第297話 港町 ――酒場で一杯――
既に告知済みですが、本日はお返事出来そうにありません。一応読むのは欠かさずしますが、お返事が明日になるのは申し訳ありません。
ポートランド・エメリアへと到着し、今宵の宿を確保したカイトとメル。一度荷物を置きに受け取った鍵を頼りに部屋へと移動したのだが、そこは予想以上に豪華な部屋であった。
「……おい……気を遣い過ぎだろ……」
ここに居ない砕月へ向けて、カイトが肩を落とした。明らかに、日本円なら一泊数万しそうな部屋であった。なので、カイトが呆れても、メルがそんな対応をされるカイトを訝しんでも、不思議では無い。
「……ねえ、あんたほんとに何者なの?」
「……総支配人助けただけなんだが……」
真実それだけなのに何故気を使い過ぎるんだ、と思うカイトだが、実は砕月は無実である。気を使ったのは、砕月が嬉しそうにカイトと話しているのを見た従業員であった。
従業員達はほぼ全員、砕月がかなり仲良さげにしている事を物珍しげに見ていた。となれば相手のカイトも、そして彼が仕立ての良い服――と言うか防具――を着ていた事も見ていた。二人を冒険者と見ていなかったのだ。
とはいえ、この勘違いは仕方がない。メルは大剣さえ置いてしまえば防具を着ているのがわからないし、カイトは防具が良質過ぎて普通の私服と大差が無い。これで冒険者と思え、と言うのは如何に一流の従業員達でも不可能だろう。
かと言って、カイトでは安物が使えない。武器はともかく、防具はどう足掻いても実力に合わない物を装備出来ないのだ。
足りなくて使えないならまだ良い。性能を十分に引き出せないだけだ。だが逆の意味で実力に合わない防具を装備してしまうと、最悪ゼロ距離で<<魔力爆発>>を食らう、という事態を招きかねないのだ。身の丈に合わない防具を身に着けるのは、身の丈に合わない武器を使う以上に危険だったのである。
それ故に、カップルの上客と判断されて、急な来訪でも過不足無い様に、と良い部屋を回してくれたのである。なので部屋からの見晴らしもかなり良かった。
「ここ、ちょっと良い所の部屋じゃない?」
「まあ、そうだろうな。二人だったから、多分カップルの観光旅行か何かだと思われたんだろ」
「……あー、そう言えばお二人で観光をお楽しみ下さい、なんてポーターの人が言ってたものね。まあ、折角のご好意なんだから、ありがたく受け取っておきましょ」
自分に不利益は無いので、メルも受け入れる事にしたらしい。それに、カップルと思われた方が良い時もあるのだ。なら、勘違いをそのままにしておく事にして、二人は荷物を置いて、出て行く準備を整える事にした。
「取り敢えず、情報収集ね」
「酒場か。まあ、一杯引っ掛けながら話しでも聞けば、それなりに情報手に入るかな」
「そうね、じゃあ、行きましょ。あ、でもその前に回復薬とか一通り補充しておいた方が良いわね」
「そっちは明日の朝で良いだろ。中で何が落ちるか先に調べとかないと、回復薬が大量に出る迷宮だと無駄になるからな。先に本屋にしたいが……情報の収集には時間を使いたいからな」
地元の迷宮に関する情報ならば、運が良ければ本屋に雑誌として置いてある可能性は有る。だが、その本を選ぶにも時間が掛かる。それ故、既に夕暮れ時なので、明日に回す事を提案したのである。
「それもそうね」
この言葉に、メルも確かに、と同意する。そもそも仲間を助けに来ているのに、そこで焦って自らが死んでしまえば何の意味もない。それ故に、多少時間は掛かっても情報の収集を行う事に了承を示したのだ。急がば回れ、である。
「それじゃ、お姫様。お手を拝借」
「……似合わないわよ」
この数日も馬車旅で度々ナンパされ、その度にカイトが彼氏役として男避けと化していたので、少しだけ芝居がかった口ぶりでメルの手を取った。が、そんな芝居がかったカイトに対して、メルが半眼で睨んで呆れ返った。まあ、その顔に何処か茶化す様な感が有ったので、彼女も乗ってくれたのだろう。
「たまには乗れよ」
