第300話 骸骨剣士 ――開戦――
ポートランド・エメリアで迷宮への立ち入り許可を貰った翌日。ホテルでしっかりと英気を養うと、カイトとメルは早速迷宮の攻略に取り掛かっていた。そうして4時間程攻略を薦めた所で、二人は立ち止まる事になった。
「……でかい穴だな、おい……」
カイトは目の前に広がる大きな穴を見て、思わず呟いた。幅は大凡100メートル、穴というより、谷と言ってもいいような大穴であった。迂回ルートは無く、壁まできっちり崩落している。
「どうやって行こうかしら……」
同じくメルが目の前の大穴をみて、どうやって向こう側に渡ろうかと頭をひねる。
「あんた、飛んでいけないの?」
「浮遊禁止みたいだな」
カイトが飛空術を発動しようとして、魔術の発動がキャンセルされる。迷宮に有るトラップの一つ、特定魔術の使用禁止の効力であった。まあ良くある事なので、メルはそれに思わずに舌打ちする。
「ちっ、使えないわね……下まで降りて、登ってくるしか無いのかしら……」
市場で購入した迷宮内部の地図を見ながら、メルが呟く。地図によれば、この迷宮を攻略した多くの冒険者が、一度下に降りて対岸で昇る、という方法を取ってきたらしい。まあ、そう言ってもカイトでなければ、のお話だったのだが。
ちなみに、地図があるのは内部構造が変化しないタイプの迷宮だったからこそで、普通は存在していない。なお、かなりの値段だったが、時間効率と正確性を期すれば、買うのは普通だった。
「こいつ使うか」
どうするか悩んでとりあえず深度を測り始めたメルに対して、カイトは懐から持ち込んだフックショットを取り出す。それを見て、メルは首を傾げた。
当たり前であるが、エネフィアでは銃は存在していても高級品だし、冒険者でこれを愛用する者は少ない。移動用のフックショットとなると、最早存在さえしていなかった。メルが知らないのも無理は無かった。
「銃? 何するつもり?」
「距離計測……105.6メートル。風速無し、標的材質は……雲母に柘榴石、ボーキサイト? 何故こんなのが……一応、普通の岩か? こんなもんわざわざパーセンテージで表示すんな」
取り敢えず内蔵されている魔道具を使い、向こう岸の材質を確認していくカイト。雲母はまだ良いとしても、その他の岩の名前など表示されてもわからなかった。なのでカイトはとりあえず後で改良を加えてもらう事にして、弾着予想を示すポインターを移動させつつ他の材質を読み取っていく。
「ねえ、だから、何してるの? それって銃よね?」
「……ん? ああ、向こう岸に渡るアイテムでな。使えるかどうか調べてた。なんとか行けそうだ。」
「ホント! 銃って意外に役に立つじゃない!」
石を下に落として、音の反射でどれ位の深さがあるか測っていたメルは、その深さに頭を痛めたのだが、カイトの言に大喜びであった。
尚、音が返ってくるまでにおよそ118秒程掛かっていたので、深さは1キロ程度というところだろう。場合によってはそれ以上に深い可能性も無くはない。これを一度下りて再度登るとなると、かなりの重労働で有るのは確実であった。
「取り敢えず、オレにしがみつけ」
「うん」
カイトの言葉を受けて、メルはカイトに抱きつく。それに合せて、カイトの方でもしっかりとメルを抱きとめた。
「変なとこさわんないでよ」
「だから、いい加減にオレをセクハラしまくり、口説きまくりの女誑しと思うのヤメロ」
「や」
多分に照れ隠しが混じっているのだろう。メルは少し顔を赤らめながらそっぽを向いた。それにカイトは苦笑しつつも可愛らしく思うだけに留めた。
「とりあえず、しっかりと掴まってろ。移動速度は結構出るはずだぞ」
「うん」
カイトがフックショットを使おうとしたのを見たメルは、カイトに力を入れて抱きついた。それを確認したカイトは、フックショットのトリガーを引き、穴の向こう側へと移動する。魔術の品であるお陰で鎖等は無く、道中で重力に従って落下する事は無いお陰で一直線に二人は移動する。ちなみに、速度はカイトが設定で抑えた為、それほどでは無かった。
