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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第十五章 骸骨剣士討伐編
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第296話 港町 ――過去と今――

 *連絡*

1.明日夜に予定が入った為、感想を頂いてもどうやってもお返事が出来ません。明後日にまとめてお返事致しますので、その点よろしくお願いいたします。

2.第292話について改訂版を投稿します。

 以上の事について、申し訳ありませんが、ご了承ください。

 カルマの森を抜けて最寄りの宿場町から馬車に乗って3日。カイトとメルは漸く目的地であるポートランド・エメリアへと到着した。そうして馬車の結界通過に関わる手続きを待つ間に、彼らもまた、街への正式な入出手続きを行う。

 なお、馬車の結界通過に関わる手続きが必要なのは、そのままでは馬車であれ竜車であれ結界に阻まれて入れないからだ。当たり前だが、街への結界は野生動物も防いでいる。結界の特性上それとの選別は不可能なので、結界通過専用の魔道具が必要となるのだ。

 と言う訳で馬にそれを取り付ける必要が有るのだが、流石にこれは街の外に持ち出す事は禁じられている。なのでそれは街へ入る時に受け取り、中に入れば返却する事になっているのである。この手続きに時間が必要なのだった。若干の危険性はあるが、それでも街に近いし軍も待機している。中へ危険を持ち込む事を考えれば、結界の外で待たされるのは仕方が無いだろう。


「はい……身分証を確認しました。有難うございます」

「ども」


 下車の前に門番達からの身元証明の提示を受けて提示した冒険者の登録証をカイトは返却される。当たり前だが、街に入るのに身元の検査がされない筈が無い。登録証はこのために有るのだ。

 ちなみに、それぞれの職業の者が持つ登録証などがこれに類しているため、冒険者の登録証で無くても良い。が、手続きは若干煩雑になる。

 もしこれらが無い一般市民の旅行者の場合はそもそも旅行にあたり申請が必要で、その申請の際に地球で言う旅券に類する物が渡されている為、それを提示すれば良い。


「冒険者登録証に感謝だな」

「これ無いと嫌と言う程時間かかっちゃうものね」


 カイトのぼやきを聞いて、同じく係員から自分の登録証の返却を受けていたメルが同意する。偽造防止に関して言えば、冒険者登録証程強固な物は無い。それこそ軍の認識票を超えている部分さえ有った。偽造可能な力量を持つ個人を抱える冒険者だからこそ、その対策には厳重な注意が為されているのである。

 そして、真実国にも偽造が困難な物だと認識されているからこそ、手続きも簡単になっているのであった。とは言え、旅行者に関して言えば旅券の導入でその手間は既に申請済みとして幾分省かれているのだが。

 まあ、それ故旅券等を無くせば地球の旅券と同じで手続きが非常に手間なのと旅券偽造等が重罪となるのは、エネフィアも変わらない。


「……でかくなったな……」


 街に入り、夕陽に照らされた街を見て、カイトは感慨深げに呟いた。それこそ、涙が無意識に流れた程だ。ここは、カイトが一番初めに創設した港町だった。マクスウェルと同じ位に愛着が有ったのだ。

 嘗て見知った筈の漁村は今では最早大きな港町と呼んで良い程の規模へと成長し、カイト達が保有する以外は木製の漁船が多かった漁港は、今では金属製の軍艦や輸送船、客船が所狭しと並ぶ船の停泊所となり、そこかしこで荷降ろしする海の漢達が大声を上げている。

 街の中心では他大陸や皇国の別領土、他国から運ばれて来た商品を売り捌く商人達が店を作り声を張り上げ、公爵領でも有数の港町の威容を確かな物にしていた。当時と同じなのは、綺麗な、澄んだ碧い海だけだった。魔術によって開発された魔導艇と言うべき船は殆ど化学物質を使っておらず、海の汚染が殆ど無い。街の開発、いや、文明にしても同じだ。それ故に、開発が進んだ今でも地球以上に自然は保護され、碧い海が保たれているのである。


「『ポートランド・エメリア』。マクスウェル最初の港町。名前の由来は初代町長エメリア・アースラに由来する港町よ。公爵領の港町が全て『ポートランド・何々』となる大本となった街よ。後ろの名前は、大抵はその街の発展や開拓に貢献したヒトの名前ね」