「いーや……あれ? 何か手慣れてたわね」
ふと数年前までの自分の境遇を思い出し、カイトの動作に淀みと無作法が無かった事に気付いたメル。どこぞの貴族と言われても十分に信じそうな程、様になっていたのである。それに、カイトは笑って答えた。
「そりゃ、師が師だからな」
「ああ、成る程……さすが社交界にその人あり、と謳われたクズハミサ様、かしら」
そう言って、メルが納得する。カイトのお師匠様――と言っても表向きだが――はクズハだ。社交界のレッスンをされていても可怪しくはない、と思ったのだ。
と言うより、実際に桜達にも皇国式のレッスンをしているので、これは真実である。桜や瑞樹は元の出来が良かった事もあって、今では普通の皇国貴族の令嬢と見比べても遜色が無い位、と言うか下手をすればカイト以上に様になっていた。
「さて、折角の港町なんだから、美味しい魚料理が食べたいわね」
「オレはウルシア大陸の酒が飲みたいな」
カイトは嘗ての旅ではウルシア大陸まで足を伸ばしていない。文明が見付かっていなかったし、必要が無かったからだ。自身の知らぬ異大陸の酒とはどんなものか、興味が有った。
尚、高級酒ならば公爵家へも納品されるので、既に飲んだ事が有る。だが、地元の酒場で提供される様な物になると別だ。そうして、二人は夜の街へと繰り出したのであった。
そうしてそんな茶化し合いをしながら、色々と回って行く事にするのだった。ちなみに、その様子はどこから見てもデートにしか見えなかったのは、この際なので横においておく。
二人はホテルを出て商店街を適当に出歩いて店の場所等を把握すると、そのままの流れで酒場へと入った。そうして席に適当に腰掛けると、カイトが口を開く。
「おっちゃん、ウルシアの酒は有るか?」
当たり前だが、情報を手に入れようにもまずは何かを注文してから、が基本だった。まあ、それでも開口一番にお酒を聞くのは、カイトだからだろう。
「お、兄さん運が良いな。丁度入った所だ。上物と安物有るが、どうする?」
「んじゃ、上物で。味はどんなのだ?」
それなりの品質の酒を提供してくれそうな酒場を見繕って居るのだが、安酒だと本当に味の悪い安物が出てくる可能性が無くもない。流石に飲めれば良いと言う訳でも無いので、カイトは上物を頼んだのだ。
ちなみに、味について問い掛けたのは肴をどうするか決められないからだ。そんなカイトを見て、店の従業員らしき中年の男性は笑って答えてくれた。
「おう、そりゃ、まあ、悪かぁ無い。が、まあ、ちょっと癖が強いな。今回入ったのは魚に合いそうな奴だ」
「じゃあ、喉黒――アカムツの事――の煮付けと米お願い」
「ほう、中津国風か。で、そっちの嬢ちゃんは?」
「じゃあ、この麦パンとヒラメのムニエル。酒はこいつと同じの頂戴」
「じゃあ、いっそ一瓶もらうか」
「おう! 『ラ・エスタ一瓶』! 料理はヒラメのムニエルと喉黒の煮付け! 麦パンと白米!」
「あいよー!」
そう言って厨房から威勢の良い声が響く。そして、すぐに酒瓶が持って来られた。此方は冷やしていたのを持ってくるだけだからだ。そうして瓶の蓋を空けて、二人は取り敢えず、一緒に持って来てもらったグラスに琥珀色の液体を注いだ。
「取り敢えず、おつかれ」
「お疲れ様」
二人は労をねぎらい合いグラスを鳴らと、中に入っている琥珀色の液体を呷った。
「……ちょっと前に飲んだ奴よりも癖が強いな」
「そうね……料理の注文間違えちゃったかしら」
度数としてはかなり高めなのだろう。飲んだ瞬間、一気に酩酊感が襲う。少し癖が強かった酒に、料理の注文を間違えたなと、二人は少しだけ残念に思った。相性の問題で頼んだ料理の味を殺しそうだったのだ。適当な事を言いやがって、と思った二人だが、高級料亭では無いのだ。これもある種の旅の醍醐味として、諦めて飲む事にした。
「あら……そう言えば、ウルシアの酒は飲んだ事が有るの?」
「クズハさんがくれて、飲んだ事は有るが……行った事が無いからな。こういう安酒は飲んだ事が無い」