「便利な道具も有るものね。何処で買ったの?」
向こう岸について、カイトから離れたメルが感心してカイトに尋ねる。値段によっては買ってもいいかも、と思ったのだ。魔術も使わずに移動出来るこの便利さは、メルも銃を見直す結果になったのである。が、これにカイトは苦笑するしかなかった。
「ハンドメイドだ。お前が初日に言い合った奴が作った」
「あの娘が?」
ティナを思い出したらしいメルが、意外そうに目を見開く。どう見ても若い女の子だったのだが、意外と高性能な物を作れていた事に思わず驚愕したのだ。
「ああ見えても、かなりの技術者でな。オレが使ってるコンロなんかも作った」
「人って見かけによらないわね」
「ま、そういうこった」
メルのティナの評価を改める言葉を聞いて、カイトは前を向いて先へ進む道を探し始める。周囲には通れそうな穴が幾つかあった。それを見て、メルは一人ぼそりと呟いた。
「まあ、魔女族みたいだから、あながち不思議じゃないのかもね」
実はメルはティナが魔女だと気付いていた。だがこれを指摘すれば、下手をすれば彼女自身の実家を突き止められかねないと思い指摘しなかったのだ。自分の身の上を隠している以上、藪蛇になるのはメルもごめんだった。
「ん? どうした? つーか、マップ見てさっさとどっち進むか教えてくれ」
「あ、ごめん。えーと……こっちよ」
そんな思考を巡らせていたからか、地図を見ながら一向に先行きを示してくれないメルにカイトが疑問を持ったらしい。それにメルは謝罪して、再び先導を始めたのだった。
大穴を抜けてから5時間程、二人は罠を潜り抜け魔物の襲撃を何度も退け、遂に最深部へと辿り着いていた。そうして二人は最深部のボス部屋に入る直前に、一時間程小休止を入れる事にした。疲れた身体でボスと戦って怪我をしては元も子もないのだ。
「はぁ……助かった。そろそろ袋の容量が限界を超えそうな所だったんだよな」
「あんた……ちょっと強欲過ぎない? と言うか、ドロップ良すぎない?」
「ごっそーさん」
メルの言葉に、カイトはにこやかな笑いながら腰に付けた小袋を確認する。その中には今日の戦利品が入っていた。当たり前だが、その小袋にしても入れられる容量は有限で、もうそろそろ限界に到達しそうだ、とカイトは少しだけ危惧していたのであった。
なお、今回の攻略でのドロップ品を換算すれば大凡ミスリル銀貨50枚程と、十分な戦果を上げられていた。幾許かの自分の取り分を取ったとしても、冒険部の財政に大きな影響が出るぐらいだったので、冒険部の長としてはホクホク笑顔だったのである。
「ま、こういうのは運要素が絡みまくるからな。今回は運が良かった、ということで」
「なんか使ってない……?」
カイトのあまりに良すぎる幸運に、メルが半眼で訝しむ。実は迷宮ではドロップ率やアイテムのランクを上げる様なアイテムが存在しており、メルはカイトが密かに使っているのではないか、と訝しんだのだ。
「んな全冒険者垂涎の的な高級品、持ってるわけないだろ? 偶然だ偶然。アイテムテーブルが良かったんじゃね?」
「アイテムテーブルって、なにそれ?」
「気にすんな気にすんな」
実はカイトの持つ<<祝福の指輪>>の効力にそれが入っているのだが、流石にそんな事を言うわけにもいかない。なので笑って偶然、とメルを適当にはぐらかす事にする。まあ、何よりも戦果が良かった事も大きい。それから一時間ほど茶化し合いながらも回復薬等の残量を確認しつつ、二人は休息を取り、立ち上がった。
「さて……じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「一応言っておくが、自分の身を第一にしてくれよ。さすがにそっちまでは面倒見きれないからな」