 馬車から降りて歩き始めて直ぐに圧倒されていたカイトへと、帰りの馬車についてを問い掛けていたメルが近付いて来て、苦笑しながら説明する。

 この光景に圧倒されているのは仕方がない為、彼女はカイトのこの様子を何も疑問に思わなかった。彼女もこの街を見た時、思わずその威容に呑まれたからだ。

 ここは皇国最大の港町。最大の都市たるマクスウェルへと至る国際的な窓口の一つだ。皇都に近い港町よりも巨大で、そして活気が有る。それは夕刻となっても変わらず、それどころか夜になる程、街のいたる所に街灯の光が灯り始める事でエネフィアでは滅多に見られない、そして地球にも負けず劣らずの100万ドルの夜景を映し出す。圧倒されるのは当然だった。なのでメルの言葉に対して、カイトは生返事を返した。


「ああ……あの、でかい戦艦は……」


 港の方へ向けて視線をやれば、まず目に付く船があった。100メートル級の船が立ち並ぶ港に停泊する船の中でも倍以上の圧倒的な大きさを誇り、艦首にはどの軍艦よりも遥かに巨大な砲塔が載った巨大な軍艦であった。


「ああ、あれはクイーン・エメリアよ。70センチ魔導単装砲一門、両舷に50センチ魔導連装砲二基その他小規模砲塔を搭載し、防御には3重防御障壁。皇国海軍第一艦隊旗艦。戦乱時や海での動乱時には皇帝陛下の乗艦となる栄誉有る船よ。つまりは、皇国軍の旗艦ね」


 知っている、とカイトは思わず呟きそうになった。その辿った歴史こそ知らぬものの、あの船だけは知っていた。なぜなら、カイトはその建造と進水式にも立ち会っているのだ。自らの乗艦を忘れる程、カイトは馬鹿ではなかった。


「建造は今から300年前。かの伝説の統一魔帝、ユスティーナ・ミストルティン様による設計の下、皇国中から腕利きの船大工が集められて建造されたかの勇者の為の艦隊の旗艦よ。その後、勇者が地球へ帰還してから起きた海戦において、公爵家から当時の第十五代皇帝陛下……ウィスタリアス皇帝陛下へと献上され、一度の被弾も許す事無く艦隊総司令部としての任を全うする。その後、300年の間様々な軍艦が建造されるも、未だ他を一切寄せ付けない性能を有するクイーンは名実共にクイーンとして君臨し続ける、まさに皇国の海の顔よ」


 尚、艦の大きさに対して主砲の大きさがかなり大きいが、これは火薬を要しないからである。火砲程の反動の無い魔術を利用した大砲、即ち魔導砲を使用しているので、かなり大きな口径の連装砲を搭載できるのであった。更には燃料も魔導炉と呼ばれる炉によって作られる魔力――これは飛空艇でも同じ――で賄われているので、結果、搭載できる兵装と口径が増大したのである。


「詳しいな」


 スラスラと流れるように出てくる解説に、カイトが感心する。それにメルは少しだけ胸を張って答えた。


「ま、これでも高貴な娘ですからね」


 そう言って鼻高々のメルを見て、カイトに少しだけ悪戯心が芽生えた。知っている筈の無い情報を出してやろうと思ったのだ。


「ま、実はまだ試作艦なんだけどな」

「へ?」


 案の定、カイトの言葉に、メルが目を丸くする。やはりこの情報は知らなかったらしい。とは言え、調べれば出てくる話だ。他ならぬ自らの残した手記にはきちんと、『試作型』と記載されているのである。なので、手記に残した部分で、カイトは語る。


「実際にはまだ艦首主砲やらが未完成らしくてな。特に主砲は単発、しかも一日一発しか撃てない未完成品らしい。まあ、正確に言えば、クイーン・エメリアがあの大きさの主砲を搭載する場合の試験艦として、建造されたらしい。えーと、あの主砲は確か……」


 カイトがそう言って頭を悩ませていると、メルが答えた。


「……70センチ魔導単装砲? あのバ火力砲と仇名される?」

「手記は当時ベースだから、オレも仇名は知らんけどな。本来は100センチ魔導5連装砲としたかったらしい……まあ、当時の勇者でさえ、3連装で十分だろう、とは思ったらしいけどな」


 カイトは苦笑しながら、そう言って残念そうだったティナを思い出した。当時のカイトでさえ馬鹿じゃないのか、と思う程オーバーキルなのだが、単に作りたいだけの彼女に何を言っても無駄なのである。軍事バランス等を説いた所で無駄だ。簡単に出来る奴に追い付けない他が悪い、としか言い様が無い。

 なので後の皇帝含め、せめて必要と言える3連装程度に抑えてくれ、と一同思うだけで終わらせた。尚、その連装砲は現在も完成していない。エメリアのデータが無かったからである。


