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第307話 女王達

 既に通知していますが、今夜はソートを行いません。明日の深夜に行う予定です。

 <<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>が現れてすぐ。ポートランド・エメリアにある軍港の一つにあるクイーン・エメリアの艦橋も慌ただしく動いていた。


「陛下はなんと?」

「現在、各部門との調整中ですが、陛下の言では出港準備をしておけ、とのことです」


 その言葉を聞いた艦長は、身が引き締まる思いを感じた。だが、彼はそれを恥じることは無い。なにせ少しでも視線を船員達に遣れば、他の面々の顔にも似たような緊張があったからだ。


「最も名誉在る閑職……それも今日までか」


 クイーン・エメリアの艦長とは、皇国の存亡に関わる海戦に置いては皇国全艦隊総旗艦としての役割がある。しかし、最近は飛空艇団の出現や大規模な海戦が無かった為、殆どお飾りであった。

 とは言え、万が一、という可能性もあるので、単なる名誉職には出来ない。今回の様な万が一が起きた時に単なるお飾りの名誉職では、皇国の沽券に関わるからだ。それ故、この地位は権力闘争に敗れた有能な指揮官がなる事が通例だった。だからこそ、影で言われる仇名が『最も名誉ある閑職』なのである。

 皇国の海軍艦隊の筆頭を務められるという有能さを示す物であるが、同時に、権力闘争に敗れた敗者を指す言葉であった。そして、今の彼、艦長カイエン・フジキドもまた、そんな栄光ある敗者の一人だった。


「権力闘争に興味を示さず、ここでの訓練生達の鍛錬で一生を終えるのも良いか、と思っていたが……まさか最後の最後にこのような栄誉が回ってくるとは。人生、何が起こるかわからんな」


 カイエンは既に白髪混じりどころか、白髪が大半の頭に乗せた帽子の位置を調整する。これから来るであろう連絡の人物を相手に、敗者としての姿を見せる事は軍人として以前に、皇国国民として恥だった。彼の下に集った最良の軍人である、という事を見せねばならないのだ。

 なお、クイーン・エメリアはすでに建造されてから300年。今では旗艦となる役目を持ちながら船の戦艦としての役目は殆ど無く、もっぱら他の戦艦に配置される人員のための訓練艦と化していた。だから、訓練生達の訓練艦となっていたのである。

 だが、その設備や戦闘力は未だに第一線で活躍する戦艦のそれを遥かに上回る。このような場では、最大戦力といって然るべきであった。そうして、カイエンは自らの全ての用意を整えて、口を開いた。


「訓練生達の避難は?」

「すでに完了してます。訓練生は全員街の避難誘導や時間稼ぎに回しました」


 カイエンは一応念のために艦橋に設置しているマイクを使い、艦内各所に通達して訓練中の軍人の避難状況を確認させる。そうして返って来た答えは、まさしく全て完了した、という事だった。

 今船の中に居るのは彼と同じく有能だが、様々な理由があってここに回されて来た者達ばかりで構成された船員達だけだ。それに、全ての船員達が気合を入れる。もはや、邪魔者(訓練生)達は居ないのだ。なら、好き放題出来た。


「……皇帝陛下より入電! メインモニター、繋ぎます!」


 オペレーターの女性軍人の声を聞いてその場の全員が姿勢を正し、頭を垂れた。そうして、少しして艦橋に備え付けられたモニターが映る。


『良い、顔を上げろ』


 モニターに映ったのは、40代程の整った顔の男性だ。身体は筋肉質でゴツく、髪は金色で長く、獅子の鬣の様だった。まさしく、百獣の王。現皇帝レオンハルト・エンテシアその人であった。そしてカイエンは、皇帝の命令を受けて、顔を上げる。


「はっ」

『余の庭を荒らす海蛇が居る、と聞いた。相違無いか?』


 皇帝の顔を見たカイエンはよどみなく、皇帝の問いかけに答える。海蛇。普通はそう言える相手では無いが、皇帝レオンハルトも武張っているのだ。ならば、この蔑んだ言い方は至極当然の物だったし、はみ出し者であるカイエン達にとっても好感の持てる言い方だった。


「御意に。陛下の臣マクダウェル公の領海にて、<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>の出現が確認されました」

『そうか……ならば貴官に問う。貴官の役割は何だ?』

「はっ。陛下の庭を荒らす愚物を払う事にございます」


 カイエンは問い掛けに答えながら思う。どうやら自分の推測は正しかった、という事を。ここで今日を以って、閑職は終わる。それに、皇帝の前だというのに、血の滾りを感じた。そしてそれを認める様に、否、真実それを認める為に、皇帝はしっかりと頷いた。


