第309話 第二幕の狼煙 ――火蓋は切られた――
昨夜見直している内にお話の大幅な変更を行いたくなって、名前が別になりました。ご了承ください。
4隻の飛空艇が到着してすぐに、各船に乗り込んでいた冒険部の生徒達と公爵家の面々、そして更に公爵家が選別した冒険者達は揚陸用の小型飛空艇に分乗する。
当たり前だが、カイト達のように飛空術を使える者の方が少ない。なので空中に浮遊する飛空艇から人員を降ろすには、揚陸艇が必要なのだ。
「さっさと乗り込め!」
瞬は自身が率いる部隊の面々へと声を荒らげて発破を掛けた。
「全員、乗り込んだな!」
瞬は目の前に設置されたスイッチに手を掛け、最後の状況確認を行う。スイッチはティナから聞いた話では、揚陸艇の射出ハッチの扉を開く物らしい。
最終的には揚陸艇からの遠隔操作で発進出来るようにするつもりらしいのだが、如何せんこの飛空艇は本来はまだ実戦に出せるはずも無い物だ。揚陸艇についても本来はこの飛空艇用の物では無いらしいし、かなり急場の部分が見受けられた。本当に大急ぎで準備を整えられたのがよくわかった。そうして最終確認を行っていた翔が、瞬へと声を上げた。
「後は先輩だけです!」
「良し、翔! ドアを閉じろ、出すぞ!」
「了解です!」
そう言って翔は扉の横のスイッチを押して、大急ぎで揚陸艇に乗り込んでドアを閉じる。それを確認して、瞬は発進用のスイッチを押しこみ、前部に取り付けられたのコクピットの扉を開き、操縦席に着席する。扉の開閉さえしてしまえば、後は揚陸艇で外に出るだけだ。
「操縦方法は……確かこのコンソールの筈だ!」
瞬を筆頭に彼ら冒険部でもティナの正体を知る者の中で望んだ面子は、ティナ作の飛空艇の操縦方法を学んでいる。それ故、今回も彼が操縦することになったのだ。別に翔でも良かったが、補佐をしてもらう為に操縦は彼が行う事にしたのである。そうして乗り込んで揚陸艇の最終チェックを行っていた所に、搭乗員達の確認を行っていた翔が瞬に報告する。
『先輩! 全員ベルト締めました!』
「良し。計器各部全て異常無し。出すぞ!」
瞬が内部放送を使用して、登場している生徒たちに注意を促す。そうして、彼はスイッチを押して飛翔機を起動させると、揚陸艇を発進させた。
「此方一条。揚陸艇を発進させた」
『うむ。此方でも確認した。他にも桜らの避難誘導組、アルら交戦組が出発しておる。避難誘導組の揚陸艇とぶつからんように気をつけろ』
「わかった……にしても、これは気分が良いな」
ティナの返事を聞いて飛び出した揚陸艇から見える光景に、カイトがテストパイロットを買って出る気がわかる、と瞬は笑みを浮かべて呟いた。そうして、更に彼は笑みを浮かべたまま、呟き続ける。
「まさか、自分で空飛ぶ乗り物の操縦をする日が来るなんてな……今度ユスティーナに頼んで小型艇の使い方を教えてもらうか」
カイトに頼めばそのまま飛空艇同士の模擬戦でも出来そうだ、と瞬は密かに企む。揚陸艇は誰でも使えるように、と簡単な操縦方法だったのだ。それ故、瞬達でも殆ど専門的な講習も無しに扱える物だったのだが、流石に縦横無尽に移動できる飛空艇は小型艇であってもそうはいかない。今回の一件で瞬は飛ぶことの楽しさを少しだけ見出したのである。
ちなみに、この企みにはカイトもティナも大変乗り気でのってきたらしいが、それは横においておく。
『私も思ってませんでした』
そんなつぶやきを聞いたのか、別の揚陸艇で同じく操縦席に座っている桜が通信機に割り込んでくる。それに、瞬が返した。
「そっちは天道か」
『私もいますわ』
「神宮寺もか」
どうやら避難誘導組は二人共操縦席に乗り込んだらしい。それを受け、瞬はボソリと呟いた。
「翔も乗せてやるべきだったか……」
此方は戦闘がメインだ、ということで内部の点呼等を確認させるため、翔を後ろ側の搭乗エリアに乗せたのだが、この景色を見て、そう考えた。
「凄いな、この景色は」
戦闘が近いというのに、瞬も桜も瑞樹も、目の前の大パノラマに心を奪われた。だが、それ以上に凄い物があった。
『あの大きな蛇の魔物も凄いですが……』
目の前で大きく吼える蛇を見て、桜が呟いた。距離は5キロ以上あるのに、ここからでもはっきりとその巨体が確認出来た。だが、それでは無い。もっと凄い物が空中には存在していた。