「あんた……馬鹿なの? そんなの有る訳無いじゃない。あれ一発で大抵の海戦が終結する位の威力よ? 最後に使われたのは100年前だけど、その際は半径1キロを消滅させた、って代物なんだから」


 メルはカイトの言葉に呆れるが、カイトも馬鹿だと思う。だが、事実である。そして憚る事無く言わせてもらえれば、メルも知っている事だが、範囲1キロでは討伐出来ない魔物が居る。5連装はともかく3連装程度は必要と言えた。

 尚、彼女はその主砲が完成次第、長門型と大和型――尚、流石に史実のままの船を作る訳では無く、単にネーミングを頂いているだけである――を作ると息巻いておいでなので、どうやらまだまだやり足りないらしいが。


「まあ、当時を知ってりゃ、必要と思っても仕方が無いだろうよ」


 ちなみに、苦笑するカイトは知る由も無いが、ティナは現在密かにエネフィア初の巨大空中空母を建造中である。完成率は80%で、もう殆ど出来上がっていた。後はカタパルトなどの実用試験を行い、データを取って細かな調整をするだけらしい。ゴーレム達が相変わらずあくせくと地下の研究所で活動しているのだが、ここ最近マクスウェルから離れているカイトが知る筈も無い。

 これに何を載っけるのか、と言うと、魔導機等の大型魔導鎧に分類される物や、戦闘機とも言える対天竜・対飛空艇用の戦闘用小型飛空艇等だ。大型魔導鎧の移動は飛空艇の限界から飛空艇の技術を応用した専用の輸送艇による地上輸送や飛空艇に強引に懸下して、であるので、空中空母の開発は実は必要だったのである。


「まあ、厄災種を考えれば分からなくもないけど……そんな事はどうでも良いわ。取り敢えず、宿を探しましょ。これだけあれば、空いてる宿は多いと思うけどね」


 カイトの言葉に同意を示しつつ、メルは気が向いたら図書館等で調べるか、と今は流す事にする。大して気にする必要も無いし、カイトからクズハ経由で手記の原本を見せてもらった、と聞いていたからだ。

 ちなみにメルが余り宿屋について気にしていないのは理由が有る。ここはありとあらゆる大陸、国から人が訪れる港町なのでかなり多くの宿屋が展開していたのである。それこそ皇帝が泊まる最高級ホテルから、一般の旅行者が泊まる普通のホテル、冒険者等でお金の無い者用のこじんまりとした宿屋まで、多種多様であった。何かイベントでも無いのなら、全て満室とは考え難かった。


「んー、馴染みの奴の宿屋空いてると良いな」

「あら? 来た事有るの?」


 当然カイトも冒険者なのだから、来ていてもおかしくはなかったのだが、メルは先程の口ぶりから来た事が無いと判断していた。なのでカイトが馴染みと言ったので、驚いていた。が、これは少し誤解があった。


「ん? 違うって。知り合いがこっちで宿屋やってるんだよ」

「あ、そう言う事。じゃあ、宿屋街は街の東よ。海が見える場所が好まれるからね」

「ま、そうなるな」


 海に面した街なのに、碧い海が楽しめないのは残念だろう。それ故、海が見える東側に、宿屋が乱立しているのであった。

 そうして二人は街の東側へと向かい、まずはカイトの馴染みの者が経営すると言う宿屋へ空室を尋ねるために、その宿屋を探す事にした。

 依頼とは言えせっかく近場まで来たし、相手は気の良い奴で自分を慕ってくれていた為、顔を見せておきたいと思ったのだ。が、これはミスだった。


「これ、か?」


 かつての知人を尋ねるつもりで来たのだが、その建物を見て、カイトが自信なさげに呟いた。少しカイトも予想外の発展っぷりだったのだ。

 そのホテルは地球の一流ホテルというか、元高級ホテルを活用している冒険部のギルドホームの豪奢さと比べても遜色無い、明らかに最高級ホテルだったのである。


「……ここ? 間違ってない?」


 その宿屋の威容を見て、メルがドン引きする。少し、どころかかなり豪華な宿屋であった。とは言え、これはカイトも予想外だった。が、メルにも貰った名刺を見せてしまっていた為、もう違うとは言い難い。


