分が活躍しようと思わず、仲間を守ってやんな!」

「っ! はいっ!」


 瞬も翔も運動部で、上下関係については誰よりも仕込まれている。それ故に、急な指摘にも素直に受け止めて、改善を図っていく。そんな二人を見て、コフルが苦笑した。


「助かったぜ。ああは言ったものの、こんな状況じゃあ、やってられるかどうか微妙だったんだよな」

「ありゃりゃ……やっぱりウチのだめ兄はダメ兄ですねー。まあ、御主人様じゃないんで、しょうがないですか」

「うっせえぇ! あんな化け物どもと一緒にすんな!」


 ユハラのダメ出しに、コフルが怒鳴る。そんな余裕な二人だが、今は兄妹ならではの息のあったコンビプレーで全長50メートルはありそうな魔物を二人だけで討伐していた。ランクA程の魔物で、流石に冒険者では手に余ると見てこちらに介入することにしたのだ。


「らよっと」

「ほいっと」


 二人は同時に着地して、そのままコフルは片手剣を、ユハラは双剣を切り上げる様に振るう。それで、海魔のぶつ切りの出来上がりだった。

 そうして振り向いて見えた光景に、思わず二人は顔を顰めた。そこには更に追加で100体程の魔物の群れが迫ってきていたのである。個々の力量としては強くは無いが、数が多かった。このままではこちらの戦線に要らぬ影響を与えかねなかった。


「うわーい、食べたい放題ですねー」

「うっわ。更に来んのか……ちっ。二人でやんぞ」

「しかたないかなー」


 公爵家の他の面々は既に各々冒険者達では手に負えない海魔達に対して各個撃破を仕掛けており、手隙なのは二人ぐらいだった。

 なので兄妹はそう決定すると、一気に海面に躍り出る。が、彼らの身体は沈まない。彼らはそのまま、海の上に立っていた。


「ユハラ! 後方から援護頼む!」

「はいはーい! じゃあ、御主人様直伝の苦無で行きます!」


 先行したコフルがユハラに援護を願い出て、ユハラはスカートから苦無を取り出す。そうして、兄妹は増援として現れた100体を相手に、無双を始めるのだった。


「あれは……良いんですか?」

「ああ、ああいうのは、良いんだ。見てみな」


 公爵家の面々やオリヴィア達のお陰でなんとか持ち直した戦場にて、瞬はそんな光景について先輩ギルドマスターに問いかける。

 すると、彼は戦場のある場所を指差して頷いた。そこには、コフル配下の公爵家の人員が単騎で巨大な魔物を屠っていた。


「公爵家のお歴々はそもそもここいらの魔物じゃあ手に負えねえ様な方々ばかりだ。単独で撃破に掛かっても、どうとでもなる。なあ、小僧。お前はゴブリンの集団を相手にするときにまで、わざわざ逐一指示を与えるか?」

「いえ……」


 最弱の魔物を相手に、瞬とて逐一指示を与える事はしない。そんな事をしている方が手間だし、危険だからだ。各員が確実に勝てる相手に対してまで指示を与えるのは、指揮官にとって負担となる。

 プロは手を抜ける所で手を抜くからこそ、プロなのだ。これは仕事をさぼる、等の意味では無く、力を抜く、という意味だ。

 全部を真面目にこなしていては、負担が大きすぎる。できれば良いのであろうが、そんな事は残念ながら、人である限り、不可能だ。それこそカイト達でも不可能だ。だからこそ、瞬も敢えて指揮する必要の無い場面では指揮を行わないのである。


「コフル隊長達はこの街が出来てから約300年。勇者様が残したこの地をずっと守り続けてんだ。この地に限った話だが、経験数は勇者様を超えてるだろうぜ。なら、もう逐一指示を受ける段階は終わっちまってる。なら、ああやって戦場全域に介入するのが正解だ。全体の被害を無くせる」


 戦場で闘いながら、自らのギルドと冒険部――彼の方が確実だ、と判断して瞬が願い出た――に指揮を下しながら、先輩ギルドマスターは瞬に指揮を教えていく。

 それを、瞬は心に刻み込んでいく。自分に足りていない物は、貪欲に吸収する。それが、彼の持ち味だった。


「だが、今のお前さんらはその指揮が必要な段階だ。小僧、お前さんや他の何人かは単純な戦闘能力、って意味なら俺を超えている。だが、根本的に経験が足りてねえ……先人の背中から多くの事を学べ。俺もこんな事気づいたのは先代からギルド受け継いでからだから言える義理はねえが……多分、それは勇者様だってそうだったろうぜ」

「……はい」


 単純な戦闘能力だけで言えば、瞬が彼を超えていたのは事実だ。それを先輩ギルドマスターはそれを素直に認めて、その上で、足りていないと指摘する。

 別に指揮官は彼の様に攻撃力に特化していなくても良いのだ。現に実力だけで言えば、遥かに上の冒険者が彼のギルドに所属していた。だが、単独の戦闘能力が高い事がそれ即ち、指揮能力が高い事にはならないのである。そうでなければ、ギルドマスターなぞ単に実力者が務めれば良いだけの話になってしまう。


「俺もギルド引き継いでから調べたんだが……勇者様にゃあヘルメス様以外にもヘクセンって隊長が居たらしい。おそらく、その背中を見てたからこそ、後に義勇軍を率いてもやってけたんだろうぜ。何も魔帝様や皇帝様だけの手柄ってわけじゃねえ。それなら、あの二人の軍隊、って伝わるはずだろうしな」

「そう……なんでしょうか」


 彼は殆ど知られていない、自分で調べなければわからない内容についてを語る。それに、瞬は少しわかったような、分からない様な声で返した。それに、先輩ギルドマスターが苦笑した。


「さてな……聞いてみたいが、勇者様がご帰還されたら、にするか、お前さんらが日本に帰ったら聞いてみてくれ」


 当たり前だが、彼はこの戦場にカイトが居る事を知らない。それ故に彼は武名を轟かせたカイトではなく、軍団の長であったカイトに対しての憧れを滲ませて瞬に告げる。

 だがもしこの場にカイトが居れば、カイトは彼の推測を認めるだろう。カイトは幾度と無くヘクセンの背中を見て、ヘルメスの解説を聞きながら、戦場を歩んだのだ。その二人の背中を見ていればこそ、彼は軍勢を率いるに至り、そしてそれを満足にやり遂げたのである。


「さて……じゃあ、小僧。お前の戦力を遊ばせておくのもあんまり良い状況じゃあねえな。お前さんは一度右翼に攻撃を仕掛けて来い。それで、また戻ってこい。今のお前さんの持ち味は遊撃。ヒット・アンド・アウェイで良い」

「はいっ!」


 先輩ギルドマスターの指示を受け、瞬は指示通りに一気に突撃していく。そうして、瞬達は更に戦いを続けるのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第311話『聖女の力』

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