「わかってるわよ。怪我でもして帰ったら、小夜とエメに怒鳴られるわ」
ただでさえ、勝手に飛び出してきたのだ。おかんむりは確定だろう。これ以上のおかんむりを避けたいメルにとって、無傷での帰還は絶対条件だった。それをカイトは笑うだけにして、腕時計に視線を落とした。
「そりゃ、良うござんした。さて、時刻は18時。帰ったら飯の時間だな」
「今日もふかふかのベッドで眠れそうね」
「死ななければな」
ここまでで、メルの実力ならなんとか身を守るだけは出来るだろう、と安心していたカイトだが、敢えて茶化す事で油断するな、と暗に示しておく。それを受けてしっかりその意図を読めたメルは、改めて感謝を示した。
「……ありがとね。ここまで一緒に来てくれて。感謝してるわ」
「死亡フラグヤメロ」
「わけわかんない」
茶化すようなカイトが更に浮かべた苦笑に、メルは苦笑するだけだ。まあ、これもこれで意味はわからないまでもカイトがメルの緊張をほぐす為だ、と気付いていたので、同じく気負いなく返した。
「さて、行きましょう」
二人は最後に大剣をしっかりと背負い直し、視線で合図してメルが最後の扉を開ける。扉の先は、およそ50メートル程の高さの天井に、半径100メートル程の巨大なホールであった。
「さてと、お待ちかねかな?」
カイトが一歩踏み出し、部屋の中に入ると、如何な原理かホールに明かりが灯る。すると、鎮座していた5メートル程の骨の魔物がその姿を現した。それを見て、カイトが大剣を背中から取り外す。
「よし!」
カイトの後ろでパシン、という音が鳴る。どうやら、メルが武者震いする身体に喝を入れた様だ。そして彼女も同じく、大剣を構えた。
「ワガネムリヲサマタゲルハ、ウヌラカ……」
それを見ていたわけではないだろうが、ボーン・ソードダンサーはカタカタと骨を鳴らしながら告げて、立ち上がる。そして、立ち上がると同時に頭蓋骨の眼窩に妖しい紅い火が灯り、カイトとメルを見据えた。
そうして相手が自分が移動するに足る相手だと見ると、ソードダンサーは周囲にあった1.5メートル程の4本の剣を4本の腕に携え、少しだけ、腰を落とした。彼が持っている剣は本来はカイト達の持つ大剣より少し短い程度の大きさなのに、彼が持つとまるで片手剣程度の大きさしかないように見えた。
「久しぶりに聞くが相変わらず阿修羅よりは滑舌よくないな……悪いが、こっちも依頼でね。お前の持つ解呪の勾玉を頂きに来た」
久しく聞いた魔物の声にカイトは思わず小さく呟いて、更に大剣を構えて切っ先を突き付けて宣言する。それを聞いて、メルが首を傾げた。
「言って通じる相手なの?」
「んにゃ? 通じん、ぞ! っと」
カイトはメルの言葉に気負いなく返して一気にソードダンサーに肉薄し、問答無用に攻撃を仕掛けてきたソードダンサーの左下の腕の攻撃を防ぐ。
「ちぃ!」
カイトは防いだ衝撃を無理やり抑えこみ、一気に飛び上がる。その次の瞬間、カイトの居た場所には、右上、左上の両腕の剣が左右から薙ぎ払われた。
「だからお前はやなんだよ!」
くるりと空中で身を翻して、カイトは悪態を吐いた。空中へと右下の腕で突きを繰り出すソードダンサーの攻撃を、カイトは大剣の腹を利用して防ぎ、反動を殺さずにそのまま遠ざかる。カイトはソードダンサーから10メートル程遠ざかった所に着地し、慣性で更に後ろへ動こうとする身体を大剣を地面に突き刺して強引に食い止める。
「カイト!」
「こっちはいいから、回避に専念してろ! 来るぞ!」
カイトの言葉に、メルがソードダンサーの動きを察知する。
「くっ!」
カイトの言葉を受け、メルは攻撃を避ける事に専念する。防御しても、カイトの様に防御しきれるとは自分でも思わない。なので、安全策を取るのは当然だった。
「これ、結構キツイわね!」