「貰った名刺に書かれた看板の名前一緒だし……昔は木製のもっと小さな宿屋だったんだけどな……」


 カイトは一応貰っていた名刺と見比べながら、小さく呟いた。当時よりも圧倒的に豪華になった看板を見て、カイトも少しだけ不安になる。

 しかし、カイトや昔からこの店を知る者にはわかる目印があったし、名刺の名前も一緒だった。メルも何度も確認するが、それは変わらなかった。

 そうして入店すると、当たり前だが直ぐに係員が近付いて来た。当然だが、建物の見た目相応に職員も教育されており、普通の旅人に見える彼らへの対応を貴族のそれと変えてくる事は無かった。


「いらっしゃいませ。当ホテルへようこそいらっしゃいました。お客様は初めてですか?」

「……この会員カード使えるか?」


 少し不安げにカイトが財布からこの宿屋がやっている会員用のカードを取り出す。尚、宿屋の会員カード制はこの店がエネフィア初なので、わりと有名だったりするが関係が無いので置いておく。


「確認させて頂きます……確かに、当店が配布させて頂いているカードですね。少々お預かりしてもよろしいでしょうか? かなり古い物ですので、本人確認等が必要となります」

「ああ、じゃあ、オレはあっちの椅子で待たせてもらう。何か身分証等が必要となったら声を掛けてくれ」

「かしこまりました」


 ロビーの係員の一礼を受け、カイトはメルが待つロビー近くのソファへと戻る。そうして、苦笑混じりにメルに頷く。


「やっぱここだった」

「……あんた、どこでこんな店の人と知り合ったの?」


 自分よりお金は持っているだろうな、とは思っていたが、こんな豪勢な宿屋に馴染みとなれる位とは思っていなかった。尚、カイトもまさかこんな豪勢な宿屋となっているとは思っていなかった。盛況だ、とは聞いていたが、ここまでとは思わないだろう。


「いや、まあ、こんな豪華な宿屋と知らなかった。ここの総支配人?を助けた事が有ってな。お礼に会員カードをくれたんだが……まあ、流石に宿泊代はオレが持つ。ここまでの馬車の討伐代結構稼いだからな」

「ごちそうさま」


 そう言って、メルが納得する。これだけ大きな宿屋であれば、総支配人がマクスウェルまで用事で出向いていてもおかしくはない。マクスウェルを中心として活動しているカイトが、その時に助けたのだろう、と思ったのだ。




 一方、会員カードを預けられた職員は、確認に入って困惑する事になった。


「ん? 会員ナンバー1?」


 カイトの会員カードを見た受付の従業員が、専用の魔道具に通して目を瞬かせる。歴史有るホテルのナンバー1となれば、創業当時の物なのだ。こんな若者が持っている事に疑問を覚えたのであった。


「どうされました?」


 そんな受付を見て、丁度外へと出て来ていたらしい身なりの良い男性が近づいてきた。見た目はかなり若いが、耳が少し尖っており、明らかに人間では無かった。なので年齢が見た目以上である可能性は十分に有ったが、容姿は大体大学を卒業した程度の年齢だろう。


「あ、総支配人。いえ、あの、あるお客様が此方の会員カードを……」

「おや、これは、創業時の物ですね、懐かしい……ヴァイスリッター家かバーンシュタット家の方でも来られたのですかね……あれ? これは……」


 総支配人はカイトの会員カードを見て、瞳孔が縦に割れる。更に眼には複数の変化が現れ、特徴的な眼となる。龍族の特徴の龍眼である。彼等が人型となり、感情が昂った際に現れる変化であった。彼等は感情が高ぶると、身体の一部が元の龍の物となるのである。尚、多くは眼が龍眼に変わるのだが、一部の龍族は角が現れる事もある。


「……この会員カードはどなたが?」


 従業員は滅多にない総支配人の変化に驚くも、聞かれた事に答えた。


「あ、あそこのお客様が……」


 そう言って受付の従業員は、手でカイトを指し示す。そしてそれを見て、総支配人は見た目相応に嬉しそうな表情を浮かべた。


「あ! あの人は! 済まない! 感謝する!」


 そう言って嬉しそうに急ぎ足で駆け出す総支配人を、従業員一同が珍しげに眺めているのであった。


「カイトさん!」


 総支配人はカイトに急ぎ足で近づいてくる。身なりは良く、顔立ちも整っている。どこかの貴族と言っても、十分に通用しそうであった。


「お! やっぱ砕月の店か!」


 その声にカイトが後ろを振り返り、そんな青年の姿を見付けて嬉しそうで懐かしげに声を上げる。


「はい!いやぁ、懐かしいですね! すいません、ご挨拶に伺えなくて」


 砕月は右手を差し出して、カイトに握手を求め、カイトもそれに応じた。ちなみに、彼が言っているのは、カイトが帰還した際に行われた夜会である。砕月も招待されていたのだが、あいにくどうしても外せない用事が入って出席できなかったのである。流石に全員の予定をあわせるのは不可能だったのだ。