『氷龍……涼しげですわね』
「アルか……あれだけの大きさにするのに、あいつはどれだけの修練を積んだんだ……」
ふと飛空艇に目を遣れば、自分たちが乗っていた船とは別の船からアル達公爵家の面々が各々の方法で飛び立っていく。
その中でも最も目を引くのは、一匹の10メートル程の巨大な氷で出来た龍だ。これこそが、最も素晴らしいと言える物だった。超高度な魔術で編まれた巨大な氷龍。それはかつてアルが練習中だった存在の熱量を奪い去る氷龍だった。アルは必死の修練の末、ついに実戦でまともに使えるレベルにまで到達していたのである。
「リィルは……あれか」
瞬は更に周囲を見渡して、他の面々の姿を探す。真紅に統一された彼女用の武装を身に纏う姿は、少し離れた揚陸艇の操縦室からもはっきりと確認できた。
彼女らは揚陸艇と異なり降下すること無く、ただ一直線に<<世を喰みし大蛇>>目指して直進する。
「死ぬなよ、は言われるべきセリフか」
一直線に<<世を喰みし大蛇>>へと進撃する彼女らを見て、瞬が苦笑する。どのように考えても、彼女らの方が安全だった。
『……気負うなよ』
そんな所に、通信機から声が聞こえてきた。それは桜達の物でも無く、後ろの翔の物でも無い。別行動をする為、まだ出発してもいないソラ達の物でも無かった。
では、誰か。それは今回の戦いに公爵家から参戦する事になった公爵家のコフルの物だった。どうやら通信機がオンになっていた事で、つぶやきが聞かれてしまっていたらしい。
『お前らは集団で勝てる奴を相手にすりゃあ良い。戦えない様なでかいのは俺達が潰す。伊達に強すぎて政治上正規軍に配属出来ない奴ら、なんて言われちゃいねえ……それに、アウラ姉もいるからな』
「緊張……しているように見えましたか? 自分ではそんなに緊張しているとは思わなかったんですが……」
『そうやって饒舌に話しているのが、緊張の証だぞ』
コフルの指摘に、瞬がはっとなる。人は緊張している時程、要らない情報を喋ってしまうのだ。
自らでも気付いていなかった緊張の証を指摘され、瞬は少しだけ自らを叱責する。実は彼は二度の大規模集団戦での敗戦と大きな失敗を受けて、こういった大規模な戦いが彼自身も知らず、トラウマとなっていたのである。
やはり、なんだかんだ血気盛んと言ってもコフルは瞬よりも遥かに人生経験が豊富なのだ。彼はそれを見抜いていたのである。そして瞬の沈黙を受けて、コフルが安心させる様に気楽な様子で続ける。
『……まあ、俺が横で指揮を教えてやるからよ……元々は、俺も通った道だ。今は俺の背中見て動け』
コフルの声には、何処か懐かしさが滲んでいた。それはおそらく、彼もまた、英雄の背を見てここまで来たからなのだろう。その背中を思い出していたのかもしれない。そうして、そんなコフルの言葉を聞いて、瞬は先輩の言葉に甘える事にする。
「有難うございます」
『おう……じゃあ、もう落下ポイントだ。全機、オートパイロットを着陸モードに変更しろ』
「了解……オートパイロット、着陸状態へと変更。各員、出撃準備!」
目の前に迫る凍った海と、その上で戦う冒険者達を見て、瞬が自身も準備を整えながら、大きく声を上げるのであった。
丁度その頃。カイトは魔導機のコクピット内部にて、戦況と操作方法の確認を行っていた。自らの戦場に到着するまでの時間はもう殆ど無いのだ。即興であるが、未確認の部分と改変されている部分に慣れなければならなかった。
「さて……各艦と各戦域の状況を表示してくれ。出来るか?」
『イエス!』
アイギスの元気の良い返事とともに、画面上に各戦域の情報が展開し、詳細が表示されていく。大型魔導鎧では出来ぬ広域情報の提示を受けて、カイトは戦況の大凡の予想を付けた。
「成る程……この赤の点が敵でいいな?」
カイトはアイギスに対して、試験では見れていなかった友軍に対しての情報を問いかける。流石に魔導機の試験では動作確認だけだったのだ。友軍機等についての情報については見ていなかった。
ちなみに、街の近く、海の上を中心に、赤い点が60程点在していた。それに対して、青い点と緑の点が数百単位で群がっており、両者が戦闘を行っている事が良く理解出来た。