『そうだ。ならば、その役割を果たせ。全ての指揮権限を貴官に一任する。好きにせよ』

「……御意。公爵家などからの要請があった場合は如何致しましょうか?」


 元々推測していた事ではあったが、それでもカイエンの返答には思わず一瞬だけ返答が遅れる程万感の思いがこもっていた。

 それを、皇帝レオンハルトは把握していた。そもそもこの地位に着ける事を良しとしたのは、他ならぬ彼だ。そして彼は皇帝でありながら武人として、アルを遥かに超えて皇国最強になった男だ。だからこそ、その同じく武人としての心情を理解したのである。


『協力であれば、好きにさせよ。あちらのほうがその船については熟知している。』


 この命には実は一つの考えがあった。もし、カイトが彼の想像通りに動いているのであれば、当然クイーン・エメリアの設計者であるティナも居る。そうなれば、船の実力を十全に引き出せるのだ。邪魔をさせる道理は無かった。

 とは言え、こんな推測を知るのは皇帝レオンハルトだけだ。なので、カイエンはそんな事を知る由もなく、只命令として頷いた。


「御意に」

『うむ。では、任を開始せよ』

「はっ! 海蛇如きが陛下の庭を荒らした事を後悔させて見せましょう!」


 カイエンの獰猛な返答を聞いて皇帝は頷き、通信を終了させる。そしてカイエンは皇帝の映像が消えた後、思わず深い溜め息を吐いた。彼でさえ、すこしばかり緊張していたのである。


「……まさか、皇帝陛下直々にお言葉をいただけるとは……」


 ありとあらゆる軍の高官達でさえ、皇帝直々に命を受けることは滅多に無い。それこそ、非常時には艦隊総司令となる彼や、海軍全軍の総指揮を行う海軍元帥や将軍クラスだけだろう。だからこそ、彼は声を張り上げる。


「総員、今の言葉を忘れるな! ここは陛下の庭だ! それを荒らす海蛇如きに遅れを取るな!」


 年甲斐もない、とカイエンは思う。血の滾りを抑え切れなかったのだ。それこそ20代中頃の、まだ戦場に慣れた頃の血の滾りを、だ。だが、カイエンはその久しく忘れていた血の滾りを受け入れる。

 そして、それは今の通信を艦内放送で聞いていた、この船の全員が同じであった。いくら権力欲がなかろうと、いくら問題児達と言われようと、彼らもまた、護国を誇りとする皇国軍人なのだ。尊敬する相手から直々に命じられて、血が滾らない筈はなかった。


「はっ!」


 立っている者が鳴らしたザッ、という靴の音が船全体を揺らす。そうして、海の女王が抜錨したのだった。




「おいおい、クイーンまで出て来んのかい」


 準備はさせている、とは聞いていたが、まさか実際に出てくるとは思っていなかったエリーヌが何度目かの驚きの声を上げる。そうして彼女は全員に海の女王の抜錨を伝える。

 あれは船そのものが小さな要塞だ。砲撃の威力は自分の指揮する艦隊とは比べ物にならない為、射線に注意を促しておこうと思ったのだ。


「野郎ども! クイーンの砲撃の余波に巻き込まれんじゃないよ!」

『姉御! どっちのクイーンですか!?』


 部下の龍族の言葉に、エリーヌが目を見開く。公爵領において、クイーンの名が与えられたのは2つある。一つがポートランド・エメリアで訓練生達の調練を行っている、クイーン・エメリア。通称『海の女王』だ。もう一つは、公爵立魔導学園に居る、通称『空の女王』だった。

 そしてどっちの、と聞くということは、もう一体もここにいる、ということに他ならなかった。


「何!?」


 部下の言葉で、エリーヌは上を見上げる。そこには一体の蒼い天竜がとんでもない速さで近づいてきていた。それは音速を遥かに超え、米粒の大きさから一瞬毎に大きくなっていく。


「学園のクイーン……」


 エリーヌも、かつては公爵立魔導学園の生徒であった。それ故に、もう一体のクイーンを知っている。公爵家の危機には勝手に出てきて、いつしか空の女王と呼ばれるようになった、カイトの愛竜の事を。いや、それは知らない方が可怪しいぐらいの知名度だった。


「ヒュウガ……やっぱこんだけの危険になると、出てくるねえ」

「あそこまで大きくなったのですね……なんともまあ、相変わらずカイトの愛竜らしいぶっ飛びぷりで」


 エリーヌのつぶやきに応じるように、近くで戦闘を行っていたディもまた、つぶやいた。普通、天竜といえども全長100メートルを超えることは無い。だが、日向はそれを遥かに上回っていたのだ。

 そんな日向は音速をも超える速度で近づいて、カイトへ向けて再び魔力の光条を放出させようとしていた<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>の胴体に、その巨体を叩きつける。

 そうして、巨体同士のぶつかりで轟音が生まれて、<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>の巨体はただそれだけで、数百メートルも吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされていく最中に、<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>は、上に向けて魔力を放出した。


「キシャァアア!」

「ギャオオオオ!」


 <<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>は攻撃を邪魔をした日向に咆え、日向はそれに対抗するように主に攻撃しようとした<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>へと吼える。2つの咆哮はビリビリと周囲を大きく震わせた。