「異大陸に行く冒険者なんて、ほんの僅かでしょ」
メルは苦笑しながら、カイトの言葉に頭を振った。メルが言うように、よほど拘りがなければ大陸外にまで足を伸ばす冒険者は数少ない。300年前に比べて格段に安全且つお手頃になっているとは言え、他大陸への移動には、まだまだ費用も危険も伴うのであった。
「そうかもな」
「行きたいなら、頑張るしか無いわよ? お金無茶苦茶掛かるもの」
「それは……たしかにな」
まだ見ぬ他の大陸に思いを馳せながら、カイトは微笑む。カイトが行った大陸は7つの内5つだ。行っていないのは、先に上げたウルシア大陸と暗黒大陸だ。全大陸制覇を成し遂げた人物は居ない為、300年経過してもこのカイトとユリィの記録が最多である。
暗黒大陸には行く必要が無かったのだが行ってみるのも面白いかもしれない、と実はカイトは誰にも知らせずに、密かに思っていた。別に全大陸制覇を狙っている訳では無い。ただ単に道祖神に招かれただけだ。この300年で新たに文明が発見されたと聞いてから、カイトが少しだけ考えていた事であった。
「へい、お待ち! ヒラメのムニエルと麦パンだよ!」
そんなのんびりとした会話を交わしていると、先ほどとは別の店員が、メルの料理を持って来た。此方は元気そうな女性の従業員だった。
「喉黒の煮付けはもう少し待ってくれ!」
「ああ、ゆっくり酒でも飲んで楽しんでおく」
早目に空けて、中津国の酒を頼むか、とカイトはそう考えて、少しだけ飲む速度を速めた所、メルに怒られた。
「あんた……私の分も残しときなさいよ」
「……あ、そうだった」
ついうっかり一人で飲みきりそうになり、飲む手を休める。そうして、半分ほど空けた所で、カイトの料理が届いた。
「悪い、『龍の雫』を一つ。冷で。」
「はいよ。冷、『龍の雫』!」
そうして、更に酒を飲みながら酒場で夕食を食べつつ、店員から迷宮についての情報を集める二人。その結果、一通り欲しい情報が手に入り、食べながら相談する事にした。
「街の南西部に有るのか。にしても、洞窟を利用した迷宮か。厄介、だな」
聞いたところによると一部崩落している部分も有るらしく、下に降りるか、崩落部分を迂回するのが正道らしかった。
「水浸しになっていないだけマシでしょ。海辺だから、海中迷宮とかだったらどうしよう、って思っていたところよ」
「大剣で海中戦になりゃ、まず誰も近寄らんだろ。オレも断る」
「それもそうね。後は……まあ、判りきった事だけど、町長の許可が必要なのね」
予定を組み上げながら、メルは頭を掻いた。当たり前だが、二人の目的とする迷宮は危険性が高い。公爵家が立ち入りを制限しているのである。当然ながら、申請して許可を得なければならなかった。
「入れるのは明後日の朝になりそうね」
さすがに手続き等で無理を言う事は出来ないので、メルもそこは無理を通そうとはしない。
「町長のアーマラ家は街の東、港の近くらしいな。役所に併設されているらしい」
場所は300年前から変わっていないらしく、カイトはすぐに分かるだろうと思っていた。聞いた話は津波や魔物の襲来で建物も若干の改修があったものの、外観は殆ど変わっていないらしかった。
「人魚族もそれなりに長寿だから、先代が隠居されて50年程らしいわ。先代、先々代も存命だから、三代目もあまり自宅を改装したくなかったんでしょうね」
「初代町長エメリア・アーマラ。二代目町長エメラダ・アーマラ。初代も現役の内に跡目を譲ったらしいな。今は三代目だが、まだ後を見れる内に、同じく代を譲っておこうと言う所か」
「らしいわね。まあ、妥当なんじゃない?」
「そうだな」
二人は聞いた情報から、アーマラ家の意図を推測しあう。何か有ってから跡目を譲るより、自分が未だ働ける内に譲っておけば、何か問題が起きても自身で手を貸す事が出来る。まあ院制となる可能性も有り得るが、考え方の一つとしては、カイトもメルも十分に理解出来た。