ソードダンサーの剣舞を避けながら、メルが悪態を吐いた。一歩でも間違えば、即、死につながる。当たり前だがその恐怖はとんでもなく、それなのに、失敗するわけにはいかないというプレッシャーはとんでもない物だった。
「知ってて依頼したんだろ!」
「こんなにヤバイ相手なんて思ってないわよ! レアな魔物なんだから!」
「当たり前だ! ソードダンサーなんぞ、そんじょそこらにいてもらったら困る!」
とは言え、防戦一方でもいられない。相手は言葉を聞いているわけではないので二人はなんとか相談をしながら隙を見出す事にする。そうして幾度かの応酬の後、ソードダンサーが全ての腕を振るった瞬間を利用して、攻勢を仕掛ける。
「カイト! 同時に!」
「無駄だと思うがな!」
一瞬の間隙を縫って、カイトは空中から、メルは腕の射程外から一気に近づいて同時に攻撃を仕掛ける。狙いはソードダンサーのコアのある頭蓋骨と、肋骨に守られた胸の奥だ。
「はぁ!」
「はっ!」
確かに攻撃を同時に仕掛ける事には成功したが、ソードダンサーは90度だけ回転し、両側からの攻撃を下の二本の腕で防いだ。
「キカヌワ!」
そう声を上げるソードダンサーは、攻撃を防がれた衝撃を殺しきれていないメルへと右上腕でカウンターに攻撃を仕掛ける。
「やらせるか!」
しかし、次の瞬間、間に割って入ったカイトによって、ソードダンサーの攻撃は防がれ、更にカイトはメルを抱えて一旦間合いを離した。
「ありがと」
「だから、攻撃は無駄なんだよ。あいつ、どうやっても大剣二本じゃ攻撃出来ないからな」
一旦間合いを離し、二人はソードダンサーの動きを観察する。
「……解呪の勾玉さえ入手できれば、後はちまちま攻撃していけるんだけどね。」
そう言ってメルはソードダンサーの胸に掛かっている握り拳大の勾玉を見据える。それがメルの求める、解呪の勾玉であった。骸骨の禍々しい見た目に反してそれだけは清純さを保っており、純白の魔石に淡い青色の装飾と同じ色の鎖が取り付けられていた。
「……焦るなよ」
「わかってるわよ」
「あと、倒すまであれ、取るなよ?」
メルの同意を受けて、カイトは更に言い含める。が、これにメルは首を傾げた。
「え?」
「あれ、一応制御装置というか、リミッターの役割あるからな。あれ取ると、一気に速度増すぞ。そうなれば手に負えない」
メルのきょとんとした顔を横目に見つつ、カイトは解説を行う。ソードダンサーの総身の所々に湧き上がる黒いコールタールの様な霧を見ればわかるのだが、ソードダンサーは呪いの一種によって骨を動かしている魔物であった。その為、解呪の勾玉が常時効果を発揮しており、ソードダンサーの力を抑えこんでいるのであった。
というわけで、それを取り外せば、後は抑えの無くなったソードダンサーを相手にしなければならないのであった。
「げ、じゃあ、倒さないといけないわけ?」
「意外と知られてないけどな。奪い返そうとするんだ」
実は上位種の阿修羅の時に似た事が起きたので、カイトは身に沁みてそのヤバさを把握していた。戦闘の拍子で鎖が千切れてしまい、ルクスが一人では手に負えなくなったのである。であれば、同じように抑え込んでいるソードダンサーでも同じだと判断したのである。
「クカカ、コレデオワリカ?」
そうして相談をし始めた相手を見てどうやら手詰まりなのか、と思ったらしいソードダンサーはカタカタと頭蓋骨が揺らし、笑い声を伴って問いかけた。
「聞いてないのに、聞くなよ」
そんな相手に、獰猛な笑みを浮かべ、カイトは答えた。聞いていない、と言いながら答える当たり、彼も彼で律儀な男であった。まあ、答えは聞かないのに問いかけるソードダンサーもソードダンサーだろう。そうしてどうするか悩み始めた二人だが、数瞬の後、メルが決意を固めた。
「……カイト、一瞬だけ動き止められる?」
何かを考えついたらしいメルが、カイトに問いかけると、カイトはその意図を問う。
「何するつもりだ?」
「腕一本ぐらい潰せば、楽になるでしょ」