「どうどう……おい、日向。待て、だ」

「ぐる」


 船の上の兵士達が魔力の乗った咆哮に身を竦める中、カイトは今にも飛びかかろうとする日向を右手で宥めながら、平然としていた。

 そうして100メートルを超える巨大な天竜であった日向はカイトに頭を撫でられると、一気に3メートル程の姿に縮む。そして更にカイトに犬の様に頭を擦り寄せ、気持ちよさ気に撫でられていた。


「さて、わかっているな、日向。あいつは血を流すと面倒だ。なるべく、血を流させんな。ああ、当然だが、お前の身体が優先だ」

「がう」


 普通、魔物である天竜との間には意思が通じるはずは無いのだが、何故かカイトと日向の間には意思が通じ合っていた。なのでカイトの命令に日向は二つ返事で答えて、嬉しそうに了承を示した。


「後はティナが来るのを待つだけだが……」


 カイトは時計を見て、援軍を要請してから既に30分と気づく。どれだけ速い飛空艇で移動したところで、公爵邸から60分は掛かる。そこから準備の時間を考慮し、後1時間程到着に掛かると考えた。


「……その間はオレたちでこいつを抑えるぞ」

「がう!」

「良し! いい子だ。高々でかいだけの海蛇だ……存分に痛めつけてやれ!」


 そう言って、日向に命令を下してカイトが一気に飛翔しようとして、艦隊から声が掛けられた。


『そこの少年! 魔力はもう空っぽだろう! 一度此方に降りてこい!』


 艦隊のスピーカーを通して、副長の声がカイトに届く。この魔導鎧の原型はアル程度の実力でも<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>を張っ倒せるようになるとんでもない出力を持つが、それ故に、魔力の消費量もとんでもないのだ。

 例えるならアルであれば、1時間もすれば疲労困憊で倒れ、更に10分使い続ければ生命が危ないぐらいの消費量なのである。こんなのを平然と使えるのは、カイトやアルの祖先であるルクス達ぐらいなのであった。


『その魔導鎧の原型は消費が激しいはずだ! 此方で補給物資を用意した! 辛くなったのなら、女王に任せて一度降りて来い! それだけしか出来ずにすまないが、それでもうしばらく耐えてくれ!』


 どうやら彼らもカイトが魔導鎧の原型を使用している事は理解していたらしい。と言うより、彼らがこんな超至近距離にまで移動してきたのは<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>に対して有効打を与えると同時に、カイトとの連携を取る為にだったのだ。


「日向、少し頼んだ!」

「がう!」


 使えるのはアルで1時間だ。カイトであれば一日でも余裕だが、それは流石に怪しまれる。日向の実力はカイトも信用しているので、ここらで自らの実力の隠蔽の為に有り難くその補給物資を使わせてもらうことにした。そうしてカイトは飛翔機を使い、誘導灯の点いた船に着地する。


「おい、こぞ……って、こないだのか!」

「ん?……ああ、って今はそんなことはどうでも良いだろ! 補給物資は!?」

「っと、すまねえ! おい、早くアンプルケース持って来い!」


 そうして着地した所に居たのは、何の因果かこの間酒場で乱闘未遂になった軍人だった。彼は小型の魔物相手に無双していた所に着地したカイトに気付いたのだが、更にカイトから飛んだ怒号に気を取り直して指示を送る。

 そしてその指示を受けて、用意されていた少し小型の金属製の箱の様な物が取り付けられたベルトが持ってこられた。この箱が、彼らの言うアンプルケースだ。中身に回復薬等の傷薬が入っているのであった。


「おらよ! こいつが予備のアンプルケースだ! 中身は上等な回復薬の小瓶だ! 魔力回復にゃ少し時間がかかるから、早めに飲めよ! ついでにこいつは俺の予備だ! 飛ぶ前に飲んどけ!」

「すまん、助かった!」


 更に彼は自らの腰のアンプルケースから自らの回復薬をカイトに差し出すと、蓋を開けてそれをカイトに手渡す。カイトはそれを一気に飲み干すと、小瓶を投げ捨てて再び飛翔機を点火する。


「軍用アンプルケースにゃ、残量を司令部と使用者に報せる機能がある! そいつは残り1になった時点でアラームがなるように設定してる! こっちでまた誘導灯出してやるから、その船に降りろ!」

「ああ!」

「じゃあ、頼むぜ!」

「……死ぬなよ」

「あんたらもな」

「無事終わったら酒でもおごってやる!」


 無数に飛んで来る激励の声を背に、カイトも久しく無かった血の滾りを感じる。そしてカイトは再び飛翔機を全開にして、音速を超えた速度で<<世を喰みし大蛇(ヨルムンガルド)>>の顔面に一撃を食らわせたのだった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第308話『巨大な戦い』

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