そうして、一通り相談を終え、二人は今度こそ何かを気にする事無く、再び食事に集中する。そうしていると、店に20人近い団体客が入って来た。揃いの軍服を着ている所を見ると、街の駐留軍人の様だ。彼らはカイト達二人から近い団体客用の大きなテーブルへと腰掛けた。
「おーい! 酒頼むわ! ウィスキー、瓶で10! 肴に……」
団体客へと応対にあたった定員が、大声で注文を述べていく。それを横目にして、メルが少し苦笑してカイトに問い掛けた。メルが苦笑しているのは、どうやら彼らははしご酒をしているらしく、入って来た時から酔っ払っていたからだ。
「街の海兵さんかしら?」
「多分な。あの服装からすると、公爵軍の海兵だな」
「へえ、流石に把握してるのね」
カイトの言葉に、メルが少しだけ感心した様に頷いた。実はアルは冒険部に派遣されているしルキウス達も護衛の任務を兼ねている為常に鎧姿だが、実は公爵軍にも鎧では無い衣服としての制服が有る。アル達とて鎧姿では無い場合での軍務になると、これを着ていた。カイトがそれを把握しているのは当たり前だった。
「まあな、これでもアル……アルフォンス・ヴァイスリッターがギルドに居るからな。一応、公爵軍と皇国近衛兵団系列、皇国正規軍の制服は全て把握してる。メルも自分所の部隊の制服位は把握してるだろ?」
カイトの問い掛けに、メルも笑って同意する。当たり前だが、彼女とて自分の実家の軍の制服――各家によって僅かに異なる――を把握している。それは言うまでもなく、貴族の義務であり、自らに仕える軍人達への礼儀だからだ。
「勿論。軍人を把握しているのは、当たり前よ」
そうして、気ままに食事をしながら、軍人の話をしていたからだろうか。どうやら聞かれていたらしく、酔っ払った軍人の数人が絡んできた。
「おい、兄ちゃん……」
「なんだ?」
酔っ払った軍人にいきなり話しかけられて、カイトが少しだけ胡乱げに応えた。
「こっちゃ殆ど毎日海に出てあくせく働いてるのに、女連れて良い身分だなぁ、おい」
「だよなー……姉ちゃん、俺達働き者にも酌してくれや」
「は? ちょっと! 別にこいつに酌なんてしてないわよ!」
「はぁ……」
いきなり半眼で手を掴まれ、メルが急いで振り払った。どうやら相当酔っているらしい。
やっぱりこのパターンか、とカイトは大凡予測出来た事態に、溜め息を吐く。美少女のメルを連れて来ていた以上、これはメルもカイトも覚悟していた事だ。
他領土に比べて圧倒的に治安が良いとは言え、やはり生命のやり取りを行う者が屯する様な者が行き交う酒場に来ているのだ。絡まれるのはある意味、仕方が無い事だった。
そうして、ヒートアップするメルと軍人数人を眺めつつ、他の軍人の様子を垣間見る。すると、全員真っ赤な顔で笑っていた。かなり飲んでいるらしく、正常な判断が付いていない様だ。
「だから! あんた達ゴロツキ一歩手前みたいな奴にお酌なんてしないわよ!」
「ああ? 良いだろ、別に。減るもんじゃねえんだしさぁー」
そう言って、軍人の一人がメルのお尻を撫ぜる。
「きゃぁ! お尻触ったわね!」
「へへ、結構肉付き良いじゃねえか」
「おぉ、マジか、じゃあ、俺も!」
そう言って、別の軍人がメルに手を伸ばそうとする。さすがにこれ以上は見過ごせなくなるので、カイトが立ち上がった。そして、メルのお尻を触ろうと伸びていた手を掴んだ。
「……いい加減にしろ」
部下の不始末である以上、カイトは低い、かなりドスの効いた声で言い、手を掴んだ軍人とは別の軍人達を睨む。本来ならここまで威圧はしないが、自らの配下であるが故に、だった。
「あぁ? おい、カッコ良いとこ見せたいってぇんなら、他所でやれよ」
「そうだぞー、小僧。こんなトコにこんな可愛い子ちゃん連れてきたお前が悪いんだぞー?」
手を掴まれたとは別の軍人がカイトから手を引き離そうとして、手を掴まれた軍人が痙攣している事に気付いた。
「おらよ」