『イエス! 青い点が冒険部と公爵家関係者、ネームドがマスター関係者です! 緑色の点が友好勢力です!』
「元気だな……」
どうやら正解だったらしく、更にアイギスがカイトに対して情報を教えていく。そんな元気いっぱいで答えるアイギスに、カイトが苦笑した。が、この理由は意外ととんでもない物だった。
『イエス! これでも生まれてから数千年! 漸く話せるようになったんで!』
「ティナ以上に年取ってた!」
見た目が子供状態のティナに似ている上、色が変わったのが数ヶ月前の事であったので、カイトはてっきり生まれたばかりだと思っていたのである。まさかの暴露に思わず声を上げた。と、それと同時にこの疑問を彼女にぶつけてみる事にする。
「でも数ヶ月前だろ? 色変わったの」
『あ、あれはただ単に意思を表に出せるようになっただけなんで。実際にはもっと前から意思をもってました』
ホログラフのアイギスは手をパタパタと振りながら、カイトの認識が間違いであることを示す。尚、これは後の調べで分かったことなのだが、アイギスの宿る魔石は出来てから数万年の時が経ており、エネフィアでも最古の魔石の一つであったらしい。だが、そんな事を知る由もないカイトは、アイギスの返答に顔を顰める。
「げ、これから安易に魔石使い潰せないな……」
どんな魔石にでも意思が宿る可能性があるのなら、それを使い潰すことはすなわち命を浪費していることに他ならない。魔石に意思が宿る事を知った以上、それは為政者として倫理観にいささか問題の有る行動であった。が、そんなカイトに対して、アイギスの方が冷徹に言い放つ。
『あ、大丈夫ですよ。私みたいな意思を宿す子は滅多に無い筈ですから』
アイギスはカイトの考えを否定する。そもそも、ティナでさえ最高級品に時折有る現象と考えていたのだ。ならば、最高級の魔石の中でも更に限定されるのだろう。そして彼女は更にカイトが居ない間にティナと行っていた討論で出た推測を開示した。
『後はマザーと話して結論を出したのですが、多分あの娘の中に居る方だけですね。あ、マザーはティナ様のことです。私が意思を発露出来るようになったことには彼女の力が最も影響していますので。そこにマスターという起爆剤が加わり、意思を表に出せるまでの力を有した、とお考えになれば……』
成る程、とカイトは納得する。カイトが頷いたのを見て、アイギスは画面の一部にクイーン・エメリアを映し出す。これが先程彼女が言っていた『あの娘』である。そしてアイギスはその推測の理由を語った。
『マスターを筆頭に、ウィルさん等の英傑たち、皇国でも有数の力量の持ち主たちが長年乗艦し、操船した船のコントロールユニットであれば意思を宿している可能性は十分にあります。それ以外ですと、色が変わった魔石でも意思を宿している可能性がある程度。実際に人としての意思が宿っているかさえ定かではありません。為政者である以上、その極微小な可能性は切り捨ててください』
冷酷に自らの同胞が出現する可能性を極微小と判断し、アイギスはカイトに為政者としての決断を求める。ココらへんは、もしかしたら魔石という無機物に宿った意思だからこその、冷徹さなのかも知れなかった。そんな彼女にまさか魔石から諭される日が来るとは、とカイトが苦笑し、同意した。
「そうか……なら、そうしよう。さて、全員来たかな?」
アイギスの意見に了承を示したカイトは一度飛翔機での移動を止めて周囲の状況を確認する。最後の突撃を敢行する前に丁度アル達が出て来たのが見えたので、一度立ち止まって歩調を合わせようと思ったのである。すると、そこにアル達が直ぐに並んだ。
『アル! 氷龍は使えるな!』
『カイト! うん、十分に行けるよ!』
カイトの問い掛けに答えたアルに応じるかのように、氷龍はキィンと鳴く。それは夏の午後にも関わらず凍えるような澄み切った音だった。そうしてカイトは一度自らが指揮を取れる全軍に指示を送る。
『良し! リィル、ティーネ達はエルロード達本隊が来るまで船に乗り込もうとする輩を上から叩け! アル! お前は日向と協力して<<世を喰みし大蛇>>の魔力放出をキャンセルしてやれ! 日向、こいつらは仲間だ! 火を吐こうとしなくていいからな!』