メルは腰溜めとなり、ソードダンサーの上腕を狙うべく飛びかかれる様な姿勢を作る。確かに、4本が3本に減れば楽になるのだが、これは誰もが考える手段であった。
「やめとけよ。無駄だから」
そして、誰もが考える手段である以上、カイトやルクスと言った英雄たちが試していない筈は無かった。なので、その結果も結末も知っていた。それに、メルが憮然と構えたまま問いかける。
「なんでよ」
「あいつ、骨だぞ? ふっつーに腕飛んで戻ってくるわ」
「何よそれ……むちゃくちゃじゃない」
「魔物相手に今更な……っと!」
まあ、当たり前だが戦闘中だ。呑気に話し合っている相手を待ってくれる事は無い。向こうが攻撃してこないと見ると、今度はソードダンサー側から一気に肉薄してきた。そうして振るわれた右の上下碗を、カイトが防御する。
「なんかいい案ないの! あんたあれだけ余裕ぶってたわよね!」
そうして更に続く連撃に対して二人も攻撃の応酬を繰り返しながら、メルがカイトに怒鳴る。たしかに、ここまで余裕を示してきたのだ。この問い掛けは当然だった。それに、カイトはまるでお巫山戯の様に一度間合いを取る。
「はいはい。こんなんどうでしょ」
そうして間合いを取り、カイトはもう一本大剣を作り出した。それに、メル――とソードダンサー――は意図を読みかねて、一時停止してしまった。当たり前だが、今の今までメルも大剣による二刀流なぞ見たことは無いのだ。
「……はい?」
「誰が大剣で二刀流が出来ないなんて言った?」
「馬鹿でしょ」
ドヤ顔でソードダンサーへと相対するカイトを見て、メルが呆れて突っ込んだ。尚、当然だがカイトはこれが今回持ち込んだ秘策というわけではない。
「ああ!? こうでもしないと手数足りるか!」
「だからってわざわざ威力重視の大剣の利点潰す必要ないでしょ! だから、あんたはバカイトなのよ! と言うか、まともに使えるんでしょうね!」
「やるのは久々だ!」
んなっ、と絶句するメルを放っておいて、カイトはソードダンサーへと斬りかかる。まあ、彼にしても結果は見えていたが。
「まずは一本目! 次に二本目!」
下両腕の攻撃を両手の大剣二振りで防ぎ、更に続く攻撃を回避する。全く、攻撃に回れる見込みが無かった。
「意味ないじゃない!」
「ですよね!」
カイトは巫山戯た様に答えて、ソードダンサーの攻撃を回避して再び距離を取る。そもそも、二本では手数は足りないのである。
「私じゃ一本が精一杯よ! 後一本、どうするの!」
「なんか腹案無いのかよ!」
「有るわけ無いでしょ!」
「威張るな、依頼人!」
「自信満々だったあんたがなんか考えなさいよ!」
怒鳴り合いながら二人は攻撃の隙を窺う。身体能力で見れば僅かながらに此方が上らしく、避けるだけならスタミナが続く限りは問題は無い。
が、やはり相手の方が射程は上で、手数は倍なのだ。身体能力では同等でも、相手の方が上手なのは仕方がなかった。そうしてどうやらヒートアップしてきたらしい、メルは身をかがめ、一か八かに出る事にした。
「なら、いっそ一か八かで!」
「馬鹿! ヤメロ!」
しかし、飛びかかる寸前、カイトが大声で止めた。止められたメルは、カイトを睨むが、逆にカイトに睨まれた。
「なんでよ! 取った後<<帰還の宝玉>>で逃げればいいでしょ!」
「ボス部屋脱出禁止なの忘れたのか!」
「あ……あー、もう! 面倒ね!」
「ちっ……もう少し粘って無理なら、切り札切るか」
どうやら戦いに苛立って基本的な事を失念してしまったらしい。再びメルは悪態を吐いた。そんな苛立つメルを見て、カイトは仕方がなく、もう少し粘ってから切り札を切る事を決めたのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第301話『骸骨剣士』
2015年12月20日 追記
・誤字修正
『はぐらかせる』となっていた所を、『はぐらかす』に修正しました。