「ああ、いいさ。その後にも来ただろ? ここまででかい店になったんだもんな」

「あはは……貴方のお陰です。あの時色々口添えやアイデアを頂かなければ、今はありませんよ」


 二人は一応周囲に聞こえない様に気を使いながら、再会を喜び合う。が、残念ながら、砕月も忙しい身だ。少しの雑談の後、本題に入った。


「それで、今日はどういったご用件ですか? 一緒に居そうな皆さんもいらっしゃらない様ですが……」

「ああ、いや……冒険者としての依頼で来たんだ。それで、依頼人と泊まれる場所を探してるんだが……二人分、空いてないか?」

「少し、待って下さい……ええ……二人……ええ……はい、大丈夫です。すぐに鍵をお持ちしますね」


 砕月はインカム型の魔道具を使い、部屋の空室状況を尋ねる。ここまで大規模なホテルだと、高級品も職員に渡せていたのだ。そして砕月は空室が有る事を確認すると、手ずから鍵を受け取り、カイトへと手渡した。


「おう、サンキュ」

「いえ、この程度、お安いご用ですよ……ん? 貴方は……何処かでお会い致しませんでしたか?」


 鍵をカイトに手渡して、立ち上がったメルを眺めているとふと、何か引っかかる物が有ったらしい。砕月がメルに問いかけた。メルは砕月の言葉に、少しだけ首を傾げた。


「……いえ、会ったことは無い筈よ」

「……そうですか。申し訳ありません。何分、多くのお客様と会いますので、どなたかと勘違いしてしまった様です」


 どうやら嘘を言っているだろう事は、僅かに有った間から砕月も察する。が、此方はホテルの従業員で、相手は客人であり恩人の依頼人だ。それを指摘する事は無かった。それをメルも察しているが、あくまでお互い知らないと通す為、笑って砕月の謝罪を受け入れた。


「いえ、貴方も職業柄、致し方無いわよ」

「ありがとうございます。それで、依頼とは? 差し支えなければ、お伺いしてもよろしいですか?」


 カイトに依頼する程の依頼なので、少し興味本位で砕月が尋ねた。メルは砕月に探る様子が無い事を見て取ると、質問に答える事にした。


「ええ……この街の迷宮(ダンジョン)に行くつもりよ」

「それは……あの迷宮(ダンジョン)をご存知なんですか?」


 砕月とて、この街に居る以上、噂は嫌でも耳にしている。そうである以上、カイトに頼むのは妥当だったが、知っているかいないかは別だった。


「ええ、知ってるわ。でも、理由が有るのよ」

「ああ、かなり訳有りでな。最下層のソードダンサーを潰す必要が有る」

「そうですか……まあ、詳しくは聞きませんが、カイトさんなら、安心ですね」


 何ら問題無く微笑む砕月に、メルが驚いた。そこには実力を信用しきっている者だけが浮かべる絶対の信頼が見えたのだ。


「こいつ、有名なの?」

「……知ってて依頼したのでは無いのですか?」


 砕月はてっきりカイトが勇者だと知って依頼したと思っていたらしい。流石にこんな場所なので何をか、というのは一切出していないが、それ故通じていなかった事に今気付いた。その言葉に、メルは不審げに眉を顰めていた。まあ、偶然カイトに行き着いたのだ、とは流石に彼も思わないだろう。


「いえ、ならば良いのです……あ、はい。申し訳ありません、カイトさん。お客様が来られた様なんで……」

「ああ、久しぶりに顔を見れて良かった。まあ、時間出来たら顔でも出すよ」

「はい、楽しみにしてます」


 そう言って去っていく砕月を見送り、カイトとメルは一度部屋に荷物を置きに向かうのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。

 次回予告:第297話『港町』


 2015年12月16日 追記

・構成の修正

 カイトの懐かしむ様な独り言について、メルが聞こえている様な構成になっていたのを修正しました。


 2017年9月24日 追記

・誤字修正

『懸下』とすべき所が『架橋』となっていた所を修正しました。


 2018年8月25日 追記

・誤表記修正

 『連装砲』ついて、単位を『門』で表記していましたが門は砲門の数を表すので連装砲の単位は門ではないとご指摘を受けました。なので連装砲二基という表記に変更しました。


 なお、もし門で表す場合は五連装砲二基十門となる模様です。

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