いきなり現れた氷の龍に、日向が警戒して口の端から火が漏れでていた。そんな日向を宥め、カイトは前を向いて<<世を喰みし大蛇>>を睨んだ。
『一葉、二葉、三葉、聞こえるな?』
『はい、マスター』
カイトが通信機を使用し、自分を補佐する三人娘へと問いかける。彼女らも、この戦場に参戦していたのである。
そしてカイトの命令を受けて、魔導殻を身に纏った彼女らがカイトの少し上に滞空した。
『恐らくこっからの戦いでかなり多くの血を流す。それに引き寄せられて結構な数の海魔が来るはずだ。全て討伐しろ』
三人娘に対してカイトが命を下す。現状でもかなりの血が流れているが、これから先は自らやアル達も加わるのだ。ならより一層の血が流れる事は目に見えていた。
となれば、より多くの魔物が引き寄せられてくるのだ。魔導殻の存在をあまりおおっぴらにしたくなかった事もあって、彼女らにはそちらの対処をさせるつもりだったのである。そしてそれを受けて、三葉が嬉しそうな声を上げた。
『マスター! 全てってことは、やっていいですか!』
何がしたいのか、わかりきった事であった。この状況における任務は即ち、掃討戦だ。それは三葉が最も得意とする分野であった。となれば、主公認で撃ちたい放題出来る可能性があったのだった。そして、カイトの望みはまさに、それだった。なので、カイトは許可を下す。
『全武装の使用を許可する。存分にぶちかませ……ただし、味方には当てるなよ?』
『はーい! やった! 全武装使える!』
喜色満面に三葉はティナから与えられた武装を全て顕現させる。どれだけ使って良いのか判断出来なかったので、基礎となる魔導殻だけだったのだ。
そうして新しく全ての重火器型魔銃を展開して正に動く武器庫と化した三葉の魔導殻は、一回り巨大化する。そんな無骨な様子を見た三葉が顔に無邪気で嗜虐的な笑みを浮かべたのを見て、二葉がため息混じりに口を開いた。
『さー、って。ふふっ、的が一杯だー。どれから狙おっかなー』
『あんまりはしゃぎすぎて、ガス欠なんない様にしなさい?』
三人共自らの魔力だけで魔導殻に使用されている兵装を使用している。カイトからの魔力の供給は望めばされるが、出来る限りはしない様に心がけていた。主の補佐をすべく生み出された彼女らにとって、主の力を借り受けるのは本末転倒だったのだ。そしてそんな末妹に頭を痛めていたのは彼女だけではなかった。
『はぁ……最悪は私が引っ張り上げます』
はしゃぐ三葉を前に、姉二人が頭を痛める。尚、二葉は一葉が何処かで大ポカしないかどうかも心配なのだが、流石にここではそんな事を言い出す事は無かった。なので代わりに、別の提案をカイトに行う。
『マスター、私はクイーン・エメリアを中心として援護攻撃を仕掛けましょうか?』
全員空を飛んでいる以上、本来は護衛が必要な一葉には海魔達からの攻撃の心配は少なく、また今集まっている海魔程度では有効打となりえないので、援護が不要と判断したのだ。そうしてカイトは暫く戦況を鑑みて、結論を下した。
『……頼んだ。ただし、護衛には何本かの援護用兵器を展開しておけ。今来ている飛空型の魔物はそこまで高度が出せる奴ではないが、万が一現れれば、即座に一葉の援護に入れ』
『わかりました。姉さん……あんまり降下しないでね』
二葉は姉にそう告げると、自身の魔導殻に搭載されている剣型の飛翔物を10枚程一葉の周囲に展開する。これは先端が尖っており、そのまま突撃して敵を切り裂く様になっていたのである。
『わかってます。貴方こそ、余り海面に近づきすぎて落ちない様に』
周囲を剣によって守られた一葉は、魔導殻の照準補助を使用して更に迫り来る魔物の軍勢に狙いを定める。武装は狙撃銃だ。空中から高威力の攻撃で一体一体確実に仕留めるつもりである。
『では、各員、戦闘を開始せよ!』
『了解!』
『御命令のままに』
「ぎゃお!」
カイトの号令に、全員が声を揃えて返事する。それを受けて、カイトは再び飛翔機の出力を最大にして、一気に突撃を開始するのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第310話『先輩の背中』
今日からは21時の投稿が無いので、ご注意ください。