カイトが掴んでいた手を離すと、摘まれていた軍人が倒れこんだ。掴んだ際に、おまけとして雷属性の魔術で中枢神経にダメージを与えていたのだ。それを見て、相手がかなり高位の戦闘員だと気付いたらしく、軍人達の間に警戒が共有される。
「……おい、てめえ、何しやがった」
「単なる雷属性の魔術の応用だ。すぐに目覚める。」
「あ?」
カイトの言に違わず、すぐに倒れた軍人は起き上がる。そして、即座にカイトを睨んだ。
「てめぇ……こっちが何人居るかわ分かってんのか?」
どうやら仲間意識は強いらしく、今まで笑って見ていた軍人達がぞろぞろと立ち上がり、カイトを半包囲する。全員、仲間が倒れた事を見て、いきり立っている様だ。
とは言え、ここば荒くれ者の冒険者や軍人が屯する酒場だ。カイトがこんな行動に出ても何ら疑問には思われ無いし、逆にやんややんやと喝采さえ送られている。おまけに、店側も大慌てで机を片付けて即席で舞台を整えて、店員が中心となって賭けを開始する者まで出始めていた。
公爵軍にしても酔った挙句の酒場での乱闘だ。そこまでおおっぴらにはしたくはないし、そもそもカイト相手だ。名目上お互いに叱責が飛ぶ程度で終わる事は確定だ。カイトもそれを把握しているが故に、動いたのだ。
地球とは違い、大乱闘になっても大問題には発展しない。なにせエネフィア全体で見れば地球程高度な情操教育が施されている訳では無いからだ。こんな事はよく有る事と流されるだけで、新聞の紙面を賑わせる事は滅多に無い。それこそ死者が出ても、である。なら、こんな天下の往来で馬鹿をやろうとしている彼らに痛い目をみせて、今後の被害を無くす方が重要だった。
もしそうでなければさっさとヒートアップしているメルの手をひっつかんで、軍人達や彼女の冷やかしや罵声を聞きつつもカイトはこの場を後にしただろう。まあ、その場合でも後々公爵家経由で所属部隊には叱責が飛ぶ事になるだろうが。
「そもそも、メルに何をするつもりだったんだ?」
「あん? そりゃ、おめえ……只一晩お酌してもらうだけだ。まあ、明日の朝にはきちんと帰してやる」
その時点で何をするつもりなのか理解出来るが、これにカイトは呆れ返った。間違っても、メルは娼婦では無い。確かに今ビキニアーマーを着ているのなら別だが、今は普通の普段着だ。決して、男を誘惑する様な服装ではない。
これは彼女に対する侮辱でもあった。そして今はメルの相棒が自分である以上、幾ら酔っていてもその侮辱を見過ごす手は無い。それに気付いたのか、相手もカイトがやる気だと判断して、構えをとった。
「……さて、一度痛い目でも見てもらうとするか」
たまには末端の兵隊も見ておくべきだな、とカイトは首を鳴らしながら徒手空拳で構える。こんな粗野な乱闘は久し振りなので、カイトは知らず心が踊っていた。ソラ達が一緒なら抑え役に回るため、こんな事は滅多に出来無いのだ。元々が野戦上がりで部隊の統率なぞ知らないカイトにとって、部下と拳で語り合う――ちなみに舌戦も行うので、拳だけではない――この姿こそが、本来の在るべき姿だった。
なのでカイトの顔には楽しげな笑みが浮かび、それを見て、軍人達も相手が喧嘩好きと見て、メル云々を忘れて楽しげな笑みを浮かべる。向こうも楽しめそうだ、と思ったらしい。まあ、こんな所で馬鹿をやるのだ。喧嘩好き位は簡単に想像出来た。そうして喧嘩が開始されそうになったその瞬間、女の言葉が響いた。
「はぁ……説教の時間だ、馬鹿野郎共」
そうして、乱闘が始まる直前で、両者共に強制的に頭を冷やされるのであった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第298話『港町』
2015年12月17日 構成の修正
・以下の一文を削除し、防具に関する言及への文章の構成を見直しました。
『実力に合わない物を武器は装備しても刃や武器そのものが木っ端微塵に砕け散るぐらいだからまだ良い。最悪は至近距離で武器を媒体とした<<魔力爆発>>が起きる程度だ。』
・修正
メルのウルシア大陸の酒に関する言及が唐突過ぎたので、会話文を若干修正しました。